番外編・奪われた晩餐会3
サーシャが洞窟の中へ入っていく。
サーシャは私と同じ突然変異だけれど、突然変異はそれぞれがそれぞれの特性を持つ。私の場合は、魔眼と視認している生き物の筋肉を一部操る能力なのに対し、サーシャの場合は、身体能力の向上が顕著だ。
それは、筋肉が着きやすいとか、そういう次元では無い。運動能力を魔力が補完するため、筋肉が必要無いのだ。
だから、サーシャは戦士にしては筋肉が少なく、それでも、特に速さにおいては誰にも負けないくらいの身体能力だ。どれくらいの身体能力かというと……魔眼で洞窟内を見る。中はそんなに広くない。そんなに広くない中に10人前後の男が居るのだから、床の空き面積は少ない。――だから、サーシャは壁を走った。
光で目が潰れて何も見えない野盗の背後に回り込み、その武器を奪取する。奪取したのは数本の矢だ。スレンダーな少女は寡黙に、淡々と、その矢を野盗の内もものズボンにのみ突き刺した上で、膝を叩いて屈ませ、そして、その矢を地面に突き刺す。野盗は矢によって地面に繋がれた状態になった。
そして、次の獲物を確認する。
武器を取り上げられ体勢を崩された男が驚いた声を挙げる。入口から最も遠い場所が襲われた事に、野盗達は動揺する。皆が一斉に、サーシャが居たほうに身体を向ける。だが、その先にはもうサーシャは居ない。サーシャは再び壁を足場にして、野盗の群れの真ん中に飛び移っていた。その場で、2人の野盗に同じ事をする。
「くそが、遠距離武器か」
勘違いした野盗の頭が入口のほうに姿勢を向け直す。サーシャはそっぽを向いてくれた野盗2人の服の首元を引っ張り、重ねる。野盗も抵抗をしようとするが、奇襲なのもあり、サーシャのほうが力が強かった。2人の男は地面に倒れ、引っ張られた服を重ねて矢の杭で地面に繋がれる。何が起きたかは理解していない。
そろそろ見え始めてもおかしくは無い。だが、戦闘出来そうな野盗は残り2人。あとは怪我人。
サーシャは頭では無いほうに駆け寄り、武器を叩き落とし、首元に刃物を当てながら、頭との距離を取った。
これで、
「サーシャの制圧が完了したわ」
内部の状況を伝える。
「ありがとう、クリスティーナ。じゃぁ、行こうか」
そして、アルメルが洞窟内部へと足を進める。
「なんなんだてめぇら……見逃したんじゃなかったのか、嘘つきどもが……」
目が見えるようになったらしい頭が、状況を理解して悪態を吐く。嘘つき、という言葉が、主に私に向けられていたようなので、私は、心外ね、と不服を申し立てた。
「私は見逃したわよ? でも、私の旦那が、あなた達に用があるみたいだったから」
話をアルメルのほうへと促す。サーシャに人質を取られている頭は身動きひとつ取れずにアルメルを見る。
アルメルは「うんうん、なるほど、なるほど」と洞窟内をひとしきり観察してから、こう切り出した。
「物資が相当枯渇しているようだ。どうしてこうなるまで村を襲わなかった?」
その問いに、頬をひくつかせた。
「なんの関係がある? 結局殺したくなったってんならとっとと殺せや」
その口調に、反応を示したのはサーシャだ。
「こいつ、生意気。痛めつけ、必要?」
「不要だよ。あ、そうだ、サーシャ、不殺の占領、ありがとう。後で何か欲しいものをあげよう」
「欲しいもの……そういえば、お腹減った」
「食べ物でも、後でね~」
苦笑して返すアルメル。やり取りだけは平和だが、状況は平和では無い。当然、野盗の頭は不快感を表明する。
「舐めてんじゃねぇぞ。嬲るために来たのか?」
「嬲るなんて、そんな趣味は俺には無い。答えてくれないのかな。どうして、これほど枯渇するまで村を襲わなかったのか」
こういう時、少し、アルメルが怖くなる。
口調は丁寧で、声音は優しい。確かに相手に投げかけている言葉なのに、その心は相手に向いていない。そういう時の話し方だ。
野盗は答えず、アルメルを睨む。
すると、アルメルの質問に代わりに答えたのは、アルメルだった。
「盗賊として新しくて、まだ村を襲うのに抵抗があるのかな」
頭の表情が豹変する。敵意を剥き出しに警戒する野犬のような表情から、ヒステリックに爆発したケダモノと化す。
