秘話17・常識は遠いようで⑧
「クリスティーナ、これは、いったい」
やっとの想いで絞り出せた言葉は、なんの捻りも工夫も無い未熟な質問。ダサいったらありゃしない。でもこうなるのも許してほしい。
クリスティーナは努めて淡々と答えた。
「誓約書よ。アルメルが妾を取る時のための」
どうしてそんなものを? という言葉が、喉に引っ掛かり、出てくる事を拒んだ。
聞くまでも無い。彼女が、突然変異だからだ。
突然変異は子を成せない。だから、この身体、アルメル・オース・ファランの遺伝子は、この代で途絶える。しかしそれは、分かっていて選んだ道だ。クリスティーナが突然変異と知っていて、俺は彼女の結婚する今を選んだ。後悔など微塵も無い。今も昔も、これからも。
それでもクリスティーナは考えていた。次の世代についてを。
だが、ならどうしてサーシャにその誓約書を? サーシャも突然変異だ。子を成すための誓約書というなら、意味が無い。
「…………ぁ」
そうか。だからさっき、クリスティーナは呟いていたのだ。『サーシャじゃ都合が着かないわよ』と。
俺はまた呆然と立ち尽くす。出来る事が無い。言える事が無い。
そんな情けない俺と引き換えに、クリスティーナが優しく、何かを悟ったような深みのある口調で言った。
「私はね、目的があって、アルメル、あなたに婚約を申し出たの。」
「ぇ……」
そのカミングアウトに思わず声が漏れる。しかし構わず、クリスティーナは続ける。
「公爵家長女から子爵家三男への婚約の申し出よ? 政略結婚じゃなくてなんだと思ったの?」
と、揶揄うようにしてクリスティーナは笑う。それはそうだ。確かに、出会った時から意気投合し、その後に色々とあってラブラブになったとはいえ、始まりはそこでは無い。クリスティーナが俺に、子爵家三男に婚約の申し出をしたところから、俺達の関係は始まっている。その時点では恋心などあろうはずもない。目的をもった政略結婚。それが、俺達の始まり。
これは勿論解っている。まぁ、ぶっちゃけラブラブ時期の印象のせいで忘れていたのも確かだが、最初の頃は「どんな裏があるのかなぁ、わくわく」となっていたのも確かだ。いやだって、裏があるとはいえ、裏があるおかげでクリスティーナと結婚出来るって言うんなら喜んで裏を受け入れませんか? 誰だってそうでしょう? 違いますか、そうですか……。
1人で勝手に妄想して勝手に落ち込んでいるところで、クリスティーナがひとつ、咳払いをする。
「私の都合で公爵家から子爵家へ婚約の申し入れ。断れる子爵家なんて滅多に居ない、事実上の強制。そうやって権力を振りかざして無理矢理結婚させておいて、子供は産めないので諦めてください。でも私の目的のための行動はしてください。……そんな事を要求する恥知らずでは、ないつもりよ」
重い言葉だ。
本当に重い言葉で、本当に重い選択だ。
その選択をするのに、どれだけ自分と戦っただろう。拒否する自分と、受け入れるための自分。その争いは、本人以外にとっては想像を絶する苦難だっただろう。
だというのに、クリスティーナは言うのだ。
「おめでとうアルメル、妻公認のハーレムよ」
「言い方」
なんかこう、良い感じにカッコいい意思表示とか複雑な将来への伏線的な感じの深い何かを残せる演出だったじゃない。絶対にインパクト強かったよ、あのままシリアスやってたら。どう転んでもクリスティーナは強くて覚悟決まり過ぎの超絶ヒロインになれてたよ? なんでそこでふざけちゃうの?
「あと、他の有象無象なら別に構わないのだけど、やっぱりサーシャじゃ都合が着かないのよね。たまに私にもサーシャを使わせてもらっていいかしら」
「言い方」
全部が最低である。他の有象無象とかサーシャを使うとか、お手本のような最低である。ていうかクリスティーナ、そっちの気、あったの……?
