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優しい殺意 小宮山小鳥

その日、僕は小鳥の誘いで中庭で昼食を取ることになった。

「何でわざわざ中庭で昼食をとるの?」

「えへへー、一度マコちゃんと外で食事をしてみたかったんだよぉ。ラブラブ?ラブラブ?」

「教室で良いじゃないか?外は机もないし、虫もいるし……ともかく食べにくいこと間違いないな」

「もう!マコちゃんにはロマンっていうものが無いんだよぉ!こう一緒に中庭で昼食を食べるとね、彼氏彼女しています、っていう感じしないかな?しないかなぁ?」

「どうだろうね?するかもしれないし、しないかもしれない」

「小鳥はねぇ、中学の頃から思ってたんだよぉ。マコちゃんとこうやってピクニックみたいな感じで食事がしたいって。でもね、中学は給食だったからね、出来なかったんだよぉ。だからぁ、高校に行ったら一度は一緒にこうやって外で食事をしようって決めていたんだよぉ」

「ふうん。でも、それって僕と小鳥が一緒の高校に行くことが前提だろ?僕が男子校に行っていたらどうしたんだ?」

「この周辺に男子校は無いんだよ」

「じゃあ、小鳥と違う高校に」

「そうしたら小鳥はマコちゃんを追っていくもん。追っていくんだもん」

小鳥なら本当にやりかねないだろうな。

ストーカー小鳥……僕と小鳥が付き合っていなければ、小鳥は僕に対するストーキング行為で捕まっているかもしれない。まあ、そんなことはありえないことで、余計なことなんだけど。

「あ、あそこで昼食にしよう!あの木のベンチで」

「何故に高校にあんなものが?」

「カップル用なんだって!歴代のカップルは皆あそこで昼食を取ったんだって!」

「何故に高校にそんなものが?」

僕は小鳥に手を引かれ、そしてそのカップル専用だとか言うベンチに座らせられた。

ちなみに今日は、小鳥が僕の分の昼食を作ってくるとか言い出したので、柚子のお弁当は持参していない。

そのせいで昨日は柚子を説得するのに大変骨が折れた。いや、本当に骨を折った方が楽だと思った。僕は妹の柚子に弱すぎるな。泣かれそうになると僕の敗北は決定されたようなものだった。

結局いつも通り、『今度のお祭りでお兄ちゃんがりんご飴か何かを買ってやるから』という説得で柚子は納得した。半泣きだったけど。

しかし、今度のお祭りっていつあるんだろうな?まあ、いつでもいいか。柚子のためにいつでもりんご飴が買えるお金だけは手元に持っていよう。四百円ぐらいかな?

「えへへー、今日の昼食はサンドイッチなんだよぉ。小鳥が一生懸命作ったんだよぉ」

うん、わかっていたよ。だって小鳥が真面目にお弁当を作れるわけ無いからな。小鳥は成績は良いけど、家事などはからっきしだ。家庭科の調理実習では僕は出来るだけ小鳥とは同じ班にはならないようにと祈ったものだ。あぁ、懐かしいなぁ。あの激動の調理実習。二度と体験したくないけどね。

サンドイッチなら問題は無いだろう。パンに具を挟むだけだ。お手軽簡単、小鳥でもオッケイ!

きっと小鳥でもオッケイ!そう考えないとここまで来れないね。

「じゃーん!」

「おぉ!」

神様、ありがとう!それは普通のサンドイッチだった。

何事にも普通を望む僕としてはその光景に涙しそうになった。大げさだと思うかい?でもあの調理実習を思い返せばこれは全く大げさじゃない。

「小鳥……成長したんだなぁ」

「そうだよ。小鳥だって料理ぐらいできるようにならないとね。マコちゃんに食べてもらわないとね」

具が異常っていうことも……ないようだ。

上海ガニが丸ごと挟まっていたら、どうしようかと思ったが、本当に普通の具だ。

カツサンドにベーコンレタスサンド。卵サンドにハムとトマトとレタスが挟まったやつ。

普通だ。

「ちょっぴりお母さんに手伝ってもらっちゃったけど……そのぐらいは許容範囲内だよね?そうだよね?」

「そのちょっぴりがどれぐらいか、気になるところではあるけどね」

「ほ、本当にちょっぴりなんだよぉ!えっと卵を作ってもらったとか、ベーコンを焼いてもらったとか、トマトを切ってもらったとかぐらいで他は私がやったんだよぉ!」

ほとんどやってもらってたりする。まぁ、そんなに劇的に料理が出来るようになるわけがないか。そうだな。でも具が挟めるようになったのは大きな進歩だろう。人類にとっての大きな進歩だ。大げさに言い過ぎたな。

僕は何も気付かなかったように、「おいしそうだね」と言った。

「そうでしょ、そうでしょ!遠慮なく食べていいからね」

「頂きます」

手を合わせて、僕はカツサンドを口に運んだ。

うん、なかなかですね。

「どう、おいしい」

「うん、おいしいよ」

「よかったよぉ。冷凍食品のカツを挟んだだけだけど、マコちゃんが美味しいって言ってくれて」

僕の舌はやけに安物嗜好だった。

まぁ、僕がそう言うことで小鳥が喜んでくれるなら良いけどね。それに本当に美味しいし。

そうやって会話をしながら僕らは食事を進めた。

それらを食べ終わり、僕らはくだらない話に華を咲かせていた。話題は今日のいて座の運勢。朝見てきたのだが、非常に最悪で笑えた。

「あそこまで言われると、逆に気持ちが良いよね?小鳥は見た?僕は見て大笑いだったよ。久しぶりにテレビを見て笑ったね」

「私は違う番組の方を見てるから。でもそっちはいて座の運勢そんなに悪くは無かったよ」

「悪くもなく、良くもない。つまり普通だった?」

「うん」

「それは最高だね」

普通ということ。それは僕が望んでいることだ。

しかし結局のところ最高だろうが、最悪だろうが、普通だろうが、そんなことはどうでもいい。おそらく運命っていうのはただ流れていくだけだ。最高も最悪も普通もなくただ流れていくだけ。その流れが最高なのか最悪なのかそれとも普通なのか、それを決めるのはやっぱり僕自身なんだろう。そして僕の場合は大体は最悪の流れなんだろうけど……

僕はいつでもネガティブ思考だな。少しはポジティブになれないのかな?

