第18話・今は必ず誰かの影響を受けているようで
3泊した。
慣れた手つきで全てをこなすシンシアと、どこかイキイキとした様子で手伝うサーシャ。前世の過重労働を思い出して懐かしさからハイになっている俺と、初めての森が初めてのサバイバルになりテンション爆上げのクリスティーナで、3つのエレメントのコアを入手できた。
もう少し行けると興奮するクリスティーナだったが、「素面で興奮状態なのは限界間近の証拠」と言って宥めた。帰った頃には丁度限界だろう、と。確かに、残業時間そこそこになってからテンションが上がり始めるって事、よくあったなぁ。それで家についた瞬間ソファにバタン。よくあった。
そして帰路につく馬車の中。手に入ったエレメントのコアを、俺がひとつ、クリスティーナが2つ持って大切に抱きしめる。初めて自分で手に入れた魔獣の素材な気がする。そうか、これが達成感というやつか。
サーシャはエレメントのコア以外の素材を確認していた。シンシア曰く、少しでも状態の良いものを上にして提出したら高く売れる事があるとかなんとか。
その集めた素材だが、現地で解体した。正確には川沿いまで運び、川で血抜きをして、不要な部分は細かくして川に捨てた。肉などを地面に捨てるとどんな魔物が集まってくるか解らない。川の魔物が集まってきても行動範囲は限られるため、川に捨てたほうが安全なのだという。多分これはこの世界特有の常識だと思う。
何度か解体を体験した俺とクリスティーナ。最初は震えながらやったものだが、途中から感覚が麻痺して、遣り甲斐のようなものを感じていた。
屋敷についた。
シンシアが馬車を置きに行っている間に出迎えたウェインは、俺達を見るや否やギョッとし、大急ぎで他のメイドと連携。奥から来たフレイヤが俺達を庭のガゼボへと案内して、紅茶等やお菓子などを出してきた。
よくわからないまま数日ぶりの文明の味を口に入れる。
そこで合流したシンシアは何故か楽しそうに笑って、何かを言っていた。何を言っていたのか、記憶に無い。
大慌てで何かをしていたウェインは、まずクリスティーナとサーシャをどこかへ連れて行った。
いつの間にか合流していた呆れ顔のメイド長と楽しそうなシンシアが何かを話している。何を話しているのか、記憶に無い。
しばらくすると、シンシアに運ばれて、いつの間にか俺は風呂に入っていた。久々の温もりに、身震いするほどの感動を覚える。そうか、俺はここ数日、寒かったのか。確かに、屋内にすら居なかったものな。
良い匂いの石鹸で身体と髪を洗われ、自分自身が殺菌されているような感覚に陥る。ああそうか、俺は汚れていたんだ。数日ずっと外だもんな。沐浴を一度したくらいだものな。汚れているし、臭かったのかもしれない。お風呂で温まると気が抜けて、そのまま沈みそうになったところをシンシアに拾われた。
風呂を上がると、質素なご飯が用意されていた。サバイバル明けだからガッツリいきたいかな、と心は思っているのに、本能がその質素に感謝していた。ワインソースの肉よりも、塩を振っただけの卵がやたらと胃に優しい。
栄養を補給すると、俺とクリスティーナはメイド達に連れられて自分の部屋へ。
俺をベッドまで運んだウェインに、俺は何かを言った気がする。それでウェインに何かを言われた気がする。記憶に無い。
覚えているのは、幸福とは違う意味で、夢のような心地だったという事だ。
現実では無いような、フィルターが掛かっているような、時間は多分、夕方前。ああ、そう、夕方にもなっていないのにベットに入っているという事もまた現実味が無かった。
ただ、景色が曖昧だから視界がぐるぐる回っているのかな? と思った。世界がぐわんぐわんと歪む。ベッドに寝転がっていなかったら転んでいたかもしれない。
ふと、誰かが頭を撫でた。その手のひらのおかげで、平衡感覚を失っていた意識が揺れるのをやめる。
懐かしい記憶が蘇る。
シャーリーにも同じ事をしてもらった気はするが、それよりももっと古い記憶だ。お母様だろうか。
そんなわけが無いのに、そこにお母様が居る気がして、閉じているのか開いているかも解らない目を、そちらに向ける。
そこに居たのは、
「ウルワラーダ、ウルワラーダ」
そう言いながら優しく微笑んでいたのは、メイドのフレイヤだった気がする。お母様だったような気もする。確認しきるよりも先に、俺の意識が途切れていた。
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
「はっはっはっはっは! 注文通り、こってり絞られたみたいだな! よく乗り越えた、アルメル! クリスティーナ嬢も、素晴らしいご活躍だったようですな」
と、楽しげに語るのはお父様だ。
夕方前に気絶してしまったため夕餉には参加出来なかったが、翌日の昼餉には俺もクリスティーナも参加出来た。蜂蜜を混ぜたのか甘めのワインソースが掛かった柔らかい煮込み肉。野菜のスープ。柔らかいパン。心無しかいつもより豪華な気がした。
貴族たるもの上品に食べなくてはいけないのに、気持ちが逸って前かがみになる。
美味しい、美味しい!