「あと、解ってると思うけど、サーシャにその誓約書を渡したのは、サーシャとあなたのためよ。解ってるわよね?」
「それは、勿論……」
サーシャのため、というのは勿論だし、例えばあのままサーシャがやってはいけない事をしたとして、その後、サーシャが俺の傍ひ居れるかと言ったら、それは無理な話だろう。クリスティーナが居なければ、俺はサーシャという幼馴染であり腹心であり最も従順な仲間を失っていた。
なるほど、1度コメディーに落としてからまたシリアスに戻すって流れね。これをコミュニケーションとして意図的にやるという事は、相応の前準備を重ねているか、自分自身にも嘘を吐こうとしている、つまり、作り物の演出をしようしている時だけ。すなわち、クリスティーナはここから先、本音では無い、プレゼンを、俺に仕掛ける。
クリスティーナは言う。
「妾は私が選ぶ。頷きなさい」
「え……? それは、どういう……」
「立場を分かっていないのかしら? 私は頷きなさいと言ったの。質問より先にやる事があるのではないかしら」
「はいその通りです、全てクリスティーナの意のままに。クリスティーナのためだけに生きてるまである。超絶スーパー美しいクリスティーナのためであれば例え火の中水の中」
「余計な持ち上げは要らないの。それともその羊皮紙を『やっぱ無し』って燃やして欲しいの?」
「どうしてぇええええええ!?」
そこまで怒るような事しました!? あとサーシャもサーシャで、今のクリスティーナの発言と同時にバク転と側転を繰り返してえぐい身体能力で羊皮紙を持って距離を取ったけど、この環境のせいかカッコいいとか凄いよりも先に面白いが勝っちゃうからやめて欲しい。それ、言い方を変えたら『浮気許可証』だからね。未だに多少とはいえ前世の倫理観が残っている俺からすると、もう少し雑に扱いたいところではある。
「とにかく」ごほん、と、さっきよりさらに強い咳払いをひとつ置いて、クリスティーナは言う。「アルメルの好みじゃなかったとしても、妾の子は私が選ぶわ。良いわね?」
俺は慌てて取り繕う。
「勿論、ここまでしてくれたんだ、その通りにする。でも、どうしてその条件なの? クリスティーナにも浮気を許可、とかのほうが、公平な気がするのだけど」
その言葉に、クリスティーナは苦笑した後、すぐに何かに気付いてため息を吐く。
「アルメル、というか、ファラン家以外の男をあまり信頼していないのよ。実家に居る頃、突然変異というこの身体を目当てに、何回誘拐されそうになって、何回そいつらを殺したと思ってるの? 私、最初に人を殺したの、6歳よ? 誘拐しようとした使用人の喉を操ってこう――ね。ちょっと、浮気したい、男遊びしたい! みたいなノリになれるほど、なんて言うのかしら……お人よし? には、なれないのよ」
その言葉にハッとする。クリスティーナがファラン家に来て、最初の頃、1度スレイン兄と決闘をしている。その時の事を思い出す。
クリスティーナがやたらと『自分は化け物』と主張していて、スレイン兄が『弟を化け物と結婚させるわけにはいかない』みたいな感じで始まった決闘。より正確には、クリスティーナ&Aランク冒険者4人VSスレイン兄&俺。という5対2の決闘。
結果としてスレイン兄が圧勝する事で「クリスティーナは化け物じゃないよ、自分の事を化け物と呼びたいならまず僕達を化け物呼ばわりしてみな、ひゃっはー!」みたいな暴論をスレイン兄が叩きつける事で、クリスティーナは化け物を自称する事をやめた。
自分を化け物と呼称する少女。
そりゃ、人嫌い、というか、信頼するまでのハードルが高くなってしまうのは、当たり前の事か。
「それと、なんで妾を私が選ぶか、なんだけど、こっちは本当に、とても大切な理由があるわ」
と、クリスティーナは真剣な面持ちで説明を続けた。
「ひとつ、私とアルメルの子供である事を、周りに納得させる容姿であること」
言われてみれば大切だ。クリスティーナは普段金髪のカツラを着用している。目は閉じている。そして俺は金髪金目だ。2人とも、肌は白寄り。なら、俺達の子供も金髪の白人である必要がある。目の色に関しては、クリスティーナが目を閉じているため多少の融通は利くだろう。ともかく、2人の子孫として、説得力がある容姿の子供を産ませられる妾である必要がある、という事だろう。
