12 糾弾
幾人もの使いが並ぶ政務の間で、アマラスンタはその訴えを順に聞いていた。昨今、とりわけ多いのはトスカーナの名を記したものである。筆跡も言葉づかいも異なるのに、内容はどれも似通っていた。
「次の書簡を」
書記官が進み出て、封泥を割った羊皮紙を掲げる。
「近年、テオダハド様が幾度も来て、理由を示さず畑の境を改め……」
アマラスンタは手をかざして言葉を止めた。
「要だけを読め。同じ嘆きが続いておろう」
書記官はうなずき、別の巻物に目を移す。
「葡萄畑を代価もなく取り上げられた者、井戸へ至る道をふさがれた者……それから貸し付けを偽りの証文とされ家ごと奪われた者、ですな。やはり年ごとの貢を怠った覚えはない、とあります」
列のうしろに控えていた男が、恐る恐る一歩前に出た。
「陛下のお耳をわずらわせたくはないのですが、申さねば村が消えます。ある朝など、畑の境の石が動いておりました。役人に問い合わせても、ここから先はテオダハド様の地と申すばかりにて」
言い終えると男は項垂れる。
アマラスンタは視線を移し、別の書簡を指さした。
「王家の地にかかわる訴えもあると聞いたが」
呼ばれた女が一人、手に羊皮紙を抱いて進み出る。
「私どもの畑は、もとより王家より賜った地にございます。それがいつの間にか、テオダハド様の印で塗りかえられておりました」
書記官が書簡を受け取り、端から端まで目を通す。
アマラスンタは小さくうなずいた。王家の地を、親族といえども勝手に簿へ移すことは許されぬ。
「テオダハドから弁明の文は届いておるか」
「いまだにございません」
書記官の答えに、アマラスンタは巻物の束をひとまとめにさせた。
「ならば、こちらから召さねばならぬな。訴えの要を抜き出し、法に照らした問いを備えよ。王家の地の扱いについても漏らさず記すのだ」
書記官たちは頭を垂れ、それぞれの卓へ散っていく。
アマラスンタは立ち上がり、トスカーナと記された書簡を両腕に抱えた。これらはもはや一地方の嘆きとは言えず、王国そのものを傷つける手である。
× × ×
幾日かのち、王宮の広間に諸侯が並んだ。アマラスンタは玉坐の一段下の席にあり、卓上にトスカーナの訴えを積ませている。
扉が開くと、テオダハドが現れた。帝都で学んだ者らしく礼は正しいが、その目はいかにも利を勘定する者そのものである。
「テオダハド」
名を呼ぶと、テオダハドは定められた場所まで進み出て膝を折った。
「ここに並ぶ巻物は、いずれもトスカーナにおける所領の移り変わりについての訴えである。まず要を読み上げよ」
書記官が巻物をひらく。
「テオダハド殿の手の者らが武装して村に入り、畑の境を改めたとあります」
別の巻物がひらかれ、同様の訴えが続いた。
「今読み上げた訴えを、そなたは虚しき言とみなすか。どうだ」
テオダハドは顔を上げる。
「従姉妹殿。トスカーナの地は、もとより荒れた畑も多うございます。私が手を加えねば貢もおぼつかぬ村もありました。境を改めたことはありましょうが、それは地を肥やし、王国の益を増すためにほかなりませぬ」
声は自らの勘定を正しきものと信じているものであった。
アマラスンタは卓の端の巻物を取り上げる。
「では、これはどうか。王家より賜った地が、いつのまにかそなたの簿に移されている。王家の私領を、いかなる訳あって自らの所領とした」
テオダハドはつと視線をそらした。
「その地もまた、私が守り、耕してきたものにございます。名義を改めたのは、管理を容易にするためにて……」
言葉はそこで途切れる。列のあいだから、訴えに名を連ねた男が一人進み出た。
「その畑は先王の御代より王家の地として村ごとに割り当てられておりました。我らは貢を欠かさず納めてまいりました。それをある年を境に、テオダハド様の地と印を改めると告げられたのでございます」
証文が掲げられ、書記が日付と印を読み上げる。集められた訴えと照らしあわせても、王家の地からテオダハドの簿へ名が移っていることは明らかであった。
「そなたの才が紙とペンの上にあることは、先王の代より知っている。ゆえにこそトスカーナの地を預けるに足ると見なされたのであろう。しかし、その才を用いて弱き者から地を奪い、王家の所領までも机上で動かしたのであれば、もはや託すべき務めとは言えぬ」
アマラスンタは玉坐の上の王の印に視線をやり、それからテオダハドに向き直る。
「告発者たちの証言と証文により、テオダハドの行いは明らかとなった。不当に奪った地と家屋はすべて元の持ち主に返させる。王家の地として扱うべき畑と村は、しかるべき役人に引き渡し、記録も改めよ」
アマラスンタは言葉を区切り、最後の宣告を加えた。
「テオダハド。これまで預けていた務めを解き、トスカーナの地を治める権を解く」
書記官が決裁の文を書き上げると、アマラスンタは息を吐く。
列を下がらせると、アマラスンタは広間をあとにして政務の間へ戻った。卓の上には朝と変わらぬ巻物の山が残っている。トスカーナの訴えを一まとめに脇へ置かせ、ほかの文に印を押し言葉を書き添えていくうちに、日脚は知らぬ間に傾いていた。
アマラスンタはペンを置き、卓の一角に積み分けたトスカーナの巻物を見る。あれらはもはや結びを与えた書簡であった。一通ごとにテオダハドに託された信のほどが剝がれ落ちていく。親族であろうと法をねじ曲げる振る舞いが明らかになった以上、政の任から外すほかなかった。
テオダハドは文字の扱いに長け、地と財の流れを読む目を持っている。その力を公のために向けていたならば、トスカーナを治めるうえでどれほど頼もしい手となったか。器そのものは、捨てるには惜しいほどのものであった。
巻物から視線を外すと、別の顔が思い浮かぶ。アタラリックだ。十六となった若き王は、なお寝台を離れられずにいる。医官は酒を禁じ、薬と食事の加減に細かく目を配っているはずだが、近ごろの報告では同年代の若者たちが見舞いと称して葡萄酒の壺を持ち込み、本人もそれを拒まぬのだという。
病と戦う身でありながら杯に手を伸ばす姿を想うと、アマラスンタの胸には別種の痛みが走った。もはや骨ばかりとなった我が子の手の感触が、いまも指先に残っている。節制を求める言葉を選んで告げても、アタラリックのまなざしには倦んだ陰りが差していた。彼は身を立て直すより先に、疲れから逃れる道を探している。
ひとりは欲を抑えきれず地を数え、ひとりは疲れと痛みに追われて杯へ逃げていた。どちらも本来なら、この国を支える名になるはずであった。いまはそのどちらにも、国の行く末を託すことはできぬ。
港の方角から、荷車の動く音がかすかに届いた。ラヴェンナの営みは王宮の奥で何が決められようと、次の刻へ向かって進んでいく。アマラスンタは新しい羊皮紙を引き寄せ、ペンを握り直した。頼みうる肩が自分のほかに見当たらぬ以上、今日書き記した裁きもこれから記す一つ一つの文字も、己の責で受けねばならぬ。