なれないんだろうなぁ。

僕は自分のネガティブ思考に半ば呆れていた。

「ねえ、小鳥……僕ってさ」

「こら!!お前ら!!何をやってるか!!」

突然の大声に僕らは会話を停止させる。そしてその声の主の方に視線をやった。

三十代の男。ジャージを着ている。先生だろうか?あまり見たことないが……

いや、それよりも僕が目に引いたのは、その男の殺意だった。

あれは……散弾銃か?うわ、何て恐ろしい殺意をしているんだ。

あれなら対象以外にも被害がいくことがあるぞ。つまりは何もしていなくてもとばっちりを受けるっていうそういうやつ。この人とはあまり関わりたくない。

「こんなところで、堂々と不純異性交遊か!?」

「何を言っているんだ?あのおっさんは?」

「もしかしてあの人、八重樫先生かも」

「八重樫先生?」

「うん。その……あんまり評判がよくない先生」

小鳥がそういうってことは相当に評判が悪い先生だな。

当たり前だ。あんな殺意をしていて評判がいいなんて言ったら、僕は驚く。地球が実は三角錐でしたって言われるよりも驚くね。余計な例えだったけど。

「うちでは不純異性交遊は禁止されてるんだ!生徒手帳にも書いてあるぞ!読んでいないのか!お前ら!」

「そんなの書いてあったか?」

「うーん、どうだろうね?普通はそんなもの読まないからね」

確かに。生徒手帳LOVEならともかく、普通はそんなもの読まないね。読んでも何の得もないのだから。

「お前ら!学年とクラスと名前を言え!」

何だ?この先生?僕らを摘発でもするつもりだろうか?

「何で僕らがあなたにそれを言わないといけないんですか?」

「何でだと!?貴様ら!それが先生に対する口の聞き方か!?」

怒ってばかりだな、この先生。相手すると疲れる。

「一年八組、萌島萌太郎と萌子です。二人はなんと兄妹だったのです」

「嘘をつくな!」

「あれ?どうして嘘だと?」

「一年は八組までない!!」

「あ、そうでしたね。失念していました。じゃあ、一年九組で」

「貴様ぁー!!」

散弾銃の銃口が僕に向く。

うわ!沸点が低いな、この人!あまり怒らせるのは得策とはいえないな。

いや、どの局面に関しても人を怒らせることが得策と言えるわけがないけど。

「すいません。ちょっとした冗談なんです。許してください」

僕は深々と頭を下げた。

「ふん。それでクラスと名前は?」

「一年三組の綾瀬真です。そっちのは小宮山小鳥」

「一年三組の綾瀬?」

何故か八重樫先生は怪訝な表情を浮かべる。

僕のことを知っているのだろうか?そんなに有名人になった覚えはないんだけどなぁ。

「覚えがあるぞ。確かお前って親がいないんだよなぁ?」

ドクン。

こいつは……今、コイツは何て言ったんだ?

「どっちだっけ?母親だっけ?父親だっけ?ともかく片親で育てられたから、そんなに歪んじまっているのかねえ?はん、やっぱり両親がいない奴って言うのは普通じゃない。異常だな、異常!」

ドクン、ドクン。

僕には……聞こえない。コイツが何を言っているか聞こえない。

僕は、ただ思考する。コイツを……………か思考する。

コイツをどう………か思考する。

パチン!

僕はその音で覚醒した。

あれ?僕は一体今何を考えていたんだっけ?

まあ、いいか。それよりも今の音は一体なんだったのであろう?

僕は音の方向を見る。

信じられない光景だった。

小鳥が平手で八重樫先生を叩いたのだ。

あの小鳥が、だ。

「先生……言っていいことと、悪いことがあります。今のは完全に悪いことです」

小鳥の殺意が先生を捕らえている。こんな光景始めてみた。

小鳥の殺意はありえない形をしている。それは僕にとっては殺意に思えない。非常に笑えて、僕には優しいように見える。小鳥の殺意はハリセン。どつき漫才などで使われるものだ。小鳥は優しい。必要以上に人を傷つけたくないから、そんな殺意なんだと思う。

僕はそれを使われたことを見たことがない。

そんな殺意すら使わないほど小鳥は優しい。それを、今使った?

どうして?どうして小鳥はそれを使ったんだ?だってそんな行為は……

「き、キサマぁ!」

八重樫先生を怒らすだけだ。

まずい!間に合わない!

僕は走ったが、それよりも八重樫先生の殺意である散弾銃が発射される方が早かった。

それはものの見事に小鳥に命中した。

!!コイツ!!あろうことか小鳥にこの強烈な殺意を喰らわせやがった!!

