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????? 川瀬ミコ

三人寄れば文殊の知恵、ということわざがある。多くの人で意見を出し合えば、一人では思いつかないような素晴らしい考えが浮かぶということわざだ。綾瀬真、風間智美、小宮山小鳥……僕らはちょうど今三人寄っていたのだが、じゃあことわざ通りに素晴らしい考えというものが浮かんだかというと、浮かぶわけがない。

そもそもこの段階での素晴らしい考えとはなんだろう?証言から犯人を断定する事だろうか?いや、それは無理だろう。僕らは容疑者すら絞れていないのだから。

容疑者……この事件の容疑者。それに僕らはもう逢っているのだろうか?

証言者の中にそれはいるのだろうか?

……いないと思うのだが、この段階で推理しろって言われたら彼らを疑うしか他にない。

でも……彼らじゃないんだろうな。彼らがもしも異常者であるならば、トモがおそらくは黙っていないだろうから。

「あ、あなたが犯人ですねー!とう!」と言いながら襲い掛かる様子が想像できる。

……トモは異常者=犯人という計算をしていそうだからなぁ。襲い掛かろうとしたら僕が止めないと。何でこんな厄介な事を僕はしなければならないんだろう?

犯人か……見つかったら、トモはどうするつもりなのだろうか?やっぱり僕のときみたいに自首を勧めて、それでもダメだったら戦うのか?僕としては平和的解決で終わればいいと思うけど……

そもそも何で犯人は八重樫先生を殺したのだろうか?

怨恨か?そこまで恨まれる事を八重樫先生はやったのか?うーん、あの先生ならやりかねないが……しかし一回しか会ったことがない相手を悪く思うのはいけないことだな。

八重樫先生を殺したのは異常者だ。八重樫先生はおそらく正常者。異常者が正常者を襲う理由……それがいまいちよくわからない。異常者が異常者襲う理由なら「強いやつと殺し合いたいから」っていう格闘漫画みたいな理由も、許容したくはないけれど、許容しよう。だけど、八重樫先生にそれはない。嫌なやつだけど、普通の人間だった。だからわからない。何故彼が異常な殺され方をしたのか?異常者に殺されたのか?わからない。

謎だらけのこの事件。

名探偵ではない僕らが解決できるわけがないけれど、解決しない限りトモは納得しないだろうから困った事だ。

ファーストフード店を出てから、僕らは八重樫先生が殺害されていた現場に行ってみたものの、やはり何の手がかりもつかめなかった。

せいぜいわかった事といえば、こんなところで殺されたら誰も気付かないだろうということだろうか。まともな人であるならばそんな所には入っていかないだろう。それ故に思う。何故八重樫先生はこの裏道に入っていったのかと。

まあ、どうせ考えてもわからないので、やめた。

トモは少し不服そうだったけど、僕らの知能はいくら集まったところで答えなど導き出せない、正にことわざ泣かせの知能だった。ただ単にお馬鹿なだけかもしれないけど、それをオブラートに包んだ言い方をしてみたかったのだ。

さてそれから特にやる事もなくなった僕らはどうしたかというと、デパートに行ってトモの服を見繕ったりしていた。いや、何やってるんだよ?本当に?犯人を捜す気があるのだろうか?と思われるかもしれないが、これ以上ここでやる事もなかったし、かといって何もしないというのはどうだろう?折角街まで来たのだからということで、そういう流れになった。トモは気に入ったものを何枚か購入した。これでトモもまともな格好ができるというものだ。

そうしている内に陽も沈み始めたということで、とりあえず今日のところはお開きになった。

「いやー、今日は楽しかったですねー!こんなに楽しい土曜日、私は久しぶりなのですよー!」

「……僕たちって何をしにきたんだっけ?」

少なくともトモの洋服選びではなかった気がする。まあ、犯人探しをさせられるよりもそっちの方が気が楽といえば楽なのだが。

「それで、明日はどうするですか?」

「え!?明日も同じように集まったりするの?」

「当たり前ですー!犯人はまだ見つかってないんですからー!」

確かに見つかってないが……正直もうやる事がないんじゃないのか?だから後半はデパートでショッピングをしていたわけじゃないのか?

「でもさ……何をやればいいんだ?」

「だから、犯人探しですー!!」

「だから、その犯人を捜すために何をやるんだよ?」

「えっと、それは……ですね」

聞き込み、事件現場の検証。他にやる事は?

「聞き込みとか、です」

「今日やったじゃないか」

「う、でもでも……まだ重要な証言を知っている人がいるかもしれないですよー!」

「どうだろうなぁ?確かにあまり聞き込みはしていないけど……」

でも僕は人見知りだからこれ以上は聞き込みはしたくはないんだよね。

それにそんな重要な証言を持っている人間がぽんぽん見つかるとは考えづらいし。八重樫先生はあんな場所で殺されていたんだぞ?さぞかし証言は少ないと思うのだが……

「ん?そういえば……」

「うん?どうしたですか?」

「あんな一目がつかない場所なのに、第一発見者はやけに八重樫先生を早く見つけたんだな?」

あそこは人通りというものが全くない。

僕はあそこを通ろうとも思わない。なのに第一発見者はその道を通った。そして発見した。だからあんな異常な殺され方の八重樫先生の死亡推定時刻も推測できた。これは偶然だろうか?

「えっと、それは第一発見者を疑っているって事ですかー?」

「まあ、推理では基本だろ?第一発見者を疑うっていうのは」

「確かに基本ですけど……違うと思うですー。第一発見者が八重樫先生を見つけたのは本当に偶然で、犯人は彼じゃないって言っていましたから」

「そんなこと誰が言っていたんだ?警察か?」

普通に考えたら、警察の情報を握っている女子高生などいるわけがないのだが、トモに限っては握っていそうなので、僕は訊いた。

「ううん。お兄ちゃんですー」

「はぁ?」

「私のお兄ちゃんはこっちの事件専用の探偵ですからねー。名探偵なのですー。お兄ちゃんに解けない事件はないんですー。そのお兄ちゃんが第一発見者の佐藤修作君は犯人じゃないって言うから、第一発見者は犯人じゃないんですー」

「ちょっと待て、トモ!何だ?お前の兄は探偵なのか?つまりこっち専用っていうことは、異常な事件専用って事なのか?」

「そうですー」

「ちょっと待て、トモ!そんなに凄い名探偵が近くにいるんだったら、その兄に頼めよ。解けない事件はないんだろ?僕らがやらなくてもその本職のお兄ちゃんに頑張ってもらえばいいじゃないか?」

何故に高校生である僕らが解決しなくてはならないんだ?そういう専門家がいるのであれば専門家に任せるべきだろう。餅は餅屋だ。

「うー、私もそう思うですけど……お兄ちゃんはある程度この事件について調べたら『大体わかった。あぁー、めんどくさいなぁ。しかも依頼料安いしなぁ。いいや、この事件はやめて他の事件を解決しよう。それじゃあ、アデュー!マイシスター!』って言っていました。今は他の事件のために家にはいないです」

