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手紙の主 風間智美

「あ、すいません。間違えました」

僕はそう言って扉を閉めた。いろいろ考えることがあり、その場で立ちすくむ僕。

えっと……何だったのだろう?今のは?

ふむ、予想以上に可愛い子で僕はとまどってしまったためか、妙な幻影が見えた。

少女の横にふよふよと浮く大剣。あんな非現実的なものが見えてしまうなんて、全く僕は少し頭のネジが外れてしまったらしい。

あんな重いものが地につかないで浮いているなんて、ありえないことだ。ふう、疲れているのかな?早く帰って、お風呂に入って寝てしまおう。明日は休みだ。久しぶりに昼間まで熟睡してみるのも悪くはないかもしれない。また小鳥を呼んで柚子と三人でゲームをするっていうのもいいな。慣れている僕が一番うまいんだけど、たまには負けてあげて、小鳥と柚子には困らせたり、喜ばせたりして……うん、なかなか良い休日じゃないか。

そうしよう。この休日はそう過ごそう。

さて、軽く現実逃避して少しは冷静になったところで現実を見直してみるか?

もしかしたら、僕の見間違いってこともある。

もう一度扉を開ける。

ぎー、という音を立てながらその扉は開く。

その先の光景を見る。少女と大剣。現実は変わらなかった。

「……」

今度はすぐには反応できなかった。

何だ?これ?おかしい?すごく何かがおかしい?何がおかしいって?わからない?いや、わかった。その剣だ。あのとても大きな剣だ。大きさがおかしいわけじゃない。ふよふよと空中に浮いていることがおかしいんだ。いや、違う。あれは殺意だ。他の人も持っている、人なら誰もが持っている殺意だ。

僕には見える。殺意が見える。ふよふよと頭の上に浮いている殺意が見える。たまには頭の上にない殺意だってある。そういうのだって見たことはある。おかしいところはないように思える。全くおかしいところがないように見える。

しかし、おかしい。

放課後は帰宅の生徒を多く見なければならないため、僕はいつも眼鏡をかけて帰宅している。登校も同じだ。僕が許容できる殺意は四十。それ以上を見ると、気が狂いそうになる。実際狂うかもしれない。今日は放課後、人がいなくなるのを待ったけれど、それでもいつもの癖で僕は眼鏡をかけたまま屋上に来たのだ。そして今も眼鏡をかけている。

つまりは、おかしい。

僕は眼鏡というフィルターをつけて、殺意を見えなくしているというのに、彼女のそれを僕は視認することができたからだ。

僕は動けないし、喋ることもできない。意味がわからない。頭がうまくまわってくれない。いや、頭がうまくまわったところで目の前の現象の答えなどわかりはしない。

意味がわからない。意味がわからない。

これはどういうことなのだ?

僕は……どうしてここにいるんだ?

「……今度は、閉めないんですねー?」

目の前に映る彼女が言った。顔のつくりの通り、その声は可愛らしいものだった。

しかし、それが逆に怖い。

あまりにもアンマッチしているそれが、僕にはたまらなく怖い。

「始めまして、です。私の名前は風間智美カザマ トモミです。クラスは一年六組。所属している部活はないけれど、運動神経はそれなりに悪くないです」

「……」

普通の自己紹介。それなのに僕はその返事もできない。

異様、すぎる。あんなものを出しておいて、普通に接しようとするなんて、普通じゃない。

彼女は、風間智美と言った彼女は普通じゃない。

僕は逃げ出したい。この場からすぐに逃げ出したい。

「念のため確認しておきたいんですけど、あなたは綾瀬真君でいいんですよねー?」

彼女は可愛く首を傾げながら訊いた。

無理だ。彼女がいくら可愛く言ったところで、僕にはもう彼女を恐怖の対称にしか見えない。

はぁ、はぁ。

再び呼吸が荒くなる。僕は答えられない。

「あれ?綾瀬真君ですよね?どうして答えてくれないのですかねぇ?ふふふ、無駄ですよー。嘘を吐こうとか、無言を通していれば気付かれないと思っているのなら無駄なのです。私は『共振』できますから、あなたが異常だってことぐらいわかっているんですよー」

キョウシン?

