第3話・思ったよりヤバいのが出てきたので
別に、作戦のような物があるわけでは無い。ただ、教会に乗り込むにあたって、教会が出した通達の問題点と確認要綱をまとめて、馬車での会議は終わり、大聖堂へ到着する。白を基調とはしているが、パラノメールの重厚な街並みに逆らわないよう、装飾は地味も広場も地味な造りとなっている。
俺達が馬車から降りると、シンシアは馬車の番のためその場に残る。俺、クリスティーナ、オヌシの3人で教会の中へと進む。
「おい。普通に考えて、俺じゃなくてシンシアのおっさんと俺の役割、逆だろ」
驚いたことにオヌシは俺に、ひそひそ声でそう提案した。育った環境から、教会とはあまり縁が無さそうだが、まぁ、静かにすべきだとセンスで察したのだろう。それよりも、
「残念だが、役割分担に関しては選択肢が無い」
多分、俺とクリスティーナの護衛として教会に入り、教区長との面会に立ち会う、又は入口を見張るなどという役割と、馬の世話で天秤にかけ、シンシアこそがこちらの仕事をすべきだと思ったのだろう。悪くない考えだが、俺は歩きながらオヌシに言う。
「オヌシに馬の世話は出来ないだろう?」
変なやつから守る必要もある、馬が暴れないように見張る必要も、体調も見てやる必要もある。鍵をかけて停めておけば良いだけの車とは違う。馬車とは、生き物を、鍵無しで使役するのだ。管理にはそれなりのスキルが要るのだ。ノリで出来る事では無い。
一言でオヌシは引き下がり、何かをぶつくさを呟き始めた。ちょっと耳を澄ましてみると、「基本喋らない、案内された部屋にの出入口が一か所なら外で待機。侵入経路が2カ所以上なら中で護衛。ただし話は聞かない……」自分の役割の復習のようだ。
さて、お目当ての教区長はどこか、と、辺りを見回すまでも無い。老人の群れを発見。あの中心が教区長だろう。老人の群れが解散するのを待つべきか、と考えているところに、横から声をかけられた。
「あらあらあら。アルメル様にクリスティーナ様、お久しぶりでございます」
聞き馴染のある声。無魔力空間装置を作っている時にも世話になっている、シスター・エイダ。ルキファタム教会のパラノメール大聖堂において、最も歴の長い初老のシスターだ。
エイダは今にも「この街の母ですがなにか?」とでも言いだしそうなほどに堂々とした凛々しい所作で俺達の前まで来て、孫を慈しむかのような深い微笑みを向けてから、一礼してくる。
俺とクリスティーナがお辞儀を返す。オヌシは直立不動でそっぽを向く。護衛として挨拶には参加しないようにと事前に指示を出していたためだ。
そんなオヌシを見たエイダは一言。
「護衛の方、この街は初めてですか?」
そう聞いてきた。
そういえばどうなのだろう、とオヌシを見る。野盗になる前のオヌシを知らないが、スラム出身という事は、近隣の村出身では無く、大きな街出身という事になる。しかし、パラノメールのスラム出身であるならば、エイダが顔を知っている可能性がある。どうなのだろう?
だが、オヌシは当然のように答える。
「ああ、初めてだ。礼儀作法ってのを知らねぇから、不快な思いをしたくなきゃあまり話しかけねぇほうが良いぞ」
よかった、暴言を吐かなくて。平和で良かった。
「良いのです」シスター・エイダは自分の胸に手を当て、どこまでも深い笑みでもって「不快に思ったら、言い返してすっきりすれば良いのです」
めっちゃ浅い事を言ってた。シスターの台詞かよ、それ。
しかしすぐに、
「あまりお肌の状態がよろしくありませんわ。炎症も傷跡も、あらあらあらあら。手なんて豆だらけ。これは良くありませんね。お薬を処方いたします。少々お待ちください」
「あ? 要らねぇよんなもん」
「ダメよ、それはダメ。薬が必要か否かはこちらが決める事ですわ。良いですね?」
「人の話聞けババァ」
オヌシ、早速オコである。大聖堂での一発目の暴言、頂きました。
「教会に用があんのはこの2人。俺は護衛だ。護衛のために時間費やしてる暇なんざねぇよ」
いいぞ、その通りだ、オヌシ、話を俺達のほうに戻してくれ! と願うものの、シスターも食い下がる。
「いいえ、あなたのお薬のほうが優先ですわ」
「なんでだよ、そんな緊急じゃねぇだろ」
「だって――アルメル様の用件、いつも必ず大変なんですもの……。可能な限り聞きたくありません……」
おうふ。やっぱり逃げてたな、このババア!
