閑話休題・やはりその時が来たようで
一瞬で日々が過ぎていった。
教会との交渉、ギルドを通したエレメントのコアの確保、無魔力空間装置とそれによる恩恵の営業活動。
当然だが実験の手も緩めない。品質改善活動も同時に図る。
そうやって――3年の月日が経過した。
俺の体感で3年があっという間だったのは、俺が仕事と、身体の変化に追われていたからだ。これはまた別の話なのだが、この魂で2回目の成長痛とやらがとにかくやばかった。こんなに痛くてよくまぁ運動部がやれていたな、前世の自分、と驚いたものだ。
声変わりというのも、中々辛いものだったんだなと痛感した。いや、多分前世では、こんなに『相手のために喋るスキル』を気にしていなかったから苦痛では無かったのかもしれない。営業をする、という点で考えると、この声変わり特有の声の出なさは重大な弊害だった。
我が婚約者、クリスティーナは、もう婚約者が俺である事が恥ずかしいくらいに美人に成長している。12歳くらいの頃に俺の身長を抜かしてしまった時は流石に焦ったが、近年の成長期でなんとか追い抜かす事が出来たので、今は安心している。
たまに帰って実家で暮らし、たまにこっちへ来て気ままに暮らし、という自由な生活を送っているためか、日に日に計算高さを増して、今ではすっかり手玉に取られているような気がする。
シンシアとお父様は体力の低下が始まっていた。……やれ腰が痛いだの膝がどうのと和気あいあいと話しているのをよく聞く。騎士団長のジャンがそれを苦笑しながら聞いていたものだ。
そう、ジャン。ジャンといえば、この3年間のダイジェストで特大のニュースはジャンの結婚だ。お相手は、――メイドのウェインである。人間関係、どう転がるか解らない。見ていて面白いのはウェインとケイシーのやり取りだ。元々衝突しがちな2人で、堂々とお互いの考えの違いをぶつけ合っていたものだが、めでたく義理姉妹となった事で、衝突の仕方がおかしくなっていた。見ている分には面白いが、当人達にとっては胃が痛い話だろう。
メイド長が隠居し、フレイヤがメイド長に昇格した。お父様は俺に頭が上がらず、俺はフレイヤのイエスマンになる事こそ誇りだと考え一切逆らう気が無いので、既にこの屋敷の裏ボスと言えるかもしれない。アラフォーになっても可愛い。俺はクリスティーナ一筋なので嫁には貰えないが、誰か良い人が居たら紹介して幸せになって欲しい。誰かフレイヤを嫁に貰ってくれない? あ、でも仕事は続けてもらうので、その辺に理解のある人でお願いします。
スレイン兄は…………やめよう、これは別の話。21歳にして既に副団長だとか、国内で『剣聖』と呼ばれていて武闘派貴族が挨拶に来たり、スレイン兄の弟子になりたいからと遠路はるばる移住してくる剣士が国内外問わず発生して人口問題既に解決されてんじゃね? って思うくらいいるとか、そういう話は積もるほどあるが、そんなものは霞んでしまうくらいとんでもない案件を抱えて、お父様と喧嘩中なので、触れないでおこうと思う。
アルフレッド兄とリーシャ。魔都で何をしてるのか知らないけど、年々クールになっていった。現在、とある学術派の教授の元で働いているらしい。
で、リーシャと双子のサーシャ。ちょっとこれがまずい。何がまずいって、普通に可愛くてまずい。俺はクリスティーナ一筋なので問題は無いのだが、如何せん一緒に居るとドキドキしてしまうくらい可愛い。いや俺は問題無いんだけどね?
引き締まったスレンダーな17歳の少女。クールとおっとりの中間みたいなジト目。赤と青のオッドアイ。青い髪。ときめくなというほうが無理な話だ。クリスティーナ一筋であろうとも強制的にときめいてしまう。これは不可抗力。
しかしまぁ真面目な話、俺がクリスティーナ一筋であると言い続けるためにも、サーシャに良い人を引き合わせて結婚させなければならない。じゃないとそろそろ本気で俺の浮気心が……いやまぁクリスティーナ一筋だから大丈夫だけどね? ぜ、ぜんぜん。ほんとのほんとに。
いや、ほんとに…………14歳の性欲エグいって。
俺は辛うじて前世の記憶があるからなんとか抑えられてるけど、どう考えてもおかしいのだ。
部屋の掃除をしているサーシャ。絶対わざとでしょ、って文句を言いたくなるくらいにお尻を俺のほうに向けて屈むし、護衛活動中ホントに些細な事の度に「あぶない」と言いながら抱きしめて、無い胸を俺の顔に押し当ててくるし、お風呂の時に「アルメルの雇われとして背中を流す義務ある。お風呂、一緒する」とか言って半裸の状態で迫ってくるのだが、これらの行動が全て性的なアプローチに見えてしまう。サーシャも俺の事が好きで、もしかしたらクリスティーナとの交渉次第ではサーシャを愛人として迎え入れても皆ハッピーなんじゃないかって、もしやハーレムなんじゃないかって思う事もあるが、何を隠そう俺は精神年齢アラフォー。自制心は強い。