意味がわからないし、少なくとも僕は彼女よりは正常だと思う。おそらく。

「あなたは間違いなく私と同じ『住人』ですねー。よかったですよー。もし違う人が今のこの状況を見たら、私はこの学校にいられなくなっちゃいますから」

「……何で……僕なら、いいの?」

ようやく、振り絞るような第一声がそれだった。

彼女はくすくすと笑うと、

「いや、ですよー。今頃とぼけたって無駄なのですよー。私はわかっているのですからねぇ。真君。あなたが異常者であること、私と同じ『住人』であること……そして」

僕は、わからない。

彼女が何を言いたいか、わからない。

「あなたが八重樫先生を殺したことも、ねー」

彼女が何を言ったのかも、わからない。


八重樫先生を、殺した?誰が?彼女は僕がと言っている。

僕は殺していない。八重樫先生のことは嫌いであったけれど、だからと言って殺そうなんて思ったこともない。ちなみに僕が二重人格でもう片方の人格が殺したっていうのも多分ない。あぁ、僕は何を考えているんだろう。こんな思考は余計なことだ。

そう言えば僕は八重樫先生が何故亡くなったのかをあまり考えていなかった。君代先生は何も言わなかった。ただ「八重樫先生が亡くなった」、それだけだった。考えてみれば妙な話だ。八重樫先生はまだ三十代前半。亡くなる年齢にしては若すぎる。

何故八重樫先生は亡くなったんだ?病気だろうか?まだ若いのに?交通事故だろうか?それなら何故君代先生はそのことを教えてくれなかったんだ?何故君代先生は、八重樫先生の死因について詳しく語らなかった?

それは高校生に話すには異常なことだったからじゃないのか?

そうして僕はその考えに行き着いた。

八重樫先生は殺されたんだ。

そして、目の前の彼女はそのことを知っていた。さらに何故かその犯人を僕だと勘違いしている。

今週何度目の台詞だろうか?僕は無実だ。八重樫先生が殺されたことも今まで知らなかったし、そもそも何で僕が犯人と断定されなきゃいけないのか、よくわからない。

「ふふふー。こういうとき犯人さんは一生懸命弁解をしなければいけないんですよー。『俺はやっていない!』、『何か証拠を出してみろ』とかねー。真君はそういうのしないんですかー?」

「……どういうわけで君がそんな答えを導き出したかはわからないけど、僕はやっていない」

「犯人の常套句、ですー」

「そもそも、八重樫先生が亡くなったのは知ってたけど……殺されたっていうのは今はじめて知った」

「嘘、ですねー」

いえ、本当のことなんですけど……

彼女はまるで僕の言うことなんて聞く耳は持たないらしい。

「私が知っている範囲では、無実じゃない『住人』はあなたしかいないんですよー。あんな殺し方、普通の人間じゃできないですからねー。どうやったかは知りませんけど、あなたがやったんでしょ?ふふふ、出した方がいいですよ、それを。見ての通り私は戦闘体勢にはいっていますからねぇ」

彼女はふよふよと浮いていた大剣を手に取った。そして、まるでそれには重さがないかのように素振りをした。

ビュンと風を切る音。

信じられない。

あの、彼女の殺意はやはり具現化している。どういうタネがあるのかはわからない。だけど風を切る音が聞こえたと言う事実がそれを証明している。

風を切っているということ。それは空気に干渉しているということ。精神的にではなく、物理的に干渉できるということ。つまりはあれで人が殺せるということ。

「どうしましたー?出さないんですか?レディーファーストをモットーにしていたりするんですか?フェミニストですか?私はそれでも構わないんですけど、あんまり余裕を持っていると……」

ビュンと風を切る音。

彼女が大剣を振るった音ではなかった。

彼女がこちらに一瞬で移動してきた音だった。

あんなに距離が離れていたのに?一歩で?一瞬で?なんて運動能力!

「あなたが死にますよぉ」

にこやかに言う彼女がたまらなく怖かった。


このとき僕がとるべき最善の一手とは一体なんだったのだろう?

