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第7話 【ボッチのCランク試験】

 

 その日、家に帰った俺は、何気なく母に尋ねてみた。


「母さん。母さんって昔、白銀のアルメリアって呼ばれていた……んがっ!」


 言葉の途中、俺は顔面を鷲掴みにされて悲鳴を上げる。


「誰に聞いたのかしら、アトゥムちゃん。良い子だから、お母さんに言ってごらん」


「あがががが……! 割れる! 割れてしまいます、お母様!」


 後衛職の魔法使いの筈なのに、どうしてこんなにパワーがあるんだ!


「ダ・レ・に、聞いたのかしら?」


「冒険者ギルドで会ったAランクの潔癖のクラリスさんです!」


「……そう」


 俺が正直に白状すると母は、やっと手を離してくれた。


「うぅ。酷い目にあった」


「アトゥム、迂闊だぞ。母さんにとって昔の二つ名の話は黒歴史なんだ。話題に出しただけでもアウトなんだぞ」


「そういうことは早く言ってよ、父さん」


 信じられないパワーで顔面を鷲掴みにされて、顔の形が変わるかと思ったわ。


「クラリスとは今度、お話をする必要がありそうね」


「…………」


 すみません、潔癖さん。


 俺には止められそうにないっすわ。




 ◇◆◇




 数日後。


 街の喫茶店に集まって話をすることになった2人の妙齢の女性――アルメリアとクラリス。


 1人は涼しい顔で優雅に紅茶を飲み、1人は冷や汗をダラダラ流しながら真っ青な顔で俯いている。


「こうして直接会うのは7年ぶりかしらね」


「……そ、そうね」


 当然だが専業主婦のアルメリアは日課の家事があるので自由に使える時間なんてほとんどない。


 まぁ、最近は息子が成長して来たので魔法の自主訓練に精を出しているが、だからと言って昔の友人に気軽に会う時間が作れるほどではない。


「アトゥムちゃんは才能の有無は兎も角、とても発想力が豊かな子なのよ」


 アルメリアはそう言ってクラリスの目の前に置かれたアイスコーヒーの入ったグラスに手を翳し――コロンと氷の塊を投入する。


「こ、これっ……!」


「アトゥムちゃんが考案してくれた氷魔法よ。私が夏の暑さに嘆いていたら頑張って開発してくれたわ」


「…………」


 この世界で冬以外に氷を手に入れようと思ったら、冬の内に氷室に氷を運び込んで、溶けないように水魔法や風魔法で温度を維持するしかない。


 それなのにアルメリアは至極簡単に、なんでもないことのように氷を生み出して見せた。


「これを学会で発表すれば……」


「嫌よ。面倒臭いもの」


「くっ……!」


 これだ。


 クラリスが昔からアルメリアのことが苦手だったのは、出世なんかには欠片も興味を示さず、自分のやりたいことにだけ全力を尽くすところが苦手だったのだ。


「それなら私に教えて頂戴!」


「嫌よ。これはアトゥムちゃんの成果だもの。あくまで開発したのはアトゥムちゃんであって、私はお零れを頂戴しただけだもの。成果が欲しいなら自力で何とかして頂戴」


「むぅ。それなら……」


「まさかとは思うけど、20も年下の……しかも友人の息子にちょっかいを出すつもりじゃないでしょうね?」


「…………」


「はぁ。そんなんだからあなたは婚期を逃すのよ」


「ぐふっ!」


 クリティカルヒット!