そりゃあ、魔法灯開発の時も無魔力空間装置の時も盛大に教会を巻き込んでいる。教会無しでは成立しない開発だった。教会の人間は確かに、俺を恨む権利がある。
「シスター・エイダ。今回は、仕事のお願いではありません。例の通達の件で、教区長に確認したい事があるのです」
ようやく割り込めるので割り込むと、シスター・エイダは苦笑して「やっぱりそうよね」と呟いてから、すぐに答える。
「わかりました。すぐに連れてまいりますね」
そして老人の群れへとそそくさと歩いていき、慣れた様子で手持ちのベルをガンガンと鳴らしたかと思うと「ほらほらいつまでも駄弁ってないでさっさとお薬の処方。これ以上教区長と駄弁っている元気な老人には痛み止めは要らないね。すぐに着いて来る老人にしか痛み止めは処方しないよ」などという脅迫をして、教区長から老人の群れを瞬く間に剥がしていくではないか。そうして老人の群れが剥がれた場所に、ただ1人、目当ての男だけが残っている。
神父の恰好をした、40代後半の瘦せこけた男。威厳の無い猫背。幸の薄そうな目の下のクマ。
「教区長」
その薄幸の男の元へ早足で歩み寄ると、男は俺に気付くや否や、
「げ、アルメルくん、クリスティーナくん」
とたじろぐなどという大変失礼な言動をしてくださった。いやぁ、神父様の行動だからきっと深い意味があるのだろう。
「それはどういう意味ですかね、教区長?」
念のため確認すると、
「いやあ、はは、いやいや、まーた仕事が増えるのかなって、つい反射でね。いやね、解ってる、解ってるよ、あの件だね?」
と、誤魔化した。まぁ失礼な態度に関してはこの場は許してやろう。こき使っちゃってる礼もあるし。
「ええ、その件です。説明と、交渉を」
「そうだよねぇ、いやぁ、昨日ダグラスくんにも説明したんだ。一応解ってほしいんだけど、決定したのは僕じゃないからね。教区長レベルじゃなくて、教皇が決めた事だから、僕の一存ではひっくり返せないからね。いや、僕もこの通達には賛成の立場なんだけどね」
そう言いながら、教区長は歩き出す。
「賛成? あれにですか?」
教区長に着いていきながらも話を進める。
「そう、あれにね、賛成なんだ。僕はね」
困ったように空笑いし、教区長はひとつの部屋に入っていく。俺達もその部屋に入ろうとしたら、拒否された。「君達はそっちね」と、隣の扉へ案内される。
おいまさか、と思いながらその部屋に入ると、そこはまるで、刑務所の面会室のように木の壁で区切られつつ、向こうにも人が居ると解り、声も聞こえつつ、しかし顔は見えないようにと工夫された、2つで1つの部屋だった。しかも、多分詰めても4人は入れない、小さな部屋。間違っても面会室や客間では無い。
俺は呟く。
「…………懺悔室では」
というか、懺悔室だ。
教区長は答える。
「ええ、はは、いやぁ、懺悔室だねぇ。ほら、防音がね」
とか言いながら手揉みしている手が隙間から見えてますよ、教区長。
まぁ、通された部屋に文句を言っても仕方ない。多分クリスティーナに怒られるのを嫌がっているのだろう。
教会は国家とは別の組織なので、相手が貴族だからと言って畏まる事はあまり無い。建前上は、あくまで対等。しかしそれでも、公爵家と教区長となると、流石に少々気を遣うらしい。
懺悔室の硬い椅子に腰かける。クリスティーナが隣に座る。オヌシが外で待機する。
そして、早速話を始めた。
「で、なんですか、あの通達」
問うと、教区長はため息を吐く。
「読んだ通りだね。大衆浴場の使用を禁止したんだ」
