紫の残念感知 桜守珠美
朝のHRの前の時間。皆が仲のいい友達と話し合う時間。昨日のTV番組の話をしたり、今日の宿題を写し合ったり時間。その時間に彼女は訪れた。最高級の笑みを持って、僕と小鳥の元へ……
「今日はどうするですか?」
トモだった。
予想していなかったわけではないのだけど……今日もやるのか?もしかして犯人が見つかるまで毎日やるつもりなのだろうか?……やるつもりなんだろうなぁ。話を聞くだけでわかる。トモが度を越えたブラコンだということが。トモはお兄ちゃんのためなら何でもしそうだ。これはお兄ちゃんのためじゃなくて、自分がお兄ちゃんの傍にいるためだけれども。
さて、今日か……
僕としては珍しく犯人の目星はついていた。ずばり東北宮の生徒。その理由は八重樫先生が最後の最後に東北宮の生徒を捜していたということだから。八重樫先生は犯人を知っていてそれを捜していて走り回っていた。と考えた。
逃げていたのでは?とか他にもいろいろな考えもあったが……その場合全く犯人が特定できない。当たらなくてもいいので、とりあえず僕は東北宮の生徒が犯人であると考えた。
「大した根拠はないけれど、僕は犯人が東北宮の生徒だと思う」
「ふむふむ」
「だからとりあえず、今日は聞き込みっていうのでどうだ?まず手始めに八重樫先生のクラスの生徒に尋ねる。『事件について』って聞くのはまずいから、『最近八重樫先生の様子でおかしいところはなかったか?』とか聞こう。相手は不振がるかも知れないけれど、そこは舌先三寸、うまく回避しよう」
「うん、です!じゃあ、そうしましょう!それじゃあ、八重樫先生のクラスにレッツラ、ゴー!です!」
そう大きな声をあげてトモは教室を出て行った。うーむ、トモはいつでも元気だなぁ。疲れというものがないのだろうか?……なさそうなところが恐ろしい。
あんな底なしの体力に僕らはこれからも付き合わされるわけか……もつかな?
しばらくしてトモが戻ってきた。
「な、何でついてこないですか!?」
涙目で訴えられた。いや、そんなこと言わなくてもわかると思うのだが、しかしトモに限っては言わなければわからないようなので僕は言った。
「だって、もう少しでHR始まるし」
「そ、そんなの事件解決に比べれば、たいした問題じゃないんです!」
「八重樫先生のクラスだってHRが始まってとても聞ける状況じゃないだろうし」
「事件解決に比べれば……」
「それに僕らのクラスの担任、君代先生だし」
「あう」
どうやら君代先生がどのような先生か、トモは理解しているようだ。
あの先生から堂々とHRを抜け出すなんて……その後が恐ろしくてとても出来やしない。想像もしたくないね。
「仕方ないですね。それじゃあ、休み時間……あ、でも移動教室とかで時間が合わないかもしれないですね。じゃあ、お昼休みのときに聞き込みをしましょう!」
「あ、ごめん。僕、昼休みちょっと用事があるんだよね」
「え?」「え?」
トモ、小鳥共にハモリながら驚きの声をあげた。まあ、何も言ってなかったんだから驚くのは当然かもしれない。
「ま、マコちゃん、小鳥に内緒で何処に行くのかな?何処に行っちゃうのかな?」
「そんなに動揺しないでよ。大したことじゃないよ。ちょっと視聴覚室を見てこようかなって思ってね」
「あ」
小鳥はそれでわかったようだ。昨日川瀬さんの家に行ったしな。その辺は察してくれたのだろう。
もちろんトモは察してくれてなどいない。
「え?視聴覚室が何なんですか?」
「大したことじゃないよ。少なくとも今回の事件とは何の関連性もない。まあ、そういうことだからさ、僕は昼休み行うとしてもそれには参加できない」
「えー、真君がいなければうまく話を聞くなんてことできないですよー」
「じゃあ、放課後にやろうか?放課後なら僕も空いているし」
基本的に僕は暇人だから、今日は誰かと予定があるということはない。
「でもです。そうしたら、私がお昼休みの時に暇ですよー」
「クラスの子と仲良くすればいいじゃないか?」
「うー」
何故に恨みがましそうな目で僕を睨む?