 今年で36歳になるクラリスは、20歳前に結婚して子供を生んだ友人の言葉に大ダメージを受けた。


「うぐぐ。仕方ないでしょう。私には魔法しかなかったんだから!」


「だからと言って魔法に人生を捧げなくてもねぇ。あなただって若い頃はモテていたんだし、ちょっと周りを気にする余裕があれば結婚くらい出来ていたでしょうに」


「そ、そんな余裕なんてなかったのよぉ!」


 涙目でアイスコーヒーを一気飲みするクラリス。


「あいたたた!」


 氷のお陰でキンキンに冷えていたので頭がキーンと痛くなって頭を抱えて蹲る。


「な、なによ、これぇ」


「私も最近知ったのだけど、冷たいものを一気に摂取すると何故か頭痛が起きるのよねぇ」


「うぐぐ……!」


 クラリスは暫くの間、頭痛の悩まされるのだった。


「兎も角、今回、私が会いに来たのはアトゥムちゃんに余計なことを言わないように釘を刺す為よ」


「……余計なこと? ああ、白銀の……ふぐっ!」


 それを言いかけた瞬間、クラリスの口の中に大量の氷が押し込まれた。


「何か言ったかしら?」


「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 ついでに顔面を鷲掴みにして頭蓋骨を締め上げる。


 氷の頭痛とアイアンクローの頭痛のコンボでクラリスは今度は物理的に大ダメージを受けた。


「しゃ、しゃむい」


 氷に熱を奪われたクラリスは夏場なのに寒さで真っ青になって震えていた。


「お陰で夏の暑い日でも快適に過ごせるようになったわ。とても孝行息子でしょ?」


「…………」


 こうして、しっかりと釘は深く差されたのだった。




 ◇◇◇




 その日、俺がいつも通りに街に出掛け、冒険者ギルドに入ると……。


「待っていたわ!」


「おわ」


 何故か待ち構えていた潔癖さんに捕まった。


「なんですか、何の用ですか?」


「あんた、氷魔法が使えるって本当?」


「はい?」


 こっちの質問を無視してズバリ切り込んで来た。


「ああ、母に聞いたんですか? そう言えば会いに行くと行っていましたね」


「くっ……! 想像以上に辛い時間だったわ。特に事ある毎に旦那とのノロケを話してくるのがきつかった。それと無駄に息子自慢が長い!」


「あ、はい」


 まぁ、あの母ならそうだろうな。


「そんなことより氷魔法よ、氷魔法。アルメリアにも教えたんでしょ?」


「教えたというか、気付いた時にはいつの間にか習得していて度肝を抜かれましたけど」


「……あの女って、そういうところがあるよね」


 やはり母の天才ぶりは昔からだったらしい。


「だから、私にも教えなさいよ!」


「えぇ~、やだぁ~」


 俺にメリットがないということもだが、何より面倒臭い。


「勿論、対価なら支払うわ。Aランクの私がパーティを組んであげるわよ」


「結構です」


 ボッチの俺にパーティとか無理だから。


「くぅ」


「む?」


 潔癖さんは歯噛みしながらも俺に探りを入れて来る。


 本来、魔法使いであるならば魔力を認識出来るので、身体の外に放出される魔力を見て相手の総魔力量を計測するものだが、俺や母のように魔力制御が出来る人間は身体の外に放出される魔力量は制限出来る。


 それでも魔力を測る場合は、相手の身体の中を精査する必要があるわけで、それを潔癖さんは俺に仕掛けているわけだ。


 この場合、体内の魔力で防壁を張って防ぐしかないのだが、相手の魔力制御の練度が高ければ突破されてしまう。


 実際、母が相手だと容易に突破されてしまって来たので、同期の潔癖さん相手に俺の防壁が機能するか不安だったのだが……。


「ちっ。防壁が破れない。生意気な」


「…………」


 実際には俺が張っている3つの防壁の内、2つまで突破されてしまったので危なかったのだが、ギリギリで持ち堪えることが出来た。


 ちなみに母は常に5重の防壁を張っているので突破出来たことがない。


「そう簡単に魔力量を測らせたりしませんよ」


「あんたといい、あの女といい、どうしたあたしより上の奴がいるのよ」


(……単に修行不足なだけじゃないかな?)