「ふたつ、私と仲良くなれること」
え、なんでそれ、と思いかけたが、言葉にせず、思いとどまる。ちょっと考えれば分かる話だ。俺にとっては、俺と妾の子なので、まぁ、俺は愛せるだろう。ではクリスティーナにとってはどうか。旦那と他人の子供なのだ。愛するのは難しいように思う。だが、旦那と友達の子供、となれば……いや、これもこれで現代の倫理観があると嫌だが……少なくともクリスティーナにとっては、『アルメルと友達の子供なら愛せる』という自己判断なのだろう。
「みっつ、バカだけど、弁える知能はある子、かしらね」
それも、俺としては理解出来た。すなわち『御しやすく、暴走しにくい人』という意味だ。単純だが、貴重で、大切な条件だろう。
俺は一通り理解した上で、尋ねる。
「全て了承した。その上で、それほどの恩をもって、クリスティーナ、君は俺に、何を望むんだい? 目的というやつを、そろそろ聞かせて貰えると、ほら、準備期間もあるからね、助かるんだけど」
と。
すると、クリスティーナは何故か、
「そうね。いくらアルメルとはいえ、きっと沢山の時間が必要なお願いだものね」
そう言って露骨に、サーシャに向かって「おいで」をしながら、俺のベッドに腰かけた。サーシャは促されるままにクリスティーナの横に座る。
「サーシャの子供が産まれたら、私達の子供として貰うっていう誓約書だったのだけれど、本当によかったの?」
と、クリスティーナは問う。
サーシャは答える。
「元々子供を望んでない。どうせ産まれない。あと、傭兵団だと、みんなの子供、みんなで育てる。誰の子供か、関係ない」
なるほど、そういう価値観もあるのか、と、少し驚いた。
クリスティーナは続ける。
「私、アルメルもだけど、サーシャの事もとても大切なの。初めて出会った、突然変異という同じ身。同じアルメルという男と一緒に居る立場。あなたの力、あなたの言葉、あなたの姿。私にとってはね、サーシャ、あなたも、とても、とても大切なのよ」
「……………」
その言葉に、サーシャは黙る。返す言葉が無い、という様子では無い。自分がやった事を意味を、ようやく理解したのだと思う。
だから、しばらくの沈黙の後、サーシャは言った。泣きはしないものの、動揺を隠せない、ほんの少しだけ震えた声で、こう言う。
「ごめんなさい、私、クリスの大切なもの、壊そうとした。わかってなかった。ごめんなさい」
そうして、2人が抱き合う。
2人が抱き合った状態で、クリスティーナは、俺に、ファラン家に、いや、アルメル・オース・ファランに嫁いだ理由を、たった一言で伝えた。
それは、その場では答えられないものだった。
それは、俺の前世、現代日本でもってすら、解決を終えていない問題だった。
それは、まるで、遥か遠くで燃え尽きゆく流れ星に祈るかのような、そんな目的だった。
「――私達のような突然変異を、この世界の差別から、非人道的な扱いから、救って欲しい。私達を、助けて欲しい」
その言葉と同時に、俺は、その言葉への感想よりも先に、数か月前の出来事を思い出した。いや、忘れる事なんて無かった、断じて、一生忘れる事が無いだろうと思った、とある願い事。
『はは、俺もアルメルに頼みたい事があったから、丁度いい。……さぁ、良い湯加減になった。まずは女性陣に風呂に入ってもらう間に、少し、酒でも呑まないか』
こんな前置きをもって告げられた、我が愛しの兄、アルフレッド兄から、その風呂の場で相談された、一生忘れる事が出来ないであろう、願い事。その内容。俺が、生涯を捧げるべきひとつの命題となるだろうと思わざるを得なかった、家族からの依頼。
すなわち。
『魔都メルヘンラーク近郊を中心に、突然変異と思われる集団が結託し、破壊テロを繰り返している。これを止めなければ、突然変異の立場は、さらに危うくなる。解決策があったら、一緒に考えて欲しい』
と。
(ああ、こんな事があるのか)
俺は天を仰ぎ見る。
都合よく、流星群でも流れてくれないだろうか。数100回でも祈るから、教えてくれ。
妻が『突然変異の差別を解決して欲しい』と願うその裏で、別の場所で、『突然変異が破壊テロを繰り返している』この状態。
ほんと、どないせいっちゅうねん。
―――――(間章2・流れ星は遠く 完)――――――