彼女に説得を試みることだろうか?

冷静に、「何を言っているんだい、君は?僕は八重樫先生を殺していない。だいたい『住人』とかわけのわからないことを言うが、僕にはアリバイがある。この一週間は学校に来る以外は何処にも行っていないから、家族に訊いてみるといい。ああ、僕と同じクラスの小鳥でもいい。きっと僕のアリバイを証明してくれるはずだ。とにかく僕は犯人じゃない。だから、帰っていいかな」とでも、言えばよかったのだろうか?

それで話が通じてくれるのなら、楽だ。もっとも、この状況でそこまで僕が冷静になれるわけがなかった。

至近距離、射程距離、僕は彼女に簡単に命を奪われる位置に立っていた。

彼女がそれを僕に突き刺せば、僕の今までの人生はそこで終わりを迎える。

ジィ・エンド。短い人生だった。

いや、待て。もっと悪足掻きをしろよ、僕。

僕は自分のことが嫌いだけど、だからって今殺されていいとは思わない。小鳥も柚子も僕の帰りを待っているんだ。ここで死ぬわけには行かない。

彼女は僕に近づいたわけだけど、僕と彼女では存在する空間が実は違う。

彼女はまだ屋上で、僕は学校の中。屋外と屋内。そして僕の手にはその二つの空間を遮断できるものがあった。

僕はそれを思いっきり押した。

バタン!

再度ドアが閉まる。彼女の顔が見えなくなる。

僕はそのまま階段を走って降りた。

ドアの向こうから、「痛っ!うー、おでこ少しぶつけちゃったですー。ひどいです」と聞こえたが、無視だ。

階段を降りる。ともかく逃げる。何処へ?そんなの知るか!彼女に見つからないところに、だ。教室に隠れようか?しかし見つかった場合どうなる?答え、ただじゃ済まない。このまま走って帰宅すれば?しかしあの一瞬で僕の目の前まで移動したあのスピード。あの速さから僕は逃げることが出来るのだろうか?答え、無理。それじゃあ、どうする?……そうだ、先生に助けを求めれば……

ガン!

扉が乱暴に開かれる音が僕の耳に届いた。おいおい、君は女の子だろう?音からすると蹴破ったように開けたらしい。何てアグレッシブな子なんだろう。絶対に敵には回したくないな。どういうわけか、もう敵になっているような気もするが。

僕はその時まだ階段を一階分も降りていなかった。あと少しで、四階にたどり着くのだが、現段階ではたどり着いていなかった。

「もうー!乱暴です!私だって攻撃されれば痛いんですよー!」

いやいや、君のほうが充分に乱暴です。

しかし彼女も攻撃されれば痛いらしい。まあ、当たり前だ。人間だからね。そのことが少しだけ僕の救いにもなった。彼女は人間。化け物ではない。つまりは何とかなるんじゃないかって……そんな甘い考え。

「えい!」

彼女の掛け声が背後で聞こえた。

僕はその時ちょうど四階にたどり着いたところ。どうする?このまま降り続けるか?それとも四階のどこかに逃げ込むか?

ちなみに職員室は二階で、しかもここからだと渡り廊下を経由しなければならない。そこまで到達するのは至難の業になるかもしれない。でも、二階について叫び声をあげれば、先生は気付くかも……

ここは階段を降りるべきだ。

トス。

そう思考した時彼女は降って来た。

彼女はまるで何事でもないように、一階分を飛び降りて僕の前まで現れたのである。

「は?」

理解不能。僕は彼女を人間だと思ったことを後悔した。僕は今までの人生で本当の意味で後悔したことは数えるほどしかないけれど、その数えるほどに入れてもいいほどの後悔だった。彼女は人間じゃない。化け物だった。

彼女は計算したのか、それとも僕の運が悪いだけなのか、三階への道を塞ぐような位置に降りて来た。

もし僕が下の階に行くことを希望するのであれば、彼女の横を通るしかない。それは茨の道だ。ハイリスク・ノーマルリターンだった。酔狂でなければわざわざその道を選択しない。

彼女が笑う。にこやかに、とても可愛く。僕と同じ年のはずなのに、柚子と同じぐらいの年にしか見えない。あまりにも邪気のない笑い。妖艶とは程遠い少女の笑み。

何がおかしい?何でおかしい?誰がおかしい?