全くわけがわからない。やれやれと思う。
「小鳥……トモを任せてもいいか?」
「あ、うん。お安い御用だよ。トモちゃん一緒にご飯食べよっか?」
「え?いいですか?真君についていかなくていいですか?」
「うん。マコちゃんとはいつでも会えるし、それに女の子の友達と久しぶりに一緒に食事をするのもいいことだよ。いいことなんだよ」
昨日トモと一緒に食事をした記憶があるし、一昨日も同じ記憶がおかしなことに僕にはあるのだが、そこは突っ込んではならないところだと思い自粛した。
「友達……」
「どうした?トモ?」
「あ、いえ!何でもないです!わかったです!お昼はそう過ごしましょう!!えへへ」
何故かトモは非常に嬉しそうだ。
本当に、女の子の心情っていうものは理解しがたいなぁ。
……いや、人間の心情と言ったほうが正しいかもしれない。
まあ、そんなものは理解しようがしまいがどうでもいい話なのだが。
そうしてとりあえず今日の予定は決まり雑談していると、君代先生が登場した。
いつの間にかチャイムが鳴ってたらしい。全然気がつかなかった。
「おら!お前ら席につけ!!後三秒!一!二……って風間じゃねえか!!お前のクラスは六組だろ!さっさと自分のクラスに戻れ!」
「は、はいなんです!!今から戻るです!」
異常者でも君代先生は怖いのか、トモは素直に教室から出て行った。
小鳥も自分の席に戻る。
こうして、今日が始まった。
やれやれ、今日も長くなりそうだ。
三時間目が終了した時点で僕は早弁をし(ちなみに柚子が作ってくれたもの。なかなかの美味。うん、ありがとう柚子)、四時間目が終わり昼休みに入った瞬間に僕は視聴覚室へと向かった。まあ、瞬間と言っても四時間目の授業が少し長引いてしまい、すぐにというわけにはいかなかったのだけど、そこはご愛嬌。
僕が視聴覚室へ向かっている理由。実はそんなたいそうな理由なんてものはない。
川瀬さんの死の真相が知りたいとか、でもない。大体今頃視聴覚室に行ったところで、そんな真相なんてものが知り得るはずがない。
では何故行くのか?
だから、理由なんてないんだって。
僕は自分の行動ひとつひとつに理由をつけて生きていかなくてはならないのか?そんなわけがないだろう。
ただ、何となく、行かなければならないような気がした。
行かなければならないような気がしたから、行く。それで何か問題があるだろうか?
……あるかもしれないが、まあいい。
視聴覚室に行って、僕は何をするつもりなのだろうか?
僕のこの左目が殺意だけでなく、霊も見れるのであればそれは意味があるのかもしれないが、もちろんそんなものは見えない。そもそも霊という存在がこの世に本当にあるのか?僕には確かめる術もない。
結局は、忘れるために行くのかもしれない。そこで川瀬さんが死んだという事実を受けとめ、そして忘れる。彼女との約束どおり……
視聴覚室についた。
視聴覚室……特に利用することもないこの教室。たまに図書委員がここで映画鑑賞会を開いたりするらしいのだが、僕はそれを見に行ったりなどしない。余計なことはできるだけしないようにしているのだ。他には……たまに授業で使われるぐらいで、もしかすると五本の指に入るぐらい使われない教室である。
?滅多に使われることがない教室であるのに?どうして?
……まあ、いいか。僕は扉を引いて視聴覚室へと入った。
先客がいた。
「ん?綾瀬じゃないか?こんな所に何の用だ?」
その人物は今僕が一番……いや、二番か?ともかく会いたくない人物だった。
君代先生だった。
そしてその横にはもう一人、男子生徒が立っていた。
……ん?男子生徒?ちょっと待て。何かがおかしい。
いや、確かに男子生徒だ。だってシャツとズボン……つまりは制服が男子の制服だったからだ。うん、間違うことなく男子の制服である。
だと言うのに、その生徒の顔つきはまるで女の子そのもの。おまけに可愛いときている。更には胸の膨らみまでわかる。
……うん。変わった男子生徒がいるものだ。
若干気にはしたが、僕にとっては君代先生との会話の方が重要度が高いと思い、彼への関心も薄れた。
「こんにちは、君代先生」
「挨拶なんていいから、私の質問に応えろ」
人間社会において挨拶と言うのは非常に重要な意味を占め、それを完全否定する君代先生はやはり教師としては特殊な位置にあるのだと考察し、また君代先生とのコミュニケーションの難しさを認識する反面、教師と生徒という境を無くすようなその態度を僕は感心しながらも……
「なにこっち見ながら失礼なことを考えている顔をしているんだ?」
「え?そんな顔してました?」
「してた」
見破られてしまった。
さて、どう応えるか?素直に友人がここで亡くなったので(実際にはここで事故をしただけで亡くなったのは病院だろうけど)、その現場を見に来ました、と言ってみようか?
