第9話・この者、問題があるようで
「この者はポーラ。父親が我々から金を借りて、そのまま失踪したもので、この者から取り立てなければならんのですが……」
そこまで言って、ゼグズビーは言葉を紡ぎ、ポーラと呼ばれた女性を見る。なので俺もポーラを見ながら、ゼグズビーに言った。
「父親の借金、というなら、あまり無茶な取り立ては感心しない。返してもらう必要があるのは理解するが、男3人で囲うというのは、どうかと思う」
その言葉に、ゼグズビーは深く頷く。いや、今あんたの行動を非難したんだけど?
ゼグズビーは感慨深そうに遠い目をした。
「利息は全て無かった事にしました。何度も何度も、あらゆる仕事を紹介しました。……この女、全ての紹介先で、ろくに働くことも出来ないくせに迷惑ばかり働き、数日以内に全ての職場を解雇。仕事への適正が無いのに趣味に明け暮れる日々……。取り立てなんて滅相も無い。取り立てに行くたびにパンをめぐみましたとも」
おうふ。
つまりあれか、この女性、いわゆる社会不適合者というやつか。
俺は苦笑する。
「なんというか……結構頑張ってくれてたんだな……。勝手なこと言って、ごめん」
「頑張りましたとも……もうポーラという名を紹介するだけでどこも雇ってくれなくなるほど、頑張ってしまいました」
「頑張ってしまったかぁ……」
ポーラの無能さが悪名として知れ渡るほどに、足掻いてくれたらしい。
無難に働く事が出来ない借金持ち。なるほど、社会保障が無いこの社会において、生きるために出来る事は限られている。かなり切羽詰まった状況と言える。
そのはず、なのに、
「もう、そんな私の失敗談を初対面の人に教えないでくださいよぉ、恥ずかしいじゃないですかぁ」
なんで照れてんだこの女。頭をかくな。へらへらすんな。君の人生について話してるんだよこちとら。
しかし、この見た目で、性格は明るく能天気ときたか。仕事は向いていなくても、確かに、娼館に入れてしまえば多少の借金はすぐに返せそうだ。
しかし、
「どうして、真面目に働こうとしないんだ? 借金もあるんだし、少しは頑張ったほうが良いと思うけど」
と、俺が言うと、ポーラは楽しそうに笑った。
「失敗したら怒られるから嫌じゃないですかぁ? それよりも、私は吟遊詩人として有名になる予定なので、どうせ成功しない仕事なんかより、歌と楽器をやったほうが良いと思うんですよ!」
やっべぇ、俺こいつ嫌いだわ。
なに言ってるのこいつ、と思いながらゼグズビーを見ると、彼も力を失って半分瞳孔が開きかけている目で虚ろに呟いた。
「この女にまともな言葉は通じませんよ……」
うん、そんな気はした。
しかし、だからと言って女性1人が娼館に売り飛ばされる道も、金貸しが貸した金を踏み倒されるという道も、可能な限りは避けたいだろう。
俺は少し考えた。
「借金はどれくらいなんだ?」
ゼグズビーは答える。
「大金貨5枚です」
「……微妙……」
安くはない。絶対的に安くはないのだ。だが、こつこつ働けば5年~10年で返せる金額だろう。
問題なく肩代わり出来る金額。吟遊詩人志望で、歌と楽器をやっていると言っていた。これが悪くない実力なら、投資としては成立するかもしれない。なにより、今、吟遊詩人は喉から手が出るほどに欲しい人材だ。無視はできない。
「少し、何か歌ってもらえるかな」
と、俺は提案する。
ポーラは目を輝かせて、身を乗り出した。
「良いんですか! チップは貰いますからね! それじゃあ早速、吟じさせてもらいます! 手始めにですねぇ……」
そして、彼女は早速、それを始めた。うむ、冒険者による冒険譚。どこかで聞いた事がある、差し障りの無い物語。これを、声高に、少しばかりのメロディーを乗せながら、わざとらしい口調で語る。楽器は無いので音楽という感じはしないが、それでも彼女は、元気に歌う。
「ご清聴、ありがとうございました!」
歌を終え、彼女は満面の笑みをこちらに向けた。可愛らしい顔による笑み。少し動くだけで揺れる乳。
……どうしよう、乳にしか目がいかなかった。他に見どころが無さすぎて、終始おっぱいだけ眺めて終わってしまった。
「…………」
嘘でしょ、と思いながらゼグズビーを見ると、彼は苦虫を噛んだような表情で言う。
「下手では無いでしょう」
と。
俺は答える。
「上手くも無いな」
と。
終始「見た目が良いな」としか思い浮かばなかった。ストーリーもありきたり、抑揚もなくずっと楽し気、スキルは無く、特徴も無い。なんというかこう……甥っ子、姪っ子の取り留めのない雑談を笑顔で聞く親戚のような気分だった。
大金貨5枚を支払ってまで欲しい吟遊詩人かと言われると、断じてNOである。
とりあえずチップをポーラに手渡しながら考える。「やった、今日のご飯代」と両手で小銭を受け取るポーラ。割って入ってしまった以上何もしないというのはファラン家の顔に泥を塗る行為だろうが、しかし、何かしてやりたいという気持ちも、全く湧かない。
「ふふふ、どうでした、私の歌は! 良かったでしょう、楽しかったでしょう!」
俺の顔を覗き込んでくるポーラ。なんでこんなに自信満々なのこの女は。大した魅力無かったよ?
いや、いかんいかん、これはまずい。確かに彼女の技術は俺にとっては退屈だった。だがそれは、あくまで俺にとってだ。俺に、彼女の良さを察知する教養が無かっただけかもしれない。だから俺は後ろのメンバーの反応を見る事にした。
シンシアは俺と目が合うと、小刻みに首を横に振った。なるほど、良くなかったらしい。
で、クリスティーナとオヌシはなんならもうその場に居なかった。多分だけど馬車のほうに戻っている。興味なさすぎるだろ。
どうしようコメントが無い。
大金貨5枚。慈善事業としてドブに捨てるには大金だ。
「近所のおじいちゃんおばあちゃんは喜んで聞いてくれるんですよ!」
とポーラは嬉しそうに言うが、それは多分、殆ど親戚の孫扱いである。チップを稼いでるのではなくお小遣いをもらっているだけだ。
歌にしか興味が無い社会不適合者。これに支払う大金貨5枚。
…………なるほど、見つけた。渡りに船だ。
「…………ポーラさん、だっけ? 大金貨5枚支払うから、君の歌を使わせて欲しい事があるんだけど」
その言葉に、彼女は数秒だけ呆けて、しかしすぐに、
「私の時代きたあああああああああああああああ!!」
と大喜びする。
いや、すまない、君の時代は来ていない。
「それでそれで、私は何をすれば良いですか? 何を歌えば良いですか!? なんだってしますともそれこそが吟遊詩人ポーラの誇りですから!!」
と、ポーラが胸を張って大胆にその巨乳を揺らしてくれたので、俺はようやく笑顔になれた。そうか、なんだってしてくれるか、それは良かった。
俺は言う。
「――コカトリスの声帯を用いた音源作成の実験中なんだ。録音用のサンプル音として、永遠に歌い続けていて欲しい!」
いや、はは、本当に、助かる人材である。