「異常者にまともなやつはいないのか?」

異常者なのでまともじゃないのは当たり前なのだが、精神的にまともな異常者がいてもいいように思う。あぁ、何言ってるんだろう、僕。そうとう頭が混乱しているようだ。

「その、トモのお兄ちゃんは犯人がわかったのか?」

「当たり前ですー!お兄ちゃんに解けない事件はないんですー!名探偵ですからねー。解かない事件は多いんですけど」

「素敵な名探偵だな」

「はい、です!」

僕の皮肉はトモには通用しなかった。

どうやらトモはレベルの高いブラコンのようだ。

「トモ……今からそのお兄ちゃんに電話をして犯人が誰かを聞いてくれ。それでこの事件は解決だ」

「や、ですよー。この事件は私が解決するんですー」

「何でそんなに事件を解決したがるんだ?僕にはそれがわからない?別に八重樫先生に恩があったってわけではないだろう?こういう言い方をするのもなんだけど、あの人に恩がある奴なんているわけがない。八重樫先生の敵討ちっていうわけじゃないんだろ?何でトモはそんなにこの事件を解決したがるんだ?しかも自分で?」

「私は約束したんですよー」

「誰と、何を?」

「お兄ちゃんと、この事件が解決できたらお兄ちゃんの仕事を手伝わせてくれるって、約束したんですー。私はずっとお兄ちゃんと一緒に仕事がしたいって思っていたんですけど、お兄ちゃんはなかなか賛成してくれなくて、それでも何回も何回も言いましたらついにこの間、『わかった、わかった。じゃあ、この事件が解決できたら考えておいてやるよ』って言ってくれたです。だから私はお兄ちゃんに頼ることなくこの事件を解決して見せるのですー!」

「……マジか」

ブラコンここに極まり。

犯人を探す理由……それは八重樫先生を殺したことが許せないとか、真実が知りたいとか、そういうのではなく……お兄ちゃんが約束したかららしい。

もろ私情で犯人を捜していた。

そんな理由で僕らは振り回されていた。そんな理由で僕は昨日殺されかけた。そんな理由で僕は妹を泣かす羽目になった。そんな理由で僕は彼女を怒らせる羽目になった。

……その兄には一度もの申さなければならないらしい。

「話は脱線したですが……それで明日はどうしますかー?」

僕としてはもう付き合いたくはない。正直誰が八重樫先生を殺したかなんて、僕にはどうでもいい。

いや、もしかするとここにいる全員がそれはどうでもいいことなのかもしれない。

僕はそうだし、小鳥もおそらくそうだろう。そしてトモにしたって、その兄と仕事が一緒にできれば八重樫先生を殺した犯人など誰でもいいのだろう?

そんな出来損ないの探偵三人が、犯人を見つけ出そうなんて滑稽もいいところ。

見つかるわけがない。見つける理由が薄いのだから。

だから僕は薄い提案をした。

「とりあえず、第一発見者を訪ねてみよう。犯人じゃないかもしれないけど、何か新しい手がかりがつかめるかもしれないし」

新しい手がかり……そんなものはおそらくないだろう。

僕は何も期待していなかった。

「うん。そうですねー!真君の言うとおり何か新しい発見があるかもですー!じゃあ、今日中に第一発見者さんの住所を調べておきますので、明日はそこに突撃取材で決まりですねー!」

でも、素直な彼女は何かを期待しているようだった。

せいぜい頑張ってくれ。君は君のために……


まぁ、そうだろうなぁとは思っていたが、白鳳神社の向こうに住んでいる所縁の者というのはトモのことだった。そういうわけで僕らはトモを白鳳神社まで送った。トモなら一人で帰ったとしても安全なのだが、念のためだ。誘拐を目論んだ悪い人が殺されないように、僕はついて行ったのだ。冗談だけどね。

トモは元気よく手を振りながら「バイバイですー!また明日ー!」と言いながら神社の奥へと消えていった。それは子供のような別れかただったが、見送る方は悪い気持ちではなかった。

「元気だね、トモちゃん。最初から最後までハイテンション」

「そうだな。そういう小鳥は少し元気がないな?疲れたか?」

「うん。ちょっとね。あ、でもちょっとだけだよ。全然平気」

「そうか。まぁ、帰るか」

「うん」

僕らは神社に背を向けて、家路に向かった。

しばらく他愛のない話をしていたが、その話の間小鳥はどこかおかしかった。

何か……機を窺っているような感じだ。言いたいことでもあるのだろうか?

「小鳥?……もしかして僕に言いたいこととかあるんじゃないの?」

「え?な、何でわかったの!?エスパー?マコちゃんはもしかしてエスパーなのかな?」

「エスパー違う」

僕の中でエスパーは瞬間移動が出来る人の事だった。それ以外の能力はトリックでできそうなので僕は認めないのだ。殺意なんてものが見えるくせに、僕はその辺りがなかなか厳しかったりする。余計な事だけど。

「それで、何?犯人でもわかったの?」

「うー、そういうこと言うから言いにくくなるんだよぉ」

「言いにくいのか?」

「言いにくいのです」

「何でもいいから、言ってみなよ。相談でも、愚痴でも、僕に直してもらいたいところでも……大抵は聞いてあげるから」

「あの……あのね!八重樫先生の事件とは全然関係のない話なんだけど……いいかな?いいかな?」

「構わないよ」

むしろ関係のない話のほうを今僕は欲している。この異常な事件については、しばらく休みにしたい。休みにしてリフレッシュをしたい。いっそのことそのまま忘れ去りたい。

「あのね……マコちゃん聞いたかもしれないんだけど、川瀬さんが亡くなったんだって」

「川瀬、さん?」

聞いたことがある苗字だ。どこかで……いやつい最近耳に挟んだような気がする。

どこでだったっけ?いつだったっけ?

あぁ、女子が話しているのを小耳に挟んだんだ。

「確か1組の川瀬ミコさん、だっけ?」

「そう、1組の川瀬さん。私、昨日はじめて聞いたんだよ」

どうやら小鳥はあの女子の会話を聞いていなかったようだ。まあ、小鳥はその時名倉と船越の喧嘩でいっぱいいっぱいだったから仕方がないだろう。

しかしそういう僕は二つの会話を同時に聞いていたんだよなぁ。聖徳太子になれるかもしれない。だけど僕のような人間じゃきっと歴史に名は残さないんだろうけど。

それで、その川瀬さんがどうしたのだろう?

