????? 真壁拓哉
翌日……昨日と同じように僕は憂鬱であった。憂鬱の理由……それはトモに今日、予定が出来てしまったことを話さないといけないからだ。
僕と小鳥は決めた。今日、川瀬ミコさんのお悔みに行くということを。
彼女の事を忘れるという約束。それを破るようなことかもしれないが、僕は行くことにした。何故かはわからない。自分の心なんてわかるわけがない。小鳥が行きたいと言ったから僕はついて行くだけかもしれない。それとも僕自身が行きたいと思っているのかもしれない。わからない。でも決めた。僕は行くことに決めた。卒業アルバムを見て川瀬さんの住所も調べた。
だから言わなければならない。「今日は午後から予定があるから、犯人探しは中止にしよう」と。それは非常に簡単に思える作業だ。だが、その言わなければならない相手がトモなんだ。
僕は覚えている。一昨日の事だ。忘れるわけがない。あの驚異的な戦闘力。おそらく僕ら一般人を十人集めたところで、彼女は十秒もしない内に僕らを血の海へと沈めることができるだろう。一人一秒だ。僕の推測だけど、あの動きを見る限り不可能じゃないだろう?
そんな相手に僕は言わなければならないのだ。鬱だ、憂鬱だ。あのわがままちびっ子が説得に応じるだろうか?……おそらく一波乱あるだろう。それを考えるとまたため息が出る。
結局週が変わったところで僕の運というものは戻ったりはしなかったようだ。
白鳳神社にたどり着くと、それを第六感で察したのかトモはほぼノータイムで出てきた。今日は昨日と違い巫女装束などではなかった。また巫女装束で現れたら、さすがの僕も突っ込みきれない。うん、トモもようやく常識というものが理解できるようになったか。人と触れ合う事で人間は常識というものがわかっていくのだ。
「今日は早いんですねー?じゃあ、早速ですが今日は何をしましょうですか?」
「トモ、非常に言いにくいんだけど……」
頼むから心穏やかに聞いてくれよ。
「実はだな……僕と小鳥は急用ができてしまったんだ」
「え、そうなんですか?」
うん?何だか思った以上にトモの反応は淡白だぞ。これは……いける?
「うん。ちょっと行かなければならない場所があってね。だからさ、今日は中止にしたいんだけど……」
「あ、わかりました、です!」
拍子抜け。僕はトモのことを誤解していたようだ。僕の思っている以上にトモは大人だったようだ。身体は子供でも、頭脳は大人だったのだ。僕は素直にトモのことを見直した。
「それで、真君とコッコちゃんは何処に行くんですかー?」
「えっと、僕らの友達が亡くなってさ……ちょっと遅くなっちゃったけど、今日お悔みに行こうかなって」
「お悔み、ですか?何かあまり楽しそうではないですね」
楽しそうじゃない?そりゃそうだろう。別に遊びに行くわけではないからな。
「うーん、まあいいですよ。楽しそうじゃないですけど、真君たちには昨日今日と付き合ってもらっていますからね。真君の予定に付き合うのです」
一昨日の話を忘れないでもらいたい……と言っている場合ではなかった。何か、今トモの口からさり気なく、見落としがちになるけれど、とんでもない言葉が漏れなかったか?
後半の方だ。後半の部分が僕の心に引っかかる。
『真君の予定に付き合うのです』
え?何だ?この台詞は?この言い方はまるで川瀬さんのお悔みに、トモがついてくるみたいじゃないか?……え?まさか?
「トモ……もしかしてお悔みについてくるわけではあるまいな?」
「え?行きますよー。当たり前ですよー」
どうしてコイツは当たり前についてくるとか言い出すのだろうか?
