第9話 【白銀のアルメリア】
例の件から1ヵ月が経過して俺は無事にAランクに昇格した。
ちなみに15歳でAランクという訳にはいかず、先日無事に誕生日が来たので俺は16歳になっていた。
更に言えば母がAランクになったのも16歳の誕生日という話だったので、冒険者ギルドの規定で俺が16歳になるのを待っていたようだ。
母の時も功績は15歳の時点で溜まっていたが体裁の為に16歳になるのを待ってからAランクに昇格したようだ。
「冒険者って体面を気にするもんなんだなぁ」
「お恥ずかしい限りです」
馴染みの受付嬢も馬鹿らしいと思っているのか冒険者ギルドの上層部には呆れているようだ。
「そもそも15歳だろうと16歳だろうと、大して変わりはないというのに」
「そらそうだ」
今更1歳くらい歳を取ったからと言って何が変わるというのか。
「というか、君ってあの後どうなったの?」
「あの後?」
「突然アルメリア様が現れて君を連れて行ったじゃない」
「あぁ~……」
受付嬢から見たら俺がドナドナされたようにしか見えなかったわけだ。
「あの後、長~いお説教で精神をズタボロにされて、それからは延々と魔法の特訓をさせられていたな」
「それで1ヵ月も顔を出さなかったんだ」
お陰で雷速は大分安定してきたが、まだまだ母には叶わない。
副次効果として飛行魔法も安定性が増したので時速30キロでの飛行が可能になった。
ぶっちゃけ、飛行魔法は重属性で自分の掛かる重力を遮断して、その上で風魔法を推進力に使うだけなのだが、スピードを出すとバランスが取れなくなってしまうのだ。
その為、今まではゆっくりしか飛ぶことが出来なかったのだが、今回のことで魔力制御が鍛えられたので少しはスピードが出せるようになった。
本気でスピードを出そうと思ったら、やはり母並みの魔力制御が必要になるけど。
Aランクになった俺は冒険者ギルドの片隅の席に座ってぼ~っとしていた。
今日も仕事をしようと思って冒険者ギルドに来たのだが、生憎と今のところAランクに任せる依頼はないらしい。
まぁ、そんなにポンポンAランク用の依頼が来ていたら街になんて住んでいられないか。
前回のオークロード討伐戦があったばかりだし、暫くは大きな依頼は来ないだろうという話だった。
ちなみに前回は俺1人で数千個のオークの魔石やオークロードの魔石を提出して一財産を築く収入があったが、色々と経費が掛かった為か報酬はまだ支払われていない。
今は特に金が必要なわけでもないし別に良いんだけど。
「おい! 詐欺師!」
そうして俺がボンヤリしていたら唐突に机が強く叩かれて、視線を向けたら1人の少年が机を叩いた体勢のまま俺を睨みつけていた。
少年とは言ったが俺よりは年上で17~18歳くらいの少年だ。
「?」
困惑して首を傾げると少年は益々激昂して……。
「お前に言ってんだよ、このイカサマ野郎!」
「イカサマ?」
なんのこっちゃ。
「お前みたいなガキがAランクとか、どうせズルしたに決まっている!」
「あぁ~……」
どうやら16歳になったばかりの俺がAランクというのが気に入らないらしい。
実際に俺は16歳で歳相応の見た目だしな。
とは言え、真面に相手をするのも馬鹿らしいので俺は右手の一指し指で少年に触れて……。
「ぎゃっ!」
人が気絶する程度に加減した電撃を流してやった。