飄々と答える教区長に、俺は少し強めの語気で確認する。
「大衆浴場が人類にとってどれほど大切か、理解していないわけではないでしょう?」
その言葉に、教区長は苦々しい口調で答えた。
「いけないねぇ、うん。人間、理解していると思いあがった瞬間に、理解から離れていくんだよ。だから、僕はお風呂の重要性を理解しきれていないと答えるしか出来ない。そんな僕に、どうかな、大衆浴場の重要性というのを、説明してもらえるかな」
わざとらしい尋問だ。でも、これもこの人のやり口である。自分で答えを導けるよう、自分で答えに辿り着いたと思わせるよう、質問のみで、答えに辿り着かせる。俺も営業時代にたまに挑戦してたけど、これ、難しいんだよ。
「公衆衛生、健康問題、社交場、娯楽として、この社会の重要な心臓のひとつです」
その言葉に、手だけが見えている教区長の手が、落ち着いて、落ち着いて、というような仕草をしてくるもんだから、そんなに荒い言い方だっただろうか、という不服もありつつ、少し深呼吸をした。
「公衆衛生と健康問題。これにとって、大衆浴場がどれほど重要かはね、なんとなくだけど、分かっているんだ。本当なら、公衆衛生と健康問題のために、大衆浴場は必要だ、ってね」
それは分かっている、という事をわざわざ念押ししたという事は、
「公衆衛生と健康問題を犠牲にしてでも、社交場、娯楽としての大衆浴場に問題があった、という事ですか?」
と、俺は問う。そしてその質問に、教区長の手は俺を指差す。まるで「その通り」とでも言いたげな伸び具合の指だった。
察しは着いた。ああ、なるほど、アレか。
そして、そこへ至ると同時に、納得と絶望が押し寄せる。
公衆衛生や健康のためには大衆浴場は大切。でも、それを禁じなければならないほどに、間違った社交と娯楽。
その解答を、教区長が述べた。
「大衆浴場を使った売春の横行。それにより、性病がね、拡散してるんだよ」
それだけでも嫌な情報だというのに、その解答はまだ、もう一発、止めを刺しにかかる。
「教会の調査と予想によるとね、10年以内に……10年前相当の病気拡散、すなわち、パンデミックが起きるんじゃないか。なんていう事になってるんだよね」
聞いてないよ、そんな話。
教区長の台詞に血の気が引き、目眩がしそうだったので頭を抑える。
もうちょっとこう、反論の余地がある、交渉の余地がある事情であって欲しかったというか、なんというかこう、手心というか、なんというか。
俺は、浅く、しかし長く、息を吐く。
大衆浴場が売春の場所に使われ、そこで性病が拡散する。実際悪いのは売春だ。禁ずるべきは売春。しかし、実際売春は既に教会も国も禁止している。それでも、無くならない。つまり、売春を止めさせる事は、すぐには不可能。となると、売春の場として使われている場所そのものを禁止するしか無くなるのだ。
考える。考えるまでもないことを、考える。
どうせいつか着手していた開発だ。今やったって構わない。
だが、人手は? 以前人手不足の環境で、これほどの仕事に着手して、どうにか出来るつもりなのか?
「教区長。問題なのは、大衆浴場が売春に使われるという環境であって、風呂そのものでは無い。そうですね?」
そこの問題は切り分けるべきだ。
教区長は答える。
「そうだね。その通りだよ」
その返答に、俺は告げる。
「なら――各家庭に風呂があり、それに入るというだけならば、問題は無いという事でよろしいですね?」
と。




