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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
間章2・流れ星は遠く

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秘話16・常識は遠いようで⑦

 その日、サーシャは戻ってこなかった。


 夜になり、暗い中で自室のベッドに横たわり、考える。


 元傭兵の少女……いや、二十歳なので大人の女性か。幼い頃に出会っているので、その頃の印象を拭えないままでいるのと、そのスタイルから、ついつい少女だと思ってしまう。けれど、立派な大人の女性だったのだ。


『アルメル、私が居なくても、平気……?』


 鼓膜に染みついて中々抜けてくれないサーシャの言葉。直前まで和気あいあいと……は、していなかったかもしれない。全然仕事の話でバトってた気がする。まぁともかく、あのリアクション。何がいけなかったのかと考える。


 だめだ。眠れそうにない。こういう時は仕事をするに限る。と思い身体を起こそうとする直前に、部屋の扉が開いた。


 まずい、多分クリスティーナが来た。サーシャの件で俺を慰めに来たのか叱りに来たのか分からないが、多分、クリスティーナが来たのだ。そして、クリスティーナだとしたら夜中に仕事をしようとするのを止めるだろう。ここは寝ているふりを決め込み、クリスティーナが去った後に仕事をするしかない。


 クリスティーナ(仮)は俺のベッドの横まで足音を続ける。クリスティーナなら、ベッドに座って俺の様子を見るか、頭を撫でてくる辺りが妥当な行動だろう。


 しかし。


 その人は、俺の上にのしかかった。


 そんなに勢いよくはないが、結構しっかりと体重をかけて、下腹部あたりに座っている。


 え、あの、クリスティーナさん? その、なんというか、確かに夫婦なので多少そういう手荒なボディータッチというのも有りと言えば有りなのかもしれませんがいきなりその熱量というのはこちらにも心の準備がありまして……。と動揺している間に、俺の両手が俺の頭上に持ち上げられ、何かによって拘束された。


「…………へ」


 あまりの状況に思わず目を開けると、そこには、暗がりの中で俺を見る、赤と青のオッドアイがあった。


「…………さ、サーシャ? どうして……?」


 手も身体も動かない。どうやら、俺の両手はサーシャの右手1本で封じられているらしい。下腹部に馬乗りされているので下半身も動かせない。


 これは……まさか……っ!


「さ、サーシャ……俺を……殺しに……?」


 問うと、サーシャは何も言わず俺を見つめ、何も言わぬまま首を傾げる。


「……あの……サーシャさん?」


 サーシャの力が強すぎて全く抵抗が出来ない。突然変異として身体能力が向上しているサーシャの力を少しばかり甘く見ていたっぽい。本当に全く抵抗出来ない。


 で、なにこの状況。


 少しばかりの変な時間が経過した後に、サーシャが俺に向けて言う。


「夜這いにきた。やり方、教えて」


 情報量。なんとかなりませんか? この情報量。


 なんか喧嘩別れしましたみたいな出ていき方をしたと思ったら夜中に唐突に現れて俺を拘束し、何をするかと思えば「夜這いするからやり方を教えろ」との事。全部おかしい。


「……サーシャさん? そういうのは、然るべき相手に、然るべき手順を踏んで交渉するものであって」


「知らない。とりあえず脱がせばいい?」


「聞いて? あと俺の服をめくろうとしないで? どうしたのサーシャ、怒ってるなら謝るから」


「怒ってない。そんなことよりアルメル、脱がしにくい。ちょっと身体起こして」


「協力しないからね? ……うん、簡単そうに人の身体を持ち上げないで? 待って待って、サーシャ、落ち着いて」


 拘束されつつも介護よろしく上半身を起こされつつ服を脱がされそうになりつつも状況整理と交渉を試みる。


「アルメルこそ落ち着く。私はやりたい事やる。アルメルは天井の木目でも見つめてる。それで終わる」


「終わらない終わらない。全然終わらないからね。まず落ち着いて。ね? サーシャ、お願いだから」


「落ち着いてる。人手が増えたら私要らなくなる。人が居ない内は必要だから手放せない。なら、人手が無いうちに好き勝手やる」


 物音を立てないために最小限の抵抗で済ませているが、身体能力の差は大きい。サーシャは容易く俺の服を剥ぎとる……とはいかない。俺の両手を持ち上げて拘束しているせいで、その手が邪魔が服をはぎ取れない。


「…………」


 サーシャが制止し、少し考える。


 そして言う。


「服脱がすために拘束解く。逃げない?」


 その言葉。淡々とした声。見慣れた赤と青のオッドアイ。可愛らしい、ジトっとした無気力な瞳。


 俺は、小さく深呼吸をし、真っすぐにサーシャを見つめ、答える。


「まず話し合ってくれるなら、逃げも隠れもしないよ」


 その言葉に、サーシャは容易く、手の拘束を解除した。馬乗りのままなので、ベッドから起き上がる事は出来ない。


「これは、どういうつもりかな」


 俺が聞くと、サーシャは答える。


「夜這い。でも、やり方解らない。ちょっと痛くしちゃうかも。ごめんね?」


「うん、この後に続行する前提で言わないでね? どうしてこんな事を?」


「性欲」


「もうちょっとなんか無かった?」


 なんというかこう、『私もアルメルの事が好きだったから!』みたなノリで来てくれたら納得はしやすい。でも、それはそれで辛い話にはなる。俺は既婚者なので、サーシャの気持ちには答えられなかった。ただの性欲というなら、俺じゃなくても代替は効く。


 そう思い、提案しようと開けた口を、サーシャの掌が止める。


 そして言う。


「これだけずっと一緒に居ておいて、今更どっか行け、なんて、卑怯」


 と。


 全身の力が抜ける。


 そうか、思えば俺達は、あの時から、毎日ずっと欠かさずに一緒だったのか。初めて会ったのは10歳と12歳の時くらいだっただろうか。それから8年間、毎日一緒だった。休みの日に何をして良いのかわからず、やりたい事をしようとしたら俺の近くに居て、俺と一緒に仕事をしてくれていた。それくらい、俺と一緒に居てくれた子なのだ。


 そんなの…………


「え、その感じで恋じゃなくて性欲なの? 動機」


 納得できない。さっきの心象と変わるけど、こういう状況なら恋していて欲しかった。


「恋。わからない」


 きょとんと言うサーシャも可愛いんだけど! 