彼女は言う。その瑞々しい唇で。

「ダメですよー。逃がさないんです。犯人さんは自首するか、それともやっつけるか……私としては前者を望んでるんですけどねぇ」

僕がもし犯人だったら、そうしている。こんな人外とやりあうぐらいなら、警察に行って刑務所の中で暮らしていく方がマシだと思う。

しかし、僕は犯人ではない。間違いなく犯人ではない。八重樫先生のことは嫌いだったけど、僕は犯人ではない。僕が犯人ではないのだから自首はできない。いや、嘘をつけばできなくはないけど……何で僕は犯人でもないに犯人にならなきゃならないんだ?

僕は犯人ではなく、無実で無罪なんだから、僕は誰にも裁かれないはずだ。

うん、間違いない。

よし、彼女と話し合ってその辺をわかってもらおう。

ふよふよ。

彼女の横に浮いている大剣に目が行った。

切っ先が僕のほうを向いている気がする。いや、向いている。

前言撤回。

どういうカラクリで殺意を具現化しているかは知らないけど、殺意を僕に向けている相手とまともに会話が出来るわけがない。

再び、逃走。もちろん、彼女とは逆の四階の廊下に。

逃げてばっかりだな、僕。何となく、RPGで強い敵が出た時に逃走する主人公の気持ちがわかったような気がする。余計なことだけど。

「逃がしませんよー」

背後から聞こえる彼女の声。

逃げられないことぐらいわかっている。じゃあ、どうしろと?彼女と戦ってみるか?この廊下はそんなに広くはない。彼女はあの大剣を使用するにはいささか不便な場所ではある。……ああ、そうか。だから彼女は僕を屋上に呼び出したってわけか。告白でも何でもなく、ただ自分が戦いやすいがために。

話が少し逸れたけど、この廊下は大剣を使用するには不便。じゃあ、僕が有利か?体格の面で考えればそうであるけれど、どういうわけか彼女は異常な身体能力を有している。一瞬で僕との間合いを詰めた脚力。階段から飛び降りても平気な脚力……ん?脚力ばかりだな?まあ、おそらく他の部分も通常では考えられない力を有していると考えるのが無難であろう。楽観的な思想はこういう場合は死に繋がる。ともかく彼女と戦うなんて、どう考えても自殺行為だ。四階から外に向かって飛び降りた方がまだ生存率は高いだろう。

一番いい選択は話し合いなのだけど、今彼女は聞く耳を持っていない。

故に逃げる。逃げるしかない。いつまでも逃げ切れるわけがないと知っていながらも僕はそれしか選べないのであった。

「私に背中を向けていていいんですかー?」

仕方がないだろう?バック走でもしろっていうのか?

だけど全力で逃げているのが幸いしてか、彼女の声から推測するに、彼女とは結構な距離が開いたようだ。

「早く出せばいいのに……逃げ切れるわけはないんですよ?自首してください。私は戦うのはあまりすきじゃないですから、そうしてもらえるとすごく助かるんです。ちなみに、戦う場合でも無抵抗の相手を一方的に攻撃するのも好きじゃないですから、できれば戦う場合はやる気になってもらうのが一番なんですよ。私が困るのはそうやって、ずっと逃げ回られることなんです」

そうなんですか。じゃあずっと逃げ回っていますよ。

しかし、そんなことがずっと続くわけがなかった。

「でも、やる気がないなら……」

彼女の声は遠い。ここまでは遠かった。

ビュウ。

それは何の音だったのだろう?僕はわからない振りをした。わからなければ絶望しなくて済むから。だけど僕はわからない振りをしていただけだから、本当はわかっていた。

「やる気を出させるまでですよ」

それは本当に背中の辺りから聞こえた。

振り向いた。近い。絶望的に近い。それは大剣を使用しなくても素手で僕を攻撃できる距離。

僕は今まで逃げてきたことが全く意味がないことを知った。

まるで大人と子供の鬼ごっこ。子供は本気で鬼から逃げる。全速力で、持てる力全てを使用して逃げようとする。しかし大人の鬼は知っている。子供の全力を知っている。そしてそれが自分に全く及ばないことも知っている。故に余裕がある。いつかは捕まえることが出来る。いや、いつでも捕まえることが出来る。