「アルメル、クリスティーナ嬢」
逸る気持ちを抑えて丁寧に食べていたら、スレイン兄が優しくこう言ってくれた。
「戦場帰り最初のご飯とはそういうものだよ。食べられる事に感謝して、思うがまま食べるといい」
その言葉を聞いた瞬間にブレーキが壊れた。口に入りきらないくらい沢山口に入れて、喉の筋肉が切れちゃうんじゃないかってくらい思いっきり飲み込む。
安全な環境で、美味しいご飯を食べれる! なんて幸せなんだ!
なにより、量だ。
サバイバル生活中は食事量に限りがあった。でも今は、
「パン追加しますね」
シェフが俺とクリスティーナの両方に追加のパンとスープをくれた。在庫があるから、ある分だけ食べられるのだ! これが幸せじゃなくてなんなのだ。
「はは、2人とも良い食べっぷりだなぁ。じゃぁ、こうしよう」
スレイン兄がそう言いながら、自分の肉を三等分して、ひとつを俺に、ひとつをクリスティーナに分け与えた。
「私も、良いのですか?」
クリスティーナが静かに問うと、スレイン兄は当然のように言う。
「僕はね、家族を愛しているんですよ。だから、アルメルと結婚するなら、クリスティーナ嬢もその対象です。少々鬱陶しい所もあるかと思いますが、その時は言って頂ければ引き下がるよう心がけますので、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ?」
あまり深く考えずに返事をしてしまったクリスティーナだけど、スレイン兄の過保護っぷりは結構鬼畜なので、これから驚くだろうな。
せっかくパンとスープのみならずお肉のおかわりまで来たので曝食いにふけっていると、ふと、お父様が脇に控えていたシンシアに言ったのが聞こえてきた。
「良い経験になったようだな。ありがとう、シンシア」
「いやぁ、この光景を見ると、あの食事制限は心苦しかったっすけどね……。多分、サーシャでも割と厳しかったんじゃないっすか?」
「ファラン家の者として必要な経験さ」
ノリを聞いてる限り、半分はお父様の差し金らしい。本当はもう少しラクをさせる事は出来たが、いくつかの制限があった風に聞こえる。
それは流石にどうなんだ、と不服のひとつでも申し立てようかと思ってフォークを置こうとしたが、
「今日を生きるのに最低限。足りているかも解らない。それが、貧しい者達の日常だ」
お父様のその言葉に、俺の口は止まった。
喋ろうとする口が止まった変わりに、食べ物を運ぶ手が進む。
そうだ、何をやっているんだ、俺は。何を悠長にしている? あのサバイバル環境が、貧民にとっての日常だというなら、そもそもそんな世界で人口が増えると思うほうが馬鹿げている妄想だ。倫理観の欠如も甚だしい。
でも、この世界の人々は悪くない。どうすれば良いのか知らないのだから。
でも俺は違う。どうすれば良いのか、現代知識でもって知っている。なのに、今までそれを成してこなかった。自分が必要に駆られなかったから。実力がまだ、その段階に無いと思っていたから。
そもそもそうだ、今回の人口減少をなんとかして欲しいとお父様に言われたから考え始めた、この食事事情。お父様の前振りが無かったら、そもそも今の段階で着手していたか? 否だ。
貧しい人たちが日々当然のように飢えている事を知らんぷりして、のうのうと好きな事ばかりをしていたんじゃないのか。
そう思うと、少し自分が恥ずかしくなって、
「アルメル」
ふと、クリスティーナが声を掛けて来た。彼女の開かれたピンクの瞳は、片目を閉じて、真っすぐにこちらを見つめる。両目を開けると360度が見えるため、正確な前方が曖昧になるので、彼女はこういう時に片目を閉じる。
「そんなマイナスの感情に任せて食べたら、作ってくれたシェフにも、食べられる環境を作ってくれたダグラス様やスレイン様にも、食材になってくれた動物や野菜にも失礼よ。後悔も自責も後になったらいくらでも付き合うから、今は、なんとしてでも、この食事を楽しも? はい、あーん」
差し出される一口サイズの肉。
俺はまた彼女に敗北した。
前にも、思い知らされた事があった気がする。彼女の心の強さ。齢10歳の少女の精神力に、前世で30年くらい、今世で10年の合計年齢アラフォーの俺が、感服する。そんな事があった事を覚えている。
悔しさのあまり、半べそでそのあーんを頂いた。
ちくしょう! なにくそ!
覚悟が決まる。
食糧事情の改善。最初からやる気しか無かったが、ケツに火が着いた事を自覚する。
3年だ。
3年以内に、俺は、食料問題を解決し、人々が安心して子供を産める街にしてみせる。
そう心に誓った。




