情報過多
バルサムまでの道中に遡る。
イーズのナイフを借りてゴブリンと相対したユノであったが、見事に敗北した。ちなみにゴブリンの群れと遭遇したのだが、1匹残してイーズが素手と蹴りで殲滅した。リュカとユノはまたしてもドン引きであった。そこまでいってからやってみろとナイフを渡されたユノであったが、なかなかに残念な動きであった。悲壮感溢れる顔で絶望していたゴブリンが強気を取り戻すほどに。効果音をつけるならよたよた、のろのろといったところだ。
結局ゴブリンがユノから奪ったナイフを振り翳したところで、イーズがハイ終了とゴブリンの頭を蹴り潰して戦闘は終わった。勝利を確信した顔がひしゃげて潰れる様は哀れであった。あまりに哀れでリュカが物を言わずにはいられない程だった。
「……人為的に作られた状況下での殺し合いは好きじゃないって言ってなかった?」
「言ったな。そういう見せ物があると聞いたことがあるが、俺は如何なものかと思う」
「これはイーズ的にはアリなの?」
「元から全滅するところだっただろう、こいつらは」
「発言が強者過ぎてむごいよぉ」
「生きるための殺しは生物として当たり前のことだろう。ユノが今後生き抜くためにやったことだ。ユノの糧になる」
「なったかなあ」
一定の動物は獲物を見付けたら敢えて殺さずに子の近くに連れてきて追い掛け回させ、獲物が逃げ出そうものなら再び子の近くに、を繰り返して子に狩りを教える。イーズのやり方はそれに近しい。
ユノは放心してゴブリンを見つめた。虫の息でぴくぴくと痙攣しているがまだ生きている。イーズがゴブリンから回収したナイフをユノに握らせた。
「え? えっと、あの」
「まずはトドメを差すところからだな」
「あのゴブリンに?」
「他にいないだろう。早く楽にしてやれ」
ユノは唾を飲んだ。やり合った時点でそうすることは決まっていたはずなのに緊張で手が震えた。すう、と息を吸い込んで、ゴブリンの首に刃を当てがう。
ああ、いいなあ。戻りたいなあ……。
ユノは唐突に、理由も分からずそう思った。気が付けばゴブリンは首から血を流して動かなくなっていた。いつの間に刃を引いたのだろう、いつの間に命を絶ったのだろう。ユノがぼうっとゴブリンを眺めていると、リュカがその肩をぽんと叩いた。
「とりあえずお疲れ様。頑張ったね」
「頑張りはしたんですけどね……このザマです」
「俺が5歳の時よりは強いと思うぞ」
「イーズ、それもしかして気を遣ってたりする?」
「あはは、ありがとうございます。それにしても僕って本当に弱いんだなあ」
「まあ経験もあるだろうけど、まずそもそも装備がなってないしね」
「装備ですか……ちゃんとすれば、僕もイーズももっと強くなれるんですかね」
装備と聞いてユノは何故か、自分よりもイーズの姿を思い浮かべた。鎖帷子とか、鎧とか盾とか、鉢金や兜とか、武器は剣や槍かな。今の動きやすそうな服装も良いけど、装備を整えても絶対格好良い。ユノの目が輝いた。
そう言った訳で、ユノは武具屋を前に浮き足立っていた。イーズが服の試着をしていた時と同じような眼差しをしているので、リュカはおや、と不思議そうに訊ねた。
「嬉しそうだね。そんなに武具屋が楽しみだった?」
「はい! ちゃんとした装備のイーズ、絶対格好良いですから!」
「えぇ、イーズの方? 君のも買うんだよ」
変な子だなあとリュカが正直にぼやいたが、ユノは特に気にする様子もない。
正直なところ、ユノは素直にイーズが好きだ。説明できないがとにかく惹き付けられる。敢えて言うなら野性的故に平等なところだろうか。平等に厳しく平等に優しい人に違いない、とユノは思っている。誰かをえこひいきしないので、イーズの優しさが見えた時、それが彼の持つ元来のものだと分かるのだ。
あれ、とユノは旅路を思い返した。イーズは優しかっただろうか。ゴブリンをわざわざ1匹残して安全に戦わせてくれたのは優しいはずだ。しかしだからイーズを優しい人だと思ったわけではない。もっと以前に何処かでそう思ったことがあるような気がするのに、ユノにははっきりと分からなかった。忘れてしまった記憶の中に答えがあるのかもしれない。
「リュカさん。イーズって以前の僕のこと知らないって言ってたんですよね」
「ん? ああうん、顔は見たことあるけど名前は知らないし話したこともないって。だからこれからもっと仲良くなれるんじゃないかな」
リュカの言葉に頷きながらも、ユノは心底思った。もしそうなら思い出したくないなあ、と。
「さて。僕の見立てではイーズ、君は長剣を握ってみたら化けると思うんだ」
「これまで使ったことはないな」
「まずは持たせてもらおうよ」
「あらぁリュカちゃん! 久しぶり!」
武具屋の入り口近くに並んでいるものを見ていると突然初老の女性の声が割り込んできて、リュカは困ったように笑った。
「テリーザさん、ちゃんはやめて下さいよ。もう成人もしてるんですし」
「ふふ、つい癖でね。今日はどうしたの?」
「彼ら2人に良いものを見繕ってもらいたいなと」
「リュカちゃんはいいの? レイピアはちゃんとお手入れしてる?」
イーズはそう言えば、とリュカの腰に目をやった。リュカが剣を携えていることには気付いていたが、それを振るっているのは一度も見ていない。魔法ばかり使うもので人間相手の護身用だと思っていた。
「リュカは剣は強いのか」
「強いわよぉリュカちゃんは! この子たちに剣の腕見せてないの?」
「ちょっと恥ずかしくって」
「なんで変なところで恥ずかしがり屋なのかしら、この子」
テリーザという女性は3人を店内に招き入れニヤリと笑った。イーズは嫌な予感がした。
「さあさ、採寸のお時間ですよ」
イーズは逃げ出した。すぐに入り口近くにいたリュカに捕まった。服屋で散々されたものをもう一度されることになりイーズはげんなりした。ちら、とユノの方も窺ったものの、うきうきと採寸を手伝う気でいる。万事休す。天を仰ごうとしたものの、見えるのは天井で回る金属製の羽だった。なんだあれは、とまたしても増えた情報量にイーズは更に疲れた気分になった。ああ、あれは地下の水脈を活かしたものでね、という説明も当然耳に入らなかった。