「先生に向かって何をするか!!」

八重樫先生は手を振り上げる。今度は物理的に小鳥に攻撃をするつもりだ。それはさせない!そんなことはさせない!今度は間に合う。

僕は八重樫先生の殺意を『奪取』した。

「う、何だ?これは?」

そして小鳥を抱きかかえる。八重樫先生の殺意を喰らったためか、小鳥は軽く泣いていた。それは抱きかかえた僕にしかわからない程度だったけど、確かに泣いていた。

「先生……僕はね、自分に殺意が向くのは許せます。だけどね、小鳥に殺意を向くことは許せない。いくら先生でも許せないんですよ」

「な、何を言っている!?そいつが先に殴ってきたんだぞ!」

「だから?」

「き、貴様ら!て、停学にしてやるぞ!先生に暴力を振るったんだからな!」

「すればいい」

「へ?」

「だから、すればいい。停学だろうが、退学だろうが知ったこっちゃない。あんたのお好きなように。ただ、これ以上僕らに付きまとうのだったら……」

その時は……その時は………あんたを。

「こら!手前ら、何やってるんだぁ!」

この声は……この声は僕らの担任の君代先生だ。

「あ?また八重樫先生、生徒をいじめてるんじゃねえだろうな!?」

「お、俺が生徒をいついじめたと?」

「いつもいじめてるじゃねえか!ああ!!しかも私のクラスの生徒じゃねえか!!手前ぇ!八重樫ぃ!!」

「ち、違う!元はと言えばこいつらが……」

「あぁ!?何言ってやがる!!小宮山のほうは泣いていやがるじゃねえか!!手前!!今日職員会議でチクってやるからな!!覚悟しておけよ!!」

気性が激しい先生だが、僕は素直に格好良いと思った。

「ほら、小宮山。立てるか?肩、貸そうか?」

「だ、大丈夫」

「無理するなよ。念のため保健室行こうな。ほら、綾瀬もついて来いよ」

「あ、はい」

意外に優しいんだな。君代先生って。本当に意外な一面のような気がする。

僕は君代先生についていった。

その最中に八重樫先生の方を見た。苦虫を噛み潰したような表情。そして、その頭には殺意がなかった。あ、返すのを忘れていた。

僕はそれを先生に返して、そして中庭を去った。


それが僕らと八重樫先生の初対面でそして最後の対面。

僕らはそれ以降、八重樫先生に会うことはなかった。

僕らは八重樫先生を避けて通ったし、八重樫先生も僕らを避けていたと思う。

僕は八重樫先生のことが嫌いだったが、しかし今では殺す程嫌いってわけでもなかった。

そもそも、人が人をどうこうしようなんて、それこそおこがましいことだと思う。



もし、東北宮高校で『情けない男ランキング』なるものがあったら、今の僕は間違いなくランキング内に入ると思う。もしかしたら優勝できるかもしれない。それぐらいに今の僕は情けなかった。

本当に今週は厄週だ。早く来週にならないかな?そして来週こそは厄週でないことを僕は切実に願うのであった。

今日は土曜日、時間は朝の九時半。僕はその足で小鳥の家へと向かっていた。

「はぁ」とため息一つ。憂鬱だ。僕はいったいこの厄週に何回謝れば気が済むのだろうか?

ちなみに僕はつい三十分前に柚子に頭を下げたばかりだった。

僕は昨日、新たな女の子の知り合いが出来てしまい、しかも今日その子と一緒に行動しなければならないということで、それを内緒にしておくと、僕の妹の柚子は非常に怒りそうなので先に言ってみたのだが、結果非常に怒った。どうやら、先に言っても後に言っても結果は変わらなかったらしい。