でも相手は君代先生だからなぁ。
その辺りの詳しい事情とかを聞いてくるかもしれない。そうなると僕としては非常に厄介だ。
というわけで話を逸らすため、質問に質問で応答することにした。
「そういう君代先生はどうして視聴覚室に?」
「質問に質問で返すな!先に質問したのは私だぞ!」
あう。少しは予想していたことだけど、やはり怒られた。
「まあ、いい。どうせ綾瀬のことだから、大した理由もないくせにここに来ちゃったってところだろう。さながら夢遊病者のようにね」
「酷い言いようですね」
確かに大した理由もなく訪れたのは事実であるけど……
だけど、そう納得してくれた方が僕としては良かったのかもしれない。余計な説明をしなくて済むからね。
「しかし……聞いたよぉ、綾瀬ぇ」
何故だかはわからないけれど、君代先生がにやにやしながらこちらに近づいてきた。
うっ、嫌な予感。そしてこの悪寒。
「お前……やっぱりこちら側の『住人』だったんだなぁ」
「え?」
『住人』っていうのはやはりあの『住人』を指しているのだろうか?つまりは異常者のことを?
待て、落ち着け。
どうして君代先生は僕が異常者だってことを知っているんだ?それは聞いたからだ。誰に?決まっている。トモしかいない。でもどうしてトモが君代先生にそれを教えたんだ?……推測はできる。今日の君代先生が現れた時のトモの慌て方。君代先生のことをよく知らなければあんな態度はとらない。ならトモはどうして違うクラスの担任である君代先生のことをよく知っていたのだろうか?僕が考察するに、それは……
「いやー、風間から聞いているとは思うけど、改めて自己紹介をしておこうか?『七色』をまとめ上げる『虹色』。色と音の魔術師。国生君代とは私のことだ」
聞く前に勝手に解答を発表した。
「あれ?何で驚いた顔をしているんだ?」
「いや、普通驚くでしょ?というか、どこから突っ込んでいいか悩みどころですけど……僕、トモから一言もそんなことは聞いていませんよ」
「あはははは、嘘だぁ。あの口の軽い風間が言わないわけがないよ。現にお前が住人だってことも風間から聞いたんだよ?」
やっぱり、情報の発信源はトモだったらしい。
僕に異常な能力があるということを知っているのはトモを抜かせば、小鳥、柚子、那美姉の三人しかいないからなぁ。小鳥は言うわけないし、僕の家族に至っては君代先生との接点などあるはずもない。
消去法で犯人は簡単に特定はできたのであった。
しかし、君代先生にわかったからといって大した問題ではないだろう。
……いや、大した問題か?
「能力は、『殺意視認』、『奪取』、『複製』だっけ?いやぁ、凄い凄い。一人で三つの能力を持っているなんて脅威だね。よく今まで風間以外の住人に出会わなかったなぁ」
「謙遜するわけじゃないですけど、大した能力ではないですよ。むしろ僕にとってはいらないものです。見えなければ、わからなければ幸せな事だってあるんですよ」
「そうかぁ?見えれば回避ができるし、殺意を奪取すれば攻撃すらされないんだろ?」
「見えなければ攻撃されたことすら気付かないですよ。気付かないから、痛くないんです。いや、本当は痛いのかもしれないですけど、それが見える僕は、その痛みを見て知ってしまった僕はそれが異常に怖い……余計な話ですけどね」
「ふうん。私は勿論見えないからどうでもいいか。どうせ一生掛かっても見えるものでもないし……ところで話は逸らすけど、それじゃあ私の殺意も見えたりするの?」
「……見ようと思えば」
正確には眼鏡を外せば。
「私の殺意は今何処に向いている?」
「……さあ?見ようと思えば見えますけど、先に言ったとおり僕はこの能力が嫌いですから。見ようと思いません」
「はん。つまらない答えだ」
「どうも」
僕は眼鏡に手をかけた。外すわけではない。むしろ僕はこの今の状況でそれを外したくはなかった。
僕の能力について、君代先生が何処まで知っているのか、僕は知らない。そもそも僕はトモに自分の能力をどこまで話したっけ?眼鏡がフィルターの機能を果たしていることは言ったっけ?言わなかったっけ?覚えていないが、ともかく君代先生の殺意なんて見たくない。
それは『虹色』という住人だから?八重樫先生を殺したかもしれない住人だから?
いや、違う。
僕は自分の担任であるこの先生の、強引だけどどこか憎めないこの先生の殺意を見たくはなかったんだ。見なければ、いつも通り接することができるはずだ。きっと。
見てしまえば、僕はきっと、あの時のように……
「それで、風間には私のことどこまで聞いた?」
……だから、本当に何も聞いていないんだけどなぁ。
せいぜい、『虹色』という住人がこの学校にいるってことぐらいかな?