「トモ、お前は名前も知らない相手のお悔みに行く気なのか?」
「あ、そうですね。名前知らなかったですー。その人の名前は何ていうんですか?」
「川瀬ミコ、だけど……違うよ!そうじゃなくて!面識のない相手をお悔みするというのはおかしいとは思わないのか!?思うだろ!?」
「そうなのですか?うー、でもそうしたら今日の私の予定はどうなるですか?」
「いや、適当に過ごしてください」
「うー、だったら私も真君たちと一緒に行動したいです!」
やっぱり子供を説得するのは大変なようだ。
……めんどくさくなってきたから嘘をついて乗り切る事にしよう。
僕は途端に表情をシリアスなものに変え、真剣な様子で言った。
「……ごめん、トモ。彼女は、川瀬ミコさんは僕にとって本当に大切な友達だったんだ。彼女との付き合いは決して長くはなかった。長くはなかったけど、僕と彼女は本当に親友と呼べるくらい仲良くなった。身体が弱かった彼女とはそれ以降あってないけど、でも僕はお悔やみのときに泣くかもしれない。あの時のことを思い出して。あの時に戻る事ができないと知って。そんな姿、誰にも見られたくはないんだ。小鳥にだって、見られたくない。でも小鳥は川瀬さんと面識があるから、僕は小鳥の『行きたい』という意志を値踏みにすることなんてできやしない。してはいけないんだ。でもトモは違うだろ?全く面識のない相手だ。だからさ、ごめん。トモは遠慮してくれないか?わがままだとはわかっている。これは僕のわがままだ。でも、どうか僕のわがままを聞いてはくれないだろうか?」
わがままなトモだってシリアスな顔でこんな事を言われたら頷くしかないだろう。
トモは口を尖らして不満を言いたそうな顔をしたが、やがて「うー、わかったですよ」と了承してくれた。
ごめんよ、トモ。きっと僕は泣かないだろうけど、許してくれよ。君がいるとお悔みに行ったっていう気がしないんだよ。おそらく真面目な場面になると思うんだ。その時に君のようなテンションが高い子がいるとおかしくなってしまうんだよ。わかってくれ、トモ。
「うー、でもそうすると私が今日凄い暇になっちゃうです!それはどうしてくれるんですか?」
「うん?……適当に過ごしてくれ」
「返事が適当です!ひどいです!もっと真面目に考えてくださいです!」
いや、何で僕が他人の予定を真剣に考えなければならないんだ。自分のことは自分で決める。それは当然のことだろう?……トモに当然のことを求めるのは間違いかもしれないが。
「マコちゃん、マコちゃん。お悔やみは午後からにすればいいんじゃないかな?午前はトモちゃんと遊ぼうよ」
「ついに遊ぶって言っちゃったな……わかったよ。どこか喫茶店によって、この事件のことについてまとめてみよう」
一応、事件の解決に進展を見せないと、いつまで経ってもトモの事件解決に付き合わされる羽目になってしまうからな。それはなかなかの提案であったと思う。
その後僕らは喫茶店で下らない話(事件の話題は全くといっていいほどなかった)で時間を潰して解散した。解散と言ってもトモと別れただけであって、僕と小鳥はこの後用事があるのでまだ一緒だ。用事……そう、僕らは今川瀬ミコさんの家に向かっている。中学三年の時に少しの間だけ、一ヶ月の付き合いもなかった彼女の家に向かっている。
僕は、正直皆目検討もつかない。何が検討がつかないかというと僕の行動だ。自分のことだというのに、まるで検討もつかない。悲しむのだろうか、泣いてしまうのだろうか?それとも……やはり何も感じないのだろうか?
可能性が高いのはやはり一番最後のやつだろう。何せ、昨日だって小鳥から川瀬さんの死を聞いたとき、僕は思い出しこそはしたが、だからといって特に何も思わなかった。
そんな僕は、どこか人間味が欠けている。人間味・にんげんみ・ニンゲンミ?
それは一体どういう人間のことを指しているのだろうか?
小鳥のように感情を豊かに表現できる人間が、人間味かあるというのだろうか?
それとも一般的な、普通の人により近い者が人間味があるということなのか?
