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第10話 【魔王軍の存在と父の秘密】

 

 俺は考える。


 俺の魔法の研究は順調だし、冒険者としてもAランクに昇格した。


 そんな俺の人生に足りないものと言えば……。


「ヒロインが足りない」


 女である。


 そもそも俺の人生に登場した女と言えば魔法学校でちょっと喋っただけのクラスメイトとか、冒険者ギルドの名前も知らない受付嬢とか、行き遅れの潔癖さんとかである。


 それ以外は――全部、母だ。


「実の母がヒロインだなんて俺は認めん。認めんぞぉ」


 確かに母は若々しくて美人だと思うが、俺はマザコンではないのである。






 とりあえず父に相談してみた。


「父さん、俺には母さん以外の女性との出会いの機会がないんだ」


「……魔法学校で友達を作れば良かったんじゃないかい?」


「そんな正論は聞きたくなかった」


 ボッチに友達とか都市伝説なんだよ。


「父さんの知り合いに良い感じの女性とかいないの?」


「……お母さんと結婚してからは女性との付き合いが一切遮断されてしまったからなぁ」


「あ、そうですか」


 まぁ、あの母ならそうなるか。




 ◇◇◇




 その日、俺が母に呼ばれて部屋に行くと――ガチャンと手錠を掛けられた。


「はぇ?」


 唐突な出来事に俺は困惑する。


「さぁ、アトゥムちゃん。この手錠を頑張って外してみなさい」


「なんなんだ、それ」


 俺は魔法で手錠を外そうと試みて……。


「はれ? 上手く魔力が練れない」


「そうよ。これは魔力の働きを阻害する効果を持った手錠なの。並の魔法使いでは、この手錠を付けられた時点で魔法が使えなくなってしまうわ」


「マジかぁ~」


 まさか、そんな手錠が存在していたとは。


「阻害効果に負けないように魔力を力強く練り上げて、繊細に制御して手錠を外すのよ」


「また難易度の高いことを」


「大丈夫よ。アトゥムちゃんなら出来るわ」


「あ、はい」


 そうして俺は母に手錠を掛けられたまま過ごすことになった。


 本当に難易度が高くてなかなか手錠を外すことは出来ず、食事やトイレは兎も角、お風呂に入れないのがきつかったのだが……。


「えいっ」


 母が清魔法で身体と服の汚れを一瞬で綺麗にしてくれた。


「母さん、何それ?」


「新しく開発した清浄魔法よ。身体や服の汚れを一瞬で落とす魔法ね」


「何それ、凄い。俺にも教えて」


「手錠を外せたらね」


「ぐぬぬ……」


 俺は必死に手錠を外す為に頑張った。




 ◇◇◇




 結局、手錠を外すのに1週間も掛かってしまった。


 母が言っていた力強く魔力を練り、繊細に制御する、を成立させるのは想像以上に難しかったのだ。


「はぁ。やっと外れた」


 そうして、やっと手錠を外せてホッと一息吐く。


「よく頑張ったわね、アトゥムちゃん」


「……そうだね。これで王国軍に拘束されても自力で何とか出来るよ」


「…………」


 母の意図を俺なり解釈してみたのだが、母は俺を無言で撫でてくれただけで何も言ってくれなかった。


 やはり王国軍が接触して来たことがきっかけでの訓練だったようだ。


 お陰で王国軍に拘束されて人質になるなんて無様は避けられそうだ。


「それより母さん、清浄魔法を教えて」


「良いわよ♪」


 ついでに母から清浄魔法を教わって、俺はまた1つ魔法使いと成長することが出来たのだった。




 ◇◇◇




 影属性の魔法を習得して、清浄魔法を覚えたら――いよいよやることがなくなった。


「母さん、可愛いお嫁さんが欲しいです」


「お母さんみたいな?」


「……ソウデスネ」


 母が美人であることは事実なので否定しないが、母みたいなお嫁さんは欲しくない。


「うぅ~ん。でもアトゥムちゃんと同じ年頃の女の子の知り合いはいないのよねぇ」


「そうですか」


 まぁ、あんまり期待していなかったけど。


「ちなみにお母さんは18歳の時にお父さんと結婚して、19歳の時のアトゥムちゃんを産んだのよ」


「そ、そうですか」


 こんな時、どんな表情をすれば良いのか分からない。笑えば良いのか?