「あの……非常に申しにくいことなのですが、本当に何も聞いていないんですけど」
「だからぁ!そんな嘘はもういいんだよ!わかっているんだからさ!何!?もしかしてもうかなりの所まで聞いちゃってるのか!?国生家のこととかも?」
「国生家?」
「うん?その反応だとそのことについては聞いていないのか?じゃあ、私の能力については?」
「あ、いえ……だから本当に何も聞いていないんですって!」
「……なあ、綾瀬。お前は確か風間と少しはやり合ったんだよな?」
「え?やり合ったって、戦ったっていうことですか?……はい。我ながら卑怯な手で何とか回避しましたけど」
何でいきなり会話が方向転換したんだ?こういう会話の流れが一番怖い。
何か企んでいそうで……
「あいつ、強かったか?」
「……はい。人間じゃないって思いました」
「そうだろ、そうだろ。風間は……あ、智美のほうな。と言ってもお前は兄貴の方を知らんか。まあいい。風間は住人の中でも戦闘能力が高い。上・中・下でいうなら、間違いなく上だな」
「はぁ」
まるで違う世界の話だ。
僕ってよく生きているなぁ。
「そんな風間のことを恐れる気持ちもわからなくはないよ。やり合ったっていうんなら、あの戦闘能力を見ただろ?感じただろう?恐れて事実を隠蔽したくなる気持ちもわかる」
「……」
あ、何か言いたいことが掴めてきた。
これはまずい。
「あの……」
「だけどね、綾瀬。私はその風間よりも強い」
「あう」
「しかも容赦もしない」
「あう」
「さて、もう一度聞こうか?私のことについてどこまで聞いた?大丈夫、風間に怒らせたりはしないから、言いなさい」
どうして僕の周りにはこう強引で自分の話しか押し通さない人が多いのだろう。
確かトモと最初にあったときもこんな感じで話が進んでいったなぁ。
異常者は人の話を聞かない傾向があるのだろうか?
……まあ、異常者だし。
さて、僕は基本的に嘘つきであるけれど、人に強要されてつかされる嘘は大嫌いであった。
つまりは君代先生が納得しなくても真実を言う。
……はぁ。僕って変なところに男らしいな。
「先生……納得しないかもしれないですけど、本当に何も聞いていません。僕は住人らしいですけど、できれば普通に生きたいんです。だからトモともそういう話はできるだけしないようにしました。僕が住人について知ったことといえば、せいぜいこの学校には多くの異常者がいるってことぐらいです。あと、『黒色解体』っていう人が一番強くて……そのぐらいですかね?」
「……」
「……先生?」
「えーっと、何だ?それは?つまりだな、これは私が間抜けにも自分が住人であることを勝手に教えてしまったと、そういうわけか?」
「まあ、そうなるんじゃないかと……」
ごん。
「……っ」
突然頭を殴られた。
「なにするんですか?」
「むかついて、ちょうど殴れる位置に頭があったから」
「むかついて、ちょうど殴れる位置に頭があったら殴るんですか?先生は?」
「うん」
全く悪びれた様子もなく頷く、君代先生。
はぁ、そうだった。この先生はそういう先生だった。
僕は呆れながらも、結局どう答えることが最善の答えだったのかを思考した。
……どう答えたところで僕は殴られるような気がした。
「ところで君代先生はどうしてこの視聴覚室にいるんですか?」
長い間はぐらかされた質問を再度試みた。
「その質問……全く同じのを私も最初に綾瀬にしたんだがなぁ」
「僕は特に意味はないですよ。いえ、少しぐらいは意味があるかなぁ。入学してまだそんなに月日は経っていないですから、早くこの学校に慣れようと思い、特に利用回数の少ない視聴覚室などはまだ来たことがないですから、とりあえず覗くだけでもしておこうかと……」
「あぁ、はいはい。そうやって誤魔化すんだろ?」
「いえ。本心ですよ」
勿論嘘であるけれど。
「それで、君代先生はどうしてここに?僕が応えたんだから、君代先生も応えてくださいよ」
「私か?別に応えてもいいけど……但し答えは教えないよ」
「はぁ?」
何を言っているんだろう、この先生は?