 母は専業主婦になった後も無意識に訓練を続けていたようだし、潔癖さんは継続的な訓練をしていなかったようだ。


 もっとも、防壁を破られなかったからと言って潔癖さんが俺より弱いという訳ではなく、単純に魔力制御に関しては俺の方が1枚上手だったというだけの話だけど。


 実際に戦ったらAランクの潔癖さんの方が実戦経験も豊富だろうし、俺より強い――と思う。






 潔癖さんは面倒だったけど、俺は今日も普通に仕事をする。


 Dランクになって以降も定期的に依頼を受けていたのだが、Eランクの時とは報酬の桁が違うのだ。


 お陰で大分、俺の貯金も貯まって来た。


「君って何者なの?」


 そんな俺に馴染みの受付嬢が探りを入れて来る。


「Dランクの冒険者だけど?」


「……普通のDランクの冒険者は依頼の度にオークの魔石を10個以上も持って帰って来ないのよ」


「オークを狩るのも慣れて来たからな」


 森の奥に行くとオークが大量に出現するので狩るのが楽なのだ。


 最初は移動が大変だったのだが、飛行魔法にも慣れて来たので木の枝を足場にして時速20キロ近い速度で移動出来るのだ。


 まだ母とは違って継続的に飛行は出来ないから足場が必要なんだけど。


「正直、もうCランクの試験を受けるだけの功績は貯まっているんだけど、君ってまだ15歳よね?」


「もうすぐ16歳だけど、まだ15歳だな」


「……早過ぎるのよねぇ」


 どうやら15歳でCランクの試験を受けるのは早過ぎると思われているらしい。


「でも別に歴代最速記録って訳でもないんだろう? 多分、俺の母はもっと早かったと思うし」


「君のお母様って元Aランクの冒険者なんだっけ?」


「潔癖さんが言うには歴代最速でAランクになったって言ってたな」


「……なるほど」


 まぁ、あの超天才の母なら全く疑問には思わないけど。


「それならCランクの試験を受けてみる?」


「Cランクの試験って、どんなの?」


「一応Cランクからは教養も試されるから筆記の試験があって、それと実技試験ね」


「筆記と実技か」


 魔法学校で授業を受けていたわけだし筆記は大丈夫だと思う。


「実技って?」


「Cランクの依頼を受けてもらうわ。Cランクだとオーガとかベアとかが当てはまるかな?」


「ほぉ」


 俺はまだオーガにもベアにも会ったことはない。


 オーガは筋肉質な鬼系の魔物で、ベアは熊系の魔物だ。


 どちらにも言えることだが人間を遥かに凌駕するパワーを持ち、耐久力も人間の比ではない。


 とは言っても問題なのは魔物の強さではなく、出現場所の方だ。


 ベアは森の奥深くに稀に生息しているが、危険なので定期的に上級冒険者によって駆除されているし、オーガに至っては森ではなく遠くの岩場に生息している。


 森で生き残っているベアを探すのは現実的じゃないし、オーガを探して岩場を探すと――どう考えても日帰り出来る距離じゃない。


 母なら日帰り出来るかもしれないが、俺ではまだ飛行魔法の速度が遅いので日帰りは無理だ。


 必ず何処かで一泊――野営が必要になる。


「俺、野営ってしたことないんだよなぁ」


「今後も冒険者を続けるなら野営用の道具を揃えた方がいいわよ」


「……そうだな」


 今までは日帰り出来る距離にしか行かなかったが、今後の為に野営用の道具を買い揃えておくか。


 とは言っても何を買えば良いのか分からないから、まずは経験者に相談かな。






「それならお母さんとお父さんが昔使っていた物があるから、それをあげるわよ」


「え? マジで?」


 家に帰って相談したら母と父のお下がりを貰えることになった。


 確認してみるとコンパクトなテント一式に野営道具、それに寝袋など必要なものが揃っていた。


「アトゥムちゃんなら水や火は魔法で出せるし、そこまで大荷物にならないかもしれないわね」


「なるほど」


 整理してみると背負う鞄が1つ増えた程度だった。


 勿論、魔物との戦闘になったら邪魔になるだろうけど、そこは元冒険者だった父と母の荷物なので手軽にパージ出来るように作られた鞄だった。


 紐を引くだけで肩の背負っていた部分が外れて荷物が地面に落ちる仕組みだ。


「本当なら雨が降った時用に防水の天幕も必要になるんだけど……」


 チラリと俺を見る母。


「アトゥムちゃんには必要ないかしら」


「そうだね。水魔法があるし」


 水魔法が使える俺や母なら水を遮断する泡のような結界を作ることが出来る。


 非常に簡易的な結界なので意識しなくても数時間は維持出来るし、これを張っておけば雨を気にする必要はなくなる。


「アトゥムちゃんは1人だから夜の見張りが心配だけど、疑似眼球を自動モードにしておけば良いだけね」


「……そうだね」


 天才の母が考案した疑似眼球の自動モードは俺が意識してコントロールしなくても自動で周囲を警戒し、簡単な敵の迎撃ならしてくれるモードだ。


 勿論、手に負えない場合は術者である俺に警報で知らせてくれる機能も付いている。


「…………」


 お陰で最近は疑似眼球ばかり使っている気がする。


 だって、これ凄く便利なんだもん。






 そうして準備を整えた俺は何度かテントを立てる練習をしたり、実際に庭で野営の練習をしたりしてみた。


 父と母の野営道具は手入れがしっかりしていたのか損傷もなく、使っていても何ら問題を感じることはなかった。


「これ、実は結構高かったんじゃない?」


「大丈夫よ」


 ニコニコしながら笑顔で言う母に俺は何も言えなかった。


 元Aランク冒険者の母のお下がり――一体、いくらだったのだろう?