「亡くなったのは先週って言ってたから、おそらく葬儀とかはもう終わっちゃってるけど……ねえ、マコちゃん?明日、その、お悔みに行かない?」

「お悔みって……えっとその川瀬さんの家に行って線香をあげたりするってことか?」

「うん」

「別にいいけど……何で?」

僕にはわからなかった。

だって川瀬さんは他人だろ?八重樫先生も他人だったけど、先生の場合は小鳥の罪滅ぼしの意思があったからまだわかる。

でも川瀬さんの場合はわからない。確かに一緒の高校に入った仲だ。全く知らない人の葬儀に行くよりは理があるように思う。

しかし他人だ。だって……

「川瀬さんって学校にほとんど来ていなかったんだろ?僕らの顔も知らないだろうし、僕らも彼女の顔を知らない。それなのにお悔みに行くのか?」

「顔知ってるよ?」

「え?小鳥と川瀬さんって知り合いだったのか?」

「うん。マコちゃんも」

は?そんなバカな?

僕には現在、女の子の知り合いは数える事が出来る数しかいない。数えてみようか。小鳥、トモ、柚子、那美姉、君代先生。以上五名。

川瀬ミコという名の女の子の知り合いはいないはずだ。

「おいおい。何で僕とその川瀬さんが知り合いなんだ?」

「マコちゃんは……忘れちゃったかな?一年前の話だよ」

一年前。それは中学三年生のころの話。その時僕は何をしていた?

「川瀬さんは同じ中学だよ。その時から身体が弱くて、あまり学校には来なくて、入院をよくしていたんだよ。まだ思い出さないかな?マコちゃん?川瀬ミコ……マコちゃんは川瀬さんを苗字で呼んでいなかったんだよ?」

ドクン。

川瀬、ミコさん?……ミコさん?……ミコ?……ミコ、ちゃん?

ドクン。

その人のことは……僕はその人のことは………

知らないわけではなかった。覚えていなかったわけではなかった。だけど、忘れたいとは思っていた。

忘れたくないと思っていた。でも忘れたかった。忘れるべきだった。

彼女は……彼女はいつか消えていく人だから

僕よりも早く消えていく人だから。

「ミコちゃん、だよ」

僕は気付いて、何を思ったんだろう?

何か思ったのだろうか?

何も思わなかったのだろうか?



「お前か?綾瀬真っていうのは?」

そいつと僕は初対面であるはずなのに、そいつはやけに威圧的に僕に言ってきた。

「……」

確かに僕は綾瀬真だったけど、その名前はあまり好きじゃなかったし、そもそもこんないきなり人を威圧するような奴と会話が出来るわけがないので、無視をしてぼーっとしていた。

小鳥の担任は帰りのHRが長いから、いつも僕が待つ羽目になるのだ。しかも僕が小鳥の教室の前で待ったとしたら、次の日には付き合っているとか付き合っていないとか、そういう噂が学校中に響き渡るだろう。それは僕としてはよろしくないことだった。だから僕はいつもこの時間はこうしてぼーっと小鳥が来るのを待っていた。誰にも話し掛けず、誰からも話し掛けられず、ただ独りでぼーっと……

「おい、聞いてるのかよ!質問に答えろ!!」

そいつは僕の机をドンと叩いた。途端クラス中の視線が僕らに集まる。

コイツは怒っているのか?眼鏡をかけているから殺意は見えない。見ようとも思わない。

ともかく怒っているのなら厄介な事だ。僕は厄介な事は嫌いだ。

仕方がないので答える事にした。

「確かに、僕が綾瀬真だけど」

「ふん」

何故か知らないが、彼は僕が綾瀬真だと非常に不愉快なようだ。

彼とは気が合いそうだ。僕も自分が綾瀬真だという事が非常に気に喰わない。

しかし気が合いそうでも会話が出来ないのであれば意味がない。

僕は彼から視線を外すと、さっきと同じように小鳥を待ち始めた。やっぱり遅い。先に帰ってしまおうか?

「何でこんななよなよした男を……気に喰わねえ!」

外野がうるさいなぁ。やっぱりこれ以上ここにいるといろいろと面倒で厄介だ。

小鳥には悪いが僕は先に帰ることにした。

立ち上がって、まとめてあった荷物を持つ。

「おい!お前何処にいくつもりだよ!?」

「帰るんだよ」

放課後、鞄を持って立ち上がったとなれば、選択肢はそれぐらいしかないだろ?考えればわかることだ。

「ふざけんなよ!!こっちはまだ話が終わってねえんだからな!!」

「話?」

そもそも君と僕は話なんてしていないと思うのだけど……余計な事を言うと、また余計で厄介な展開になるだろうから黙っておいた。

「そうだ!お前、綾瀬真なんだろ?」

「さっき確認しただろ?」

もう一度確認するなんて、君はよっぽど頭が弱いんだね。

ハムスターや鶏のほうがまだまともな記憶力を持っているんじゃないだろうか?

次から次へと、僕もよく悪口が思い浮かぶものだ。

本当に、僕は人間というものが苦手だ。

「むかつく態度をしやがるなあ!」

「君はいちいち怒りすぎなんだよ。それで?いかにも僕は綾瀬真だ。このクラスには同姓同名はいないから、君が綾瀬真を探していたのなら間違いなくそれは僕のことだろう。ちなみにこの中学全学年探しても綾瀬真は僕しかいないから、それは僕のことだろう」