思い返すとこんな感じだ。

「柚子……実は話があるんだけど」

「え?何ですか、お兄ちゃん?」

「うん、すごい言いづらいことなんだけど……」

「え?……は、はい!何でしょう!?」

「実はね、僕新しい女の子の友達が出来たんだ」

「……へ?」

「名を風間智美ちゃんって言って、どうやらこの前電話してきた子らしい。友達になったのは昨日で、それで今日彼女と一緒に出かけることになった」

「……」

「一応柚子には言っておいたほうがいいかなって思ったから……あの、柚子?」

「………い、です」

「え?ゆ、柚子さん?」

「認めないです!」

「うわ!何を怒ってるんだよ、柚子?」

「うー、ふー、ふー!お兄ちゃん!!」

「は、はい!」

「柚子は言いましたよね!一昨日の晩言いましたよね!小鳥さんはいいですよ!でも他の子はダメなんです!ダメなんだったらダメなんです!」

「いや、えっと、ただの友達だよ」

「嘘!嘘、嘘!ただの友達が休日にデートするわけないじゃないですか!恋人!?二股!?どうなんですか!!お兄ちゃん!!」

「いや、だからただの友達で……デートじゃなくて出かけるだけなんですけど」

「出かけるってことはデートじゃないですか!!」

「え?そうなるかな?」

「そうなります!そうなるんです!!絶対にダメです!!ダメったらダメなんです!!私は絶対に認めないんです!!」

「あの、でももう約束しちゃったし」

「じゃあ、キャンセルしてください!!」

「そうしたら、おそらく僕殺されちゃうし」

「え!?何て言いました!?」

「いえ。何でも」

「ともかく私は認めないんです!……ぐす。お兄ちゃんが、その人のことどんなに好きでも……認めないでずからね!!」

「泣くなよ、柚子。それに僕とその友達はそういう関係じゃないって」

「うー、うー!!」

「ほら、今度お祭りでりんご飴買ってあげるからさ。機嫌を直してくれよ」

「うー、うー。前の約束もまだ果たしてもらってないです!」

「う、でも、それは、ほらまだお祭りがないからで……まとめて二個買ってあげるっていうのは……」

「うー、うー」

「ダメか、やっぱり」

「うー、じゃあ綿飴」

「え?」

「綿飴も一緒に買ってほしいです」

「え?えっとそれでいいの?」

「(コクリ)」

「えっと、それでいいなら、綿飴とりんご飴ぐらい一緒に買ってあげるけど」

「本当ですね?」

「あ、うん」

「うー、わかりました!認めてはないけど、わかりました。その代わり本当に、本当に友達なんですね?嘘はないんですね?」

「うん。友達」

「うー」

「何故にまだ恨みがましい目をするんだ」

「うー!いいから早く行ってください!」

そうやって、家を追い出された僕。

家の中から「お兄ちゃんがぁ!!お兄ちゃんがぁ!!」という大声が聞こえたので、僕は帰ってきた瞬間に那美姉にぼこぼこにされるかもしれない。

情けない男だよね、僕って。

で、おそらく同じことになるであろう。小鳥宅に到着した。

二分程度迷ったけど、どうせ話さなければならないこと。僕は呼び鈴を押した。

『はい~。どちらさまですか?』

インターフォンから間延びした声が聞こえた。この声は小鳥のお母さんだな。相変わらずのんびりしているようだ。

「えっと、綾瀬です」

『あら~、真君?じゃあ、小鳥に用事かしら?』

「そんな感じです」

『ちょっと、待っててね~。小鳥!真君よ』

家の中から、「え?マコちゃんが!!ふわわわ、何でだろ、何でだろ?今日は用事ないのに。突然のデートかな?デートなのかな?わくわく」という声が聞こえた。

う、僕の良心がずきずきと痛む。そんなものがあったなんて自分でもびっくりだ。

五分ぐらいして、小鳥は出てきた。

「お、お待たせー!何かな?何かな?」

バリバリよそ行きの服で決めてきた小鳥。何にも言ってないのに何故?何故ここまで用意してくる?これじゃあ、僕がまるで悪者じゃないか?

あぁ、ここで「久しぶりに外にデートに行こうぜ」と言えたらどんなに楽か。

まるで彼女が予想していることと逆のことを言わなくちゃいけないなんて、僕は何て酷い奴だ。あぁ、憂鬱だ。

「小鳥、実はね……僕これから出かけるんだ」

「うん!うん!」

うわ!何だその「小鳥も連れてってくれるんだよね?」っていう期待の眼差しは?本当にやめてくれ。僕は罪深さ故に死んでしまうぞ。

「女の子と」

「うん!うん!」

「小鳥ではない女の子と」

「うん!うん?」

「えっと……ごめんなさい」

深々と頭を下げる。

「え?え?えぇ?も、もしかして……う、浮気だぁ!!」

「違います。説明するから冷静に聞いてくれ」

「これが冷静にいられるわけがないよ!うわ!心配していたことが現実にぃ!!マコちゃんを信じた小鳥がバカだったんだよぉ!!昨日の子だね!?昨日の子なんだね!?昨日の子と一緒に行くんでしょ!?」

「いや、そうだけどさ」

「うわ!堂々と浮気だぁ!!公認させる気だぁ!!ここは何処でしょう!!日本です!!日本は一夫多妻制ではないんですぅ!!よって堂々と浮気なんてそんなこと許されるわけがないんだよ!!許されないんだよぉ!!」

「いや、浮気とか……彼女とはそういうのではないんで」

「否定!!ここまで来てその事実を否定!?そんなことは無駄なんです!!調べればわかることだもん!!今からネットで調べてやるんだもん!!」

「ネットにそんな情報はない」

そんなに便利な機能があれば、今頃探偵はこの世から消滅している。

「なぁ、小鳥。落ち着いてくれよ。一から話すからさ」

「落ち着いてられないよ!浮気だよ、浮気!」

「だから違うんだよ。実は昨日……」

というわけで昨日あったことを余すことなく説明。

「というわけで、僕は今日彼女と出かけなければならない」

「うー、理解は出来たけど、納得はできないよ!何で風間さんはマコちゃんと一緒に行動するのかな?何でかな?」

「知らないよ。そこら辺は彼女に聞いてくれ」

「それ、風間さんとマコちゃんの二人だけで行くの?」

「うん。一応そうなってるけど」

「……風間さんって、確か美少女だよねぇ?しかも東北宮高校でもトップクラスの」

「確かに可愛いけど、さ」

あれを美少女と言うか?微妙だ。美幼女と言われれば納得できるけど。

「僕は小鳥も負けてないと思うけど」

「ほ、褒めても何もでないんだよぉ!」

と言いながらも顔を赤く染める小鳥。うん、可愛い、可愛い。

「美少女と一緒に探偵ごっこねぇー。うー!」

「何故に唸る?」

「マコちゃん!!小鳥も行く!!」

「はい?何で?」

「マコちゃんとその美少女の風間さんを一緒になんてさせてられないんだよぉ!!」

「いや、でも彼女が何て言うか」

「小鳥は、認めないんだからね!二人で行動なんて認めないんだからね!!」

梃子を使ってもその意見は変えそうにはなかった。

仕方がない。ここは小鳥を説得するよりも、風間さんに頼んでみたほうがおそらくは早く事が進む。

「わかった。わかった。それじゃあ小鳥も一緒に行こう」

「え?本当?うわーい!マコちゃんとデートなんだよ!」

「デートじゃないよ」

何で僕の周りには一筋縄ではいかない人間ばかりなのだろうか?

いや、人間なんて皆そんなものか?

僕はそのまま小鳥を連れ出して、風間さんと待ち合わせをしている場所に向かった。


僕は思った。普通待ち合わせをする場合、駅などを利用するのが一般的じゃないのか?これからの目的地が駅前であるのなら、それは尚更だ。

それなのに彼女が指定してきたのは白鳳神社。いや、僕と小鳥の家から近いからいいけどさ。何故に神社を待ち合わせの場所に使うかな?

