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異世界貴族に転生したけど思ったより不満だったので  作者: 南乗七史
間章2・流れ星は遠く

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秘話15・常識は遠いようで⑥

 しかし、である。


 働きやすい環境を整えるために有給、すなわち、生活を保障する休日を制定するとして、だ。


 そもそもこの世界の人たちは何をしているのだろう? 18年もこの世界に生きてきて、そういえばよく知らない。5歳くらいから暇つぶしに仕事をしていたし、趣味が仕事になっていたし、そうなると必然、出会うのは仕事相手ばかりになるわけで、休日の絡みが無い。


 基本的には週に1回休むというのが多く、あとは疲れたら休むとか、逆に元気な時に働く、みたいなパターンもあるというのは常識の範疇で知っている。


「クリスティーナは休日何をするの?」


「なによ、やぶからぼうに」


 クリスティーナは唇をとがらせ、閉じたままの目元をトントンと叩きながら言った。


「散歩とか、鳥の声を聞いたりとかかしら。あまり出来ることが無いもの」


 しまった、さっそく失言だった、と、少し心臓が冷えたのを感じた。すっかり忘れていたが、この場にはヤンキーズが居るのだ。クリスティーナが不用意に目を開けられない。目を開けられないという事は、盲目のふりをしなければならないのだ。


 本当は全てが見えているので、デリカシーという部分では問題は無いが、それでも失策だった。


「ごめんごめん、でも散歩か……うーん」


 なんとなく、俺が与えたい休日! って感じじゃないんだよなぁ。この世界には、仕事を休んでまでやる趣味のようなものがあまり無い。だから、趣味がわんさかあった前世の記憶がある俺からすると、少々パッとしない。


「シンシアは?」


「俺っすか? ナンパっすかね」


「そっか。で、サーシャは?」


「短くないっすか? 俺への質問の時間、短くないっすか?」


「そりゃ、だって、ねぇ」


 そういばこの男、こうだった。何年か前に、ギルドの受付嬢をナンパしていた気がする。あまりにも俺と価値観が違うので、心が理解を拒否してしまった。


 それでも、違う価値観を理解してコミュニケーションに繋げるのも営業にとって大切なスキル。


 俺は尋ねた。


「今は村人をナンパしてるの?」


「いや、流石にそれはちょっと」


「なにその反応。まさかシンシア……村人差別……?」


「なんすかそれ! 人数が少ない場所は人間関係が独特で既に出来上がってるんで、後々怖い事になるんすよ」


「ほーん」


 つまり休日はナンパしたくなったらパラノメールまで行くのだろうか。そうなると、休日が1日ずつでは足りないだろう。


「それじゃあ、自分の意思で連休を作れるようになったらシンシアは助かるわけだ」


「え。まぁそりゃそうっすよ。てか誰だってそうっすよ。なかなか難しいってだけで、本音は皆そうじゃないっすか?」


「ふむふむ」


 それは良い話を聞いた。


「それで、サーシャはなにをしているの?」


 順番なので聞く。そういえば、長く一緒に居るのに、本当に知らない。むしろ、サーシャって休んでたっけ。休日というのは与えているはずなのに、何故か一緒に居て、知らないうちに休日のはずの日にお願いごととかをしていたような気がしてきた。


 ……待って、ほんとにいつ休んでる? この子。


 そう思いながら、ヤンキーズも居る手前、サングラスを装着したままで表情は見えないがじっとこちらを見つめているサーシャは答える。


「手入れ」


 と。


「うん、それは仕事かな。なんていうのかな、自分のやりたい事をやりたいようにやってる瞬間、みたいなの、無い?」


 その質問に、サーシャは首を傾げた。


「アルメルで遊ぶ?」


「俺では遊ばないでね? せめて俺と遊ぶ、とかにしてね」


 なんかいつかもした事があるような気がする、このノリツッコミ。


 でも、そのいつかとは違い、続きがあった。


「アルメルと遊ぶ」


 当たり前のようにサーシャが言う。


「俺と遊ぶって……仕事が遊び、みたいな所があったから、あまり一緒に遊んだ記憶が無いんだけれど、どんな遊びをしていたっけ」


 その問いは、彼女は当たり前のようにこう答えるのだ。


「――アルメルに頼まれた事をやる」


「――うん! 仕事だね! それ!!」


 やばい、俺、もしかしたらサーシャにガチのブラック労働をやらせてたかもしれない。


 まだだ、まだ俺がブラック企業であると確定したわけではない。念のための確認は多いに越したことはない。


「仕事とかが何も無い休みの日に、武器とかの手入れ以外に、何をしているか、だよ?」


 その念のための確認に、サーシャは俺の希望を打ち砕く答えを、当然のように叩きつける。


「手入れ終わると暇。暇だからアルメルの近く行く。勤務中だと勘違いしたアルメルが指示出して来る」


「ですよね!?」


 仕事だぁああ、それえええええ!!