僕が子供で、彼女は鬼。

彼女が動いた。

早い。視認はできるが対応は出来ない。彼女は僕に足払いをかけてきた。

素早い回転。彼女のその細い足によって、僕の足は払われ、一瞬宙に身体が浮く。そしてお尻から落ちることは決定されていた。

しかし彼女の動きはそれよりも速い。

彼女はもう次の動きに入っていた。僕がお尻から落ちる前には、手にはしっかりと大剣が握られていた。

そして、それが横一線に振るわれた。

あ、僕は……死んだな。

廊下が大剣に不利とか、そういう問題ではなかった。圧倒的に、彼女は強すぎた。

そして、どういうわけか大剣は確実に壁に当たって、むしろ入っているのに、壁には何の傷跡も残っていない。よくわからない。なんでそうなるのかが、よくわからない。

僕は尻餅を着いた。

そして、その剣筋は……僕の頭の上を通過していった。

その剣筋は僕が立っていれば、頭と身体が永遠の別れを迎える位置であった。

僕はわかった。それは外れたのではない。外したのだ。

「これで真君は一回死にましたね。あと何回死ぬ思いをするんですかねぇ?」

ふふ、と彼女は笑う。

あぁ、こんな状況じゃなければその笑みは最高の笑みだろうに。

もったいない、なんて思うのは余計なことだな。

「早く本気を出さないと……次は本当にやってしまうかも、ですよ」

本気?僕はさっきから本気で逃げている。本気を出している。十分本気で、十分真面目に。

大体彼女と僕とでは、そもそも違いすぎる。

彼女が異常で、僕は……

僕は、僕は、僕は……僕は正常か?

……間違えるなよ、僕。

彼女は異常で、僕も異常だろ?

僕は異常だ。そうだ、僕には殺意が見える。

人の殺意が見える。この風間智美という彼女の場合は今手に持っている大剣だ。

間違いない。それは間違いない。眼鏡をかけていてもわかる。この感覚は殺意。どう感じても殺意。

それならば、僕は……

いいだろう。

僕は異常だ。

確かに僕は彼女の言うとおり異常だ。

普通になろうなんて、何ておこがましい!殺意が見えて、それをどうこうできる僕が普通になることなんてできるわけがない!

僕はフィルターであり、そしてストッパーでもあったそれを外した。

裸眼で彼女を見る。

やはり大剣が殺意。僕には充分。その事実とこの至近距離だけで充分。

僕は言った。

「わかったよ。僕も……本気を出す」


突然だが僕には殺意を見るほかに、二つの異常な力がある。いや、正確には殺意が見えるが故のものではあるが、その辺りは特には気にしないでほしい。

一つ目は『奪取』。昨日の朝、僕が名倉と船越の殺意を奪い取ったあれだ。相手の殺意を奪い取り、やる気をなくさせる。相手の殺意を無くす。僕が平和な世界を望むが故に手に入れた能力……嘘だ。本当はある人の殺意が怖くて、それが取れたらいいなぁと思って手を伸ばして殺意を取ってみたら取れてしまったという、棚から牡丹餅的な能力だった。他人とはあまり干渉したくはないので、それ以前に僕には深い人付き合いというものが無いので、使う機会はあまりないが、それでももう一つの異常な力に比べれば、この能力はよく使う。

もう一つの異常な力は『複製』。相手の殺意をコピーする力。僕は異常で普通の人に憧れていて、『僕も普通の人だったならなぁ』とか思っていたらできた……嘘だ。そんなロマンチックな話じゃない。小さな頃、同じクラスの奴と喧嘩して、そいつは殺意で僕を攻撃してきて、怒った僕は『くそ!同じ痛みを味わわせてやりたい!』とか思ったらできた。僕は自分の殺意は見えないのだけど、複製したその殺意は見ることができる。当然、他の人には見えないだろうけどね。

さて、この状況で使うべき能力はどちらだろうか?『奪取』か?『複製』か?