狙い通りに少年は気絶して――ついでに失禁してしまった。
(あ~らら。知~らないっと)
俺は早々に席を離れて失禁した少年から距離を取ることにした。
「……災難でしたね」
俺が少年から離れると馴染みの受付嬢が声を掛けて来る。
「あれ、なんな訳?」
「Bランクのリックさんです。ついでに言うと君が来るまで18歳でBランクになった将来有望な冒険者として注目を集めていました」
「それで、いきなり俺がAランクになったのが気に入らなくて絡んで来たと?」
「恐らくは」
「くだらねぇ」
冒険者は年功序列ではなく実力主義の世界だ。
Aランクとして認められた俺に、どうしてBランクの少年が勝てると思ったのか。
「リックさんは20歳までにはAランクに昇格するだろうと言われていましたから。いきなり追い抜かれたのが悔しかったのだと思います」
「益々知ったこっちゃないな」
俺は勿論だが、母だって自身の最速記録に拘りなんてなかっただろう。
「…………」
こういうところが一部の人に嫌われる由縁なのかもしれない。
「後で私の方から注意しておきます。まぁ、あの感じだと立ち直るには時間が掛かりそうですが」
まぁ、人前で失禁とか普通に恥だからな。
仕事がなかった俺は早々に家に帰って母を相手に愚痴っていた。
「母さん、Aランクって……暇」
「それはそうでしょう。Aランクの役割は緊急時の備えだからね。通常時にAランクに求められるのは最大戦力の維持であって、緊急時に働けば文句なんて言われないのよ」
「なるほどねぇ~」
Aランクに求められるのは緊急時の最大戦力であって、通常時は戦力を維持しつつ大人しくしてて欲しい訳だ。
「母さんって結婚する時に冒険者ギルドに引き留められなかった?」
「そりゃ引き留められたわよ。泣き落としとか脅迫とか、あの手この手で冒険者の席だけでも残そうとして来たわ。まぁ全部蹴ったけど」
「うへぇ~、母さんに席を残して非常時に召集しようって魂胆が丸見えだ」
「冒険者ギルドって、そういう組織なのよ」
「俺も辞める時はキッパリと辞めることにするわ」
「そうしなさい」
俺は母に倣って冒険者を引退する時は席など残さずにキッパリと辞めることを決意した。
「俺はどうすっかなぁ」
まだまだ魔法の研鑽は終わっていないが、もう合成したい魔法とか思い浮かばない。
敢えて言うなら――空間魔法。
便利なアイテムボックスとか転移の魔法があれば異世界チートらしいと言えるのだが、空間魔法って、どんな属性を使えば実現出来るのだろう?
「母さん、闇属性の魔法ってどんなのなの?」
「闇属性の魔法?」
母は少しだけ考える。
「そうねぇ。世間からあまり良い印象を持たれていない属性かしら」
「なんか呪いとかを扱う属性だって聞いたけど」
「それもあるけど、別に呪いの専門の属性って訳でもないのよ。寧ろ呪いに対抗する為に必要な属性だし、国の暗部なんかは大量の闇属性の魔法使いを抱えていると言われているわ」
「ほぇ~」
「流石にお母さんも闇属性は持っていないし、使い方も分からないけど……何か思いついたのかしら?」
「……まだ考え中」
闇属性の魔法の中にアイテムボックスや転移に近い魔法があるんじゃないかと思っただけ。
でも闇属性か。
光属性は4属性全てを合成することで習得出来たけど、闇属性はどうだろう?