どちらにせよ僕とは無縁の言葉であるように思う。
さて、そんなことを考えながら歩いているうちに、僕らは目的地である川瀬さんの家へとついた。住所は、多分間違いない。表札を見ると『川瀬』と彫られていた。引っ越して同姓の人が住んだ、という可能性は限りなく低いだろうから、ここは川瀬さんの家になるのだろう。
しかし、他人の家を突然訪問するっていうのは緊張するな。
インターフォンを押す。川瀬さんの家は小鳥と同じタイプであった。そのインターフォンから、『はい。どなたですか?』という声が聞こえてきた。声からして川瀬さんの母親だろう。
僕はその川瀬さんの母親に、「川瀬ミコさんの古い友達です」と言った。一年前が古いかどうかは判断が微妙なところではあったが、今は付き合いがないので古い友達で問題はないだろう。
すぐには返事が返ってこなかった。しばらくして、『ミコのですか?』という声がインターフォン越しに聞こえた。
「ええ。一年程前に彼女と知り合いまして、付き合いは二週間ほどですが、仲良くしていただきました。ミコさんが亡くなったと聞いて、遅くなりましたがお悔みに来ました」
『一年前……もしかして、綾瀬、さんですか?』
「はい。そうですが?」
あれ?僕はまだ名乗っていないはずなのに、どうして川瀬さんの母親は僕の名前を知っているのだろうか?
『ちょっと、待ってくださいね』
そして、僕らは川瀬さんの家へと招かれた。
川瀬さんの母親は、美しい方であった。年は見た目では判断できないが、とても一児の母とは思えない。よく川瀬さんに似ていた。いや、この場合は川瀬さんが母親に似たと言うのが正しいのだろうが……
僕たちは居間らしき部屋に案内された。
「ごめんなさいね。大したお茶菓子もなくって」
「いえ。このお煎餅もなかなかの美味ですよ」
出された緑茶と煎餅はよく合った。緑茶はあまり好きではないけれど、たまにはこういうのも悪くない。
「うふふ、ミコの言うとおり面白い子。綾瀬……えーっと、真君、だっけ?」
「はい。綾瀬真です。彼女は小宮山小鳥といって、僕の彼女です」
「あ、その子の名前も聞いたことあるわ。小鳥ちゃん……可愛い子ってミコ言ってたよ」
「そ、そんな」
素直に照れるミコ。しかし、僕らは川瀬さんと二週間の付き合いしかなかったと言うのに、やけに詳しいような気がする。僕の気のせいだろうか?
「ミコからね、あなたたちの話はよく聞かせてもらったわ。変な男の子と可愛い女の子。とっても面白い子だって。初めて出来た女の子の友達と……そして初恋の子だって」
あ、そうだった。僕は川瀬さんに告白されていたのだ。成る程。僕のことが好きだったから、こんなにも僕のことを川瀬さんの母親は知っていると言うわけか。
……川瀬さんって意外とお喋り?
「あの聞いていいですか?ミコさんが亡くなったのはやはり病気かなにかですか?」
それは、川瀬さんの母親に聞くには酷なことかもしれなかった。だけど、僕はそのことが異常に知りたかった。川瀬さんは、そこまで酷い病気であったのだろうか?あの時、既に余命一年だったというのだろうか?
「……どうなんだろうね。一応は病気、なのかな?」
どういうわけか、川瀬さんの母親は返答につまった。思い出したくないということもあるのだろうが、それ以上に今の発言はおかしい。一応病気?それは、どういう意味だ?
「……本当は、もっと生きれたのよ。でも……悪化したんだ」
「悪化?」
「そう。四月の後半だったかな?ちょっとミコの調子が良くてね、『今日は高校に行ってみたい』ってそう言ったの。あ、あの子が高校に入ったのは知ってた?どうやらあなたたちと同じ高校に入ったらしいけど……」
あなたたちと同じ高校……それは川瀬さんが望んで僕らの高校に入ったということか?僕らとの縁は切れたはずなのに?何で?