考えるまでも無い。

僕が熱血格闘バカで「強い奴に逢いに行く」とか言う格闘ゲームのキャラだったら、話は別だ。その場合は『複製』を選択しよう。試しては無いが、おそらく彼女と同じように具現化された大剣を『複製』するのは可能だろう。可能だけど……それでやりあった場合僕に勝ち目があるのか?身体能力が明らかに異常な彼女と、斬り合って勝てるものなのか?偶然が重なれば勝てないことも無いかもしれないが、そんな偶然を見込んでいるほど楽観主義ではない。

僕は『奪取』のほうを選んだ。

しかし、それでもハードルはある。

彼女からどうやってそれを奪うのか?

普通の人はそれが見えない。自分の殺意が見えない。故に無防備にそれを取られる。そして取られたことも気付かない。

だが彼女は違う。殺意が具現化している。故に自分の殺意を見ることが出来る。故に無防備ではない。取られたらそれに気付くし、いやそもそも、その間合いに入ることも、本当なら至難の業だろう。

本当なら、ね。

だが幸運なことに、今この状況は間合いも何もなかった。

僕と彼女の距離はほとんど離れていない。大剣までの距離はおよそ70センチメートル。手を伸ばせば届く。

余裕の彼女。それでもまだ勝ち目は薄い。僕がそれを『奪取』できる可能性は低い。

まあ、でもその辺はなんとかなる。

僕は嘘つきで卑怯者だから、彼女の隙を作ることなんて容易い。


「あ」

僕は驚いて、彼女の背後を指差す。

「え?」

彼女も驚く。おそらく彼女は背後に誰かが現れたと思ったんだろう。この状況を他人に見られることは非常にまずい。馬鹿でかい剣を持っていて、しかも僕が尻餅をついている。明らかに異常な光景。それを一般人に見られたら、どうだろう?まずいね。すっごくまずい。僕はまずくないけど、異常な光景の元である彼女はもの凄いまずい。どう弁解するんだろうね。「えっと……ち、違うんです。これは、彼が犯人だからなんですー。え?何の犯人って……あう」とか?それとも「これは演劇の稽古です。私が騎士で彼が盗人です。逃げて追い詰めるシーンの練習なんです」とかうまく誤魔化すんだろうか?

その光景も一度は見てみたいとは思ったが、すいません。これは僕の嘘なんです。

純粋に後ろを振り返る彼女。うん、性格は異常なようでも良い子のようだ。そのまま素直に育ちなさい。

逆に僕は悪い子なので、この嘘をついて作り出した好機を見逃さない。

彼女の注意は完全に後ろに向いた。僕に向いていない。

僕は簡単に、本当に簡単に、今まで必死に彼女とやりあっていたのが嘘のように(しかも一方的にやられていた)、それを『奪取』した。

「あ、ほえ?な、何するんですかー!?」

あ、気付いた。でも、もう遅い。

「はい。僕の勝ちー」

立ち上がって子供のように勝ち誇った。そしてそれ(彼女の殺意)を高々と掲げた。

「あぁ!!返してください!それ、返してくださいよー!」

「嫌だよ。そうしたら、また攻撃してくるんだろ?僕は争うのは好きじゃないんだよ」

「うー、いいですよ。それ私のですから、私が自由に出したりしまったりできるんですもん。一度しまって、また私の手に出せばいいだけですー」

あ、そうなの?

