第17話 【魔王軍、ハーリット国の事情】
その日、俺は久しぶりに街へ向かい本当に久しぶりに冒険者ギルドに入った。
「あら、お久しぶりね。もう来ないかと思ったわ」
馴染みの受付嬢に会うのも久しぶりだ。
「あぁ~、実は結婚したんだ」
「……マジ?」
「大マジ」
「……道理で」
俺をマジマジと眺めていた受付嬢は納得したように頷く。
「女を知って落ち着きが出たのね」
「……下世話なこと言うなよ」
「事実でしょ?」
「……そうだけど」
確かにセイナと知り合う前よりも今の方が精神的に落ち着いている自覚はある。
「それで今日はどうしたの?」
「ああ、そろそろ金がなくなりそうだから稼ぎに来た」
流石に商業国家で爆買いはお財布にダメージが大きかった。
「とは言ってもAランクの依頼なんてないわよ?」
「どっかでドラゴンの目撃情報とかない?」
「あるわけないでしょ! ドラゴンが出たら街中大騒ぎよ」
「母さんがドラゴンを倒したって言ってたけど、そんな大したことなかったって言ってたぞ」
「……ドラゴンって基本的にSランク案件なのよ。そんなのの討伐報告とか聞きたくなかったわ」
やっぱりドラゴンを討伐したというのは頭おかしい報告だったらしい。
「それで、なんかいい依頼ない?」
「そう言われてもねぇ」
受付嬢は困った顔をしながら書類を手元に引き寄せる。
「今ある依頼で1番脅威度が高いのは……ワイバーンの討伐依頼ね」
「それって高いの?」
「魔石も高いけど、素材としての価値も高いわね。まるごと持ってきてくれたら家が建つ値段で買い取れるわね」
「ほぉ」
とりあえず今日はワイバーン狩りに決定だ。
受付嬢に目撃場所を聞き影移動で目的地に向かう。
俺1人なら飛行魔法よりも影魔法の方が楽なのだ。
そうして到着したので魔力計を取り出して魔力を流す。
(これ便利だなぁ)
半径5キロの範囲内なら魔物が何処にいるのか丸分かりだ。
「お?」
その中でひときわ強い反応を見つけたので、そっちに向かう。
ワイバーンを見つけたので氷魔法で槍を作って串刺しにして仕留めた。
後は影収納に仕舞って持って帰るだけだ。
「……君ってやっぱりアルメリア様の息子なのね」
「どういう意味かな?」
「非常識だってこと。短時間でワイバーンを狩って、まるごと持って帰って来るとか普通にありえないわ」
現在清算中で集計を待っているところだ。
ギルド職員総出でワイバーンの解体に勤しんでいる。
「ねぇ。外のワイバーンって誰が……って、あんたか!」
「あ、潔癖さん」
そこに潔癖さんがやって来てワイバーンのことを聞いて来たが、その前に俺を見つけて叫んだ。
「相変わらず非常識なことをしているわね。というかワイバーンなんて必要?」
「この人、結婚したので資金が必要になったそうです」
「お前もかっ!」
あっさりと受付嬢が暴露したので潔癖さんが慟哭する。
「あんたも結婚したのか! そんな若い内に結婚しやがってぇ!」
「あぁ~。別に結婚だけが幸せとは限らないし……」
「そんな幸せそうな顔で言っても説得力がないわ! 畜生!」
潔癖さんが血の涙を流しながら叫ぶ。
「あたしだって、あたしだって相手さえいればぁ……!」
「…………」
無理じゃないかなぁ。
この人、結婚に焦り過ぎて余裕のなさが顔に出ちゃってるんだもん。
結婚に焦り過ぎている30代後半の女性とか普通に地雷案件ですわ。
(黙って座っていれば美人なのになぁ)
音魔法で声を出せなくしてやろうか?
(無駄かな。焦りは声ではなく顔に出ているし)
声より表情を隠さなくては意味がない。
声が出せなくなる仮面でも被らせるか?
