第5話・いわゆる政(まつりごと)なので。
意気込んではみたものの、実際問題、課題は山積みだ。普通に考えて、ロードマップが短いというだけで、大変さで言うならば今までの開発で比類無き最大級。というか正直、本当に出来るというビジョンはまだ見えていない。こつこつ、ひとつずつ、でも確実に進めていく必要がある。
「お湯を沸かす装置さえ作れれば、あとはセルト村で施工したのと同じように、上下水道を整えれば良い。言葉で言うと簡単だが、実際はいくつもの課題がある」
俺が言うと、シンシアが「課題っすか」と、続きを促す。その質問に促されるまま、俺は説明を続けた。
「まずもって人手だ。人手が足りない。範囲をディグステニア王国ではなくパラノメールに絞ったところで同じ。都市全域を開発出来るほどの人手は、当然俺の手持ちには無い」
セルト村とパラノメールでは街の大きさも人口密度もまるで違う。セルト村の時の10倍の労働力が居れば解決! なんてレベルでは断じてない。
「さらに技術。セルト村は山から流れてくる川の水を水車で汲めば事足りたが、パラノメールの高所に、パラノメール全域をカバー出来るほどの水源は存在しない。水車ではない形で、より長距離、水を上へ運ぶ技術を進化させなければならない」
すなわち、圧送ポンプだ。低所から高所へ、より高度に、確実に運べる開発。これには、いくらかの開発期間が必要になるだろう。
「そして最後に……」
ここで勿体ぶって、俺は3人の顔を見る。
クリスティーナは「なにかしら」と可愛らしく首を傾げ、シンシアは苦々しい面持ちを浮かべながら口元を手で隠し、オヌシは「さっさと言えや」とばかりに歯を剥いている。
各々のリアクションにある程度の満足をしたので、俺は言った。
「資金だ」
と。
「真面目な話、セルト村の交易と過去の開発の遺産で多少の余裕があるとはいえ、都市開発などという莫大な事を成せるほどの資金は無い。ともすれば資金繰りのための別の開発が必要になる」
そこまで言って、クリスティーナが頭を抱えた。出会った頃から小金持ちの俺しか知らなかったクリスティーナにとっては意外かもしれないけど、俺の資金、無限では無いんだよね。
「魔法灯、サングラス、カツラ、無魔力空間装置、それらの間にも細々とした便利開発で、色んな商会からお金は入ってきているでしょう?」
と確認されるが、いくつか訂正すべき点がある。
「魔法灯はすぐにお金が欲しかった都合で、著作権……じゃなくて、製造権と販売権を売り切りにしたんだ。だから、魔法灯がどれだけ売れても、俺に追加の金は入ってこない。この点は無魔力空間装置も同じ。サングラス、カツラに関しては、流行りすぎて既に模造品が開発されているから、シェアは分散されてしまった。なので、流行り度合ほどのお金は入ってこない」
なんなら多分、今の俺の財布を最も潤しているのは「歯ブラシ」じゃないかと思う。歯を薄布でこするようなレベルだったんですよ、この世界の歯磨き。
あとはもう、直近でやった上下水道開発のようなインフラは金にならないせい、というのもある。金儲けになる開発とならない開発があるのだが、その中でも上下水道開発の金にならなさは最上級だ。
そういうわけで、お金が無いのである。
という具合で、結構絶望的な話をした後だというのに、クリスティーナはあっけらかんとした様子で言った。
「なんの算段もなく楯突いたわけではないのでしょう? それで? どうするつもりで、私達は何を手伝えば良いのかしら?」
ちょっと買いかぶりが入っているクリスティーナの評価は、しかし、単なるお世辞では無い。ある種の脅迫だ。営業の時もね、職人さんにこういう話術を使った事があるんだ。「〇〇社さんの職人さんなら可能だと思うんですが、逆に、何がネックなのでしょうか……?」みたいな。おだてる、とは違うが、ケツに火を着ける、みたいな効果が期待できる時もある。怒られる時もある。今回は前者だ。
俺は考えた。考えるべき事を、考えた。
今回のロードマップはこちら。
・安定してお湯を沸かす装置開発。
・セルト村での上下水道のお披露目及び拡散。
まずお湯を沸かす装置。こちらは開発が成功すれば厨房機器にも活かせる。電気ヒーターのような物。しかしこれは今のところアイデアが浮かばないので、今は厨房からの運搬をラクにする開発を視野に入れる。まぁ、言ってしまえば昭和の日本だ。お風呂は台所の隣が多く、火を扱う場所はなるだけ一か所に集められた。それ以上の開発は、可能なら、の範疇でいきたい。
そして、上下水道のお披露目及び拡散。これが勝負だ。
俺は考えながら、ゆっくりと説明する。