前々からおかしな発言はするとは思っていたのだけど、今の発言に至っては理解が不能である。
やはり、おかしな……
ゴン。
「……っ」
「失礼なことを考えていただろう?」
「……思想の自由は法律で認められていたはずですけど」
「私の心の法典では認められていないんだよ」
「さいで」
今度からは思考するのも気をつけよう。
と言うか、この先生の前では何をするのも危険である。
「それで、私がここにいる理由だけど……綾瀬、お前は川瀬ミコって子を知っているか?」
「え?」
知らないわけがない。
だって僕はその子の形跡を辿るためにここに来たようなものだから。
「一年一組、川瀬ミコ。まあ、知らなくても不思議じゃない。何せ彼女はこの学校にはほとんど来ていなかったんだからね」
「……知って、いますよ」
「へえ。それは意外だ。どうして彼女のことを知った?」
……そうか、やはりそうか。この過剰な反応。間違いはない。
「彼女とは中学校が一緒でして、それで少しばかりですけど付き合いはありました」
「ふむ、じゃあ知っているか?彼女はここで事故を起こした。そして病院に運ばれたが、そのまま意識は戻らずついこの間亡くなった」
「亡くなったことはクラスの女子の会話を聞いて知っていましたけど、ここで事故を起こしたなんて……」
「私も詳しい状況は知らない。足を滑らして机か椅子に頭をぶつけたらしいけど……ともかく彼女は亡くなった。その状況を知ろうと思ってね、彼女を連れてここに来たってわけ」
「彼女?」
その単語はおかしい。何故ならこの空間にいるのは僕と君代先生と、その横に立っている男子生徒のみである。
彼女という存在はこの空間に存在していないのだ。
「桜守。自己紹介しろ」
「うん」
初めて口を開いた彼の声は、非常に可愛らしいもので、とても男の声には思えなかった。
「二年二組、桜守珠美です。私も住人ですので、何か相談したいこととか気軽に言ってきてくださいね」
「珠美ですか?……え!?女性ですか!?」
「見りゃわかるだろ」
「だ、だって、制服が男子のものじゃないですか?」
「制服が男子のものでも、性別は女だ。お前男がスカート穿いたからって女になるわけじゃないだろ?」
「そりゃ、そうですけど……そうじゃなくて!」
僕はどうしてこの……えーっと、名前なんだっけ?確か、タマミだったっけ?
でも二年生っていうことは年上になるのか?そうするとタマミさんと呼ばなければならないのだろうか?
それはどうでもいい。
ともかくどうしてタマミさんは男子の制服など着ているのか?
そこに深い理由があるのか?
女子生徒が男子生徒の制服を着る理由……それはあれだろうか?よく貧乏な家とかだと、お兄ちゃんのランドセルを妹が使う。そういうものと同じ現象なのだろうか?
僕はタマミさんの家庭の事情を勝手に想像した。
タマミさん「それじゃあ、お兄ちゃん。行って来るね」
お兄ちゃん「タマミ……すまないな。お前もオシャレしたい年頃だというのに、俺のお下がりの制服なんて着させられて」
タマミさん「気にしないでお兄ちゃん。私は平気だよ。たった二人だけの家族じゃない。そんなこと気にせずがんばろ!」
お兄ちゃん「タマミ……うっ」
タマミさん「あ!お兄ちゃん!大丈夫!?重い心臓病なんだから無理しないで」
お兄ちゃん「すまない。すまんないなぁ」
……なんか、もの凄い不幸な家庭を想像してしまった。
しかし、僕の想像通りだとするとこれは聞いてはいけないことなのかもしれない。
人には幾つか触れてはならないものが存在するのである。
「そうか……大変なんですね。タマミさん」
「?」
「綾瀬……どんな想像しているか知らないけど、こいつのこの格好は趣味だ」
「……は?」
「だから趣味だと言っている」
「趣味って……え?」
つまり、僕の妙な想像とは全く関係ないということだろうか?
「え?趣味って、それだけで男子の制服を着ているんですか?」
「そうだよ。だってこっちの方が可愛いじゃない」
「……」
いや、僕は別に自分の制服が可愛いとは思わないのだが……
この学校は変わった人が多いようだ。
勿論自分も含めて。
「こいつ……桜守の能力が『残念感知』と言ってな」
「残念?無念?」
「その残念じゃない。残留思念の略で『残念』。残留思念って言うのは、人が残した感情みたいなもので、例えば私がここでお前に殺すとする」
「ちょっと、リアルで嫌なんですけど」
「た・と・え・だ!アホか!私が可愛い教え子を殺すと思うのか?」
思う。勢い余ってやってしまったとか、大いにありえそうだ。
「ともかく例えだから気にするな。私がお前を殺す。お前は当然私を憎むよな?それは死ぬ直前でも、死んだ後でも、まあどっちでもいい。そういう憎んだ感情はその場所に残るんだ。それが『残留思念』。それを感知できるのが桜守の『残念感知』だ」
「えっと、つまりその『残念感知』とかいうやつで川瀬ミコさんのその事故の思念というものを知ろうと、そういうわけですか?」
「うん。そうだな。そんな感じだ」
川瀬さんが最後に思ったことか……それは非常に興味がある。
「川瀬さんは最後に何を思ったんですか?」
「それは教えられない」
「……」
「おいおい。そんな顔をするなよ。一応彼女にも人権って言うものがあるんだよ。例え亡くなっているからってプライバシーを侵害してはいけないと思うよ」
君代先生は知ったくせに……
「僕は川瀬さんとはそれなりに仲が良かったのですが……」
「うん。それなら尚更知らないほうがいい」
「尚更ですか?」
「尚更だ。もしどうしても知りたいのなら……そうだな。綾瀬、お前が今追っている事件を無事解決することが出来たなら教えてあげてもいいぜ」
追っている事件……八重樫先生の事件のことか?