しかも待ち合わせが10時で、僕らはその五分後に着いたのに(小鳥説得に時間をかけてしまったため)彼女はまだそこにはいなかった。時間にルーズなのかな?五分遅刻してきてなんだけど。

「本当にこんなところで待ち合わせなの?」

「一応。昨日そう聞いたけど」

「何でこんなところで待ち合わせなのかな?何でかな?実はすっごい理由とかあったりするのかな?」

「さあ?気まぐれってところじゃないのかな?」

僕と風間さんは昨日あったばかりなので、そんな詳しい事情まで僕が知っているわけがなかった。

「しかし、参ったなぁ。彼女、遅れるのかなぁ?」

「あれ?携帯の番号とか聞いてないの?」

「聞いてないよ。見つかったら柚子に泣かれるからね」

もっとも、今日そのことを言って泣かしたので意味はないが。

がららら。

遠くで引き戸が開く音がした。そして再び、がららら、と今度は閉じられる音が聞こえた。

ん?あっちって誰か住んでるんだっけ?

そう言えば誰かから、白鳳神社の向こうにある小屋には、その所縁の者が住んでいる、とか聞いたことがあるようなないような。ということは神主さんだろうか?

たったった。

足音が聞こえる。どうやらこちらに向かってきているようだ。

「あ、やっぱり真君ですねー。もう、遅いんですよー!」

「……」

たったった。

「ん?あれ?どうしたんですか?真君?バカみたいに口を開けてしまって」

「……」

唖然だ。僕は何も言うことが出来ない。言葉を忘れてしまったのかもしれない。

横を見るとどうやら小鳥も同じようだった。

だって、そうだろ?

いきなり現れた風間さんは、どういうわけか巫女装束(袴)だったのだから。

何故に!?何故に、そんな格好を!?

「あれ?そちらの方は、どなたなんですかー?」

自分の服に全く違和感がないのか、ともかく何でもないことのように彼女は続けた。

「あ、えっと、始めまして。小宮山小鳥です。えっとマコちゃんとは同じクラスメイト」

「始めまして、ですー。私は風間智美ですー。真君と同じクラスって言うことは、私と同じ学年ってことですよね?あは、仲良くしてくださいねー」

風間さんは小鳥と強引に握手を交わし、そしてその腕をぶんぶんと振るった。

子供か?ほんとに彼女は?

いやいや、それよりも、誰か早くつっこんでくれ!!

「えっと小宮山さんって呼べばいいんですかねー?」

「あ、いえ、小鳥で良いですよ。仲のいい友達は『コッコちゃん』って呼ぶんだけど」

「コッコちゃん?あ、いいですね。そのあだ名。すごく可愛いですー!」

「あ、小鳥も気に入ってるんだー。えへへ」

「じゃあ、私のことはトモちゃんって呼んでくださいです」

「あ、うん。トモちゃん」

何だか、すごい仲良しになっているんだが……僕はそれよりも彼女の衣装に興味がいって仕方がない。というか、早く!!早く、小鳥つっこんでくれよ!!

「えっと、ここにいるっていうことはですね、コッコちゃんも行くんですかー?私達と一緒に?」

「あ、うん。邪魔かな?邪魔なのかな?」

「そんなことないですよー。えへ。嬉しいなぁ。新しい友達が出来て」

「うん、私も新しい友達が出来て嬉しいんだよ。嬉しいんだよ」

嘘つけ!さっきあれほど叫んでいたくせに!

それよりも、何故に小鳥はつっこまない?慣れたのか?この異常な光景に慣れてしまったのか?小鳥ならありえるだろうが……

「それじゃあ、行きましょうか?えへへー、では『風間智美と愉快な仲間たち』。出発!」

「待て!」

そのまま行こうとしたので慌てて僕は止めた。ナイスファインプレー、僕。

「何ですー?真君?」

「風間さん……」

「あ、真君は『トモ』でいいですよー。流石にちゃん付けは抵抗あると思うのでー」

「そりゃ、どうも」

「それでは、出発!」

「だから、待て」

僕は風間さん……いやトモでいいって言うから言い直そう。トモの長い髪を引っ張って、その行動を止めた。

「あう。何するですかー!何ですかー!私に喧嘩を売っているわけですか!」

「トモ……まさかお前、その格好で出かけるわけではあるまいな?」

「ん?どこかおかしいところでもあるですか?」

「おおありです。普通は巫女装束を着て街になんて行きません。どういう基準でその服を選んだかは知りませんが、着替えてきてください」

「えー?可愛いですのにー」

可愛くたってダメなものはダメだ。そんな格好で街を歩かれたら街中の人々の視線を釘付けすることになる。そんな普通じゃないこと僕が許さない。

「コッコちゃん。これ可愛いですよねー?」

「え?うん。よく似合ってるね。マコちゃんもメロメロ?メロメロ?」

「メロメロじゃない!目立つだろ、そんな格好!仮にもこれから探偵まがいのことをしようっていうときに、そんな目立つ格好をしてどうする!?」

「目立つですか!?この格好!?」

「NO1に目立つね」

それは間違いないだろう。

最近の若者のファッションが飛んでいても、巫女装束を超える注目は集められないだろう。あぁ、なんて恐ろしい巫女装束。

「うー、でも、私服はこれしかないですー」

「……」

またとんでもないことをさらりと言ったな。

「今、何と?」

「あ、でも、他にもあるですよー?えっとちょっと昔のやつとか、すこしサイズが大きいのとか。えっと、えっと……小さいのと大きいの、どちらを着てくればいいですかね?」

「嘘だろ?」

「本当ですー」

バカな!?そんな女子高生がいるわけがない。持っている服が巫女装束のみ?そんな女子高生日本全国捜しても君だけだ。

僕は頭を抱えた。

どうする?