「あの子……無理して高校に入学できたはいいけど、一度も行くことができなかったの。入学式も、それからも。中学の時と同じ……いいえ、それより酷かったかな。私はね、学校になんて行かなくていいって思った。そしてミコに言ったよ。無理に高校に行かなくていいんだって。あなたがやりたいことをやればいいんだって。だってあの子にはもう時間が無かったんだもの。好きなことを、好きなだけやらしてあげたかった。好きなだけは、無理かもしれないけれど、それでも出来るだけやらしてあげたかったの。そしたらね、ミコは言ったの。『私は学校に行きたい。一度でいいから、普通の子と同じように登校して、授業を受けて、それでちゃんと下校するの。家の近くまで友達とお喋りして、それで最後に手を振って別れるの。またねって』。だから私はミコの高校受験を止めなかった。そしてあの時も、ね」
その母親の顔には自嘲が混ざっていた。彼女は確実にそのことに後悔していた。
「あの日のミコは、本当に調子が良かったの。まるで普通の人のようだった。だから私も安心してミコを見送った。だけど帰ってこなかった。いつまでも帰ってこなかった。私はね考えていたんだよ。ミコが学校でどんなことをしているか。新しい友達はできたのかな?ちゃんと授業は受けれたのかな?お昼ごはんは食べたのかな?休み時間は誰と過ごしているのかな?真君とは会えたのかな?一緒に帰ることはできたのかな?だけど、帰ってこなかった。ミコが帰宅してくると思っていた時間を少し過ぎた辺りで、電話が掛かってきた。学校からね。『ミコさんが視聴覚室で倒れていました』って。どうしてかな?わからないけど、足を滑らせて机に頭をぶつけたらしいの。幸い助かったけど、いえ、助かってなかったのかもしれない。そのこと自体は命に別状は無い怪我で済んだんだけど、それ以降ミコは眼を覚ますことはなかった。そのまま弱っていって……」
「……すいません。聞くべきことではありませんでした」
しかし聞いてしまったのだからもう遅い。自分の学校でそんなことが起きていたなんてな。何故先生達はそのことについて何も言わなかったのだろうか?決まっている。印象だ。学校の印象を下げるような事態をわざわざ公表したくはないのであろう。やれやれと思う。
川瀬さんの母親がすすり泣く声が僕の耳まで届いた。小鳥も泣いていた。川瀬さんの母親の話を聞いたからだろう。友人の死を具体的な形で聞いたからだろう。僕だけがその場で泣いていなかった。僕はそんな二人を、ただただ眺めていた。
その後、僕らは少し離れた部屋に案内された。仏壇のある部屋だった。仏壇には川瀬さんの写真が置いてあった。あの時、最後に会ったあの時と何ら変わりのない顔。あの時に撮った写真なのだろうか?それとも人間一年ぐらいじゃ大して成長はしないということか?どちらでもいいような気がした。写真の中の彼女は、僕の知っている彼女だった。あぁ、やっぱり死んだんだな、川瀬さん。
写真を見て、ようやく僕はその事実を受け止めた。本当に、本当に亡くなったのはあの川瀬さんなのだ。同姓同名なのではなく、正真正銘あの川瀬さんなのだ。
だが、その事実を知ってなお、僕は何も思わなかった。
お線香をあげ、鐘のようなものを鳴らし(正式名称は知らない)、手を合わせる。小鳥も僕に倣ったが、鐘のようなものを鳴らす前に何か思うことがあったのか、泣き崩れてしまった。
「小鳥?大丈夫か?」
「う、ぐ、う、……うあぁ」
「すいません。トイレ借りていいですか?小鳥もきっと泣き顔を見られたくないと思いますので」
もう一度見せてはいるけれど、今の小鳥は我慢をしているように見える。こういう時はひとりで思いっきり泣くに限るのだ。多分だが。
「ええ。部屋を出て、左手にあります」
「どうも」
僕は小鳥とともにトイレまで行った。
「あ、ありがどう。マコちゃん」
「いいから。落ち着いたら戻って来いよ」
「う、うん」
バタンと扉が閉まる。途端聞こえる泣き声。それは叫び声にも聞こえた。それはきっと、普通の人なら聞いているだけで悲しくなってしまうような、そんな声。
僕はその場から離れ、そして仏壇のある部屋へと戻った。
「彼女、大丈夫でした?」
「相当抑えていたみたいですからね。しばらくは戻ってこないと思います」
「彼女は、その……ミコとは仲が良かったの?」
「川瀬さんから話は聞いているんじゃないんですか?」
「聞いているわよ。ミコは小鳥ちゃんのことすごい好きだって言ってたわ。でも……彼女はどうなの?たった二週間の付き合いでしょ?ミコは、初めての女の子の友達だったから小鳥ちゃんのことを好きだったのかもしれないけれど……」
「変わりませんよ」
「え?」
「小鳥だって川瀬さんのことが好きだったんですよ。だからあんなに泣ける。感情を乱してしまう。確かに小鳥にとって川瀬さんは初めての女の子の友達ではないけれど、だけど悲しんでいる気持ちに嘘はありません」
「……ミコは、ミコは良いお友達と出会えたのね」
良い友達……その中に僕は含まれているのだろうか?
