第4話・ロードマップが出来たので5
「各家庭に風呂、というと?」
教区長が、懺悔室の隙間から垣間見える手のみで言葉の続きを促して来る。
なので、俺は答えた。
「そのままの意味です。各家庭に、お風呂を用意するんです。人が浸かれる程度のお湯を作る装置を」
「無茶なっ!」
声を荒げ、教区長が立ち上がる。
しかし、すぐに我を取り戻し、咳払いをひとつしてから、座り直す。
「失礼したね。大きい声を出してすまない。でも、それはね、やはり無茶だよ。湯を張るのにどれほどの労力が要ると思っている?」
その教区長の問いは最もだ。だから俺は、先ほどやられた手法で教区長に話すよう促す。
「どれほどの労力が要るのでしょうか。恥ずかしながら俺は用意してもらう事が多い立場なので、その苦労に詳しくない。その労力について、教えていただけますか?」
隣のクリスティーナが、俺の膝を結構強めにつねって来た。教区長をイジるなという事だろう。でもさ、なんかこの教区長、揶揄いたくなるんだよね。
揶揄われた事に気付いてもいない教区長は、ひとつひとつ丁寧に答えてくれる。
「まず、湯を張るのには水の運搬が不可欠だよね。これが一番難しい。人が浸かれるほどの大量の水を、川や井戸から汲み、家まで運ぶ。これはね、本当に大変な事だ」
その通り。水を家庭まで届けるのは、とても大変な事だ。問題点1。
「そして、湯を沸かす。料理程度の加熱なら、アルメルくんの開発もあり、容易になった。それでもね、人が浸かれるほどの湯を沸かすのが、容易になるほどではないよ。教会の外周を走るのと、パラノメールの城壁の外周を走るのとでは、同じ走るでもわけが違う。同じことでも、量が違えば、それは別物だよね」
その通り。量が違えば労力が違う。厳密には熱エネルギーとかいう要素が絡むけどそこは無視。問題点2。
「そして、その湯を、その後にどうするか、だよね。人の汚れを伴っているから、ご飯には使えない。冷えた後に洗濯に使うとしてもね、その後は? また、その水を、捨てるべき場所へ運ぶ必要があるよね。だって、人が浸かれるだけの水を、全ての家庭がその辺に捨ててしまったら、パラノメールはすぐにでも沼地になってしまうよ」
その通り! この時代は現代と違い、人口密度が低い。だから、ゴミなんてその辺に捨てても問題にならなかった。数十年、その辺に埋めてるだけで良かった。水も同じだ。川から運んできた分しか排水しないため、その辺にでも撒いておけば構わなかった。
だが、お風呂にするほどの水ともなれば、話は変わる。その辺に捨てるでは済まない。問題点3。
さてさてさてさて。
と、そこまで話が進んだので、俺はクリスティーナのほうを見た。
俺に見られたクリスティーナは――驚いている。教区長の今の情報整理だけで、彼女は驚いているのだ。つまり、理解したのだろう。
かくいう俺はニッコニコである。
いや、実際はニコニコなんて出来ない。これは強がりの笑みだ。本当に必要な物について考えると、目眩がする。
それでも、今は嘘を塗り固める。ニッコニコの笑顔でもって、俺は言う。
「最初と最後の問題点については、既に解決可能です」
と。
「……な……」
絶句する教区長。それはそうだ。その開発は、まだ告知していない。お父様とスレイン兄に予告した程度だ。誰も知らないことこそが自然と言える。
各家庭に、水を届ける。
各家庭から、水を排水する。
上下水道開発。
セルト村で完成済みだ。
「問題なのは、各家庭単位で、火災などの心配なく湯を沸かせる制度作りですかね。それをもってすれば、ルキファタム教会が憂うパンデミック対策も、我々が憂う衛生観念対策も、どちらも解決できる。その手段を、俺は知っている。既に持っている」
その言葉を告げながら俺は立ち上がる。懺悔室なので表情などなんの意味も無いが、それっぽく、熱意がある体で俺は言う。
「この条件下において、ルキファタム教会パラノメール大聖堂教区長、あなたなら、どれだけ、俺に協力してくれますか!?」
その説得に対し、教区長は困惑しながらも、当然の反応を示す。
「そ、そんなのはね、流石に、内容次第だよ。リスクは取れない。賭けには乗れないよ。どれだけ確実で、どちらがより多くを救えるか。事態は、国家レベルでの、そういう話なんだ」
よかった、これだけで話に乗って来られたら続きの交渉へ持っていけなかった。
いや、これは交渉ではないな。
教区長が先ほど否定したもの。賭け。ギャンブル。その類。
俺は、その場で、教区長に告げた。
「――教皇にもお伝えください。近々、国中の貴族を招待して、とある大発明のお披露目を考えています。そのお披露目の内容をもって、その後の、あの通達に関する解決を、全面的に、協力して共に進むか、道を違えるか、選んで頂きたい、と」
―――――(◇◆◇◆◇)―――――
「なんすか、その状況」
大聖堂の隅、馬車を置いて4人で固まって、一部始終をシンシアとオヌシにも共有した。その第一声が、シンシアのツッコミだった。ほんと、なんなんだろうね、この状況。
そして、次いでオヌシが言う。
「10年前の疫病、ってのは、なんの話だ」
と。
「え」
オヌシを見る。すると、クリスティーナもシンシアも同様の動きをしていた。
「スラム街にも広い影響が及んでたという話だから、オヌシの年齢で知らない事は無いと思うわよ。ディグステニア王国を襲った未曾有の疫病。身近な誰かが、沢山咳をしていた記憶とかは無いかしら?」
その問いを投げかけたのはクリスティーナだ。
対してオヌシは、当然のように言い捨てる。
「知るわけねぇだろ。俺の出身はリンドだ」
と。
「…………」
リンド。
それは、国の名前だ。
ディグステニア王国とリンドは、イディムの森を挟んで隣り合う、何度も戦争を繰り返している、その、不謹慎な表現をするけれど……仮想敵国というやつだ。
いや、待て、でもそうか。セルト村はイディムの森の中。リンドでのはみだし者が野盗になっていれば、知らぬ間にディグステニアの関係者になっている、というのも、あり得ない話では無い。
え、ちょっと待って、ていうことは、オヌシの貴族嫌いって、リンドの貴族の事だよね。ディグステニアの貴族には関係なくない? というお話を持ち込みたいところではあったが、その話を始めるとめちゃくちゃ長くなりそうなので泣く泣く我慢するとして。
「つまり、リンドの情勢を、知っているって、こと……?」
と、俺は鼻息を荒くして。
「スラム出身の野盗落ちしたゴミがジョウセイなんて知ってるわけねぇだろ。まず手始めにジョウセイってなんだよボケ」
オヌシは口調を荒くした。ごめんなさい。
さて、そういうわけで、本題だ。
「必要な物事がある」
俺は、その話を切り出した。
これから俺達がしなければならない道のり、すなわち、ロードマップの提示を。
・安定してお湯を沸かす装置開発。
・セルト村での上下水道のお披露目及び拡散。
以上。
…………ちょっと待って短くない!? と思いそうになるが、そんな事は無い。何故なら、今回の開発は、セルト村で行った上下水道開発の応用でしかないためだ。今回の工程が短いのではない。今までの積み重ねが功を成すのである。
さあ、そういうわけだ。
やってやりましょう。