 というか母の恋愛事情とか、本当にきっつい。


「それよりも次の課題ね。雷属性の雷速って、とっても速くて便利よね?」


「そうだね。凄く速いね」


 オークロードも鎧袖一触だった。


「でも、その速さが仇になる時もあるわ。魔物なんかの力押ししかしてこない相手には効果的だけど、達人にカウンターされると……困ったことになってしまうわ」


「速過ぎて自分で制御出来ないからカウンターに弱いってことね」


「そういうことね」


 某忍者漫画でも似たような展開があった気がする。


「驚異的な動体視力でも手に入れれば何とかなるかな?」


「そうね。そうすれば雷速の速度も微調整出来るかもね」


 とは言っても、そんな動体視力が一朝一夕で身に付くわけがない。


「そう。戦士のお父さんなら凄い動体視力を持っているけど、私達のような魔法使いにそれは無理よ」


「それなら、どうすんの?」


 この母が解決法もない問題を提示して来るとは思えない。


「要するに自分の目の動体視力を上げることが出来ないんだったら、こっちを改造すれば良いのよ」


 そう言って母は俺が肩に乗せていた疑似眼球を掴む。


「ああ。確かに自分の目を改造するのは無理だけど、疑似眼球なら何とかなるか」


 自分の目が無理なら第3の目として作り出した疑似眼球を改造すれば良い訳だ。


「さぁ、お母さんと一緒に疑似眼球に高い動体視力を身に付けさせましょうね」


「あ、はい」


 どうやら母も改造はこれからだったようだ。




 ◇◇◇




 疑似眼球の動体視力を向上させて見ている場面がコマ送りのように見えるように設定するまで2週間も掛かった。


「ふむふむ、良い感じね。これなら雷速にも対応出来るわ」


「……そっすねぇ」


 正直、母との共同作業は想像以上に大変だった。


 この母、天才過ぎて無茶ぶりが酷かったのだ。


 何度もリテイクされて気苦労が多かった。


 お陰で疑似眼球はパワーアップしたのだが……。


「それじゃ実戦テストといきましょうか」


「はい?」


 この母は何を言い出すのだろう?






「というわけで本当に雷速を制御出来ているのかどうか確かめる為のテストを行います」


「あ、はい」


「お母さんが用意したコースを踏破出来れば合格です」


 要するにアスレチックコースみたいなものだ。


「それでは雷速を用意」


 俺は言われたとおりに雷速を発動させる。


「スタート!」


 そしてスタートと同時に一歩を踏み出して……。


「ぶべぇっ!」


 一歩目で盛大にこけて地面に顔面を強打する羽目になった。


「ぐぉぉぉっ!」


「ちゃんと足元にも注意しないと駄目よぉ」


 よく見ればスタート地点に足を引っかける細いロープが設置してあり、どうやらこれに躓いたらしい。


「こんなの狡いよ、母さん」


「泣き言を言わないの。さぁ、立ってもう1回よ」


「……はい」


 俺はその後も母の意地悪な仕掛けに引っ掛かり、何度も泣かされることになったのだった。






「ぜぃ……! ぜぃ……! ぜぃ……!」


 半日後、やっとゴールした俺は当然のように疲労困憊だった。


「うんうん。これで雷速の制御は完璧ね」


「……そっすねぇ」


 確かに雷速の制御は完璧かもしれないが、俺は心に深い傷を負ったよ。




 ◇◇◇




 俺は自宅のソファに寝そべりながら自己投影魔法で自分のスタータスを確認してみた。



・アトゥム

 土属性 レベル10★

  重属性 レベル6

 水属性 レベル10★

  清属性 レベル5

 木属性 レベル10★

  樹属性 レベル5

 風属性 レベル9

 氷属性 レベル7

 火属性 レベル6

 雷属性 レベル10★

  天属性 レベル5

 光属性 レベル9

 影属性 レベル4


 俺のステータスには属性が沢山表示されているし、上位属性も4つある。


「母さん、魔法学校で言っていた成長限界とは何だったのでしょうか?」


 複数の属性に手を出すと途中で成長しなくなるんじゃなかったのか?