僕は素直に含まれていないと思った。おそらく川瀬さんの母親は僕が良い友達ではないとは微塵にも思っていただろう。そう思っているのは僕自身だ。友達の死を目の当たりにして、何の感情も抱かない僕が良い友達であるはずがない。
あぁ、結局、僕は、僕は、僕は、あの時から、あの時から、あの時の……
ピンポーン。
インターフォンが鳴り、僕の狂いかけた思考も止まる。
「ちょっと待ってくださいね」と言って川瀬さんの母親は席を立った。
僕一人部屋に残された。……うーむ、しかし他人の家に一人残されてもやることがないな。
まあいいか。退屈にしているのも嫌いなわけではない。
僕は何も考えないまま仏壇を見ていた。
「ふん。おばさんの言ったことを信じなかったわけじゃなかったが、本当に来てたとはな」
しばらくすると背後からやけに不機嫌な声が聞こえてきた。
僕は振り向いた。そこには見覚えのある顔……
「久しぶりだな。綾瀬」
僕の名前を呼ぶということは、やはり彼は僕と面識がある人間のようだ。それはそうだ。僕だって彼の顔には見覚えがあるのだから。
しかし、出てこない。何時何処で彼と出会って……そして彼は何と言う名前だったっけ?
「何だ?虚をつかれたような顔をして?」
「う、うん。いや、ほら突然だったからさ」
名前を忘れてしまったなんて失礼なことは言えない。うーん確かに見覚えがある顔なんだが……駄目だ。こういう時は直感が大事であり、一度わからないとずっとわからないのであった。
「お前も、あいつのお悔みに来たのかよ?」
あいつ、というのは十中八九、川瀬さんのことだろう。ということは川瀬さんの知り合いか?川瀬さんの知り合いで、僕とも知り合い?そんな奴いたっけ?あ、いた。そうだ。そいつのおかげで僕は川瀬さんと出会ったんだ。初日に僕を誘拐した彼。確か名前は……
「どうした?俺の顔をじろじろ見て」
……名前が出て来ない。一年前のことなのに……大丈夫か?僕の記憶力?
顔を見ていればその内って思ったけど、一向に名前が出て来ない。
「……お前、まさか俺のこと忘れているわけではないだろうな?」
「……(ぎく)」
「何故、沈黙する?」
図星だからだよ。思い出せ!僕の記憶力!総稼動するのだ!俺の脳細胞!
……………………………………………かろうじて、『べ』という文字が入ることを思い出した。
「かー!マジかよ!?いや、そんな奴とは思っていたけどな!忘れたのか!?俺のこと!?」
「いや、覚えているよ」
嘘だ。だけど、これは嘘をついて乗り切るしかない!『べ』だ!『べ』がキーワードなんだ!
「えっと……………………………………渡邊君だよね?」
「違えよ!何だ、渡辺って!?」
「あ、漢字の簡単な渡辺だった?」
「だから渡辺じゃねえよ!!簡単も何も全く合ってない!ようするに忘れているってことか?」
「あ、その過剰な突っ込みと、足りていないカルシウム。思い出したよ。曽我部君」
「綾瀬、相変わらずお前むかつくな」
曽我部君は呆れかえったようで、ため息をついた。
「ちなみに曽我部じゃねえ。何だ、さっきから?『べ』しか合ってねえぞ?」
曽我部君じゃなかったらしい。しかし、いい線は行っているようだ。『べ』は合っている。後は『べ』のつく苗字を適当に言っていけばおそらく正解にたどり着くはず。
「……お前、むかつくこと考えているだろ?顔がそんな顔をしている」
「考えてないよ、渡部君」
「だから合ってねえよ!!何だ、渡部って!?渡辺に『な』が抜けただけじゃねえか!!」
違ったらしい。なかなか正解にたどり着かないな。もしかしてもっと珍しい名前なのか?