「そんなことは知ってるんだよ!」

「余計な事だけど、教師にももちろんいないから、この学校で綾瀬真と言ったら僕のことになるわけだ」

「だから!そんなことは知っているっていうんだよ!!」

突然彼は僕の胸倉を掴んだ。

……苦しいなぁ。今までやられた事はなかったけど、やられるとあまりいいものじゃないというのがわかった。今度からやられないように気をつけよう。

「おちょくっているのか?俺を?バカにしているのか?」

「否定はしないから放してくれないか?」

僕の皮肉がわからなかったのか、彼は手を放した。

やっぱり会話はできないようだ。

「くそ!何でこんな奴を……」

「何か言ったかな?」

「別になんでもねえよ!くそ!」

「それで、もう帰っていいかな?」

「まだ話が済んでねえよ!!」

「そうなのか?」

「いつ俺が話を始めた!?俺はまだお前が綾瀬真だということしか訊いていないじゃねえか!」

「それで充分じゃないか」

「充分じゃねえよ!!」

はぁ、はぁと肩で息をし始める彼。やっぱり怒りすぎだ。カルシウムが足りていない。今僕が煮干をもっていたら、彼に恵んであげただろう。

「……お前、女に興味があるか?」

小声で言った。

今までと違い小さな声であったのだが、僕は何とか聞き取る事が出来た。

「やけに俗物的な質問だけど」

「答えろよ」

「……普通じゃないかな?」

嘘だ。興味なんてない。だからってホモっていうわけじゃない。結論を急がないでほしい。

僕は男も女も、若かろうが年をとっていようが……人間に興味がない。

僕は普通じゃない。普通じゃないからこんな思考ができる。

狂ってるんだよ、僕は。

「そうか……じゃあ可愛い女がお前と話をしたいって聞いたら、お前はしたいか?」

「別に」

「そうか……ってさっきと言ってる事が違うじゃねえかよ!!お前女に興味があるんじゃないのかよ!?」

「あるけど」

ないけど。

「じゃあ、可愛い女と話したいって思うのが普通だろ!?普通じゃねえか!」

だから、僕は普通じゃないのだ。そもそも人間に興味がないしね。

まあ、いいや。適当な理由をつけよう。

「お生憎様。僕は賢い人間だからね。デート詐欺は引っかからないんだ」

「詐欺じゃねえよ!中三のガキがデート詐欺なんてするかよ!!」

「僕なら考えつくね」

「お前と一緒にするな!!」

「怒るなよ。冗談だよ。僕だってデート詐欺なんてしないよ。そもそも僕には売りつけるものがないからね」

「売るものがあったらやるのか!?お前は売るものがあったらやるのか!?」

やるわけがないだろう。あれをやるのは大体女性で、騙されるのは男性と相場は決まっているのだから。

「それで?本当に冗談はこれくらいにして、何が言いたいの?」

まどろっこしいのは抜きにして、核心に入ることにした。

僕は早く帰りたいのだ。

「ぐあ!本当にむかつく奴だ!ともかく!俺が言いたいのはただ一つだ!!」

「うん」

「俺について来い!!」

「やだ。君は舌足らずだな。要点だけをいいすぎだ。それを聞いただけでついていく奴が何処にいる?そんなやつはただの阿呆か、よっぽど酔狂なやつだ。残念ながら僕は……こらこら、人の首根っこを持って引っ張るなよ。猫じゃないんだから。そしてそのまま行こうとするな。わかった。わかったよ。ついていく。実は僕は阿呆で酔狂だからね。ただちょっと伝言を残していっていいかな?うん?黒板に文字を書いておくだけさ。『真、さらわれた』って。おいおい、伝言ぐらい残させてくれよ。そうしないと僕の可愛い幼馴染が……」

僕の寝言に近い言葉は既に彼には聞こえないようで、僕は引っ張られるように教室を後にした。


「ここだ」

三○一号室と書かれた病室の前で彼は言った。

「ふむ、こことはどこだ?」

「これだよ!目の前だよ!ここまでつれてこられたのに今更ボケたりするなよ!」

「静かにしろよ。ここは病院だぞ」

そう、彼が連れてきた場所は病院だった。

一応行きがけに気まずかったので、行き先を聞いてみたら、彼は静かに「病院だ」とだけ答えた。

何で僕が病院に連れて行かれるのだろうか?やっぱり頭が少しおかしいからだろうか?しかしこういうところは普通自分で行くものだ。他人に心配してもらって行く所ではない。僕の異常は僕が知っているから、放っておいてくれ。

と余計な事を考えたが、僕には病院に連れて行かれる理由は何となくわかっていた。もちろん前述したのではない理由が。

彼との会話を思い返せば必然的にわかる。

「それで、ここにその可愛い女という人がいるのかな?」

「……ふん!」

彼はつまらなそうに顔を背けた。

「いいからさっさと入れよ。おそらく待ってるんだろうからさ」

「待たせてるつもりはないんだけどね」

僕は眼鏡を外した。

どういう理由で僕を呼んだのかはわからない。わからない。得体が知れない。僕は人間を信じられない。

だから僕はそれを外した。

ノックを二回。コンコンという音が響く。

すると中から「どうぞ」という細い声が聞こえた。

何だこれは?謁見の間か?じゃあ、この先にいるのは姫様か?

下らない考えだ。

僕はドアを開けた。

そして僕は彼女をはじめて見た。


彼女はベッドの上で身体を起こしていた。

その彼女はとても美しかった。僕は小鳥の事を可愛いと思うけど、この人のことは美しいと思った。それは病弱というところから連想させられるものなのだろうか?儚く美しい、下手な例えだと花のようだ。ああ、本当に下手な考えだ。いつもの僕ならもっとうまい事考えるのに。

しかし、それ以上に僕が目に付いた事。それは彼女の殺意。こんなものは見た事がない。

いや、似たようなものは見た事がある。小鳥だ。小鳥の殺意に近い。

でも……僕は彼女のはそれ以上だと思った。モノはピコピコハンマー。おそらくそれで殴られても痛くはないんだろう。何て可愛らしい殺意。

そして、何て薄い殺意なんだろう。

こんなに存在感がない殺意は初めてだ。紛れもなく初めてだ。

僕は正直……彼女に惹かれた。

見た目はもちろん、内面も。

まだ話していないのに、僕は彼女に惹かれ始めていた。

「おい、何やってるんだよ?早く入って、話をしてやれよ」

廊下に立っていた彼の声で、僕は正気に戻った。

「あ、うん」

情けない。女の子を一人見たぐらいでこんなに動転してしまうなんて。

僕は人間に興味がないはずじゃないのか?うん、ないはずだ。間違いない。

僕は思考を戻してから、部屋に入った。

パタンとドアが閉められる。どうやら彼は廊下で待機らしい。

なんと言うか……ちょっと哀れだった。同情はしないけど。

「こんにちは」

彼女はどこかぎこちない笑顔で言った。そりゃ、そうだ。いきなり二人っきりで会話なんて気まずいことこの上ない。

僕だって笑顔をすればぎこちなくなってしまうだろう。

まあ、他人に気を使うのは僕の性分ではないので、僕は表情を変えないまま「こんにちは」と返答した。

「えっと、今日は私のためにわざわざおこしいただいて、ありがとうございます」

深々と頭を下げる。

こっちも真似してみようか?