俺は知っているのだ、現代日本のSNSで散々見た。男がしがちな「こいつ俺の事好きなんじゃね?」という勘違いが女性にとってどれほど不快なものか、嫌というほど見せつけられてきた。
俺はサーシャを、大切に思っている。アルメル・オース・ファランにとって、かけがえのない存在だと把握している。だからこそ不快な思いをさせるわけにはいかない。俺は絶対に勘違いしない。勘違いしない。勘違いしない。クリスティーナ一筋、クリスティーナ一筋。
「例えばすり潰したニンニクや塩なんかは一般でも調味料として使われるけど、食べられる食材を調味料に、なっていうのは、一般に普及させるのは難しいんじゃないかしら。食材の普及としてではなく、意識、生き様として、抵抗があるはずよ」
庭にあるガゼボにて、14歳になった俺と、14歳になったクリスティーナがご飯開発のアイデアを交換していた。
クリスティーナはピンクの瞳を一瞬だけ、片目だけ開けて俺のほうを見てから、両目を閉じる。彼女の魔眼の特性ゆえの、癖の強い仕草。
「美味しさと安さを体感出来れば、その抵抗は無くなる。重要なのは最初の、調理法の伝達だ。街に掲示板を設置して、そこにレシピを掲載したいんだ」
言いながら人差し指でトントンと机をつつく。前世ではさりげなくやってしまっていた事なのだが、クリスティーナは気になったらしく、俺の手を、自分の手で覆うようにして、優しくその仕草を止めた。
「識字率の都合上、届けたい貧民街にほどその情報は届かないわよ」
厳しい指摘と、柔らかい手。その温度差に心臓が焼かれて、ついつい俺の手を覆うクリスティーナの手を握ってしまった。
「この開発の最重要事項は人口回復だ。貧民街にまで美味しいご飯を届けるのは、次の目標という事にしたいのだけど……」
言いながらクリスティーナの顔を見る。
両目を閉じたままだが魔眼ゆえに見えているクリスティーナは、わざとらしく目線を外し、
「そうね……でもやっぱり、食糧事情が改善するなら、そういうところからこそ、手を伸ばしたいわ」
と、こちらに視線を戻す。その視線の変更の勢い余って、さっきより顔が近くなる。なんて優しい子なんだ。優しい上に、ああ、近くで見ても可愛い。ちょっと前まで実家に帰っていたため久しぶりに会えた反動だろうか、ただひたすらに可愛い。もっと近くで、近すぎて見えなくなるくらいの近さで見たい。間違って唇と唇が接触してしまっても仕方がないくらいの距離感なのだし、もうちょっと近くで……
「そうだね、俺も本当はそう思っているのだけど……」
「ごほんっ!!」
唐突に、ガゼボの外で控えていたシンシアが、どう足掻いても注意を引くためだと隠す気が毛頭無い、強い咳払いをした。
俺とクリスティーナが揃って浮足立って、その勢いで距離が少し離れる。
しまった、シンシアのおかげで我に返った。普通に今、恋心に負けてた。正気じゃなかった。
平静を装うために「あはは、びっくりしたなぁ」と苦笑を浮かべながら周りを見て、シンシアと目線を合わせようとするが、シンシアはこちらを見ていない。どこも、誰の事も見ていない。まるで誰かを気遣って、俺達のイチャイチャを中断させたかのような表情。
この場に居るもう1人、ガゼボの外で護衛兼メイドとして控えていたサーシャを見る。
だが、サーシャの表情は見えない。何故なら、彼女は今、サングラスをしているからだ。
青い髪は隠していないが、そう、この3年間においてのもうひとつの変化点があった。それは、サーシャが、屋敷の中でも目を隠す時があるという事だ。
その理由は解らない。元傭兵として、サングラスに慣れようとしているのかもしれないし、俺の知らない所で何かがあったのかもしれない。俺の知る範疇だけで勝手に色々決めつけて勘違いしてはいけない。
でも、
「サーシャ、退屈なら、こっちに来て作戦会議に参加してくれないか?」
と、サーシャにも近くに居て欲しいという本当の欲求を隠して、声を掛ける。
するとサーシャは、サングラスをしたまま、
「……いいの?」
と聞いてきた。
念のため俺は隣のクリスティーナに問う。
「構わないかな」
と。
クリスティーナは少しだけ何かを真剣に考えた後、すぐに破顔した。
「どっちの隣に座る気かしら? 因みに、私の隣に来るなら抱き枕にされてしばらく身動きが取れなくなる事を覚悟してね」
その言葉に、サーシャは口元を緩めて、こう言った。
「身動きできないの、無理。アルメルの隣に行く」
深い意味は無い。勘違いしてはいけない。
でも、今はただ大人しく、思春期男子として正しく、可愛い女の子2人に挟まれて話し合いをする時間を楽しまなければならない。
絶対に、勘違いしては、いけない。
ToDoリスト
・既存の農業の問題点の発見及び改善。
・場合によっては問題解決のための装置開発。
・生産量を増やすための土地と人員確保。
・場合によっては効率化のための道具開発。
・場合によっては調理器具の改善。
・新料理開発。
・新料理のレシピ拡散。