「…………」
怖いだけだな。
人が寄り付かなくなるだけだわ。
そうして潔癖さんの愚痴を聞きながら待っていると計算が終わったのか布の袋を持った職員が受付嬢に袋と書類を渡す。
「どうだった?」
「おぉ、普通に一財産ですね。私が奢ってもらいたいくらいです」
「普通に嫁に渡して終わりだわ」
「あ、そですか」
「ちぃっ!」
潔癖さんが盛大に舌打ちしているが、そういうところだぞ。
「それじゃ嫁が待ってるから帰るわ」
「帰れ帰れ」
そうして潔癖さんに追い払われるように俺はギルドを出た。
「おかえりなさい、あなた」
家に帰ったらセイナが笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま。これ、今日の稼ぎね」
稼ぎを丸ごとセイナに預ける。
「大金ですね。お預かりしておきます」
金の管理は嫁に任せるに限る。
「これで暫くはのんびり出来るな」
「暫くというか数年は過ごせますね」
「それは僥倖」
まぁ、足りなくなったらまた稼ぐさ。
「年を取ったら父さんみたいに自警団にでも入って稼ぐかな」
「何十年後の話ですか?」
まぁ、冒険者として働けなくなってからの話だ。
◇◇◇
その日、実家に――つまり父と母の住んでいる家に来客があった。
俺とセイナも呼ばれたので行ってみると……。
「私はライドキア王国の王族として、あの地を取り戻す義務があるのだ!」
なんか偉そうなおっさんが母に対して大声で訴えていた。
「誰? どういう状況?」
「例の魔王軍に国の領地を奪われた王族よ」
「あぁ~」
例の迷惑な王族か。
確か協定があるからって周辺国に協力を強制している傍迷惑な奴だ。
皆、こんな奴は無視したいのだが、協定を盾に協力を要請して来るので戦力を出さざるを得ない状況になっているという。
既に惰性で協力しているけど、もう50年も経ったんだし、あそこは魔王軍の国ってことで良いじゃないかって雰囲気になっているのだが、この王族が無駄に諦めが悪いので皆が迷惑しているのだ。
そりゃ突然先祖代々の土地を奪われたわけだから、それをどうしても取り戻したいという気持ちは分からないでもない。
だが、いくらなんでも50年は長すぎた。
当時の人達は既に世代交代してしまっているし、恨みも憎しみも時間と共に風化してしまっている。
つまり、どうしても土地を取り戻したいという王族には誰も共感出来ないのだ。
国を逃げ出した際に持ち出した財宝のお陰で金はあるのかもしれないが、当時住んでいた農民達だって順応して魔王軍の中で暮らしているわけだし、今更土地を取り戻したところで国を再建なんて出来る訳がない。
「報酬は十分に出す! だから我々と一緒に魔王軍を打倒して欲しい!」
なにより父やセイナのような諜報課の面々がストッパーになっているので、母や俺が魔王軍と敵対するわけがない。
「「お断りします」」
俺と母は同時にお断りした。
「何故だ! 報酬が足りないのか!」
「「いえ、面倒臭いので」」
またも俺と母は同時に即答する。
「ぐぬぬぅ……!」
明確な理由があって断るのなら、その理由を潰していけば良いのかもしれないが、面倒臭いと言われてしまえばどうしようもない。
俺と母をやる気にさせる要素がないのなら本当にどうしようもない。
「魔王軍を退けた暁には我が国の貴族位を進呈しよう!」
「「興味ないです」」
うん。貴族とか本当に興味ない。
「ぬぐぐぐ……!」
王族は歯軋りして悔しがっているが、そんなことくらいでは俺と母の心は動かない。
「また来る!」
そうして王族は護衛を引き連れてドスドスと足音を立てて去って行った。
「ああ云うのってよく来るの?」
「10年に1度ってところじゃないかしら」
定期的に来ているらしい。
「王族は兎も角、連れている護衛は優秀なのよねぇ。忠誠心も高くて厄介だし」