「いえいえ、こちらこそお招きいただきまして、ありがとうございます」

ふかぶかー。

「え?あ、いえいえ、おこしいただいたので、ありがとうございます」

ちょっと日本語がおかしくなったぞ。

面白いので乗ってあげよう。

「いえいえいえ、お招きいただいたので、ありがとうございます」

「あ、いえいえいえいえ、こちらこそおこしされまして……」

「いえいえいえいえいえ、こちらこそ、おまねきされまして……」

放っておくと僕らはいつまでもそれを続けたかもしれない。

そうして僕らはどちらともなく「ぷっ」と吹きだし、「あははははは」と笑い出した。

こうして笑ったのは久しぶりだった。

「あはは、やっぱり綾瀬君は面白い人だよ。来てくれてありがとう」

「君こそ、なかなか愉快な人だと思うけどね。えっと……」

「川瀬ミコだよ」

「川瀬さんこそ」

「ミコでいいよ。あ、でもいきなり呼び捨てするのはちょっと抵抗があるかな?……じゃあね、ミコちゃんって呼んで」

「そっちの方が僕にとっては抵抗があると思うけど……」

「うふふ。じゃあ余計にそっちの方で呼んでほしいな。綾瀬君の困ってる顔、見てみたいよ」

「余計な事を言ってしまったなぁ」

僕は、本当は困っていなかったが、困ったように、そして照れているかのような表情で言った。

「ミコちゃん」


その美貌とは考えがつかないぐらい彼女は若かった。何と僕と同い年だった。しかも同じ中学に通っているらしい。

「ミコちゃんぐらいの美貌があれば、学園の誰もが黙っていないと思うけど?」

「お世辞でも嬉しいよ。でも私のことを知らないのは当然だよ。私体が弱くて、入院ばかりしているから、学校にはあまり行ってないの。早退とかも多いし」

「ふうん。現代の学生が聞いたら羨みそうなことだね、それは」

「いえいえ、その分体が弱いですから。というかそれは病人に言うことではないと思うんだけど。病人は大体は行けない学校を羨ましく思っているのに……」

よよよ、と彼女は泣き崩れた。いかにも演技くさい。

君本当に病人かよ?僕よりも元気で、ポジティブのようだ。

「じゃあ、交換しようか?体だけでも?」

「うわ!その発言エッチだね。綾瀬君は見た目どおりエッチでした。一目見たときから思ってました。彼はエッチだと」

「そういうことを言うミコちゃんの方がエッチだね」

「そんなことないよ。綾瀬君のほうが確実にエッチだと思う。じゃあ、もしも私と体が交換できたらまず何をする?」

ありえないことだけど、答えてあげる。

「真っ先にお風呂に入るね」

「煩悩全開じゃない。あはは」

もちろん嘘だけどね。

僕は純だから、そんないきなり裸に興味がいったりしないのです。

これは彼女を笑わすためだけの嘘だった。僕はそんな嘘は滅多に吐かないというのに……

「それじゃあ、逆にミコちゃんが僕の体を手に入れたら、どうするの?」

「それは、もう……聞かないでよ!エッチ!」

「想像力豊かなミコちゃんのほうがエッチだ」

「うー、エッチじゃないもん!こういうところにずっといるといろいろと考えてしまうだけだもん!」

僕らは本当に初対面だろうか?と思うぐらい彼女との会話は楽しすぎた。

何故だろう?彼女とは何の気兼ねがなく話すことができる。

何故だろう?彼女と話している僕はまるで僕ではないかのようだ。

彼女と同じように、僕は笑う事ができるなんて……僕は久しぶりに気付かされた。

「あはは……あれ?もうこんな時間だ」

「ん?こんな時間って?」

「あのね、私面会時間は五時までなの」

時計を見ると、その短針は5を指そうとしていた。ちなみに長針の方は12だ。

「ということは僕はもう帰らなくちゃならないわけか」

「うん。折角話が出来たのに……残念だな」

「うん。そうだね」

僕は本当にそう思った。

「ねえ、よかったらさ……」

「うん。明日も来るよ」

僕は彼女が言う前に言った。

「え?ほ、本当?」

「僕は嘘つきだけどね……基本的に可愛い子には嘘はつかないんだ」

それも嘘だけどね。

「絶対だよ!あの、指きりとかした方がいいかな?えっと、でも針千本は流石に飲めないと思うし」

何故に嘘をついた事が前提に?初対面なのにそんなに信用がないかな、僕って?

まあ、僕は僕自身を信用していないからね。

しかし約束を破ったら、本当に針千本を飲ます気なのか?かなり真剣に悩んでいるぞ。

「大丈夫だよ。きっと来る」

「本当?」

「うん、晴れたらね」

「え?えぇー!?じゃあ、てるてる坊主を作って待ってます」

「嘘だよ。雨でも来るって」

僕は「じゃあね」と言って病室を出ていった。

廊下ではまだ彼が腕組をしながら待っていた。

「……やけに楽しそうだったじゃねえか?」

「そうだね。楽しかったよ」

「けっ、それはそれは。さぞミコも楽しかっただろうよ」

彼はつまらなそうに言った。

「明日も来てって言われちゃったよ」

「何だ?そりゃ惚気話か?」

「単なる事実なんだけど」

「それを惚気話っていうんだよ」

彼はそう言って歩きだした。

「あれ?ミコちゃんに挨拶していかなくていいの?」

「いいよ。いつもしているし。それに面会時間も終わりだし。今入っていったら怒られそうだ」

「そう言えばさ、君の名前って何なんだ?」

「あ?あいつから聞いてねえのかよ!?」

「聞いてないから、訊いているんだよ」

「あー、何かむかついてきた。何だ?そりゃ?俺のこと何て忘れちまうぐらい夢中に話していたってわけか?あぁー!もう!」

「君、カルシウム足りてないだろう?」

「うるせえよ!そもそも俺はこんなに怒りっぽいキャラじゃないのな。でも今の俺は臨界点突破状態なのな。だからこんなんなんだ」

「ふうん」

どうでもいいし、興味がないので、聞き流す。

「それで、名前は?」

「……拓哉。真壁拓哉だ」

ぶっきらぼうにそう言った。


「お前っていつも独りなのか?」

その翌日の昼休み、僕のクラスに真壁君は訪ねてきた。

「そんなことはないよ。家に帰れば柚子という可愛い妹が僕を待っている」

「それは家では、だろ?学校ではどうなんだよ?」

「小鳥っていう幼馴染がよく訪れるよ」

「そいつはでも、同じクラスではないんだろう?」

「そうだね」

「こんな事聞いてもいいかと思うけどよ……お前ってこのクラスに友達みたいのはいないのか?」

「うーん、いないね」

「じゃあ、お前はいつも独りなのか?」

「そんなことはないよ。家に帰れば柚子という可愛い妹が僕を待っている」

「それは聞いたんだよ!会話をループさせるんじゃねえよ!」

相変わらず怒りっぽいようだ。

昨日よりはマシだとしても、やはりカルシウムが足りていない。おかしいなぁ。給食には必ず牛乳がついているはずなのだけれど。もしかして牛乳が嫌いなのだろうか?

「ああ!お前って人をおちょくるのが好きなのか?」

「そうでもないけどね。君が過剰に反応するだけだと思うけど」

「俺は結構真面目な話をしているつもりなんだよ。それなのにお前の態度はどうもふざけているようにしか見えない。ちっ、いいけどさ。それじゃあまた聞きにくいことを聞くけどな、お前それっていじめられてるんじゃないのか?」

「うん?それって?」

「だから……お前友達いないんだろ?独りなんだろ?それって無視されているってことじゃないのか?」

「あぁ、違うよ、それは。無視しているのは僕のほうだ。いや、正確に言うと僕が彼らにあまり干渉しないだけなんだよ。僕は別にこのクラスの人々と友達になろうとは思っていないからね。できるだけ干渉はしなかったんだよ。何か質問されれば答えるけど、それだけさ。そうしていたらいつの間にか独りだった。まあ、狙ったんだけどね」

「よく、わからないな?孤独っていうのは寂しい以上につらいものだろう?」

「どうだろうね」

僕にとっては孤独以上に人付き合いというものがつらい。

あんなものを僕に向けてくる人が怖い。

「まぁ、クラスにこんなやつが一人ぐらいいてもいいんじゃないかな?」

「いや、まぁ、お前自身が良いって言うならそれは構わないと思うけど……」

真壁君はどこか釈然としない様子だった。それはそうだろう。おそらくこんな思考をするやつなんて普通じゃない。異常だ。理解できないのだろう。構わない。僕は人に理解をされようなんて思わない。人を理解しようなんて思わない。

僕はそれで構わない。君もそれで構わないだろう?