「だから! てめぇになんの関係があんだボケがぁああ!」
人質を無視して襲い掛かろうと踏み込んできたため、その足の動きを私の能力で止める。でも、私が止めるまでも無かったと思う。シンシアの剣が、既にアルメルの前で構えられていた。
しかし、当のアルメルは、シンシアと私に下がるよう、身振りのみで伝える。
「村人の死者が居なかった。シンシアの増援が早かったとはいえ、自警団4,5人で、奇襲を仕掛けてきた10人以上の野盗から死人ゼロはおかしい。殺す気が無かったんだ」
「黙れっつってんだよボケ」
「え、いや、黙れは初めて言われたよ?」
「だ、だだ…………黙れやぁあ!」
またも私とシンシアが間に入る。不用意に煽らないで欲しい。少し、いたたまれない。
「シンシア、クリスティーナ、サーシャの3人は強い。めちゃくちゃ強い。それにしたって相手にならなすぎる。統率が取れている割には、実力が足りていない」
「…………くそが……」
それに関しては思うところがあったのか、大人しいリアクションだった。
それにしても、アルメルはいったい何を言っているのかしら。事実を分析しているのは理解できるのだけど、どこに話を持っていきたいのか解らない。
アルメルは続ける。
「冒険者としては活躍出来ず、生活出来るほど実力は無く、けれど稼ぐ手段が解らなかったから、野盗になるしか無かった。それでなってみたものの、すぐに強奪行為に慣れる事が出来なかった。こんなところかな」
「…………」
頭は黙って、青ざめ、ただ、斜め下を、呆然と眺めた。その表情が「なんで知っている?」と雄弁に語っている。
しかし、言われてみればその通りである事は否めない。10人強も居ながら、魔法使いが1人も居ないというのも粗末な話だ。奪う側に回るための戦力として、あまりにも未熟過ぎる。1人1人が弱いという話では無い。勝つための準備が出来ていないという話だ。
「これらから導き出される回答は、こうだ」アルメルはカツカツと洞窟内を歩きながら話を続ける「君が探しているのは食い扶持だ。違うかな?」
そう言いながら、サーシャが野盗を地面に繋ぎとめていた矢を1本外し、1人の野盗を解放した。
自分達が何故動けないのか、おそらく、私のせいで勘違いしていたらしい野盗達は、一斉に自分を縛り付けていた矢を地面から引き抜く。そうして自由の身になっても、すぐには私達に襲い掛からない。
シンシアと、私と、サーシャの3人それぞれの制圧術でもって、実力差は理解させている。その上で、アルメルという、武力を必要としない制圧が目の前で起きている。
「君達は、思った事が無いかな。この世界は理不尽だと」
思った事はある。そう同意しかけたところで、これは野盗向けの『ぷれぜん』なのだと察知し、心を遮断する。アルメルはたまに口が上手すぎる時があり、こういう時のアルメルは基本的に『詐欺師』だと思うようにしている。
「俺は思った事しかない。武術最強のスレイン兄さま、魔法で活躍中のアルフレッド兄さま、この兄2人をもって、自分には何も無い。何故、世界はこうも理不尽なのか……そう思っていたのに、自分はまだ恵まれていて、民草は生活は貧しく、不自由で、俺のような貴族は、ただ産まれただけで恵まれていたんだと思うほどに格差があって……俺は、それが許せなかった。だから、様々な開発を始めたんだ!」
すごく良い話をしているようだけれど、嘘である。
アルメルは言っていた。生活水準の改善は、自分や身内のためだと。
そんな遠大な計画とは聞いた事が無い。
「アルメルライト、すなわち魔法灯の開発が成った時、俺は誓った……人々の生活を変えると。民草に寄り添い、人々の生活を豊かにすることに尽力すると!!」
嘘である。自分の欲望のために商品開発したら結果が着いてきたというだけである。
ただこれは、アルメルが望んでいたものが、皆も望んでいたから、という結果なので、結果的には嘘では無い。後付けのお為ごかし、というやつだ。
そして、アルメルは言い切る。
「でも、それを成すには人手が居る。……お前も、労働力にならないか」
と。




