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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
第3章・食糧事情が問題だったので

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第26話・悪役は居なくとも憐憫は悲痛には至るようで

「美味いにしても……凄まじいな……」


「食べた事があるのに、食べた事が無い味ですね」


 貴族としては高貴な食事を、野戦下においてはワイルドな食事を様々経験してきたであろう2人の口から、少しばかり不思議な感想が漏れ出る。しかし、理に適った感想ではあると思う。


 お父様が言う凄まじいというのは、味のインパクトの事だろう。トマト、にんにく、たまねぎ、塩といくつかのハーブで香り付けをした、この時代においては刺激たっぷりの味だから、インパクトは強い。


 そして、スレイン兄の食べた事があるというのも当然。全て、この街で採れる素材しか使っていないのだから。そして、スパイス効果以外の野菜も、たっぷりと混ざっている。


「トマトをまるまる煮込んで、そこにいくつかの野菜をスパイスとして投入し、刺激たっぷりにしました。従来ならば贅沢な食べ方ですが、これからは、この街、パラノメールにおいては、これがスタンダードとなります。その証拠に、ほら」


 俺はプレゼンを欠かさない。


 ケイネスさん達の前にも同じ食事が用意されたかと思うと、次々と同じ料理が運ばれてくる。そして、ケイネスさんは言うのだ。


「全員分用意しております。使いの皆さまも、召し上がってください。これは、ギルドに併設している酒場で出そうとしている通常メニューですから、これくらいの人数分は普通にご用意できます」


 勿論、多少の見栄は張ってもらった。それなりの金は払っている。しかしまぁ、世界のための投資だと思えば安いものだ。


 何口かパスタを口に運んだスレイン兄が、次はスープにも手を伸ばす。


「お父様、このスープも素晴らしいです。知っている味な気がするのに、食べた事が無い、圧倒的に深みのある風味だ」


 スレイン兄の感覚の鋭さは、目や耳のみじゃなく、舌もそうらしい。ご名答、必ず食べた事がある。


「ああ、それなのに、どこか安心する味だ……」


 お父様もスープを口にした後、2人揃って「あー……」と息を吐いた。


 やはり、美味しい汁物を摂取すると声が出るというのは世界共通なのかもしれない。


 これは、野菜から摂ったブイヨンスープだ。


 野菜をたっぷり煮込み、濾して取り出した野菜出汁のスープ。


 その野菜は、煮崩れしにくい人参などはスープに入れているが、ぐずぐずになった野菜はあえてすり潰し、トマトソースパスタのソースに入れている。にんにくや玉ねぎなどのスパイシーさをマイルドに出来るよう、何を入れるかは料理長と試作を繰り返した。どれくらい試作を繰り返したかというとこの1年で屋敷のメイドの体重が全体的に増えたってくらい試作した。


 ギルドにも試作の協力を要請していた。かなり積極的に取り組んでくれていたらしく、そのおかげで諸々の研究が捗った。どれくらい協力してくれたかというとギルドの受付嬢の体型が見るからに、ちょっとだけふくよかになったと解るくらいに協力してくれた。


 そして当然、それが出来るのは他でもない。野菜の供給あってこそだ。


 屋敷とギルド限定とはいえ、関係者が()()()()()()()()()になるほど、食べ物があるという事。その状態こそが、まさに、今回の開発の成功を証明している。


 お父様とスレイン兄が満足そうに食を進める。ジャンやフレイヤ、執事長、及び俺の使いであるサーシャとシンシアを残し、他の使用人達は酒場のほうへ連れていかれ、変わりに、残った使用人達はテーブルを囲む。


「それでは皆さん、私達も頂きましょう」


 普通の貴族なら、雇い主と雇われの者達が同じテーブル囲む事は、常識では無い。だが、だからこそこの場はあえてそうなるようにセッティングした。


 これはある種、ギルド側への牽制だ。


 この地、パラノメールで諸々が活躍できるのは、ファラン家の寛容さありきなのだと、懐の深さを見せつけるための場。勿論、そんな事はお父様にもスレイン兄にも伝えていない。2人は当たり前のように、使用人達と同じテーブルを囲む事を受け入れる。


