第24話・まさかの落とし穴なようで
「というわけで、こちらが扇風機になります」
数日で完成したそれを、屋敷の庭で、クリスティーナ、サーシャ、シンシアに披露した。
庭にある小川に小さな水車を作り、その水車に筒とギアを取り付ける事で、末端は水車の回転数の数倍は回転してくれる。そこに木製の羽を取り付ければ、扇風機の完成だ。
勿論、ケイシーに紹介してもらった職人さんに手伝って貰ったからこそであり、1人では到底作れなかった代物ではあるが、庭の小川程度でも微弱な風を起こせるようにはなった。農地にある用水路の水ならば十分だろう。
「ほんとだ。風、来てる」
と、扇風機の前でサーシャが髪をなびかせる。
「これで中に空気を送れる。その通気口もコアで処置しちゃえば、無魔力空間に空気も送れる」
つまり、これで、理屈が正しければ、既存の農業の問題点の発見及び改善、及び、場合によっては問題解決のための装置開発。これらのToDoリストは完了となる。
だが、まだだ。まだ歯茎を見せるのは早い。実験し、成功を見届けなければ、開発ではない。そして、この開発については、年月をかけるしかない。
いくつかの農家の協力は取り付けてある。あとは、天命を待つのみだ。
と、ただ待つだけで良いわけが無い。まだまだ課題は残っている。
・生産量を増やすための土地と人員確保。
・場合によっては効率化のための道具開発。
・場合によっては調理器具の改善。
・新料理開発。
・新料理のレシピ拡散。
「作物が種の段階で魔化するのか、花粉の段階で魔化するのかはこれからの実験で判明させたいところだが、この無魔力空間で作物の種を作る事になれば、農業に使える土地は減ってしまう。魔物化する作物が減りそれによる被害が無くなればトントンではあるだろうが、生産量を増やすにはやはり、土地と人員の確保は必須だろう」
考えながら言う。
サーシャが首を傾げる。
「土地は買収。人は雇用。これじゃダメ?」
「ダメという事は無いけど、それで改善出来るのは広い土地が付近にある麦畑だけなんだ。街中や森の中の村が面倒を見る畑は、簡単に面積の拡大が出来ない」
村ならばまだ近隣を伐採すれば面積の確保は出来るだろうが、問題は街中だ。
開いているスペースはあるにはあるが、その空きスペースが農家の近くとは限らない。
雇用に関しても問題がある。元を糾せばこれは人口を回復させるための開発だという問題だ。
「人が居なければ雇えない。それに、この作業は単純だけど、ドアの開けっ放しという単純なミスひとつで台無しになる、シビアな面もある。少なくとも実験段階においては、確実性が欲しい」
誰でも良いというわけでは無いのだ。
「実験の初期段階ではそれほどの人手は不要だ。バイト感覚で雇える、ポカしない人材の確保方法があると助かるのだけど……」
そんな都合の良い話があるわけないのだが、ふと、思いついた。
「ギルド」
ベビーシッターまでやるなんでも屋だ。なんとか体裁を整えればやってくれるんじゃなかろうか。
そう考えていたところに、クリスティーナがアイデアを乗せてきた。
「この開発なら、教会も協力してくれるのではないかしら」
「…………教会?」
盲点、というか、知識の浅い範疇だ。この世界の神学は未履修なのである。だから、何故この件が教会に絡むのか、解らなかった。
クリスティーナは俺の浅学を察し、人差し指を立てて説明する。
「教会は、魔獣被害に対して積極的にフォローしているのよ。そのうえ、生物に対する平等と魔獣被害の深刻さの板挟みになっているはず。魔化が防げる可能性は、教会にとっても有益なはずよ」
との事。
いまいちこの世界の宗教観念はピンと来ないが、当たってみる価値はありそうだ。
「なら、俺はギルドと、クリスティーナは教会と交渉する形にしてみても良いかな。人でを貸してください、みたいな交渉だ。その間にシンシアとサーシャは」
「いえ」クリスティーナは俺の発言を遮り、言った。「教会に依頼するのは、全部よ」
と。
庭に風が吹いた気がした。それは扇風機から送られてくる風だった。それなりに距離があるから、あの扇風機はここまで風を送れないはず。何故……と思ったら、話に飽きたサーシャが小川の水車を勢いよく回していた。あの影響で扇風機がやたらブンブン回っているようだ。
気を取り直してクリスティーナを見る。クリスティーナは待ってましたと言わんばかりに楽し気に微笑み、こう続ける。
「作物の種作りは、一通り全て教会に管理してもらうの。人も、場所も。農家はお布施変わりに、その種を『買い取る』ようにする。そうすれば、場所も、人材も、教会が用意してくれるわ」
少し、考える。考えるまでもない事を、考える。
そのシステムにした場合、農家は自分の土地を提供する事なく、全ての農地を収獲に費やせる。その上で作物の魔物化による収穫減が減るため、総収穫量は増える。
教会もお布施という収入源と仕事が増えるため、より多くの孤児を保護出来るかもしれない。
「いいね」俺はクリスティーナにサムズアップを送る。「それ、やってみよう」
決まった。方向性も、空気も決まった。と思ったのに、クリスティーナは首を傾げた。
「……その親指、なに?」
「…………え?」
なに、って、サムズアップだ。確かに大元は前世の物だが、この世界でもメイドやサーシャ、シンシアには伝わっていたし、メイドのフレイヤに至っては何度も俺にサムズアップを返してくれていた。
それなのに、この世界にサムズアップが無いなんて事は無いはずだ。クリスティーナが箱入り娘だから知らないだけだろう。と、思ったのも束の間、シンシアが種明かしをした。
「姫様、これは、アルメル様が嬉しい時にする癖みたいなもんすよ。同じようにして返すと喜ぶってメイドから教わったんで、返してみてください」
と。
そう、この世界にサムズアップなど無かったのだ。みんな、ただ、俺に合わせていただけなのだ。
この世界に生れ落ちて11年。貴族の産まれという強権力の恐ろしさをまざまざと感じた瞬間であった。
ToDoリスト
・既存の農業の問題点の発見及び改善。 ←now
・場合によっては問題解決のための装置開発。 ←now
・生産量を増やすための土地と人員確保。 ←now
・場合によっては効率化のための道具開発。 ←now
・場合によっては調理器具の改善。
・新料理開発。
・新料理のレシピ拡散。