「マコちゃんー!!」

廊下の方から叫び声が聞こえた。『マコちゃん』というのは僕の名だ。恥かしい。

こんなあだ名で呼ぶのは小鳥だろう。いや、声でわかるけど。しまったなぁ。昨日は先に帰ってしまったし(正確には真壁君に連れられて病院に行ったのだが)、今日の朝も小鳥とは登校してこなかったから、どこか怒っているように声から判断した。

しかし授業の間の休み時間に会わなかったのは奇跡だな。体育やら、移動教室やらで偶然にも時間がなかったのだろう。うん、僕はなかなか運が良かったようだ。

結局は昼休みで文句を言われる運命なのだろうが、それでも先延ばしに出来たのは何よりだ。

教室の扉から小鳥の顔が見えた。目が合う。やっぱり『ぷんぷん』という感じで怒っていた。

「いたー!今度こそ見つけたんだよ!逃がさないんだからね!絶対に逃がさないんだからね!」

そう言って僕の机の前まで来た。

「うー!どうして昨日先に帰っちゃったの!?小鳥を待っててくれても良いじゃない!たったの十分でしょ!?どうせマコちゃんやる事ないんだから、それぐらいの甲斐性は見せてよね。もっと見せてよね!それに今日も先に行っちゃったし!!何かな!?もしかして小鳥は何か悪いことしたのかな!?」

そんなに一遍に訊かれても答えられるわけがない。真壁君にも言えることだが、もう少し落ち着いてもらいたいものだ。

いきなりの乱入者に真壁君は唖然としていた。

「おい、何だよコイツは?」

「さっき言ったろ?小鳥っていう幼馴染がよく訪れるって」

「幼馴染なのか?」

「そうだよ。可愛いだろ?」

僕の可愛いっていう言葉に小鳥は大いに反応して、「え?あう。マコちゃんに可愛いって言われちゃったよ。へへへ」というふうに、まるっきり先程のことは忘れていた。

「……変な奴だな」

「失礼な奴だな、君は。小鳥が変なのは先天的問題なんだから仕方がないだろう?」

「そうだよぉ。小鳥が変なのは先天的問題なんだよぉ」

「いや、それって難しく言っているけどさ、つまり生まれつきって言ってるんだろ?そっちのほうが俺は失礼だと思うのだが」

「いや、事実だから仕方がない。小鳥はきっと生まれつき変だったはずだ」

「え?……えぇ!?小鳥は変じゃないよ!生まれつきって、失礼だよ!失礼なんだよ!」

小鳥はぽかぽかと僕を叩いた。全然痛くない。

「……お前らって変だな」

それは的を得た意見であった。

「えっと、それで何で昨日先に帰っちゃったかな?何か用事でも急に出来たのかな?」

「うん、急に用事が出来てね」

僕はチラリと真壁君の方を見た。

「彼に急に呼び出しを受けてね。うん、僕は小鳥に書置きを残していこうとしたんだけど、彼は僕にそんな暇を与えないぐらい素早く誘拐してね、大変だったんだ」

「え?えぇー!?じゃあこの人は悪い人かな?悪い人なのかな?」

「凄い悪い人だよ。背後には悪の秘密結社がついているという、今どき信じられないぐらいの悪い人だ」

「あわわ……小鳥もさらわれちゃう?さらわれちゃう?」

「うむ、当然だ。悪の秘密結社だからね。人をさらって何ぼのものだ」

「大変だぁー!!大変なんだぁー!!」

「……何だ、これは?俺はこの異様なテンションに付き合わなければならないのか?」

真壁君はあきれ果てているのか、いつも通りの激しいツッコミはしてこなかった。

それはそれで僕は寂しいと思うのだけど。

「そう思うんだったら、小鳥に説明してくれよ。僕はめんどくさいことは嫌いだし、元はといえば昨日のことは君の責任でもあるんだから」

「ちっ、わかったよ」

いやいやながらも、僕らだけじゃ話が進まないと思ってか、真壁君は昨日のことを小鳥に説明した。

「ふーん。そうなんだぁ。女の子といちゃいちゃしてたんだぁ。別に良いですよぉ!小鳥とマコちゃんは別に付き合ってるわけじゃないから、何も言わないですよぉ!」

「おい?何か彼女怒ってるぞ?」

「小鳥もいろいろある年頃なんだよ」

小鳥が怒る理由など僕には検討もつかないので、適当に答えておいた。

「それで今日の朝先に行っちゃったのはどういうわけがあるのかな?」

「あぁ、それはただ単に僕の気まぐれ」

「うー、そういう時はちゃんと言ってよ。おかげで私遅刻しそうになったんだよ。携帯電話持ってるんだから使おうよ」

僕は他人に縛り付けられるのも、他人を縛るのも嫌いだから、あまり携帯電話というものは好んで使わない。便利である事は認めるけど。

「別に良いだろ?遅刻しなかったんだから」

「うー、反省してないね?マコちゃん全然反省してないね?」

「あぁ、わかった、わかった。明日はちゃんと一緒に登校してあげるから」

「え?本当?約束だよ!?」

最近人と約束する事が多いなぁ。

僕は他人と干渉する事を嫌っているはずなのに。

「約束と言えば、お前今日もミコのところに行くって約束していたな?行くのか?」

「そうだね。約束したし、それに晴れたしね」

「何だ、それ?まあいいや。じゃあ、俺がまた教室に来るからちゃんと待ってろよ」

「うん」

別に僕一人で行ってもいいのだけど、それだとおそらく真壁君が不安だろうから、僕は真壁君の言うことに従う事にした。

「ちょ、ちょっと待ってよぉ!!」

「うん?どうしたんだ、小鳥?」

「え?マコちゃん今日もその子のところに行くの?それって小鳥と一緒に帰らないってこと?帰らないってこと?」

「そうなるかな?」

「うー、そんなの嫌!独りで帰りたくないもん!」

「友達と帰ればいいじゃないか?」

「うー!小鳥も……小鳥も一緒に行く!!」

「え?何処に?」

「だから、その病院にだよぉ!小鳥もマコちゃんについて行っていいでしょ!?悪いわけないんだよね!?」

「さ、さぁ?」

そんなこと……どうなのだろう?