俺は相変らず魔力の塊で作った球体をクルクル回しながら考えていたのだが……。
「あ」
唐突に魔力の感覚が変わって、慌てて自己投影してみる。
・アトゥム
土属性 レベル10★
重属性 レベル6
水属性 レベル10★
清属性 レベル5
木属性 レベル10★
樹属性 レベル1
風属性 レベル8
氷属性 レベル7
火属性 レベル6
雷属性 レベル10★
天属性 レベル3
光属性 レベル8
木属性がカンストして樹属性が出現していた。
「母さん……」
「樹属性は広範囲に植物を生やせる属性よ。お母さんもやってみたけど、その気になれば森が作れるわよ」
「……そうですか」
やはり母は俺より先に木属性をカンストさせていた。
うん。この人は間違いなく人のやる気を削ぐ天才だわ。
◇◇◇
Aランクになって冒険者としての仕事が一段落してしまった俺は家で魔法の研究に集中することにした。
今は4属性をカンストさせようと火属性と風属性のレベル上げを頑張っているところだ。
「闇属性……闇属性ねぇ」
ちなみに母も魔法の研究に参加しているので、どういう組み合わせをすれば闇属性が発生するのかを考えている。
とは言え手持ちの属性の組み合わせは無数にあるので簡単には見つからない。
(闇、ねぇ)
俺はふと思いついて光属性と土属性の合成を試してみる。
もう何度も行って来た2つの属性の合成なので、魔力を調整して2つの魔力を合成した結果……。
・アトゥム
土属性 レベル10★
重属性 レベル6
水属性 レベル10★
清属性 レベル5
木属性 レベル10★
樹属性 レベル2
風属性 レベル8
氷属性 レベル7
火属性 レベル6
雷属性 レベル10★
天属性 レベル3
光属性 レベル8
影属性 レベル1
「……あれ?」
想定していた闇属性ではなく影属性が出ていた。
「なるほど。物質である土属性に光属性を当てれば影が出来るって訳ね。アトゥムちゃんの、こういう発想は見事だわ」
「……お母様? 実は自己投影魔法が進化して他者投影魔法とかになっていたりしませんか?」
たった今取得したばかりの影属性を看破されて、明らかに母は俺のステータスを覗けていると確信してしまった。
「うふふ。相手の魔力を看破する要領でやると覗けちゃうのよねぇ」
「くっ……!」
それはつまり母の防壁を突破出来ない俺には母のステータスは覗けないということだ。
「さてと」
母は何気ない仕草で光属性と土属性の魔力を出すと、その2つの魔力をあっさりと合成してみせる。
「ふむふむ。なるほどねぇ」
そうして数秒だけ考察すると――自分の影にトプンと潜り込んだ。
「はぇ?」
それから数秒後で母は影から顔だけを出して……。
「影空間の中は真っ暗で何も見えないわ。事前に疑似眼球を出しておかないと駄目ね」
疑似眼球を出してから再び影に潜っていった。
「……お母様、置いていかないでください」
俺にも影魔法の教授をプリーズ。
「どうやら影から影に移動出来る魔法みたいね。それに……」
ある程度の考察を終えた母は俺に向かって影魔法の実践結果を教えてくれる。
ついでというように母は部屋にあった荷物を影の中に放り込んでいく。
「影空間の中は広いから適当な荷物を入れることも出来るわね」
「お、おぉ~」
「アトゥムちゃんのやりたかったことって、こういうことでしょう?」
「あ、はい」
ちょっと想定とは違ったが、これはまさに俺がやりたかったアイテムボックスだ。
「これも便利よねぇ。荷物を全部影空間に仕舞っておけるから手ぶらで移動出来るわ」
「……お母様? 心が読めたりしませんよね?」
この人、どうして俺の考えていることが分かるのだろう。
「うふふ。なんとなくアトゥムちゃんの考えていることは分かるのよねぇ。これが母の愛かしら?」
(ぜってぇ違う)
母のこれは驚異的な洞察力とかであって、絶対に母の愛は関係ない。
「どういう意味かしら?」
「いひゃひゃっ!」
当然、俺の考えていることなど筒抜けなので頬を抓られた。
母の愛って痛い。
◇◇◇
その日、俺が影魔法の練習をしていると唐突に玄関の扉がノックされた。
「お客さん?」
「かしら?」