うーん、でも多分出来ないと思うけど。僕のこの『奪取』はそんなに甘いものではないし。

「えい」

掛け声を上げる彼女。

……無論何も起こらない。

「え?あれ?それ?やれ?ほれ?ひれ?」

「……いやいや、最後の方は意味がわからないから」

「うー、何で!?何でですかー!?何でしまえないんですかー!?私何か間違ってますかー!?うー、えい!」

「うーん、説明するのが面倒なんだけどさ、『奪取』しているからその間はこれ僕のものになるんだよね。君のじゃないの。だから君がいくらそれをしまおうとしても無駄なの」

「な、何ですとー!?」

あ、初めて困った表情を見せた。うんうん、困った表情も中々いいじゃないか。

やっぱり敵対しないで改めてみると、彼女は可愛い。きっとクラスでも人気者だな。

「あわわ……じゃあ、私はこれから武器無しで戦わないと?ですか!?」

「ん?いや、戦うっていうか何ていうか、おそらくもう戦いたくはないと考えていると思うんだけど」

「え……本当ですー!?何故なぜにー!?何故なにゆえにー!?」

「僕が殺意を奪っているからです」

殺意がなければ当然僕と戦おうなんて思わない。本当に便利な能力だ、『奪取』って。人見知りで、人が怖い僕にはうってつけだなぁ。

「気持ち悪いですー。この感覚。気味が悪いですー。うー、返して!返してくださいー!それ返してくださいー!」

彼女が手を伸ばしてそれを取ろうとした。そうはいかない。僕もまた手を伸ばして彼女が届かないようにした。単純に僕よりもかなり背が低い彼女は、全くそれに届く気配は無い。

「えい!えい!」

ジャンプするも届かない。正に子供と大人。

小さいってことはいいことないよね。もっと牛乳を飲みたまえ。

「無理無理。君じゃ届かない。たとえ届いたとしても、それは取り返せない。これは今は僕のもの何だから、僕が返してあげない限りそれは君のものにはならないんだよ」

物理的に取り返してもそれは無駄なこと。僕が返してあげると思わなければいけないのだ。じゃあ、何で彼女に意地悪のように届かないようにしているのか?それはただの意地悪だ。散々酷い目にあったし、怖い目にあったからこれぐらいしても罰はあたらないだろう?

「うー、うー」

あ、まずいかも。

この展開は予想していなかった。いくら彼女が子供っぽいからって、それはないと思っていた。異常者だし。高校生だし。

しかし予想以上に彼女は子供だったようだ。

「うわーん!返じて、ぐたざいよぉー!!」

泣き出した。子供のように泣き出した。みっともなく泣き出した。

えー、高校生だろ?君?ちょっといじめられたからって、少し自分の思い通りにならなかったからって、泣くなよ。

殺意が無い相手を言いくるめるのは楽勝、とか考えていた僕が甘かった。

殺意がなくても困ることはある。

「それ、私のなのにー!うわーん、びどいですー!泥棒でずー!」

「お、落ち着いてよ。僕だって取りたくて取ったわけじゃないんだから」

「じゃあ、返じてくだざい」

「やだ」

「うわーん!いじめる、ですー!真君がいじめるですー!」

周囲に誰もいない状況でよかった。こんな場面他人に見られたら、どう言い訳をする?

「ち、違うんだ!彼女が先に襲ってきて、僕が必死に抵抗していたら、こんな状況に……へ?その大剣?あ、いや、これは彼女のもので……いや、その」

……絶対に説明できない自信があるな。

ともかくこの殺意を返さないで彼女を落ち着かせる方法を考えよう。

「へい、彼女。そんなに泣くと可愛い顔が台無しだぜ、ベイビー」

「そうですかー?じゃあ、泣くのやめるですー」

よし完璧。最初と最後は冗談としても、この台詞……いける。

わけがない。試しに言ってみようか?

「そんなに泣くと、可愛い顔が台無しになるよ」

「うわーん!うわぁーん!」

聞いてねえし。

やっぱりダメだった。

「うわーん!お兄ちゃん!助けて!助けてよー!気持ち悪いよー!怖いよー!恐ろしいよー!犯されちゃうよー!」

「誰が犯すか!」

そんなことしたら、小鳥に殺されてしまうでしょうが。

「落ち着けって。今度お兄ちゃんが屋台でりんご飴を買ってやるから」

思わず柚子が駄々をこねたときになどに使う、説得方法を言ってしまった。

容姿が幼くて、小さい彼女だからだろうか?ともかく言ってしまった。恥かしい。

「ぐす。本当?」

え、収まった?