 そういえば、サーシャがメイド兼護衛として俺のお付きになってから、丸1日1度たりとも会わなかった日は無かったように思う。


「ごめん、ほんっっっっとうにごめん! まとめて休暇出すまである。今は忙しいからどうか頑張って欲しいんだけど、人手が集まったら、給料とボーナスを出すから、まとまった休みでバカンスにでも行くと良い。旅行とか!」


 その言葉だった。


 その言葉が、何かの引き金だったらしい。


 その言葉に、サーシャは1文字。


「……ぇ」


 これだけ。


 これだけで答える。


 空気が凍ったような気がした。


 表情に動きは見えない。しかし、いつもは淡々としてなんにでも当たり前のように答えるサーシャの、感情が揺れたように見えた。


 ふと、隣のクリスティーナがため息を吐き、ヤンキーズに告げる。


「申し訳ないのだけど、ここからはプライベートな話になるから、席を外してもらえるかしら?」


「え、せ、せき? はずす?」


 動揺するヤンキーズに、シンシアが苦笑する。


「この場から離れて、話を聞かないでくれって意味だ。すまんな。また困りごとがあったら、次こそはアルメル様がなんとかしてくれっから」


 言葉は優しいが、半ば強制的に追い出されるヤンキーズ。そして、ヤンキーズが居なくなった事を確認してから、俺は慌てて弁明する。


「ごめん、ごめんサーシャ、どうしたの? 何か嫌な事を言ったなら謝る」


 距離を詰めながら謝ろうと一歩を踏み出し、しかしすぐに、これ以上の近距離はセクハラになると思い、踏みとどまる。


 でも、そんな変な事を言っただろうか。休暇とボーナスを与えるから、旅行にでも行くといい、みたいな事しか言っていないはずだ。このタイミングで「今まで休みに働かせやがってクソ雇い主ボケナスこらぁあ!!」となるのも、オヌシならともかく、サーシャではイメージが湧かない。


 それなのに、この空気が、ボケナスこらぁあ、と言われるよりも、ずっと重かった。


 サーシャが問う。


「アルメル、私が居なくても、平気……?」


 と。


「え」


 と、俺が答える。さっきと真逆のやり取り。


 どういう意味だ? 私が居なくても平気? とサーシャが言ったのか? 答えは簡単。断じてNOだ。サーシャが居ないこれからなんて、考えられない。だが、こと労働においては話が別だ。サーシャの代わりなど居ないが、それでも、代役を立てる事は出来る。だから、サーシャに休みを取ってもらうためにも、YESという返答も視野に入れる。


 どっちだ。どっちの意味での質問だ? 


 そう悩んだ沈黙を、サーシャは多分、都合が悪いほうに受け取ったらしい。何かを悟ったように口元に笑みを浮かべて、ただ一言を置いていく。


「そっか」


 淡々とした口調とは裏腹に、行動は早かった。突然変異として強化された身体能力は、瞬く間に姿を消す。


「…………は?」


 なんだ。俺は何をした? 何を間違えた。


 心臓が喚く。くたばれぼけなす、と。殺意を込めて暴走して、破裂しようと試みる。そう感じるほどに、鼓動のひとつひとつが痛いほどに、心臓が脈打つ。


「こればっかりはしょうがないわよ。誰も悪くない」


 と、何かを分かっているような口ぶりで、クリスティーナが言う。


 しょうがない? なにが?


 なんでか分からない。なにひとつ知らないまま、サーシャを傷付けてしまったらしいという事実だけ残して、しょうがない?


 なにが?


「ま、そっとしておいてやりましょうよ。無責任にどっか行っちまう子でも無いんで、すぐに仕事のために戻ってきますよ」


 と、シンシアが俺の肩に手を置く。


 待ってくれって。本当に待ってくれ。


 俺は、今、いったい何を間違えたんだ?

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