第25話・まずはここからでしょう! と思ったので
そしてまた1年が過ぎ、俺は15歳の春となった。
月日が経てば研究は進む。今日はついに、5年を費やした開発のお披露目となる。
「一緒に来て頂いてありがとうございます、お父様、スレイン兄様」
数台の馬車を用いて、使用人数名、料理長、メイド数名と、護衛の騎士数名で、ギルドに脚を運んだ。
「いや、いいさ。最近来れていなかったから、懐かしいな」とお父様。
「見回りや遠征で確保した素材を売る事は今でも多いから、僕にとっては日常ですね」とスレイン兄。
2人とも堂々とした姿だ。ジャンとお父様お付きの執事長も毅然としているが、ギルドの賑やかに動揺しているメンバーも何人か居た。
冒険者や依頼人達がざわつく。そりゃ、この街を治める貴族が総出で騎士まで連れて現れればこうもなるか。
しかし、ギルドのベテラン受付嬢が、当たり前のように落ち着いた様子で、俺達を奥の部屋に案内する。その案内されたVIPルームで、お父様、スレイン兄、俺、クリスティーナの順で、エスコートされた通りに座る。クリスティーナは今、髪と目を隠す変装モードでカツラ&を閉じ全盲のフリをしているバージョンなので、受付嬢によるエスコートはより一層手厚かった。
「お待たせいたしました」
別に全く待っていない俺達に、部屋の奥から、待っていましたと言わんばかりの挨拶が向けられる。出て来たのは顔中傷だらけの翁だった。白髪なので翁だと解るが、後ろ姿だったら30代だと思いそうなほどしっかりとした体形と立ち姿、風格。
パラノメール支部のギルド長を務める、ケイネス・クラウゼルだ。この場を用意するのに何回か打ち合わせを重ねたので、俺も見知った仲と言えるだろう。
ケイネスさんは順番にファラン家に挨拶をしていき、俺との挨拶の際に目配せをしてきた。当然だ。この場を整えるのに、しばらく前から打ち合わせをしてきたのだから。目配せに対して俺が頷くと、こちらの料理長とメイドが数人どこかへ移動する。
「さっそくですが、ご報告をさせていただきましょう」
話題を切り出すケイネスさん。
5枚の紙をテーブルの上に並べた。
「こちらが、この5年間、この街と近隣の村で発生した、作物が魔物化した案件の数と依頼主です」
解りやすく、1枚に1年間分の情報を書いてくれている。順番に並べられているが、2年前から大幅に密度が下がっていた。無魔力空間装置を作り、教会と協力関係を築けてから、魔物化していない作物の種が流通するようになった。
そしてリストでは、作物の種を教会から仕入れているか否か、あるいは、俺が直接無魔力空間装置を提供した農家か否かもマークを記してくれている。それのおかげで、あの装置が関連した設備は、次の収獲時期以降作物が魔物化していないのが見て取れた。
「装置の運用は今のところ有効なようです。導入していない農家と比べれば、一目瞭然」
もう少し実験対象を増やせれば、より正確な資料になるのだろうが、如何せん、現段階でそれは高望みだろう。これについて正確なデータを取るには、多分、俺の人生では足りない。だから、ひとまず、『そう判断出来る』程度の状態で決め打ちをする。
その可視化された成果に、クリスティーナが安堵する。
「ひとまずは上手くいっているようでよかったわ」
素直に微笑み合う。しかし、
「でも、課題は多い。これからも気を抜かずに行こう」
「そうね」
引き締める事は忘れない。
例えば、最近魔法灯の不具合が頻発している。雑に扱っていればワーウルフの毛の接続がズレたり蝋や銅で加工している場所が壊れたりするのは当然だが、普通に使っている場合でも光が弱くなる、点灯時間が短くなる等が頻発している。諸々対応した結果、土くれのフィラメントは時間と共に少しずつ魔力が抜けていくという事が解った。経年劣化するのである。
それを思えば、無魔力空間装置も同じだと判断すべきだ。
「定期的なメンテナンスが必要だろう。装置全体の土壁に魔法をかけ直す必要があるから、冒険者に依頼するのが王道かな」
と俺は言う。
定期的なメンテナンス。
これは近代技術の発想だ。武器等を小まめに整備するのはあるようだが、設備という単位のものにメンテナンスが必要になる事はあまり無い。精密なものは少ないため、不便な変わりに、大抵は数十年単位で保つ。