「なるほどねぇ」
ぱっと見、魔法使いではなさそうだが、それなりの魔力を持っているみたいだし魔法も使える万能型なのだろう。
「確かに厄介そうだ」
敵対したなら命懸けで王族を逃がすくらいはやってのけそうだ。
そうして王族を逃がしてしまうと声高々に叫んで俺達を指名手配して――こちらは人類の敵として認定されるというわけだ。
「暗殺はリスクが高い訳ね」
「下手をすれば私達は魔王軍として人類が全滅するまで戦う羽目になるわね」
「……まさに人類の敵だ」
「それはハーリット国としても困りますわ」
強制的に人類対魔王軍の全面戦争に突入するわけだから、専守防衛で平和を維持しているハーリット国にとっても大迷惑な話だ。
つまり暗殺という手段は取れない訳だ。
それならどうすれば良いのかというと……。
「無視で良いよね?」
「そうね。今まで通り無視で良いと思うわ」
今まで通りにスルーすれば良いだけの話だ。
そもそも、あの王族に協力する義理などないのだから。
◇◆◇
「くそっ! あの外民めが!」
一方で協力を無下にされた王族は怒り狂っていた。
「この私が協力を要請しているのだから喜んで協力します、だろうが!」
「落ち着いてください、殿下」
「俺を……殿下と呼ぶなぁっ!」
殿下とは国王になっていない王子、もしくは王女の呼ばれ方だ。
既に40近い年齢の王族は殿下と呼ばれることが気に食わなかった。
「俺のことは陛下と呼べ!」
「……それは出来ません。私があなたを陛下と呼ぶ時は国を取り戻し、そして頂きに王冠を擁立して国王として立った時だけです。それまで殿下は殿下です」
「くぅ……分かっておるわ!」
融通の利かない護衛に王族は益々激昂する。
「それにしても忌々しい! 本当にあんな奴らの力を借りねばならんのか?」
「白銀のアルメリアの名は魔王軍にすら恐れられています。そして、その息子も最速でAランクに駆け上がった実力者です。あの2人の協力無くして魔王軍を打ち崩すことは出来ません」
「だが、どうしろというのだ? あの2人、まるでやる気がなかったぞ!」
「それを何とかして協力を取り付けるのが殿下の役目です」
「クソがっ!」
王族から見ても、あの2人の協力を取り付けることが容易ではないことは想像がついた。
だが、そうしなければ国と取り戻すことが出来ないというのであれば……。
(何か……何か思いつけ!)
必死に頭を振り絞って考えるのだった。
◇◇◇
面倒な王族をスルーした俺は日常に戻った。
「今更土地を返せと言われても困るだけですわ」
「そうだよなぁ。そもそも、あの王族だってあの土地に入ったことはないだろうし」
あの王族は40代くらいに見えたから、生まれた時には既に国を捨てて逃げた後だった筈だ。
話くらいは聞いていたかもしれないが、本人が国に入った事もないくせに今更領有を主張しても説得力がない。
「そもそも国を守ることも出来ずに逃げ出した王族の子孫なわけだから、今更感が半端ないよなぁ」
あそこは自分の土地だと主張するのは自由だが、それを自分の力で取り戻せていない時点で主張に意味はない。
「でも、あの方々素直に諦めるでしょうか?」
「……無理かな」
今までずっと協定を盾に周辺国に協力を強制してきたわけだし、ここで諦めるような潔さがあったら最初から来ていない。
そもそも王族というのは傲慢で自分勝手な生き物なのだ。
普通なら邪魔者として暗殺されて終わりなのだけど……。
「やっぱ、あの護衛が厄介だよなぁ」
あの護衛が無駄に優秀で忠誠心が高いせいで、暗殺が失敗した時のリスクが半端なく上がってしまっている。
俺と母なら高確率で護衛諸共暗殺出来ると思うのだが、確実ではなく高確率としか表現出来ないところが問題なのだ。