 ◇◇◇




 俺は受付嬢にCランクの試験を受ける旨を伝えた。


 そうして俺はまず筆記試験をうけることになったのだけど……。


(常識問題?)


 なんか出題傾向が冒険者の問題というより一般知識を求める常識問題ばかりだったので、困惑しながら回答する羽目になった。


 後から知ったのだが、一般の冒険者は識字率が低いので文字が読み書き出来るかどうかの確認の意味も込めた筆記試験だったらしい。


 俺は当たり前のように父と母から読み書きを習っていたから知らなかった。


 それに俺は――ボッチだし。






 余裕で筆記試験をパスした俺は次の実技試験に挑むことになったのだが……。


「本当に1人で大丈夫?」


 何故か受付嬢にとても心配された。


「両親からお下がりで野営道具を貰ったし、色々と対策をしているから問題ない」


「冒険者的に道具のお下がりは推奨していないんだけど、Aランクの御両親の道具を使うなとは言えないのよねぇ」


 一般的に誰かのお下がりというのは不良品が多いそうなのだけど、ちゃんと手入れをしていた両親の道具は良品なので文句のつけようもない。


「それじゃ行ってくる」


「いってらっしゃい。気を付けてね~」


 そうして俺は受付嬢に見送られて――実技の試験に挑むことになった。






 幸いなことに雨は降らなかったので普通にテントで一泊して岩場まで辿り着き……。


「あれがオーガか」


 角の生えた筋肉質な魔物を発見した。


 正確に言うと疑似眼球を飛ばして索敵して見つけたのだが、こんなにあっさりと見つかるなら夜に強行軍して日帰りにすれば良かったかもしれない。


 ともあれ、俺は疑似眼球を操作して――木魔法で地面から木の槍をオーガに突き刺した。


「む……硬いな」


 オーク程度なら1撃で仕留めることが出来た木の槍なのだが、オーガの強靭な筋肉を1撃で貫通させることは出来なかった。


 仕方なく俺は疑似眼球を通して――天から雷を落とした。


「…………」


 丸焦げになったオーガは暫くは立ち尽くしていたが、やがて息絶えたのかドサリと倒れた。


 疑似眼球で確認してみるが、身体のあちこちが炭化しているし、どう見ても死んでいる。


「凄い威力になったな」


 当初は雷を落とすの格好良い魔法程度の認識だったが、雷属性のレベルが上がるにつれて威力の方も洒落にならないものになって来た。


 ともあれ、これで試験の方は終了だ。


 俺は疑似眼球に水属性の手を作って魔石を回収し、早々に帰ろうと思ったのだが……。


「雷魔法、派手だったからなぁ」


 岩場には続々とオーガが集まり始めていた。


 雷魔法は威力は申し分ないのだが、その分派手で目立つのが玉に瑕だ。


 20匹近くオーガに囲まれた俺は深く嘆息して――広範囲雷魔法を披露することにした。


「ギガ●ィ~ン!」


 俺は笑いながら某国民的RPGの雷撃呪文を唱え、周囲に集まったオーガを例外なく炭化させていった。


 魔石もいくつかは焼失させてしまったが――まぁ、良いだろう。




 ◇◇◇




 俺が冒険者ギルドに帰還してオーガの魔石を提出すると……。


「どうして、こんなに沢山のオーガの魔石があるんですか!」


 何故か受付嬢に絶叫された。


「オーガを1匹仕留めたら魔法が派手だったからドンドン集まって来て、仕方なく全滅させて来た」


「なんでDランクの癖にCランクの魔物を軽々と全滅させているんですか。君ってどう考えてもランク詐欺ですよね?」


「……知らんがな」


 文句なら俺をこんな風に育てた母に言って欲しい。





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