第2話 休み時間、腕が空いていない
俺は今、人生最大級の誤算に直面している。
――休み時間とは、休む時間ではなかったらしい。
チャイムが鳴り、授業が終わる。
本来なら、次の授業までの短い平和な時間のはずだ。
だが。
「よいしょ」
そんな小さな声と同時に、俺の右腕が奪われた。
正確には、抱きつかれた。
「……朝霧さん?」
「ひなたでいいって言ったでしょ」
ひなたは当然のように俺の腕に自分の腕を絡め、体を寄せてくる。
柔らかい感触が、ダイレクトに伝わってきた。
心臓が悲鳴を上げる。
「な、なにしてるんだ?」
「休み時間」
「意味が分からない」
「休んでるでしょ?」
いや、俺はまったく休めていない。
ひなたは俺の腕に頬を軽く当て、満足そうに目を細めた。
「この体勢、落ち着くんだよね」
「俺は落ち着かない」
「悠斗くんは慣れればいいの」
慣れる気はない。
俺が助けを求めるように周囲を見ると、視線がいくつも刺さってきた。
クラスメイトたちが、完全にこちらを観察対象として見ている。
「なあ春野」
前の席の男子が、半笑いで振り返ってきた。
「休み時間って、そんな過ごし方だっけ?」
「違う!」
即座に否定する。
「これは……その……」
言葉に詰まっている間に、ひなたが代わりに答えた。
「悠斗くんの腕、空いてたから」
「空いてたら使うもんなのか?」
「うん」
即答だった。
クラスがざわつく。
「もう付き合ってるだろ」
「いや、これはもう公認だろ」
やめてくれ。
俺はまだ生きたい。
「違うからな! 付き合ってないからな!」
必死に否定する俺に、ひなたはきょとんとした顔を向けた。
「そんなに強調すること?」
「する!」
「ふーん……」
ひなたは少し考える素振りを見せてから、俺の腕にさらに力を込めた。
「じゃあ、誤解されないようにしよっか」
「どうやって!?」
「こう」
彼女はそう言って、俺の腕を引き寄せ、肩に頭を乗せた。
――完全にアウトだ。
周囲から「おお……」という声が上がる。
「余計誤解されてる!」
「でも、離れてないでしょ?」
ひなたが小声で囁く。
「……離れられるか」
正直に言ってしまった。
それを聞いた瞬間、ひなたの口元が嬉しそうに緩んだ。
「じゃあ、このままね」
そのまま数秒。
いや、体感では数分。
俺は完全に固まっていた。
すると、別のクラスメイトが近づいてくる。
「朝霧さー、春野借りてもいい?」
その言葉に、ひなたは一瞬だけ動きを止めた。
そして、にこっと笑う。
「だめ」
即答だった。
「今、使ってるから」
「人は備品じゃない!」
思わずツッコむ。
クラスメイトは肩をすくめた。
「はいはい、ごちそうさま」
去っていく背中を見送りながら、俺は深くため息をつく。
「……なあ、ひなた」
「なに?」
「その……そろそろ腕、離してくれないか」
少しだけ間を置いてから、ひなたは俺を見上げた。
「嫌?」
またその質問だ。
俺は一瞬、答えに迷った。
嫌かと聞かれれば、違う。
心臓に悪いが、不思議と拒絶感はない。
「……嫌じゃないけど」
「じゃあ、問題ないね」
そう言って、彼女はさらに体を寄せてくる。
心臓が限界を迎える。
チャイムが鳴った。
次の授業開始の合図だ。
「ほら、次始まるよ」
ようやく腕を解放された俺は、机に突っ伏した。
助かった……。
「でもさ」
ひなたが、耳元で囁く。
「次の休み時間も、空いてたら借りるから」
「予約するな……」
彼女は楽しそうに笑った。
俺の心臓は、今日もまだ生きている。
――だが、休み時間が来るたびに、確実に削られていく気がした。