僕らがそれを追っているということを知っているのは、やはりトモから聞いたのだろうか?聞いたんだろうなぁ。
「『八重樫殺人事件』、か。ふん。成る程だよ。あいつが解こうとしなかったのも納得だ」
「あいつ、とは?」
「風間の兄貴のことだよ。聞いていないのか?風間の兄貴は探偵なんだよ。しかもこっち関係のな。風間は兄貴のことを名探偵というが……なるほど。今回に至ってはそれを認めてもいいかな」
「トモのお兄さんのことについては、聞きました」
「そうか。あいつブラコンだから、聞かないわけがないか」
「ええ」
やはり先生もトモのブラコンについては知っていた。
まあ、トモと一日も付き合っていれば自然とお兄ちゃんの単語が出てくるからなぁ。少し一緒にいればブラコンだとわかるだろう。
「お前、風間家のことについては聞いたか?」
「?風間家?聞いていないですけど?」
「ふーん。なら教えてやるよ。お前自分の能力とか喋られて風間のことを知らないのはフェアじゃないだろ?特別に教えてやる」
「いえ、別に」
「風間家は代々、魔を退治する家柄だ」
いや、別に良いって。できればそんなことを聞かずに、僕は普通の人生を歩みたいんだけど……
僕の心の内とは反対に、君代先生は続けた。
「それは随分と前から、だと言う。詳しくは私も知らないよ。でも、千年単位じゃないかと私は考えるね。だって風間家は元は名前などなかった時代からそれをしているらしいから。そう、上流階級しか名前がなかった時代から彼らは魔と戦ってきたんだ。やがて彼らにも名前が必要になる時代が来て、『封魔』から『風間』となり、それが近頃では『風間』と呼ばれるようになったらしいよ」
「『封魔』から『風間』ですか?面白い所以ですね」
「名前には大抵意味があるのさ。桜守の珠美だって、『霊見』。つまりは幽霊が見えるようにっていう所以から来ているんだぜ。桜守の家系はそういう仕事を生業にしているからな」
「え?タマミさんって幽霊が見えるの?」
残留……なんとかとか言っていたけど、それはつまり幽霊のことなのか?
す、凄い!この学校に霊能力者がいたなんて。
今度、意味はないけれど僕のお爺ちゃんの事について聞いてみようかな?
「見えないですよ。そもそも幽霊なんて存在しないから。ただ残念を幽霊と勘違いする人は結構いるし、ウチもそういう風に言っておかないとお客さんが来なくなっちゃうしね。よくいるんだよ。亡くなった者に固執する人が」
「幽霊はいないんですか?」
「いないよ。だってそんなものがいたらこの世の中どうなっちゃうの?今までたくさんの人が亡くなってきているというのにさ、その人たち全部が幽霊になっちゃってたら、幽霊が飽和状態になっちゃうよ。あ、でも想像すると楽しいかもね。押し競饅頭している幽霊とか」
うーむ、その図は別に楽しくないと思うのだが、でも確かに今まで死んだ人全てが幽霊となってこの世に留まっているのは、いささか無理のある設定か……
しかし、それでも人が幽霊の存在を信じるのは……やはり彼女の言ったとおり、人が亡くなった者に固執するからだろう。
もう会えない存在だとわかっていながらも、もう一度会いたいから、人は幽霊の存在を信じ、そうしてその人が見守ってくれていると信じるのだろう。
弱いものだ。人っていうのは。
「タマミって付けられたのは、幽霊は存在しないにせよそれに近いものが見れるようにっていうことでつけたらしいよ。うん。実際私はそれに近いものが見れるからね」
「ふうん」
名前にそういう意味が、ねえ。
「ちなみに綾瀬は……綾瀬真だっけか?あぁ、多分何の意味もなさそうだな」
「さらりと失礼なことを言わないで下さい。まあ、多分何の意味もないでしょうけど」
意味があったところで僕はこの名前が嫌いだ。
男か女かわからないし。
「ところで、さっきの先生の言い方だと、八重樫先生の事件が解けたみたいですけど……」
「……綾瀬、勘がいいのは良いが、それが身を滅ぼすこともあるよ」
ギロ。
君代先生が僕を睨む。
この感じ……見るまでもない。先生は殺意をこちらに向けてきている。
「うっ」
「気をつけるんだね。まあ私は教え子の身を滅ぼすようなマネはしないけど」
嫌な感じが消える。
そうして僕は息を整えた。
緊張した。やはり、わかってはいることだけど殺意を向けられるということは嫌なものである。
「答えるまでもないとは思うけど、その質問はイエスだ」
「解けたんですか?犯人までわかったんですか?」
「勿論、ね。でも教えないよ。さっきも言ったとおりこの事件を解くことが出来たら川瀬ミコの最後に思ったことを教えてやる」
「……別に教えてもらわなくてもいいですけど、それじゃあ一つだけ教えてください。僕とトモでこの事件を解くことはできますか?」
「そんなのは知らないよ。ただ推測だけど、無理じゃないか?」
「ですよね。僕もそう思います」
やる気がない僕と、天然で何をやるべきなのかわかっていないトモ。
こんな探偵が事件を解けるはずがないのだ。
「風間と綾瀬、ねえ。ふん。これほど相性が悪い組み合わせはない。風間はその『魔』を探る能力で異常者を知ることが出来る。しかし綾瀬は飛び切りの異常者。見つかるわけがない」
「?それどういうことですか?」
「何でもないよ。とりあえず風間に注意はするように言っておけ。綾瀬、お前もな」
「平気ですよ。きっと僕らは犯人まで辿り着けない」
「だと良いがな」
僕は君代先生とタマミさんに別れの挨拶をし、視聴覚室から出て行った。
八重樫先生の事件、か。
何故君代先生はこの事件を解くことが出来たのにも関わらず解決しないのだろうか?そしてそれはトモのお兄さんにも言える話だ。
わかっているのに解かない。
誰も解こうとしない事件。それは一体どんな意味があるのだろうか?