どうするって言っても、この格好でうろつかせるわけにはいかないだろう。目立つし、一緒に歩く僕らまで奇異の目で見られる。本当、マジですか?買い物とかどうしているんだろう、トモは?彼女なら巫女装束で行ってしまいそうなところが、恐ろしいところなんだよなぁ。

「……小鳥」

「うん?何?マコちゃん?」

「服……貸してやってくれないか?」

「うーん、無理だと思うよ。サイズが違うもん」

「だよなぁ。一サイズちびっこだもんなぁ」

「わ、私はそんなにちびっこじゃないですー!」

頬を膨らまして怒るちびっこ。君何歳だ?小学生って言っても通じるんじゃないか?電車とかバスとか便利だろうなぁ。映画も子供料金では入れるんだろ?お得だよねぇ、ちびっこって……と思ったが、口に出すと真面目に殺されそうなのでよした。

「うー、何か失礼なこと考えている顔ですー!」

勘がいい。

ちびっこは頬を膨らまし続けていた。

「昔のは、ないのか?確か……柚子に何枚かくれたじゃないか?」

「だから、柚子ちゃんにあげちゃってないんだよぉ。そうだ。柚子ちゃんからもらえば良いんじゃないかなぁ?グッドアイディア?グッドアイディア?」

アイディアの発音が良すぎて、何だかむかついた。

柚子から貸してもらう?冗談!今帰れば僕は無事には帰ってこれないだろう。

「その選択を選ぶんだったら、今からデパートに行って買ってきたほうがマシだ……ん?我ながらいい考えじゃないか?そうだ、デパートに連れてって適当に服を見繕えば……」

「マコちゃん……それまでの道のりはどうやってクリアする気なのかなぁ?」

「あう」

失念していた。

『巫女巫女トモ』は結局大衆に晒される運命にあるんだろうか?いや、そんなことはない!きっと……なにかきっと、素晴らしい最善の一手が必ずあるはずだ!!

「小鳥は、柚子ちゃんに頼むのが一番だと思うな。柚子ちゃんならきっと貸してくれるよ」

「私は今のままでも良いと思う、ですー。この格好が私にとっては一番戦いやすいですからねー」

「僕は……僕の意見としては……」

どうする?柚子に土下座をして頼むべきか?いや、柚子の前におそらく那美姉をどうにかしないと僕の命が危ういと思う。あぁ、帰るの嫌だなぁ。

やっぱり、現状を甘んじて受けるべきか?巫女装束。いいじゃん。ほら最近はコスプレが一般にも認められてきた時代になったと……だぁあぁぁぁぁあああ!!一般が認めても、僕は認めないからな!絶対に!

あぁ!何で僕はこんなことに悩んでいるんだ!?わけがわからない。いつから狂ってしまったのだろうか?昨日か?やっぱり小鳥の言うことを聞かないで屋上に行った、僕が悪いのだろうか?

ん?屋上?……学校?制服?

「制服に着替えさせればいいんじゃん」

それはきっとこの状況の最善の一手であると、僕は思った。


トモを制服に着替えさせて、僕らはようやく出発することにした。

街へは徒歩だと一時間程度はかかるが、僕らは特に時間が惜しいわけでもないので(それよりもお金のほうが惜しい)、のんびり行くことにした。

「えー!?コッコちゃんって真君の彼女だったですかー!!」

「えへへー、うん!幼馴染で彼女なんだよぉ。ラブラブ?ラブラブ?」

「し、信じられないですー!真君みたいな異常者に、こんなに可愛い彼女がいただなんて……世の中不思議がいっぱいですねー」

「そんなぁ、可愛いだなんてぇ」

小鳥の耳には都合のいいことしか聞こえないらしい。

これこれ、彼氏が軽くけなされているんだから、その辺もちゃんと否定しなさい。

「真君!こんなに可愛い彼女を事件に巻き込もうとするなんて、何事ですかー!?」

「元を辿れば、トモのせいだろ?」

「せ、責任転嫁ですか?相変わらず男らしくないですー?」

相変わらずって……トモと知り合ったのは昨日で、そんな浅い付き合いなのに『相変わらず』という単語を使用しないでほしい。

大体、僕がいつ男らしくない行動を取った?

昨日のことを思い返してみる。

…………あれ?僕って結構男らしくないかも?

しかし一つだけはっきりしていることがあった。

「責任転嫁じゃない。トモが僕に付き合えって言うからいけないんだろう?」

「うー!いけなくないですよ!当然の流れなのです」

「そんなばかな」

昨日は怖くて聞けなかったが、ある程度打ち解けてきたので、僕は疑問に思っていたことを思い切って聞いてみた。

「何で僕に犯人探しを手伝え何て言ったの?僕は確かに殺意が見えるけど、でも犯人がわかるってわけじゃないんだよ」

「そんなことはわかってるですけど……私じゃもうわからなくなっちゃったですー。私頭そんなに良くないですから、推理小説とか読んでも絶対に犯人がわからないんですよー。直感を頼って、真君を犯人にしてみたですけど、違いましたし、もう手詰まりなんですねー。私の頭じゃもう、解けそうにないので、真君に頼ることにしたんですー。真君どうやら頭良いみたいですし。私が肉体派なら、真君は頭脳派?みたいな感じですー」

「僕、そんなに頭脳派じゃないと思うんだけど」

そんなにどころか全くだと思う。けれどそう言うのは、恥を上塗りするだけなので言わないけれど……

「そうだねー、マコちゃんはそんなに頭脳派じゃないね。でも肉体派でもないんだよね?中途半端?マコちゃんって中途半端?」

「さりげなく酷いこと言うね、小鳥」

「えー、じゃあ事件が解決できないですー!」

「元々、僕らの手におえる事件じゃなかったのさ」

「うー、真君はまだ何も知らないのに、やる前から諦めないでくださいよー!私達が事件を解決しなくて、誰が事件を解決するんですかー!?」

「警察がしてくれるだろ?」

漫画じゃないんだから、事件を解決するのは探偵でも主人公でもない。国家権力、警察だ。僕らが払っている税金で(僕は消費税ぐらいしか払っていないけど)、大いに働いて、事件を解決させてくれ。

「警察は、もうこの事件を諦めたですー」

「……は?」

何でトモはさりげなく重要なことを言うのだろうか?