そうしていると、トイレから小鳥が戻ってきた。目が赤い。相当泣いたな、あれは。
「お、おまたせ。あれ?」
小鳥も『何べ』君の存在に気付いたようだ。さあ、小鳥。彼の名前を教えてくれ。
「もしかして、鶴辺君?うわ、ひさしぶりだね?久しぶりなんだね?」
「それだ!」
「ち・が・う!」
真壁君だった。意外と普通の名前だった。つまらなかった。
「何だ?その不服そうな顔は?俺の名前が真壁拓哉だと問題があるのか!?あぁ!?」
「問題はないけど、普通だなって」
「本当に変わってないな、お前。変わらずにむかつく」
「そういうマカベ君は変わったね」
「何故に俺の名が片言になる?」
「一年分歳をとったように見えるよ」
「当たり前だ!一年歳をとったんだから!お前だって一年歳とっただろうが!俺が変わらないっていうのは性格のことだ!見た目じゃねえんだよ!!
おぉ、相変わらずの突っ込み。彼も何も変わってないようだ。
「まあいい。お前ら、ミコのお悔みかよ?」
「そうだけど?マカベ君もお悔みに?」
「……まぁ、日課のようなものだからな」
「日課?」
「毎日来ているってことさ」
毎日……それは川瀬さんが亡くなってから、毎日ということか?
「何だかな……信じられねえんだ」
「……何が?」
「あいつが、ミコが死んだっていうことがだ。あいつの身体が弱いっていうのは知っていたさ。そして俺よりも早く死ぬっていうのもわかっていた。でもさ、実際死んでしまうと、実感が沸かねえんだ。だって……そうだろ?いままでずっと一緒にいた相手だぜ?俺はあいつと幼馴染だった。付き合いは……十年以上にもなる。あいつと一緒にいることが普通だった。だからか?こうやって普通に時間が流れてると、信じられねえんだよ。あいつが死んじまったってこと。だからここに来ちまう。ここに来てあいつがいるかどうか確認してしまうんだ」
彼にとって川瀬さんの存在は大きなものだったようだ。僕でいう、小鳥の存在だろうか?
そうなると、僕も小鳥が亡くなったときは……やめよう。こんな考えはどうせろくでもないに決まっている。
「お前たち。もうミコへの挨拶は済んだのか?」
挨拶……それはまるで生きているかのような、言い方。彼は、本当に踏ん切りというものがついていないようだ。
「あぁ。済んだよ」
だけど、だからといって……僕が彼に出来ることなど何もないだろう。これは自分自身で解決しなければならない問題だ。いや、もしかすると彼は……
「そうか……ん?お前、肩にゴミが……」
「あぁ、そう」
彼がそれを取ってくれそうだったが、僕はその前に自分で肩を払った。どっちについていたかわからないから、両方の肩を。
「取れたかい?」
「……ああ」
彼は離れる。……間違いない、か?
「……もう帰るよ。行こうか、小鳥?」
「え、でも……」
「おいおい。もうちょっと長居してもいいんじゃねえか?といっても他人の家だけどよ。久しぶりに会ったんだ。積もる話も……」
「それはまた今度にしよう。悪いけど、僕は今日いろいろあってね。疲れちゃった。自宅で休養させていただくよ」
「そうか?じゃあ、また学校でな」
「……ん?」
「何だ?変な顔をして?まさか知らなかったのか?俺はミコのために同じ高校に入学したんだぜ。もっとも死ぬ気になって勉強したけどな。一年二組だ。というわけで今度は学校でな」
彼は何故か不敵に笑った。僕らはそんな彼に軽い挨拶をし、そして帰宅した。




