悲劇とは
結論から言うと、ユノは旅に同行することになった。手掛かりとして有力、回復ができる。それらも勿論理由だが、リュカにはそれよりも大きな懸念があった。
いつか私と同じになるから。ユノが正体不明の誰かに言われた言葉だ。仮に村の壊滅が人為的に引き起こされたのだとして、何故交通が不便な田舎の村が狙われたのか。その村を狙う目的があったのではないか。もしそうであるならば。リュカは荷車を引くイーズと、交代を申し出るユノを窺い見た。敢えて見逃されたユノと、主神ゼ・アの神託に定められた勇者であるイーズ。なにかしら関連があるように思ったのだ。もしどちらかがいることで狙われたのだと言うなら、特定の町に留めておくのも危険だという判断だ。
「ああそうだ。一度王都に行こうか」
「何故」
「言ったじゃないか、勇者には活動支援金が出るんだ。イーズも対象だよ。僕は身銭を切ってやるほどお人好しじゃないからね」
「なるほど。同感だ」
「ついでに風の勇者にも挨拶しておこう。彼女は王立魔法研究所の研究者でね。王都にいるはずだよ」
「えっと……まさか徒歩で行くんですか?」
イーズと交代したユノは早くも息切れしていた。頑張っているようだが速度はイーズの2分の1以下だ。
「まさか。さすがに時間がかかり過ぎるからね。そうだな、バルサムという都市からは馬車にしよう。荷車を預けられる場所もあるはずだし」
「ちなみにそのバルサムまでは……」
「ちょいちょい道中の町に寄っても20日あれば着くと思うよ。ユノが荷車を引くなら50日くらいかな」
「ヒェ……」
ふとイーズは何かの気配を感じた。しかし目線を散らすようなことはせず耳だけを澄まして相手から動くのを待ち構える。歩く速度を落としユノとの距離を少しだけ縮めておいた。イーズも敵であればそうするからだ、真っ先にユノを狙う。そしてそれは姿を現した。
フェザーウルフだ。獰猛な牙がユノに向かって襲いかかる。ユノが驚いて固まった。フェザーウルフにとっては好機のはずが、それは呆気なく横から伸びる腕に止められた。
イーズはフェザーウルフの顎を鷲掴みにし、近場の岩に叩き付けた。まさかの素手である。頭がひしゃげ痙攣しているその身体を片腕で持ち上げ、そのまま顎の骨を握りつぶす。
「どうした。あと4匹。来ないのか」
気の弱いお嬢さんであれば気絶するような光景だ。ユノはもちろん呆気に取られていたし、リュカも心の距離を取った。所謂ドン引きというやつだ。
しばらく間が空いて、イーズはふう、と息を吐いてフェザーウルフの身体を地面に下ろした。まだぴくぴくと動いていて息があるが最早時間の問題だ。
イーズはふと神託を思い出した。これはウルフにとっての悲劇なのだろうか。殺されること自体は当たり前にあることで悲劇だとは思わないが、強いて言うなら死ねずにいるこの間はウルフにとって苦痛だけの時間だとは想像できた。もしや悲劇というのは物事そのものではなく、結局そう感じるかどうかなのだろうか。
もしこれが悲劇なら終わらせてやろうと決めて、イーズは考えるのをやめた。しっかりトドメを差してから毛皮を剥ぐ。ウルフの肉は食べられる箇所がほとんどないが、毛皮はそれなりに需要がある。村の質屋はイーズを相手にしなかったが、たまに来る行商相手に売ったり、物々交換していたこともある。
作業を終えたイーズが顔を上げると、仲良くくっ付いたユノとリュカが、何とも言えない表情で目線を逸らした。
「なんだ」
「ああいや、なんでもないよ……」
「あ、えっと、ありがとうございます、助けてもらって……」
「やらない方が良かったか? 気付いていないようだったから手を出してしまった」
「えっ、あっ、いや違くて」
いくら素手での瞬殺にドン引きしたとは言え、助けられたことには違いないのだ。失礼だったとユノは慌ててイーズと目を合わせたが、イーズはユノたちの態度に機嫌を損ねたわけではなさそうだ。
「ええと、僕に怒ってるわけじゃないんですか?」
「何故俺が? 怒るとすればお前の方だろう」
「えっ、どうして?」
「こいつはユノに挑んでいた。もしユノが勝てばユノの戦利品だった。やり合っているところに割って入られるのも、戦果を持っていかれるのも良い気分ではないだろう」
「あっいや全然気にしてないんで大丈夫です」
「そうか。とは言え楽に狩るのに使わせてもらったからな。半分はやる」
「いや本当に大丈夫です、本当に気にしてないんで」
本人なりに思いやりを持っているようではあるが、リュカはそれでも驚愕した。どうやらイーズには人間社会における弱者保護の概念がないらしい。野生児が過ぎる。一周回って面白いような気もして、この野生児を1日も早く文明溢れる王都に連れて行きたくなった。
「よし、気を取り直して行こうか!」
「リュカさん張り切ってますね」
「はは、まあね。イーズ、次に何か現れたら僕にもやらせておくれよ。腕が鈍ってしまうからね」
「分かった、次は譲る。ユノはやらなくていいのか?」
「ゴブリン1匹からでお願いします」
「あれは食える部位もないし金にもならないぞ」
「いえそういう観点じゃないんで」
やいのやいのと談笑しながら3人は進む。イーズとユノの雰囲気も悪くなさそうで、リュカは心配し過ぎだったかと胸を撫で下ろした。
「そう言えばイーズって歳はいくつなんです?」
「推定14」
「僕より下じゃないですか! いいなあ、背も高いし力も強いし」
これにはリュカも驚いた。声変わりもしているようなのでもう少し上だと思っていた。14歳にしては随分体格が良いがまだ大きくなるはずだ。ここから更に成長するとどうなるのだろうと。ユノの首を絞めていたのを羽交い締めで引っぺがしたが、きっとそれもできなくなる。それまでに社会性というものを教えてやらねば、とひっそり決意した。
「憧れちゃうなあ。僕もイーズみたいになれればなあ」
リュカはふと妙な違和感を覚えた。似たような台詞をつい最近聞いたばかりだった。人と過ごしたり会話をする経験値が低いイーズは気付かないのだろうが、リュカはなんとなく仄暗いものを感じたのだ。憧れと口にしながらも、喉の奥にべたつくような執着。
イーズは名前も知らず会話したこともない仲だと言っていたが、それはあくまでイーズの視点での話だ。記憶を失う以前のユノにとってはそうでないのかもしれない。憶えていないながらも過去の記憶を繋ぎ止めるために、イーズを必要としているのだろうか。考えても仕方のないことだと分かっていながら、やはりリュカは気掛かりだった。