しばらく考えたがわかるわけもなく、僕は思考することをやめた。
代わりに今日の放課後の予定について考え、ため息をつくのであった。
教室に戻ると、小鳥とトモが仲のいい友達のように話していた。
「あ、マコちゃん。お帰りなんだね、お帰りだね」
「真君、お帰りなさいです」
「……ただいま」
「あれ?マコちゃん何でかお疲れだね?何かあったかな?」
そりゃ、あった。なければこんなにも疲れていなかった。
「視聴覚室に行ったら、君代先生がいた」
「え?君代先生が、ですか?」
「そう。で、いろいろあって疲れた。以上」
「凄い簡単にしか言ってないです」
「よっぽど疲れたんだね。マコちゃん」
うーむ、こんなことになるなら視聴覚室に行かなければよかったかな?
でも、視聴覚室に行ったことによりそれなりに情報を得ることが出来たのも事実だ。
情報を得るつもりで視聴覚室に行ったわけではないけれど……これはこれで得をしたかもしれない。棚から牡丹餅である。
凄い疲れたけど。
「あ、そうだトモ。君代先生が『住人』であることも聞いたぞ」
「え!?ええ!?君代先生喋っちゃったですか!?」
「喋っちゃったですね。何かトモがどうせ言っただろうからみたいなこと言っていたぞ。トモの口の堅さはあんまり信用されていないみたいだったな」
「うぅー。私は口が堅いのですのにぃ」
「そういう割には僕のことを喋ったそうじゃないか?」
「……う」
「いや、君代先生にならいいけどね。できれば他の人には話さないでくれよ。僕はできるだけ普通に生きたいのだから」
「異常者なのに普通に、ですか?」
「異常者だけど普通に、ね」
「うーん。それは難しいことだと思うのですが……」
難しいとはどういうことだろうか?少なくとも僕は今まで異常だが異常なりに普通にやってきた。きっと普通に出来ていたはずだ。
そしてこれからだって出来るはずだ。今まで出来ていたものが出来なくなることなんてないはずだ。
擬態できるはずだ。だから、トモ。あんまり言いふらさないでくれ。僕は、僕は君とは住む世界が違うんだ。
「ところで、えっと、タマミさんとか言う人に会ったよ。変わった女性で、二年生で、住人らしいけど……トモ、知っているか?」
「知ってるも何も、有名人ですよ!『紫の残念感知』の桜守珠美。戦闘能力は皆無ですけど、その情報収集能力はこちらでもトップレベル。おまけにお金持ちです。はぁー、羨ましい限りです」
……僕は彼女の家が貧乏だと推測したが、実際はお金持ちだったらしい。
何故にあんな格好を?やはり謎だ。彼女は可愛いから、と言っていたが、僕は生まれてこの方一度として男子の制服が可愛いなどと思ったことはなかった。今も勿論そうだし、これからもきっとそう思うことはないだろう。
さて、タマミさんの美的センスは置いておいて……
「『紫の残念感知』って言うのは昨日は聞かなかった名だけれど?」
「それは『七色』の一人だからです。赤から紫までの七色……彼女はその紫色の称号を得ているんです。とは言うものの称号を得ているからといって強いわけではないですけど」
「でも、彼女の能力を聞いたところ、僕は便利だと思ったよ。少なくとも、僕の『殺意視認』よりは使えるし、それにトモよりも彼女の方が探偵向きじゃないのか?」
だって人の思念を読み取る力、だよ?被害者の思念だろうが、加害者の思念だろうが、読み取れるんだよ?それこそ、名探偵だ。
君代先生が八重樫先生の事件を解いたのだって、きっと彼女の力があったからだろう。
おっとこのことはトモには内緒にしておかなければな。
「うー、私の能力だって探偵向きで実践向きです!真君は私の能力を詳しく知らないからそんなふうに言うんです」
「確かに、僕はトモの能力をよく知らないな」
よくは知らないけれど、しかしタマミさんの方が確実にトモよりも探偵向きと言うことはわかる。
だって、君代&タマミさんペアは事件解決。僕&トモペアは事件未解決。
「私の能力はまず異常者を知る、『共振』です」
「あ、それ前に聞いたな」