僕の聞き間違いでなければ、トモは警察がこの事件を諦めたと言ったようだけど。

「な、何で警察が諦めるんだよ。お金をもらっているんだから、真面目に働いてよ」

「真君……言いましたよね?この事件は異常だって。考えても見てくださいです。八重樫先生はバラバラ死体だったんですよ。そんな普通じゃない死に方なのに、何故TVなどで一度も取り扱われないのかと……」

「確かにマスコミが飛びつきそうなネタではあるね」

「答えは簡単なんですー。異常すぎるから。殺害方法、殺害時間、わかっているのはいくつか知らないけど、異常すぎるんですよ。普通の人には無理なんですよ。普通の人には無理な犯罪ってなんですかね?それはこの世界には異常な能力を持っている人間がいるっていうことが知れるっていうことに繋がるんです。そんなものの存在は世間に知れるわけにはいかないんですよ。だから、八重樫先生は表向きには事故死になっているんですー。そして警察はこれ以上事件に関与するのを止めたんです。異常者の相手を正常者は出来ませんから。こっちの『住人』はこっちの『住人』がどうにかするしかないんですよー」

警察も諦めた異常な殺人。

その犯人を僕らはこれから捜すのだ。僕は思った。そして口に出した。

「トモ……」

「何ですか?真君?」

「諦めよう」

「うわ!早い!諦めるの早いですよ!さっきも言いましたけど、何も調べてないじゃないですかー!何でそんなに早く諦めちゃうんですか!?」

「人間諦めが肝心なんだよね」

「そんなネガティブ思考はやめてください、ですー!大丈夫ですー!私と真君がいればきっと解けない事件はないんですー」

どうしてトモはこんなに自信満々なのだろうか?その確固たる自信が何処から来るのか、教えてほしいものだ。

しかし絶対に犯人を見つけるのは無理だと思う。

警察が無理だったんだぞ!?僕ら高校生がこの事件を解けるわけがない。

確かに僕とトモは異常者だ。僕は殺意が見えるし、トモは異常者を『共振』できるらしい。加えて、トモには異常な戦闘力がある。

しかしそれだけ。

それ以外は普通の高校生。しかも頭が弱いという決定的な弱点も抱えている。

僕らは犯人を見つけることが出来るのだろうか?

僕は素直に無理だと思った。


僕らが異常者だからって、街にでてやることは基本的に警察と変わらない。いや、警察が実際にやっているかは、僕が確認したことがないのだけれど。つまりは聞き込み。事件があった日に八重樫先生を見たものがいないか?見ていたのなら八重樫先生はどんな様子だったのか?時間は?場所は?そのようなことを適当に店に入って、店員に聞き込む。

こんな若い僕らが警察みたいな聞き込みをしたので、大体の店員は怪訝な顔をするのであるが、適当に「僕らは東北宮の推理研究会です。八重樫先生が亡くなったことに、なにやら事件性のようなものがあるとかないとかいう噂を聞きまして、僕ら推理研究会が動いたわけです。彼女が推理研究会、会長のトモです。え?冗談はよせですって?どう見ても中学生か小学生だろうって?ところがどっこい、彼女はちびっこに見えますが実は高校生なのです。世の中はあなたが考えている以上に不思議がいっぱいです。ほら、その証拠に彼女は制服を着ているでしょ?紛れもなく東北宮の制服です。何で休日に制服を着ているかですって?それは彼女のポリシーみたいなもので、推理をしているときに決して心は乱さない。服装の乱れは心の乱れと言うでしょ?そういうものなのです。それで、何かこの事件のことについて知りませんか?うん?そもそも八重樫先生って誰?ああ、失念していました。会長トモ?写真か何かありますか?……この人です」みたいな感じで聞きまわった。

昼までに三人、八重樫先生らしき人物をその日見かけたという証言を得たが、しかしそれがどう犯人特定へと繋がるのか、全く検討もつかなかったりする。

とりあえずお腹がすいたので、どこかの店に入ろうということになり、僕らは高校生らしくファーストフード店に入った。

入った途端におどおどするトモ。まさかと思うが一応聞いてみると、ファーストフード店に入るのは初めてらしい。

お前……本当に今どきの高校生か?って質問したくなった。

仕方がないのでトモは席を取る役をやらせることにして(それでも不安だったので、一応小鳥を同伴させた)、僕が注文を頼むことにした。小鳥は何がいいか聞いていたので問題はなかったが、トモはファーストフード店に入ったことがなかったということで、もちろんメニューすら知らない。ということで何がいいかなんて聞いていない。少し悩んだが、僕と同じメニューでいいか、ということにまとまった。

僕がまとめてお金を払ったが、もちろん奢りではないので後で徴収することにする。

それで、僕らは昼食を食べながらも昼までに取った証言をまとめてみることにした。

「というわけで、トモ。今までの証言をまとめてくれ」

「え?何で私がそんなことしなくちゃならないんですかー?」

「……」

お前が犯人を捜すって言っているんだろうが!

「私は肉体派なんですー。頭脳派は真君に任せているんですー」

「えらく他人任せですね!まあ、いいや。じゃあ、メモ取ったやつ、見せてよ」

「何で私がメモを取らないといけないんですかー?」

「……」

おい、まさか。

「トモ……お前、まさか、今までの証言、全部メモを取っていないというわけではあるまいな?」

「取ってないですよー」

「……」

こ、こいつは何でこんなにバカなんだ?

これはもう天然のレベルだ。普通考えればわかるだろ?

僕が聞き込みをしていたんだから、横にいたトモがメモをとるのは当然だろ?