 それよりも今は、サーシャが少しの冷静さを取り戻してくれたっぽいので、即急に状況を打開する必要がある。この馬乗り状態はまずい。


「ところで、ちょっとお腹が苦しくなってきちゃった。どいてくれないか?」


 そう提案すると、サーシャは「あ、ごめん」と言いながら、馬乗り状態は解除せずに重さだけ無くす体勢に切り替える。器用だなぁっ!


「これで大丈夫?」


「大丈夫だけど大丈夫じゃない。あのねサーシャ、この状況、クリスティーナに見られたらまずいんだ。言い訳が利く内に、早くここから」


 と、そこまで言いかけたところで。


「遅いわよ」


 部屋の入り口から、愛しくも恐ろしいマイハニー・クリスティーナの声が。


「…………」


 そちらを見る。


 そこには、腕組をしながら壁に寄りかかり、片目を開けてこちらを見ているクリスティーナが。


「…………いや……これは……違うんだ……」


 既に手遅れ。いわゆるこれは『浮気現場を見られた』なわけである。


 しかしクリスティーナは存外冷静で、俺に向かっては、こう告げる。


「大丈夫よ、アルメル。わかってる」


 と。


 そうだ、この状況を見れば、サーシャが俺を襲っている状況。クリスティーナは魔眼の力で透視も可能。しばらく前からこの状況を見ていたと考えるべきだ。


 でも、だからこそ俺はもう1度言う。


「違うんだ、クリスティーナ。……これは、だれも」


「アルメル」


 言いかけた言葉を、クリスティーナは再度、遮る。


「大丈夫。わかってるわ」


 もうあまりにもあんまりな状況に頭が動いていない状態で、クリスティーナの優しい微笑み。ああ、もう、ここは彼女にお願いしたほうが絶対に上手く事が回る。クリスティーナに任せよう。


 俺がひと安心すると、クリスティーナは早速部屋の中へ入ってきて、俺の部屋に置いてあった魔法灯を点灯させる。その仕草の中で、彼女は小さく呟いていた。


「…………まったく……。サーシャじゃ都合がつかないわよ……?」


 しかし、その独り言は、魔法灯が点灯した事で去る暗闇と一緒に、どこか遠くへと追いやられる。


 そこでようやく気付いたのだけど、クリスティーナはその手に、割としっかりとした羊皮紙を持っていた。あれはなんだ?


 俺の疑問を他所に、彼女は言う。


「サーシャ、あなた、アルメルのことが好きなの? 私の旦那って事はわかっているわよね?」


 と。


 言葉の内容こそ修羅場だが、その口調は柔らかい。


 だというのに、サーシャってばもう。


「こんな男、好きじゃない。これはただの性欲」


 なんの拘りなの、その反発は。


 だが、クリスティーナはサーシャの反応が解っていたかのように、手に持っていた羊皮紙をヒラヒラと振りかざしながら、こう言った。


「――この誓約書にサインだけしてくれれば、アルメルの愛人・妾になっても良いわよ」


 その瞬間に、ベッドが揺れた。


 いつの間にか、俺の上からサーシャが消えていた。


 いつの間にか、サーシャはクリスティーナが持つ羊皮紙に手を伸ばし、その姿勢のまま固まっていた。


 必死そうな顔のサーシャと、含みがありすぎて何を考えているか想像できないクリスティーナ。


 俺は身体を起こして立ち上がる。


 サーシャが今動けないのは、クリスティーナの魔眼の力だろう。


「だめよ、サーシャ。サインはちゃんと、中身を読んでから」


 と、クリスティーナはその羊皮紙をテーブルに置く。それから、魔眼によるサーシャの拘束を解除する。


 動けるようになったサーシャと、状況に追いつけていない俺が、一緒にその『誓約書』を確認する。


 内容は、ふむふむ。基本的には小難しい言葉で書かれているが、その内容は大まかにこんな感じの4項目だった。


 ①いちゃいちゃする権利はクリスティーナを最優先とする。

 ②ファラン家及びルーサー家の家督に、一切の口出し、要求をしないものとする。

 ③アルメル個人の要望が無い限り、相続に関しては一切発生しないものとする。


 そもそもクリスティーナがこんなものを用意しているという時点で俺にとって全く理解の外で、この時点で、俺の頭はパンクしていた。


 だが、それなのに、この状況は、一切の容赦をしてくれない。




 ④アルメルとクリスティーナの間に第一子が誕生していない上で子供が産まれた場合、アルメル・クリスティーナに譲るものとする。




 情報量。


 なんとかなりませんか? この情報量。


 完全にパンクして言葉を失う俺。


 さらさらと当然のようにサインをしているサーシャ。


 何を考えているのかは分からないが、覚悟を決めた面持ちのクリスティーナ。


 俺は天井を仰ぎ見る。


 もう少しこう、手心というか、なんというか。

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