それこそ万が一、失敗した時は人類の敵ルート一直線だ。
だから俺も母もスルーが無難として無視するしかなかった。
「あなたとお義母様が協力しても駄目なんて、あの護衛はそんなの強いのですか?」
「戦えば確実に俺と母さんが勝つよ。だが時間を稼がれて王族を逃がされる可能性を否定出来ない。つまり瞬殺出来ない可能性があるってことだ」
俺や母が使う広範囲殲滅魔法は暗殺には不向きだ。
確実に敵を仕留めなければいけないのに威力が分散する範囲魔法は防がれる可能性がある。
だから威力が高い単体攻撃魔法がベストなのだが、相手が達人の場合は避けられてしまう可能性がある。
何をどうしたところで最終的には俺達が勝つだろうが、そうやって時間を稼がれている間に王族に逃げられたら人類の敵ルートに突入で俺達の負けだ。
「確かに厄介ですわね」
事情を理解したセイナは深く嘆息した。
◇◇◇
あの王族のことも問題だが、それ以外でも問題なんて発生するもんだ。
その日、俺がセイナと一緒に村の中をお散歩していると……。
「セイナ!」
唐突に1人の少年が現れてセイナを呼び止めた。
「……誰?」
村では見かけない少年で、俺には見覚えのない少年だった。
「……ラーエン」
だがセイナは知っているようで少年の名前を口走る。
「良かった、やっと見つけた。さぁ、一緒に帰ろう!」
そう言って少年は駆け寄って来るが、俺が間に入って遮る。
「なんだ、お前は。邪魔だよ!」
「誰だか知らないが、人の妻にちょっかい出そうというなら容赦はしない」
「妻……だと!」
やっと俺を認識したのか鋭い目で睨みつけて来る。
「帰って下さい。わたくしは、もうこの方の妻なのです」
「セイ……ナ」
だがセイナに言われるとショックを受けたようで、泣きそうな顔でトボトボと去って行った。
「それで、誰だったんだ?」
「実家の隣の家に住んでいた男の子ですわ。子供の頃は仲が良くて一緒に遊んだりもしたのですが、大きくなってきたら意地悪をされるようになって疎遠になっていました」
「あぁ~……」
それはあれだ。
男の子によくある傾向で、好きな子に意地悪をしてしまうというアレだ。
きっとセイナの胸が大きくなってきた辺りから女の子として意識しだして、恥ずかしさを誤魔化す為に意地悪をしていたのだろう。
「ってことはハーリット国の出身ってこと?」
「はい。本来は諜報課以外が国外に出ることは禁止されている筈ですが、どうやって村までやって来たのでしょうか? 彼は長男なので普通に農家を継いだ筈なのですが」
「道理で」
俺は少年と言っていたが、顔立ちの割に体格は立派で身長は180センチ以上あったし、筋肉も相当付いていた。
農作業で鍛えられたのだろう。
(あれは拗らせているな)
きっとセイナへの片思いを拗らせて勝手に国を飛び出してきてしまったのだろう。
「ハーリット軍は何をしているんだか」
「あ、そうですわ。諜報課がラーエンのことを把握していないとは思えません。きっと探しているでしょうから誰かに連絡しなくては」
「……そうだな」
勝手に国を飛び出した奴なんて優先順位は低いだろうから、報告されても諜報課は面倒だと思うだけだと思うけど。
「とりあえず父さんに報告しておこう」
「そうですわね。お義父様なら、わたくしよりも諜報課に伝手がおありでしょうし、なにか連絡手段を確保しているかもしれませんわ」
「…………」
淡々と作業を進めるセイナだが……。
「セイナ。俺は信じても良いんだよな? あの男と国に帰ったりしないよな?」
「あなた」
嫉妬してセイナに尋ねてしまった俺だが……。
「ありえませんわ。わたくしはあなたを愛しております。どうか信じて下さいませ」
「ああ。愛しているよ、セイナ」
「はい、あなた♡」
俺がセイナを抱きしめるとセイナも強く俺を抱き返してくれた。