確か、水面に石を投げると波紋が……とか理解しがたい説明だったけれど、要するに異常者がわかるというものだ。
……うん。異常者が起こした事件を追うと言う意味では、その能力は非常に使える能力ではあるのだけど。
如何せん、その使用者がトモなのでそれは宝の持ち腐れに等しい。
「……真君、何か失礼なことを考えている顔をしているです」
「か、考えていないよ」
う、おかしいな。僕はそんなに感情を顔には出さないと思っていたのだけど。
今日はやけに人に見破られるなぁ。
「ともかく私の『共振』で探偵向きな能力はOKです。あとは犯人を捕まえる時の実践向け能力ですけど」
「……あのどでかい剣か」
「その通りです。『切るモノを選択する剣』、略して『切択剣』です。切りたいもの、切りたくないものを分けることができるんです。便利ですよー」
成る程。あのとき壁を貫通したのは、つまり切りたいものではないからか。
しかし、そのネーミングセンス。どうにかならないだろうか?
洗濯剣に聞こえるのは僕だけだろうか?
僕だけなら救われるのだけど。
「うん、確かにその『洗濯剣』……じゃなくて『切択剣』とトモの身体能力があれば大抵の敵は何とかできるかもね」
「えっへん。そうなのです。私はとっても便利な能力者なのです!」
でも頭は弱い。
それが探偵に向かない最大の理由だよなぁ。
頭の弱い探偵……間違ってもそんな探偵に依頼などしたくない。
はぁ。僕らはこの事件、解決できるのか?
一応、君代先生は解決した時のご褒美?を僕にくれたけど、それでも僕はまだいまいち動く気にはなれなかった。
まあ、適当にやって、どうにかしよう。
「あ、そう言えばマコちゃん。あの人がマコちゃんを訪ねに来たよ」
「あの人?」
僕は知り合いは極端に少ないから、そんなに訪ねにくる人なんていないと思うのだが。
現にこの入学してからの数ヶ月間、一度として僕を訪ねてきた人は……あ、いた。トモが。
それは例外にしておいて、ともかくいなかったはずだけど……
「えっと、ほら……そうだ苅部君!彼がね、マコちゃんを訪ねに来たよ」
苅部?そんな知り合い僕にいただろうか?
……しかし小鳥がいると言っているのだからいるのだろう。
小鳥の記憶力は僕よりも良いし、何せ学年五位のその頭脳。苅部君は実在するのだろう。
「ふーん、その苅部君なんだって?」
「んと。マコちゃんがいないんだったら別に用はないって」
「ふーん」
その苅部君は僕に何の用だったのだろうか?
しばらく考えたが思いつかなかった。というか、やはりそんな知り合い僕にいたっけ?
「ねえ、その苅部君ってどんな人?」
「え?マコちゃんもう忘れちゃったの?ほら、あの……うーん」
特に大した特徴がないのだろうか?小鳥は僕の質問に困ったように腕組みをして考え始めた。
「特徴がない奴なのか?」
「そんなこともないんだけど、あえて言われるとそうかもしれない」
僕の周りはインパクトが強い奴が多いからな。インパクトが薄い奴を説明しろと言われても無理かもしれない。
「あ、でも親切な人だったですよー」
「何だ、トモ?いきなり?」
「だって私の背中についていた糸くずを取ってくれたです。ちょうど手の届かないところだったので、凄い助かったです」
親切な苅部君?
謎の存在だな。
「まあ、多分特に用事があったわけでもないだろうな。僕を待たずに帰っちゃうところを見ると。つまりはあまり気にしなくていい、ということだな」
「マコちゃんって適当だね。でも適当なのが、きっとマコちゃんなんだね。きっとそうだよね」
何か小鳥に失礼なことを言われたが、まあその通りでもあるので僕は特には怒らなかった。
僕らはあまりにも普通に過ごしていた。
異常者のトモという存在が僕らに加わったというのに、僕らはそれが何事もないように普通に。いつも通りに。誰からみてもいつも通りに、どこから見てもいつも通りに、トモという存在がいても変わらずいつも通りに……
さて、それはいいことなのか悪いことなのか?
一週間の始まりの月曜日……まだそれは半分しか終わっていない。
やれやれ、今日も長くなりそうだ。




