第8話・その者、問題があるようで
「貸した金を返してもらおうとしていただけなんですよ」
ゼグズビーと呼ばれた男は言った。俺は換気のため、出入口を塞いでいた土魔法を解除しながら、その話を聞く。
クリスティーナはシンシアの腕の状態を観察し、「問題なさそうね」と呟く。レオと呼ばれた坊主頭は棍を壁に立て掛け、部下達と床の掃除をしている。
「それにしては手荒だったようなので、介入させてもらったんだ」
嘘では無い。クリスティーナが透視で見た光景は知らないが、俺達が乱入した時の光景は、手荒と言うに値する光景だったと思う。
「滅相もない!」ゼグズビーは慌てて両手を振り、否定する。「あの女が我侭放題過ぎるので、少しばかり、現実を見ろと、説教していただけでございます!」
現実を見ろ、とは言うが、気絶している女性を見ると、年齢は20歳には至っていないように見え……いや、ぱっと見の顔立ちは幼いように見えるが、待て、あれは……何がとは言わないが、幼くは見えない身体的特徴も持っているようだ。年齢不詳になってしまった。そうなると、まだ若いのだから大目に見てやれ、とは、すぐには言えない。
「説教とは?」
念のため、確認する。
というのも、あまりにも一方的な意見は説教の名を関した強要だったりするからだ。金の債権者と債務者では優越的地位が発生し、金を貸した側である債権者の意見は、多少間違っていようと通ってしまう事がある。会社でやればパワハラと呼ばれるアレである。
ゼグズビーは答えた。
「コツコツ働いて金を返せ。コツコツ働くのが無理なら、娼館を紹介するから、それで短期で稼げ。どちらが良いか。と」
あー……。
良くない。良くはない。だが、分からなくもない。
まぁ、今は気を失っているので顔の評価は難しいが、パッと見た感じ、エグイほどの美人だ。しかも何がとは言わないがとても立派なサイズの物も持っているように見える。仰向けで倒れている状態ではサイズ感を確認出来ないアレである。
アレを持っているアレが借金をしているとものなれば、債権者としては有効活用もしたくなるだろう。
「アレを娼館に売り飛ばすのが目的だったのでは?」
あれほどのアレともなれば高く売れるだろう。と、俺は問い詰める。
しかし、ゼグズビーは当然のように、苦笑しながら答えた。
「あなたは、あれのあれさを知らないから、そんな事が言える」
と。
「…………?」
どういう事だ? と、俺は首を傾げる。
あれほどのアレをもったあの顔のアレである。性格か、振る舞いか、致命的な欠点があろうとも、娼館に売り渡すというなら価値は高いのでは?
いや、少し待て、と、自分に言い聞かせる。それは、現代日本の倫理観だ。顔とスタイルが良ければ性産業で活躍出来るのでは? と思ってしまうのは、現代日本の男だからこそ至ってしまう思考。
例えば日本においても、吉原を代表する花魁と呼ばれた花の仕事は、多様な芸を身に着けてこそ一人前だったという。この世界のこの時代における娼館という存在がそちらよりであれば、あの顔、あのアレを以てしてもなお、難しい可能性はあるのかもしれない。
「どういうことだ?」
俺の問いに、しかし、ゼグズビーは答える。
「あれが起きれば、分かるかと」
と。
話が行き詰ってしまった。この状態では、あの女性が起きない限り続きが無い。
そこで、沈黙を作るまいと割って入って来たのは、オヌシだった。
「金返せ。働け。そう言っただけ、ってか。仮にその言葉が本当なら、なんでそのデカ乳女は気ぃ失ってんだ。そんなカスみてぇなパチで騙せると思ってんのか、ボケジジィ?」
どうしよう、褒めることも怒ることも出来ないツッコミだ。内容は鋭い指摘なのに口調が交渉として終わっている。この辺りの教育もちゃんとしていかないとなぁ……。だが、内容自体は本当に悪くないのだ。だから、この場ではあえて指摘せず、ゼグズビーを見る。
すると、ゼグズビーはオヌシの口調に一瞬思う所があったらしく、眉を何度か動かした。しかし、その内心を抑えて、媚びを売るように俺に説明する。
「この女、精神力が低すぎるのです。あの見てくれのせいでしょう、何をやってもすぐに褒められるもんだから、苦難に対する耐性が全くありませなんだ。先ほどのレオ……我々の護衛の威嚇と、皆さまの風格に充てられ、精神が耐えかねたのでしょう。特にそちらの護衛。只者ではありますまい?」
そう言ってゼグズビーが示したのは、当然シンシアだ。
只者では無いだろう? って、そりゃそうである。
「覚えてないのは流石に傷付くぞ、ゼグズビー」
そう言ったのは、シンシアである。
そう、空気的に忘れそうになるが、ゼグズビー質店にはシンシアの紹介で来ているのだ。つまり、2人は本来、顔見知りのはずなのだ。だが、シンシアの顔や戦闘を見ても、ゼグズビーは気付きもしなかった。シンシアにとっては可哀想な話である。と、思いかけた、その時。
