14 誓約
アタラリックの葬儀が終わってから幾週かが過ぎた。
王宮の廊にはふたたび政務に通う者たちの足音が行き交い、訴えの巻物と各地からの報告が卓の上に積もっていく。アマラスンタはその山を見やり、新たな羊皮紙を一枚引き寄せた。
アタラリックの後を継ぐ名を公にする前に、人々の前に立つ者への見方を改めさせねばならぬ。噂に傷の残る名に冠を載せれば王坐そのものが疑われる。彼女はそう考え、傍に控える侍従に視線を向けた。
「テオダハドと叔母上をこちらへ。ラヴェンナと近隣の都市、それから砦を預かる者たちに送る書状の支度もさせよ」
侍従が退出すると、ほどなく扉の外で名乗りの声が届く。許しを与えると、テオダハドとアマラフリダが意気揚々とした足取りで入ってきた。
「お呼びと聞き、参りました」
胸に手を当てたテオダハドが頭を垂れる。アマラフリダもまた姪に一礼した。
「いつ声が掛かるかと待ち侘びましたよ、アマラスンタ。国の務めをこの子にも担わせたいと長く願っておりました」
アマラスンタは卓上の巻物に視線を落とす。
「各地からの報せには、傷んだ神殿や実りの乏しさから続く飢え、兵の糧秣の不足が並んでおります。王家の名を掲げる者がその場に立てば民や兵の心もいくらか軽くなりましょう。……テオダハド、そなたにこの務めを負ってもらいたいのだ」
テオダハドの眉がかすかに動いた。
「どのように立ち振る舞えばよろしいか」
「崩れかけた神殿の石を積み直し、貧しき者には麦を分けよ。砦を巡り、槍と盾の列の前に立って言葉を交わし、誰のために武具を取るのかを共に思い起こさせるのだ。その費えの一部は、そなたの蔵から出されたと文に記す」
アマラフリダが、控えめに一歩進み出る。
「わたくしも異存はありませんよ。この子は若き日よりローマの学びに親しみ、書と理を好みました。人々の前に立つ務めならば、気質にも沿いましょう」
テオダハドは過る記憶を押し包み、穏やかな笑みを浮かべてみせた。トスカーナの地を失った日の痛みは消えていない。それでも今は、そのことを表に出すときではない。
「王家の名にふさわしくあれるよう努めましょう。テオドリック陛下の御代に受けた恩を、いささかでも返す折ともなりましょうから」
アマラスンタはうなずき、あらかじめ用意しておいた書状の束を侍従に手渡した。
「ラヴェンナから近郊の都市、砦まで、書簡はすでにしたためてある。顔を見せれば民も兵も耳を貸そう。そなたの名がそこにどう刻まれるかは、そなた自身の振る舞いが定める」
こうしてテオダハドは宮城を発ち、各地へ向かうことになる。
その後の月日、神殿の修繕や施し、兵への心づけにまつわる報せとともに、テオダハドの名もまた人々の口を渡っていった。古くからの噂はたやすく消えはしないが、政庁で後継を論じる席では、あからさまな嘲りを交えた言葉は次第に姿を消しつつある。
それからもしばらく各地への働きを続けさせたのち、アマラスンタはテオダハドをひとり政務の間に招いた。
卓には帝国の法を記した巻物が広げられている。父の代から王国を支えてきた文であり、彼女が政を執るあいだ片時も手放さなかった拠りどころであった。
「来たか、テオダハド。今日は戯れの話では済まぬ」
テオダハドは膝を折り、促されて席に着く。
「このところの働きについては、すでに報を受け取っている。よくやってくれたな」
「では、ご下命にいささかは応えられたのでありましょう」
アマラスンタはうなずいた。
「だからこそ、ここから先のことを定めねばならぬ。その前に誓いを結ぶ」
テオダハドの目が細められる。
「どのような誓いにございますか」
「まず、この国を法によって治めると約せ。ここにある巻物を冠より貴いものと仰ぎ、己の気分で曲げぬと誓うのだ」
アマラスンタは前に置かれた巻物に手を添えた。
「次に、軽々しく兵を動かすな。怒りや欲に駆られて剣を抜けば、傷つくのは民の身だ。戦を選ぶときは、他の手立てが尽きたあとと心得よ」
「肝に銘じましょう」
「また、ゴートとローマを隔てた扱いは許さぬ。父の御代に保たれてきた均衡を崩せば、この国の土台はひび割れる。王として坐につくとき、出自によって人を分けてはならぬ」
テオダハドは口を引き結ぶ。
「承りました」
「さらに、王の名を笠に着て己の財を増やす振る舞いを慎め。訴えに背を向け、欲を満たすために権威を振るえば、そのたびに王国の名が痩せていく」
アマラスンタの声には、自らに言い聞かせる響きも交じっていた。
「そしてもうひとつ。王としての名はそなたに移すが、政の舵はこれまでどおりわたくしの手にも残さねばならぬ。長く仕えてきた者への処し方や国の行く末を左右する定めごとは、わたくしの意見を退けて勝手に決めてはならぬ」
テオダハドはわずかに首をかしげる。
「名は私にあれど、政の大事はアマラスンタ殿と共に定める、ということにございましょうか」
「そうだ。これはそなたを縛る綱であると同時に、わたくし自身をも縛る誓いだ。約した道から逸れぬよう、互いにこの言葉で自らをつなぎとめる」
テオダハドは姿勢を正し、声を落として答えた。
「今お示しになったことのすべてを王としての誓いといたしましょう。ここに言葉を立てます」
彼は従順な面を保ったまま、冠へ通じる道を受け入れる。
× × ×
王家の墓所へ降りる階段は、潮風の届かぬところにあった。
アマラスンタは燭台を持ち、石の段をひとつずつ踏んでいく。壁に刻まれた名が行く手に並び、その末に父と息子の碑が続いていた。
「父上」
まず声に出したのは、その一言である。彼女は掌を石に当て、息を吸った。
「王国を守るため、テオダハドに王位を渡します。法を外さず、戦を好まず、ゴートとローマを隔てぬと誓わせました。これまでと同じく、わたくしも政務からは退きません」
言い終えると、アマラスンタはもうひとつの碑へと向き直る。アタラリックの名は、まだ刻まれたばかりであった。
「アタラリック。もっと早く、この決め事を行うべきであったのかもしれぬな。そなたがまだ学びの間に通っていたころに、重荷を分かち合う相手を据えておくべきだった」
政務に追われる日々の中で、息子から目を離した場面がいくつも思い起こされる。あのとき別の道を選んでいればと悔やむ思いは、いかなる言葉を連ねても消えることはない。
「遅すぎた詫びに過ぎぬと知りながら、それでも告げておきたい。そなたのあとを守る形を、ようやく定めたのだと」
アマラスンタは手を離し、両の墓碑に視線を巡らせた。父と息子に向けた言葉は、自らの背にも刻まれている。誓いを破れば、その烙印はまず自分に押されよう。
燭台の火が揺れた。アマラスンタは身を返し、階段を登っていく。墓所を背に置きながら、これから掲げる名をひとつひとつ数えるように歩を進めた。