「ルキファタム教会から多少の協力は得られた。だから、そう、これの時期はコントロールし、一時に集中させる事が出来る。その間にひとつ、必ずやるべきであり、やれる事がある。全国に、同時に、上下水道システムが完成したとお披露目する。教会を通じて、対象の期間であれば、開発者自らが解説すると共有する。対象の期間でなければ、勉強は有料とする。こうする事で、全国の為政者が、ある程度まとまったタイミングで、使用人や護衛を引き連れて、やってくる」
整頓しながら喋ったので、しどろもどろになってしまった。かなり口下手だ、今のは。
しかし、意図を組んでくれたクリスティーナが、半ば呆れた面持ちで言う。
「一定期間に権力者を集めて……そこでなんらかの商売をするのね」
「その通り」
俺は答える。
「各種商会にも声を掛ける。勿論、場所代は有料。それなりの相手が来るから、それなりの品を揃えられる商会に限り、一定期間、セルト村で屋台を出す事を許可する」
クリスティーナは問う。
「来客や出店の宿泊先は?」
「セルト村はどうせ今後も人口は増える。今のうちに建ててしまおう。そして、そこを来客に、品質に応じた金額で貸し出す。VIPに関しては、我が家の空き部屋かな」
「貴族や大商会を迎える準備は無いわよ?」
「そこを承知してもらえないなら、上下水道という発明のコツを知らずに自分の街へ帰ればいい。優位性はこちらにある」
「…………」
「…………」
クリスティーナの表情が険しい。俺、また何か、変なこと言っちゃいました……?
クリスティーナはしばらくの沈黙の後、激重のため息を吐いてから、こう言い捨てる。
「父上に聞いてみるわ、一定期間、貸し出せるメイドは居るかって。だから、アルメルもダグラス様にメイドを貸すよう確認して頂戴」
と。
その手が、あったのか……。
完全に忘れてた。
誤魔化しながら、俺は話を進める。
「いいね。そういう感じで権力者と商売人を集めて、セルト村で金を動かす。そこで資金調達を」
と、言いかけたところで、
「それ、ただの市場じゃないっすか?」
と、シンシアが割と強めの口調で割り込んできた。どうやら、思うところがあったらしい。
「傭兵時代に散々やりましたけど、設営って大変なんすよ。偉い人が来ますっていう理由だけで、村中が潤うほどの盛り上がりある市場になるとは、とても思えないっす」
との事。その心配もごもっともだ。いや、正しい。
ただ売り買いが活発なだけの場所。一朝一夕で盛り上げるのは至難の業だ。これが容易いなら、世界中にある市場に価値は無い。でも、世界中の市場は重宝されている。つまりは、そういうことだ。市場を作り出す事は、簡単では無い、と。
この正論に対する反論を考えようとした、その瞬間。
俺が考えるよりも先に、シンシアに反論した者が居た。
「上下水道開発のお披露目。これと同時に広がる屋台が、ただの市場ねぇ。……すげぇな、この国は、全ての市場で、毎回、上下水道お披露目と同じくらいの『見世物』があるってわけだ? ……んなわけねぇだろ、あほかよ」
状況としてはまさかの援軍、口調としては「ですよね!」たる新参幹部、オヌシである。
暴言大好きっ子であり俺のこと大嫌いっ子でもあるオヌシは、しかし、平然と、こんな意見を述べて見せる。
「上下水道開発のお披露目だけじゃ盛り上げが足りねぇなら、吟遊詩人を何人か呼べ。その開発の良し悪しを英雄譚っぽく喋らせりゃ、盛り上げなんて簡単だ。俺みたいなアホでも分かる。あれは、そういうレベルの開発だろうが」
と。
もー、何この子、ツンデレ?
吟遊詩人というのは、考えに無かった。無しでは無い。有りだ。その選択肢は、「市場」を、もうひとつ上の段階に押し上げる。
しかし、俺は言う。
「オヌシ。悪くない、その考えも有りだ。でも、今の開発が間に合わなかった場合の保険、程度で行きたい」
と。
オヌシは俺を睨む。
「今の開発?」
知らねぇぞ、んなもん、という意思がありありと伝わる、割とガチで怒ってる目だった。ごめんなさい。
俺は言う。
「コカトリスの声帯さ」
と。
両手を広げ、そのまま続ける。
「音楽を録音し、常に流せる環境を作る。これが出来たら、その場所は市場どころでは無い。音楽が盛り上げ、客と商売人が共に盛り上げ合う。そんなイベントを、執り行う。これが、俺の資金策だ」
そして、音楽を流し続けたコカトリスの音源も一緒に売りまくれたら嬉しいわけだが、まぁ、これに関しては、取らぬ狸の皮算用。他所に置いておくとして。
この話し合いの締めくくりとして、俺は、明確に、宣言する。
「――セルト村にて、祭りを開催する。こいつで一儲け企もう」