僕は困ったので、真壁君の方を向いて助けを求めた。

「何だよ?その助け舟を出してくれって言う顔は?」

「出して」

正直その判断は僕が下してもいいものだとは思わないから。

「ちっ、じゃあ、訊くけどよぉ。何?お前らって付き合ってるのか?」

「は?何でそんな質問をするのかわからないな。でも答えるなら、付き合ってないよ」

「そうか。ならいいんじゃないか?まあミコがどう思うかは知らねえけど」

「許しをもらったよ、小鳥。じゃあ、今日は一緒に行こうか」

「うん!じゃあ、私も終わったらここにちゃんと来るから、待っててよ。ちゃんと待っててよ!」

そうして僕らは三人でミコちゃんの病室に行くことになった


ミコちゃんは(まさか僕は本当にやるとは思っていなかった)てるてる坊主を作って、僕らを待っていた。僕の顔を確認すると彼女は笑顔になってくれたのだが、その後に入ってきた小鳥の姿を確認すると何故か不機嫌になった。小鳥も同じようで、何故か二人で軽く威圧しあっていた。そんな修羅場に四苦八苦する僕と真壁君であったが、女の子の気持ちはわからないなぁ、ということでほっとくことにした。最初は威嚇しあっていた二人だったが、何か通じるところがあったのか、すぐに仲良くなった。まぁ、基本的に小鳥は話しやすいタイプだからな。それに女の子同士で話せることもあるだろう。ミコちゃんも「女の子のはじめての友達だよ」と喜んでくれた。

僕たちは本当にすぐに仲良くなった。それは決まっていたことのように。僕らは友達になることが決まっていたかのように、当たり前に仲良くなった。僕らはその翌日も、またその翌日も彼女の病室を訪れて、話をした。他愛のない話だ。

そうして二週間ほどした時だった。

僕らはいつも通りミコちゃんの病室に訪れた。

僕らはいつも通りだった。だけど、ミコちゃんは違った。ミコちゃんはいつものように体を起こしていなかった。調子が悪いのか横になったまま、僕らと話をした。

「ごめんね。今日はちょっと体調が悪くて」

「気にすることはないよ。そんなことを気にするよりも早く体を良くすることのほうが重要だろ?」

「うん。そうだね」

体調が悪いためなのか、ミコちゃんは元気がなかった。

「あの……たくちゃん、小鳥ちゃん」

たくちゃんというのはミコちゃんが真壁君を呼ぶ時の名称だった。真壁拓哉だからたくちゃんらしい。

「何だ?」

「……綾瀬君と、ちょっと二人だけで話したいの。ごめんなさい。わがままだと思うけど、席はずしてもらえないかな?」

「わかった」

意外なことに真壁君も小鳥もおとなしくミコちゃんの言うことに従った。真壁君はともかく小鳥は仲間はずれにされることを嫌うから何かいうと思ったが、何も言わずに病室を出ていった。

小鳥も場の空気というものが読めるようになってきたのか。

僕はまだ小鳥は子供だと思っていたけど、そうではないのかもしれない。

病室に二人っきりになった。

僕は彼女の言葉を待った。

「……ごめんね。二人っきりなんて話しづらいよね?」

「そんなことないよ。それに僕らが初めて話した時も、二人っきりで話しただろ?」

「そう言えばそうだね。あは。まだ二週間ほど前のことなのに、何だかもう随分昔のことのように感じるね。そうだよね。まだ二週間だもんね」

二週間か……僕はそれを長く思うのだろうか?短く思うのだろうか?

それともただ二週間経った。それしか思わないんだろうか?

「綾瀬君は、初めてここに来たとき、何を考えてたの?」

「誘拐されたと思った」

「あは。何それ?」

「だって真壁君さ、何も言わずに僕をここに連れてきたんだよ。しかも首根っこ掴みながら。最初は誘拐されたと思ったよ」

「たくちゃんって説明するのがあまりうまくないからね。それじゃあ何も聞かされないままここに来たの?」

「うん。でも可愛い子が待ってるとは聞いたよ。僕はそれを聞いてデート詐欺にあうのかと思ったけど」

「つまりは綾瀬君の私の第一印象は『デート詐欺の女』というわけですか?あまりいいものじゃないね?」

……そんなふうに思わなかった。

君はそんなことを忘れさせるほど綺麗だったし、そして魅力的だった。僕は最初から君に惹かれていたんだ。

もちろんそんなことは恥かしいので口には出さない。

「私はね……私の綾瀬君の第一印象はね『危うい人』」

「……」

「あ、危ない人っていう意味じゃないよ。誤解しないでね」

危ない人と、危うい人とどう意味が違うのだろうか?

僕にはほとんど同意語に思えるのだが。

「私はねこんな体だから……入院ばかりしているから、いつも考えていたんだ。死について。あ、と言っても十代半ばの少女が考えることだからあまり深くは考えてないよ。せいぜい同じ年頃の子達を見て、『私は彼女たちよりは早く死んじゃうんだろうな』とかそんな感じ。たくちゃんを見ても、小鳥ちゃんを見ても私はそう思ったよ。でもね、綾瀬君。あなたは違ったんだよ」

「……」

「綾瀬君は知らないと思うけれど、私が綾瀬君をはじめて見たのは学校だった。たまたまだったんだ。たまたま私が図書室に行ったら、綾瀬君がいた。綾瀬君は独りだった。私は綾瀬君を見て『何て危うい人なんだろう』と思った。他にも独りで読書をしている子もいるのに、何故か綾瀬君だけにそう思った。何でかわからない。わからないけど、そう思ったんだよ」

僕はそのことは覚えてなかったが、彼女が言うからには本当なのだろう。

それにしてもなんと言う観察眼なのだろう。一目見ただけで彼女は僕の本質というものを見破った。

「綾瀬君はおそらく私よりは長生きできる。長生きできる体を持っている。だけど、はじめて見た綾瀬君は絶対に私よりは長生きしないだろうって、そう思った。ごめんね。こんなこと言われても混乱するだけかもしれないけど、私の綾瀬君の第一印象はそんな感じなんだよ」

「いや、なかなかな観察眼だと思うよ。当たってる」

ミコちゃんがどのような病状なのか、僕は知らない。

だけど、僕は彼女よりも早く死んでしまうかもしれない。

それは耐えられないから。この狂った自分に。他人とは違いすぎる自分に耐えられないから。

そう……僕は……

「人はね、自分よりも儚いものがあるとそれに惹かれるんだよ。私がたくちゃんに綾瀬君を呼んでほしいって頼んだのも、そういう理由からなんだ。でもね、話していくうちに……私はね、私はね……本当に好きになっていったんだよ」

「え?」

ミコちゃんは……今何て?