「まぁそれくらいは問題ないでしょう」とケイネスが答える。「元々、魔物化した作物の対応が減るんです。仕事量で言うなら、まだマイナスだ」
その返答に、笑みを返す。業務量の管理、大事。
「因みにそのメンテナンスに関する費用は、やはり農家持ちになるのでしょうか」
暗に、ファラン家から支援出来ないかとお父様に持ち掛けてみるが、お父様は頷く。
「魔物化した作物の討伐依頼と、それによる損失が無くなるのだから、それくらいは持ってもらわねば困る。ここはイディムの森に隣接し魔獣被害も多い。隣国とも接しており防衛力は落とせない。軍事力以外へ出資出来る金は限られている」
それはそうだ。最初から言ってみただけではあるが、付け入る隙は無さそうだ。
「だが、教会で管理している分については、こちらが持とう。その装置を自前で持っている農家については、メンテナンスも自腹で行ってもらう」
「そうなると、教会が近くに無い、例えばイディムの森内の村々が大損です。なんとかなりませんか」
切実に言うと、お父様は少し考えた。
「それを管理する人間を用意してもらえる場合に限り、砦のいずれかにもその装置を備え付けるのはどうだ。パラノメールまで来るには遠いが、イディムの森を出たすぐ近くの砦なら、騎士達も近くに居るため魔獣被害も少なく、距離も相当な距離が短縮されるだろう」
かなりの無茶を提案してくれているようだが、もとはと言えばこの依頼はお父様からの依頼だ。お父様に頑張ってもらうのは当然の事だ。
「素晴らしいですね。また後日、詳細についてお話させてください」
「わかった」
そんな感じで淡々と進められる、無魔力化空間装置(名前未定)の今後の運用について。装置を実際に使うのは教会だが、諸々の手配もあるので、ギルドに仲介をお願いする流れとなった。
近所の農家は教会から直接種を買っているが、家が遠いとそうはいかない。となれば、誰かの仲介が必要になるのだが、商人に渡してしまうと誰に売りに行くか解らない。この食事改善はパラノメールの人口回復が目的なので、あまり関係無い土地に売られてしまうと困るのだ。
だから、冒険者ギルドに管理してもらう事になった。
そしてそれは、種だけの話では無い。
本当にやりたかった事は、ここからだ。
ふと、入口の扉を誰かが叩く。ケイネスさんが「入れ」と命じると、使用人の1人がケイネスさんの傍で行き「準備整いました」と耳打ちする。
するとケイネスさんは俺を見て、お互いに頷きあう。
「ところで皆さん、もうじき昼です。お腹がすいてきたでしょう。ギルド併設の酒場で出す予定の新メニュー、召し上がってください」
お父様とスレイン兄が返事をする間も無く、ぞろぞろと料理が運ばれる。
「この匂いは……」とスレイン兄が目を剥き、
「おお……」と、お父様は逆に目を閉じ、香りを楽しむ。
酸味とスパイスの効いた香りがする、赤いソースを絡めた麺。それと、柔らかく、どこか香ばしい透明な茶黄色のスープ。
餓死が身近な時代において、せっかく食べられる野菜を調味料にするなどという発想は豊富には無い。
そのため、知名度からすると長く古い歴史がありそうなのに、掘り下げると実は中世後期に流行し、民間にまで発展するのには長い時間が掛かった、贅沢な食べ物……だったはずのもの。
ケイネスさんが俺を見る。これの紹介は、俺の仕事ということだ。
勿論俺1人では完成しなかった。俺はこれのレシピを深くは知らなかったため、現代の味に近付けるのにいくらかの実験を要した。
それこそが、この料理。
俺は告げる。
「お召し上がりください。これからパラノメールの新名物を担う食べ物の、最初の一品。――トマトソースのパスタです」
と。
ToDoリスト
・既存の農業の問題点の発見及び改善。 ←clear
・場合によっては問題解決のための装置開発。 ←clear
・生産量を増やすための土地と人員確保。 ←clear
・場合によっては効率化のための道具開発。 ←change
・場合によっては調理器具の改善。 ←?
・新料理開発。 ←clear
・新料理のレシピ拡散。 ←now