母が困惑しながら扉を開けると、そこには立派な鎧を着た数人の男が立っていた。
「失礼。こちらアルメリア様のお宅で間違いないでしょうか?」
そして先頭に立った男が丁寧な口調で訪ねて来る。
「あら、隊長さん」
どうやら母はそいつを知っているらしい。
「これはアルメリア様。お久しぶりでございます」
「本当、お久しぶりねぇ~」
母は呑気に話しているが、俺は当然のように置いてきぼりである。
「母さんの知り合い?」
というわけで父の方に話を振ってみる。
「ああ、あれは王国軍の隊長を務めていた人だな」
「王国軍?」
「……お母さんが冒険者を引退した時に色々とあったんだ。本当に色々と」
「そ、そうなんだ」
どうやら母は冒険者ギルドだけでなく王国軍にも目を付けられていたようだ。
「あの時のお母さんは王国軍相手に大暴れしてな……」
「あなた」
「……なんでもありません」
我が家のヒエラルキーは母が頂点なので父でも逆らえないのである。
どうやら当時の母は王国軍と揉めて大暴れしたようだけど……。
(王国軍程度が母さんに勝てる訳ないよなぁ)
どちらが勝ったのかなんて考えるまでもない。
我が家の母は暴君なのである。
「アトゥムちゃん。今、何を考えたのか言ってごらんなさい」
「なんでもありません、お母様!」
我が家のヒエラルキーは――以下略。
「それで、何の御用なのかしら?」
「はい。実は先日のオークロード討伐戦において、御子息が目覚ましい活躍をされたと聞き、確認の為にお尋ねすることになりました」
「ちなうんよ。あれはちなうんらよ。あんなデカいだけのオークがオークロードだなんて知なかなかったんよ」
「そうよね。オークロードとオークの違いが大きさだけなんて誰も教えてくれないものね。あれは間違えても仕方ないと思うのよ」
「ですよね」
母が共感してくれたので俺は大きく頷く。
「大きさだけでなく強さも桁違いの筈ですが……」
「え? 雑魚だよね?」
「雑魚よねぇ」
俺と母の認識ではオークロードは雑魚以外の何者でなかった。
「……流石はアルメリア様の御子息です」
なんかよく分からないけど褒められたぞ、やった~。
「アトゥム。それは褒められたんじゃなくて呆れられているんだぞ」
「……知ってた」
俺が母と同類に見られるなんて凄く不本意です。
「どういう意味かしら?」
「尊敬しています、お母様!」
俺は必死に母の御機嫌を取ることになった。
◇◆◇
「ふぅ~」
帰り道、隊長と呼ばれていた男は深く――深く息を吐き出した。
「団長、あれは一体何だったのでしょうか?」
連れの男から団長と呼ばれる隊長は、昔は王国軍の隊長を務めていたが、今は王国騎士団の団長となっていた。
「白銀のアルメリアは未だに健在ということだ」
男は昔を思い出す。
王国軍の命令によって召集されたアルメリアは従軍を拒否し、捕らえるように命令を受けた隊長達を相手に――大暴れした。
「あれは……今思い出しても怖気が走る」
火魔法、水魔法、風魔法、土魔法と様々な魔法を次々繰り出しては王国軍を蹂躙していった白銀のアルメリアの噂は未だに鎮火の様子を見せない。
王国軍でも教訓は安易にAランクの魔法使いを怒らせるな、となっている。
「そ、そこまでですか……」
「しかも今は戦力が2倍だからな。御子息がオークロードを雑魚と断言した時は震えが止まらなかった。しっかりと後継者が育っているということだ」
「……あれは冗談ではなかったのですね」
「少なくともアルメリア様は本気だっただろうよ」
当時からアルメリアはオークロードなど歯牙にもかけないほどに強かった。
「どうして、そんな奴らが一介の冒険者として生活しているんですか。ちゃんと管理しなくちゃ駄目じゃないですか」
「……管理出来るのか?」
「え?」
「あの2人の化け物をどうやって管理する? 力では勝てないんだぞ。奴らは感知能力も優れているぞ。隠れて監視なんて不可能だ」
「あ……うぅ、えっと、その……」
「我々に出来るのは、あの化け物達が穏やかに暮らして暴れ出さないことを祈るくらいだ。間違っても管理しようなどとは思わないことだ。冗談抜きで国が亡ぶぞ」
「…………」
連れの男は絶句して黙り込んだのだった。