僕はそれが本当に聞こえなかったのか、それとも聞こえない振りをしていたのか、自分でもよくはわからなかった。

しかしそんな僕にミコちゃんはもう一度言った。

「綾瀬君……私は綾瀬君のことが好きです。家族よりも、たくちゃんよりも、自分よりも、何よりも綾瀬君のことが好きです。だから、言います」

僕はこの時大いに混乱していたのだが、しかし次の彼女の台詞は更に僕を混乱させるものになった。

「綾瀬君……どうか私より長生きしてください。そして……どうか私のことは忘れてください」


僕は……僕は彼女の台詞の意図がわからなくはなかった。

だけど、僕は信じられなかった。僕は彼女が優しいことを知っている。僕が見てきた誰よりも優しいことを知っている。

彼女は僕が見てきた人間で一番優しい人間だ。

しかし、だからと言って……僕は彼女がここまで優しいと思わなかった。そして信じられなかった。だから……訊いた。

「……どうして?」

月並みな言い方だったが、僕はそんなこと構いもしないぐらい混乱し、動揺していた。

「どうしてって?」

「どうしてミコちゃんはそんなこと言うの?」

そんなことが言えるの?

「綾瀬君……私は綾瀬君のことが好きなんだよ。本当に、誰よりもね。私だってね、女の子ですから好きな人と付き合いたいって思う。だからね、『綾瀬君……好きです。私と付き合ってください』って本当は言いたいんだ。でもそれは言っちゃダメな気がする。綾瀬君がその告白にOKしてくれるかどうかはわからないけど……もし綾瀬君が私と付き合う事になって、今以上に仲良くなって……それは……それは本当に幸せな時間かもしれないけど……でも、でも……その後はどうなるのかな?私はね、死ぬんだよ。きっと綾瀬君よりも先に死ぬんだよ?好きな人といる時間ってね一緒にいればいるほど、別れの時はつらくなるんだよ。綾瀬君は耐えられる?」

「……」

彼女は……彼女はやっぱりそこまで考えていたんだ。

信じられないけど、彼女は本当に何よりも僕のことを想っている。自分以上に僕のことを、そして僕以上に僕のことを……

「なんてね。ちょっと自意識過剰だったかな?綾瀬君が私の告白にOKしてくれるかわからないのに、ちょっと調子に乗っちゃいました」

「そんなこと……ないよ」

「あは。綾瀬君はやっぱり優しいよ。だけどね、だからこそね……私達が会うのはもうやめにしようよ。これ以上の時間は……きっと傷が深くなるだけだから」

「そう……かもね」

ここが限界点。僕も彼女も傷つかない限界点。

僕は傷つけられる事を嫌い、傷つける事を嫌う。だから……僕は彼女に応えることにした。

「もう、ここには来ないよ。君のことも……忘れる」

「あ……うん。ごめんね。わがままを言っちゃって」

「わがままじゃないよ」

傷なんてつかないほうがいい。

僕は忘れる事にする。彼女の事を。彼女と過ごした時間の事を。

彼女の言うとおりに。

「……それじゃあ」

僕は彼女の願いをすぐさま実行するために病室を後にしようとした。

「あ、待って」

「ん?」

「……余計な事かもしれないけどね……小鳥ちゃんも綾瀬君のことが好きだよ」

「……知ってたよ」

知ってた。でも気付かない振りをしていた。それは昔から……そして今も……

「綾瀬君……綾瀬君には支えてくれる人が必要だと思う」

「そう……だね」

僕はそう言って病室を後にした。きっともうここには来ることはないだろう。彼女がそれを望んだし、僕もそれに了承した。

一階のロビーで小鳥と真壁君は待っていた。

僕は小鳥に「帰ろうか」と一言だけ言った。


病院からの帰り道……僕は何を考えていたのか、彼女のことを考えていたのか、他の事を考えていたのか、ともかく小鳥のことをほったらかしで歩いていた。

僕と小鳥の歩幅は微妙に違うから、しばらくすると小鳥が走って僕の横に追いつく……そしてまた差がつく。これを繰り返していた。

会話はもちろんない。

僕は……これから、どうするんだ?

僕は……僕は……僕は気付いた。

僕は弱い人間だ。

殺意なんて見える異常者の癖に、僕は弱い。

独りで生きていけたら、いいのに……僕は独りでは生きていけないんだ。

何でこんなに僕は矛盾を孕んでいるんだろう?

「……ねえ、マコちゃん。川瀬さんと何を話していたの?」

「……」

「あれ?無視かな?無視なのかな?私の質問に無視なのかな?」

「……告白されたよ」

しかも特殊な……って正直に答えちゃったけど、小鳥にそんなこと言ったら「え、えええ!!な、何で!!何でマコちゃんが告白されるのぉ!それで!それでなんて答えたの!?何て答えたの!?」と喚くに違いない。考えごとをしていたせいか、うまく思考がまわってなかったようだ。

今から挽回なんて出来ないし。

「……そう」

「あれ?小鳥にしては淡白な返しだな」

「わかっていたしね」

「そうか」

意外な事に僕よりも小鳥のほうが鋭かったようだ。

「川瀬さん……何て?」

「僕のことが好きだって。だから……もう会わないようにしようって」

「……そう」

さっきから小鳥の様子が少しおかしい。

小鳥ならもっとオーバーなやり取りになるのに……

「マコちゃん……小鳥とマコちゃんって出会ってからどれぐらい経ったかな?」

「十年ぐらいじゃないかな?」

僕が殺意が見えるようになる前からの付き合いだから、そのぐらいだと思う。

「それがどうかしたのか?」

「そんなに長い付き合いなのに……マコちゃんは気付いてないの?」

「……」

何が?とは言えなかった。

「そうだよね。マコちゃんって鈍いから気付いているわけないよね」

気付いているさ、小鳥。

でも僕は小鳥の想いに応えられるほど素晴らしい人間だろうか?

殺意なんか見える異常者が普通の人間とうまくやっていけるのだろうか?

……確かに小鳥とは十年ぐらいの付き合いがある。

しかし、それはお互いに距離を保ち続けていたからこそ。

もしこの距離が更に近くなったとして、僕らは今までのようにうまくやっていけるのだろうか?

……わからない。わからない。

弱い僕。卑怯な僕。傷つきたくない僕。傷つけたくない僕。距離を保ちたい僕。小鳥のことを想う僕。

どれが本当の僕で……どれも本当の僕?

「小鳥……」

「何?マコちゃん?」

「気付いていたさ」

「え?」

「……僕も小鳥のことが好きだから。付き合おうか?」

嘘じゃなかった。本心でもなかった。


一年前の話。

彼女と会った話。

彼女と別れた話。

小鳥と付き合い始めた話。

僕は彼女とのことを忘れたかった。彼女の望みどおり忘れたかった。

でも、そう簡単に忘れる事なんてできやしない。

彼女の名前は忘れる事ができたけど……やはり彼女との思い出は今でも思い出すことができる。

僕は、僕は……

彼女が亡くなったと聞いて何を思ったのだろうか?

何か思ったのだろうか?

何も思わなかったのだろうか?

自分の心がわからない。

ただ一つわかっている事は、彼女は死んで、僕はまだ生きている。

その事実だけだった。

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