「さぁ? 少なくとも、お母さんはそんなもの感じたことはないわね」


「ですよねぇ~」


「単純に時間が足りなかったんじゃないかしら?」


「…………」


 それは俺も魔法学校の時に思ったことだ。


 つまり成長限界なんて気のせいだということだった。


「こんなにポンポン上がるのにねぇ」


「そうよねぇ」


 そう言って俺と母は笑い合ったのだが……。


「君達、それは外ではあんまり言わない方がいいと思うよ」


 父は割と本気で止めていた。


 これはあれだ。俺と母の基準が外では規格外とか言われる類の話だ。


 と言われても俺は母しか基準になる魔法使いがいないので、常識的な基準で測れと言われても困るだけだが。


「というか俺って母さん以外の魔法使いを見かけたことがないんだけど」


 一応、潔癖さんには偶に会うが、あの人の魔法って見たことないし。


「アトゥムちゃんは世間知らずだからねぇ」


「…………」


 絶対に母にだけは言われたくない台詞だった。


 俺自身も世間知らずな自覚はあるが、絶対に母の方が世間知らずなのだから。


 勿論、正直にそんなことを言ったりしないが。






「さて、アトゥムちゃん。あなたに大事な話があります」


「へ?」


 唐突に真面目な顔で語り出した母に俺は困惑する。


「この国では、というより、この大陸では常に強い戦力が求められているわ」


「大陸……」


 俺はこの国から出たことはないが、確かに国があるのなら、それを囲む海がある筈で、そうである以上は、ここは大陸なのだ。


「さて。どうして戦力を求めているのか分かるかしら?」


「それは……侵略とか防衛の為じゃない」


「うぅ~ん。まぁ、正解かしら?」


 どう見ても正解ではない顔で正解という母。


「正解は、この大陸は現在ある国……というか民族? から侵略戦争を仕掛けられているからです」


「ほぇ?」


「そして、その民族は……魔王軍と呼ばれています」


「はぁっ!?」


 流石にそれは予想の斜め上なんですけど。


「魔王軍はとっても強くてねぇ。兵士1人1人がAランクの冒険者並みの力を持っていたの」


「終わってるじゃん」


「そうね。実際に魔王軍はあっという間に大陸の1部を侵略して完全に制圧してしまったのよ。そして、それが今から50年前の話」


「ん?」


「魔王軍の侵略はそこでストップしたのだけど、その切り取られた領土を収めていた王族は黙っていられなかったわ」


「……だろうね」


 ある日、当然に魔王軍がやって来て自分の国を制圧して乗っ取ってしまったわけだから。


「というか、なんで魔王軍は侵略をストップした訳?」


「単純に魔王軍の目的が大陸の一部を領有することだったからよ」


「?」


「話によると魔王軍が元々住んでいた大陸は不毛の大地で、まともに作物も育たない過酷な土地だったらしいのよ。それで豊かな大地を求めて人間の大陸を侵略しに来たって訳」


「あぁ~」


 そういうことね。


「ん? それなら、なんで侵略をストップする必要があったの?」


「魔王軍は民族だって言ったでしょう。元々少数の民族だったから広い領土を侵略しても管理しきれなかったのよ。総人口から考えても1つの国で十分だったの」


「ああ、そういうことね」


 確かに無駄に侵略しても土地を持て余すだけだ。


「そして魔王軍は現地の住民を捕虜にした後、その捕虜を参考にして……農業を開始したわ」


「だろうねぇ」


 今まで不毛の大地に居たのなら農業のノウハウなんてあるわけもなく、現地人に教えてもらうのが1番だ。