僕が聞き込みしながらメモを取れって言うのか?頭脳プレイは全部僕に任せたとでも言いたいのだろうか?うーん、女の子で強くなければ確実に拳骨をくれてやるところだ。

「あ、小鳥が一応取っておいたよ」

「マジか?」

やっぱり正常者の小鳥が一番まともだった。

「うん。偉い?偉い?」

「僕は小鳥のような彼女がいることを誇りに思うよ」

「えへへー、マコちゃんが褒めてくれたよぉ」

「それに比べて……トモは」

「うー、何ですか!?私は推理研究会の会長さんなんですよー。私のほうが偉いんですー。権力的に上なんですー!」

「あれは僕が作った嘘だろ。まあ、とりあえず、ちびっこは放っておいて……小鳥、そのメモを見せてくれよ」

「うん。はい」

僕は小鳥から手帳のようなものを受け取った。

丸文字で今までの証言が詳しく書かれていた。さすが小鳥。バカのように見えても、学年5位は伊達じゃない。急遽参加することになった小鳥が一番役に立っていた。

「さて、それじゃあ第一の証言から振り返ってみよう」

「えっと……第一の証言って誰から聞けたですっけ?」

「パン屋のおばさんだよ。ほら、トモちゃんを可愛い可愛いって言ってた人」

「あ、思い出したですー。あとちょっとでパンを無料でくれそうだったおばさんですねー。もう!真君が邪魔するから、パンもらえなかったですよー!」

どうでもいいことの記憶力はよかった。

もちろんそんなどうでもいい訴えは無視して先に進んだ。

「パン屋のおばさんの証言は、18:00ごろに八重樫先生を見たと言うもの。場所はもちろんパン屋。と言っても八重樫先生がパンを買ったというわけじゃなく、八重樫先生が走っているのをおばさんが見ただけなんだけどね。で、そのときの八重樫先生の様子は何か急いでいるような様子だった。おばさんから得られた証言はそれぐらいか?」

おばさんは店の中から外を走る八重樫先生を見たと言うことだから、やはり多くの証言を得ることはできなかった。

いや、それを言ったら次のだって同じようなものだ。

「第二の証言。デパートの従業員のお兄さん。18:15ごろ八重樫先生を見たらしい。場所はもちろんデパートの中。同じように、デパート内を走っているところを視認する。表情はやはり急いでいるようだったと」

「えー、何ですか、それ?第一証言とほとんど変わらないじゃないですかー?」

「僕に文句を言うなよ。それに時間が違うだろ?この時間まで八重樫先生は生きていたっていうことがわかるじゃないか」

「私は大体の死亡推定時刻がわかってますから、そんな証言は意味がないのです」

「それを僕は知らないの!」

だからこうして証言をまとめているというのに……僕らには決定的に団結という単語が欠けている。

「それで、第三の証言だけどこれはコンビニの店員。バイトのお兄さん。他の二件と違い八重樫先生と会話をしている。時間は19:30ごろで、八重樫先生はやはり急いでいるようだったという。会話の内容は一方的に八重樫先生が『東北宮の生徒は知らないか?』というものだったらしい。よっぽど急いでいたのか、うまく会話が成立しなかったという。ある程度質問をすると、走ってコンビニを出ていった。これが第三の証言。他の二件よりは、重要な証言に思えるね」

「そうですねー。八重樫先生が死亡した時間に近いですし」

「だから、八重樫先生は何時ごろ亡くなったんだよ!?そろそろ僕らにもその辺のことを説明してくれよ」

「いいですよー。死亡した時間はおおよそ20:00ごろらしいですー。第一発見者が死体を発見したのが20:10ごろ。そしてある店の監視カメラで八重樫先生を最後に確認したのが19:55ごろ。つまりその間に八重樫先生は殺されたことになるので、大体20:00というのが死亡推定時刻です」

「殺されていた場所は?」

「ある裏通りなんですけどね。人通りは異常に少ないですから、殺すにはうってつけって言える場所です」

「……」

何かおかしいように思える。

何て言うか……矛盾みたいなものがあるよな。八重樫先生の行動に。

「トモ……八重樫先生の行動でおかしいところはどこだ?」

「うーん、街をずっと走り回っていることですかね?いくら体育教師だからって走りすぎですよねー。疲れないんでしょうかね?」

「小鳥は、どこがおかしいと思う?」

「小鳥は……うーん、コンビニの店員とお話しているところかな?八重樫先生って一方的なところがあるけど、会話が成立しなくなるぐらい一方的ではないと思うの。つまり小鳥はこの時の八重樫先生の行動がおかしいと思うな」

「確かにね」

「マコちゃんは?」

「僕?……うーん」

改めてメモに目を向ける。

僕が疑問に思っていること……それは。

「ちょっと推測が入るんだけどね……どうして八重樫先生は走り回っているのかな?」

「え?それは体育教師だからではないんですかー?」

「その体育教師に対する偏見はやめたほうがいいよ。僕は思った……推測なんだけどね。このとき八重樫先生は既に誰かに追われていたんじゃないかって」

「あ!誰かから逃げていたから走っていた、ということですねー?」

「うん。第二の証言まで聞けば自然とそういう推測になると思うんだ。でもそうすると第三の証言がわからない。第三の証言では八重樫先生はまるで誰かを捜しているようだ。東北宮の誰かを。今まで逃げ回っていたのに?どうしてだろう?疑問だ。更にだ」

これが一番の疑問。

どうして八重樫先生がこのような行動に出たのか、全くの理解が出来ない。

「追われていたのに……追われていたから逃げていたと思うのに、どうして八重樫先生はわざわざ人気の無いところに行ったんだ?」

「そ、そういえばそうだね。追われているんなら、人気のないところは非常に危険だと思うのが普通だもんね。マコちゃんの言うとおりだよ」

「それこそ殺されに行くように、です?確かに八重樫先生の行動には謎が多いのですー」

「以上の結果から僕はこう答えを導き出した」

僕はここでもっともな事をいった。

「お手上げだ」

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