 その様を見て、ケイネスさんは苦笑した。理解したのだろう、ギルドの他の支部に情報提供をしたって、この展開は真似出来ないと。


 まぁ、無魔力化空間装置については、どう足掻いても教会が世界中に広めるので、食料難自体は時間の問題だが、他の料理開発や拡散のシステムは真似出来まい。


 それに、なにより、この料理にも、外せない隠し開発がある。それは……調理器具だ。


 安定した火力で安定量煮込まなければ、野菜出汁は取れない。


 だが、木材を薪にして調理していたこの時代において、火加減の調整は至難の業。じっくりコトコト煮込むなんて出来るわけが無いのだ。という考えは、この瞬間をもって時代遅れとなった。


 石炭、木炭は、この世界にもある。


 貴重な光源のため、いち調理に使うには高価な石炭、木炭。だが、魔法灯の普及によってこれらの価値は暴落していた。それはそれで問題があった。


 だが、ならばそれらを料理用の道具とする場合、薪より遥かに安定して、即効で高火力を出せるため、加熱料理がひと段階進化する。


 なので、石炭、木炭を前提とした調理環境に改造した。


 困る事は無い。ただ、火力の準備が楽になり、高火力が出せるようになり、薪よりも優秀な燃料を料理に使えるようになっただけ。それだけの事。


 だが、この改造は、現代の知識が無いと難しいだろう。すぐに到達できるものでは無いと思う。


 うまい、おいしいと盛り上がる室内。気付けば外からも盛り上がりが聞こえて来た。よかった、多くの人の口に合ったようだ。


 ひとつ、息をする。それを、隣に居たクリスティーナは見逃さなかった。


「よかったわね。皆、良い顔よ」


 どこかのタイミングで両目を開けて、扉の向こうも見たらしい。開発成功の証拠を告げられ、微かに涙腺が緩む。しかし、これで終わりでは無い。


「お父様」


 俺は言う。


「この料理開発でもって、パラノメールの人口は、遠からず改善に向かうと、俺は考えます」


「ほう」


 お父様が食事の手を止めようとしたので、あ、いえ、続けてください、と食事の手を止めない事を進める。その態度に苦笑を見せた後、お父様は食事を再開する。お父様が食べているうちに、俺は言いきる事にした。


「10年前後は掛かるかもしれませんが、食事で生活の満足度を上げます。満足度が上がれば、余裕が産まれます。余裕が産まれれば、子供を産んでいる家庭はもう1人、産んでない家庭もせめて1人はと、子供を産んでくれるでしょう。ゆえに、無魔力空間装置とこの料理の完成をもって、お父様からご依頼いただいた人口の増加を、達成するものと考えます」


 それはすなわち、この仕事の、完遂宣言である。


 納品の瞬間である。


 お父様は、美味しいパスタを口に頬張り、苦笑する。どちらとも取れない笑みだった。


 だが、ふと、スレイン兄が食事の手を止めた。


 そして、こう言うのだ。




「いや、この料理と食料の安定受給を外部に売り込めば、移民によって即座に人口問題は解決するのでは?」




 と。


「…………え」


「…………え」


「…………え」


「…………え」


 同じ反応をした4人は、俺、クリスティーナ、シンシア、サーシャだ。この開発に魂を込めた面々であり、俺の身内達だ。


「おお、それはそうだな。よし、アルメル、もはや依頼は達成したと言える。褒美は期待して良い」


 と上機嫌なお父様だが、俺は今ちょっとそれどころでは無かった。


 そうだ。それがあった。外の街や国からの引っ越し。それへの考えが、どこかのタイミングで無くなっていた。


 とたんに、顔が赤く染まっていくのを自分で感じた。恥ずかしさに熱を帯びる。


 ――明るい未来が見えて来たとか、人々の幸せがどうのと、カッコいい台詞で各所への説得を試みたような気がしないでもないんだ。


 ひえ、もうひとつ前の段階で問題解決は出来てたのに、もしかして俺の交渉、カッコつけすぎぃ!?