「結果、豊作に次ぐ豊作で、魔王軍は不毛の大地に残して来た人達を呼び寄せて大規模農業を開始したわ」


「平和だねぇ」


「侵略された側の気持ちを無視すれば、ね」


「あぁ~。やっぱり黙っていなかったわけだ」


「特に制圧された国の王族は声高々に自分達の正当性を主張して、正義の名の元に奪還作戦を提案して戦力を集めたわ。まぁ、魔王軍の防衛部隊に蹴散らされたんだけど」


「ですよねぇ~」


 必要な土地は確保出来たのだから、後は専守防衛で護るだけで良い。


 元々魔王軍の方が戦力は圧倒的に上なのだから、防衛体制さえ整ってしまえば侵略を防衛するなんて楽勝だっただろう。


 元々防衛の方が有利なんだし。


「正直、もう50年も前の話だし、奪還作戦はことごとく失敗するしで、もう魔王軍を1つの国として認めてしまえっていう意見が多いのだけど……」


「それでは納得しない奴らがいるわけだ」


「そう。大陸には協定があるから元の国の王族が主張し続ける限り戦力を出さない訳にはいかないのよ」


「厄介な奴らだなぁ」


 国を奪われて悔しいのは分かるけど、さっさと諦めればいいのに。


「その戦力は国にとっては負担が大きくてね。この国の王国軍や騎士団からも主力と呼ばれる戦力が魔王軍との最前線に送られていて、毎回のようにボロ負けして帰って来るのよ」


「あ~、だから母さんが王国軍相手に大暴れしてもお咎めなしだったんだ」


 主力が不在だから本格的に母に暴れられると困るわけだ。


「……アトゥムちゃん?」


「ひっ。な、なんでもありません、お母様」


 怖ぇ~。睨まれただけで背筋が凍るわ。


「こほん。兎も角、そういう訳でアトゥムちゃんも王国軍や騎士団にスカウトされても誘いに乗らないようにね」


「分かりました」


 確かに俺や母のような戦力は喉から手が出るほど欲しいだろう。


 とは言え俺らが侵略戦争に手を貸す義理もないし、魔王軍なんて危なそうな連中を相手にしてやる義理もない。


「寧ろ、魔王軍はとても理性的なのだけどね。必要以上に領土を求めなかったし、捕虜になった人達も今は平和に暮らしながら農業に従事しているし」


「まぁ、50年も経てば世代交代で生まれた時から暮らしている土地だからね。最初から魔王軍の農民として生きていれば抵抗もないだろうし」


「本当よね。誰か迷惑な王族を黙らせてくれないかしら」


 普通に考えたら暗殺者とか送り込まれそうなものだけど……。


「元は王族なだけあって防備は完璧なのよね。王宮から持ち出した財宝もあって資金は潤沢だし、先祖代々の忠誠を誓う護衛もいるしね」


「うへぇ~」


 無駄に自己防衛だけは優秀なタイプか。


「お陰で惰性で戦力を送る羽目になって各国は迷惑しているみたいだけどね。まぁ、常に戦争状態だから無駄に人間同士の争いが起こっていないことが救いかしら?」


「ああ、無駄に平和になると上の人間は欲をかいて馬鹿をやらかすって奴? だから戦争状態が続いていると余計なことが出来ないんだ」


「そういうことね」


 戦地に送り込まれる王国軍や騎士団の主力には申し訳ないが、こうして戦争状態が続ていた方が庶民は平和な訳だ。


「侵略を受ける魔王軍にとっては迷惑な話かもしれないけど、このままの方が平和なのよねぇ」


「そだね。魔王軍には頑張ってもらいたいね」


 俺と母は2人で笑い合ったのだった。


「それにしても母さんって凄く事情に詳しいんだね」


「それはそうよ。だって、お父さんは魔王軍の諜報員だったのだから」


「…………はい?」


 なんか最後に特大の爆弾を投げられたんだが?




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