ゼグズビーは目を見開いて、声を荒げた。
「……その声……いや、その声! まさかディーゼル傭兵団の副団長か!?」
驚いた。
ディーゼル傭兵団が壊滅したのは、もう10年近く前の話になるはずだ。それなのに、声でシンシアを覚えていたとは。
シンシアが「そうだよ」と笑いながら答えると、ゼグズビーはすぐに、シンシアの元へと駆け寄った。
「生存者が居たなら何故教えてくれなかった! 傭兵団壊滅の噂を聞いて、心配したんだぞ! まったく、生き残りが居てくれたなんて、まったく!」
言いながらシンシアに抱き着こうとするゼグズビーと、ゼグズビーの抱擁を回避するシンシア。
「いや、俺とあんたはそんな親密じゃなかっただろ。団長とそんなに親密だったとは、流石に予想外だ」
俺、置いてけぼりで話は進む。
ゼグズビーは言う。
「親密とは違うぞ、ただのファンだ。ディーゼル傭兵団は、パラノメールのジジババにとって、忘れられない名前だろう」
と。
その言葉に、シンシアは何も答えない。
ただ「そうか」とだけ呟いた。
実際、ファラン家と協力関係にあり、様々な依頼をこなしていたのなら、情報通にとっては陰の立役者として知れ渡るのは自然な事だ。
現代日本で営業しててもね、しょっちゅうあったよ。依頼そのものを受注した大手元請の名前は世間に広まっているが、その元請から仕事を受けた『下請け』は「知る人ぞ知る」程度の範疇に留まるっていう現象。
すなわちディーゼル傭兵団とは、まさにその、知る人ぞ知る下請けだったわけだ。
「それで」シンシアはわざとらしく、レオの攻撃を受けた箇所を抑えながら問う。「女性1人を気絶させるほどの威圧をした、あの男はなんなんだ」
その言葉に対しては、しかし、ゼグズビーは営業モードを閉ざした。
「護衛だよ。それ以上の話が聞きたいなら、うちの護衛が教えてもいない寸止めなんて事をした理由を、そちらが、説明する必要がある。……これ以上は平行線になりますゆえ、話を戻しませんか?」
なるほど、レオという男には触れてほしくないわけだ。それと引き換えに、こちらの『動きを止める力』についても言及しない、と。
だが、もうこの時点でお互いが察している。
ゼグズビーはおそらく、クリスティーナが特殊な力を持った突然変異である事に気付いただろう。何故なら、髪はカツラで隠せるから未知数だが、今この場で、目の色を確認出来ないのは、クリスティーナだけだからだ。
突然変異の特徴は髪や目の色に現れる。俺、シンシア、オヌシは逃げも隠れもしていない。その中で、クリスティーナのみが、カツラをかぶり、目を常時閉ざすという形で『色』を隠している。
対して。
レオという男は、坊主頭で、サングラスをしている。髪も、目も、その色を確認出来ない状態。その上で、声のみでその場に居る全員の動きを阻害するという能力を見せた。
つまり――レオもまた、突然変異なのだ。
場は硬直する。
互いが互いの弱点を知った。危険だが、ある意味では安全な、ある種の相互確証破壊が成立した状況とも言える。
相互確証破壊とは、どんな先制攻撃を仕掛けても、反撃によって受けるであろう被害が甚大過ぎて、いかなる先制攻撃も出来ない関係性の事を言う。
核兵器所有国が核兵器所有国に核兵器を撃ち込んでも核兵器を撃ち返されるので『お互いが破壊しあう未来だけが確証している』状態の事だ。
この場合で言う、『お互いの陣営に突然変異が居る』という戦力と情報の事。
突然変異は強い。しかし、被差別対象だ。
ここで、ゼグズビー質店と俺達が、お互いに『あそこに突然変異が居るぜ』と情報を外部に漏らし合った場合、誘拐犯が常にお互いの拠点を狙い続ける環境が出来上がる。
だからこその、緊張状態。
そう、この場は、緊張状態のはずなのだ。
「……もう食べられないですぅ……」
などという、気絶している女の寝言さえ無ければ。
「でもでも、出してもらったものを残すのも失礼なので、ぜひぜ……はっ!!」
とかほざきながら、突然目を覚まし、身体を起こす女さえ居なければ。
緊張感のある、シリアスな空気の、はずだった、
シリアスをぶち壊したその女は、身体を起こすと同時に
「え、ご馳走は!?」
と辺りを見回す。その辺りを見回す仕草だけでまぁ乳が揺れる揺れる。
なのに何故だ。巨大な乳が揺れている。その上に置いてある顔も可愛い。なのになぜ、こんなにも、エロくない……っ??
目を覚ましたばかりであり、借金取りに失禁の掃除をさせていたその女は言う。
「…………なんですか? この状況」
と。
それをね、いま、確認してるところだからさ、ちょっと黙っててもらっていいかな。
なんだろう、俺、会話なんてひとつもしていないのに、この女性と仲良くなれる気がしないのは、本当に、なんでだろう。