 と、恥ずかしくなっていた俺の手を、何かを察したクリスティーナがこっそりと握ってくれた。


 彼女の顔を見る。目は閉じているが、口元は微笑んでいる。その微笑む口元にトマトソースがついていて、ああ、この現象もまた、世界共通なんだなと認識する。


「口元についてるよ、クリスティーナ」


 彼女の唇を指でなぞり、ソースをとって、自分の口に運ぶ。すると、


「アルメルだって」


 と、クリスティーナは破顔して、俺と同じように、俺の唇をなぞって、指先に着いたソースを自分で食べた。




 その瞬間。


 その感情は、唐突だった。


 その光景が、前世での記憶をいくつか呼び覚ます。




 社会人、元カノには口元についたケーキのクリームで「もーらい」とやられた気がする。


 学生時、同じ部活の仲間が、外で弁当を食いながら「ついてんぞ。ちげぇよ逆だよ」と笑ってくれた気がする。


 幼少期、お弁当ついてるよ、と、母親が米粒でやってくれた記憶がある気がする。


 後付けかもしれない。


 前世にあったご飯と似たような物を生み出せたため、執拗に前世を懐古しているのかもしれない。


 誰かを強く恋していた時、その仕草があったような気がした。


 誰かと強く信頼し合えていた時、その揶揄いがあった気がした。


 誰かに深く愛されていた時、そんな助けがあった気がした。


「…………アルメル?」


 ふと、クリスティーナが首を傾げ、俺の頬に手を伸ばし、目の下を指で撫でた。その仕草を終えたクリスティーナの指は、少しだけ濡れていた。


「ああ、ごめん、なんでもない。数年掛かりの開発が、うまくいって……その……」


 言い訳を考えながら、内に湧き出た感情が抑えられず、溢れだす。


 前世の食べ物が、前世の記憶と強く、深く、そして酷く、結びつく。


「クリスティーナと出会えたのも、この開発の期間内だった」


 元カノも現世ではとうにアラフォー。幸せにやっているだろうか。まぁ、強かな人だったし、なんとかはなっているだろう。


「沢山の人に支えられて、こここまでこれたと思う」


 きっと、前世の俺の葬式が開かれた。友人達や、仲間だった奴らは、どう思っただろう。「あいつ死んだんか、長生きすると思ってたー」くらい、気軽なら良いが。悲しんでいなければ良いが。


「これから、沢山の親が、沢山の子供を育てて……」


 涙を拭く。大丈夫、数滴で済んだ。


 心を強く持て。世の中、なるようにしかならない。




 ――愛してくれていた両親よりも先に死んだ前世が、どれほど親不幸だったかなど、今考えるだけ詮無き事。


 全く、食べ物というのは恐ろしい。ぶっちゃけ、前世における自分の名前さえいつの間にか思い出せなくなり、前世が何歳で死んだかも歳を追う毎に曖昧になっている状況だというのに、食べ物ひとつで、ここまで鮮明に、過去の想いを思い出せるのだ。




 籠の中の鳥を愛でる、籠の中の鳥。それが俺だった。


 前世の他人の記憶でもって、アルメル・オース・ファランという他人を、どこか他人事で観察していた。


 この時代に生きるアルメル・オース・ファランのフリをした人生。許される事と言えば、その範疇での物言いを忘れない発言ばかりだった。


 多くの関係者が、俺を天才だと、神童だと称えてくれた。


 だけど俺は常人じゃないから、その称賛には共感出来なかった。


 この世界の範疇に収まりつつも、出来る限りのパフォーマンスをする。その有様はまさに、籠の中の鳥だろう。




「ねぇ、クリスティーナ」


 だが、クリスティーナだけは知っている。俺が、普通の人では無いと。アルメル・オース・ファランという人間の皮を被った異世界転生の化け物だと。


 そして、クリスティーナもまた、自分を人間では無いと豪語しちゃってた可哀想系ヒロインだ。


 だからこそ、言う。


「今後もこんな感じで、ゆるーい感じになると思うけど、一緒に、ちょっとずつ、色んな大きな何かを少しだけ変える開発をしていきたいんだ。一緒に、そういう()()を、歩んでいこう」


 その言葉に、クリスティーナが強く、俺の手を握り返す。


「ええ」


 薄目で固めだけ、一瞬だけ開けて方向を確かめた上で、彼女はしっかりと俺の目を見て言う。


「――そのために、私は()()()に嫁いだのよ」


 と。





 ―――――(食糧事情が問題だったので・完)―――――

ToDoリスト


・既存の農業の問題点の発見及び改善。 ←clear

・場合によっては問題解決のための装置開発。 ←clear

・生産量を増やすための土地と人員確保。 ←clear

・場合によっては効率化のための道具開発。 ←change

・場合によっては調理器具の改善。 ←clear

・新料理開発。 ←clear

・新料理のレシピ拡散。 ←clear

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