りんご飴がキーポイントなの?

「ほ、本当だよ。今度のお祭りはいつ在ったっけ?」

「七月七日に白鳳神社で七夕祭が」

詳しいな!やけに!

「じゃあ、その時に僕がりんご飴を買ってあげるよ」

「うー!」

え?何故にか彼女の機嫌が悪くなる。僕には意味がわからない。

先程の台詞と何が違う?

「お兄ちゃんは、お兄ちゃんじゃなきゃだめですー!『僕』じゃなくて、『お兄ちゃん』で言いなおしてくださいー!!」

えー!!

何だよ、それ!意味がわからない。

「『僕』だろうが『お兄ちゃん』だろうが一緒だろ?」

「うー!」

何故に!?何故にそんなに恨みがましそうに僕を見る?

あー、もう。僕ってかなり流されやすい。自分っていうものがないのか?

……ないんだろうなぁ。

仕方が無かった。これ以上泣かれるのも困るし、それで落ち着くのなら安いものだろう?

「あー、じゃあその時に……お兄ちゃんがりんご飴を買ってあげるよ」

「本当!?絶対ですー!約束ですよー!」

理解不能だ。あー、頭痛い。

やっぱり異常者の考えることはよくわからない。

例え同じ異常者だとしても、だ。


「自己紹介がまだだったね。僕は綾瀬真。一年三組。出席番号一番。見ての通り、チャーミーで、セクシーな、それでいて普通な高校生だ」

「嘘ですー」

「失礼な。どの辺が嘘だと思うんだい?」

「チャーミーで、セクシーな、それでいて普通な高校生ってところですー」

「うん。その通りだね」

中々の観察眼をお持ちのようだ。

とりあえず彼女と和解しない限りは、僕は容疑者のようなので、まずは僕が犯人ではないことを知ってもらうことにした。

もちろん彼女の殺意は預かったままだ。

僕は臆病だからね。

「君の言うとおり僕は少し異常だ。いや、少しどころか結構異常」

「それは知っているです。私は『共振』できますから、異常者と正常者を見分けることが出来るです。あなたは異常も異常、こんなに波紋が大きい人は他に知らないですー」

「初対面で異常、異常って失礼だと思わないか?」

「事実ですー」

「だろうね」

うん、初対面なのによくわかっていらっしゃる。

「僕は異常だよ。六歳ごろからだったかな?その時から僕には殺意が見える」

「……殺意?」

「うん、他人の殺意が見えるんだ。それは君のその大剣のように……といっても大抵の人のはもっと小さいんだけど、ふよふよと浮いているんだ。もちろん他の人には見えない。僕だけが見える。僕だけがそれを見ることが出来る。それは人を傷つけるくせに、傷つけられた人はそれに気付かない。傷つけた人も気付かない。非常にショックを受けるかもしれないけど気付かない。鈍感なんだよ、人間って。僕は気付く。見えるから、気付く。それは痛い。斬られたり、撃たれたりすると、すごく痛い。だから僕は人間が怖い。僕は傷つけられるのも嫌だし、傷つけるのも嫌だ……余計なことが入ったかもしれないけど、これが僕の異常かな?」

「殺意視認、ですかー?でもそれだけだと、今私のそれを奪ってる説明にはならないですー。えい、えい!」

再度彼女が取り返そうと、僕に近づいたぴょんぴょん跳ねた。

僕は意地悪なので、手を伸ばして届かないようにする。さっきから結構これを繰り返していたりする。僕たちって暇だなぁ。

「うー。うー」

「何でそんなに返してほしがるの?」

「だってー!気持ち悪いし、それにそれは元々は私のですー!」

「うん、正論だね」

「じゃあ、返してください」

ぴょん、ぴょん。

「正論が通るなんて、そんな綺麗な世の中じゃないんだよ」

「うー、あなたが意地悪なだけですよ」

「それも正論だね」

「うー、うー!」

「今説明したとおり、僕は君と違って、熱血格闘ファンタジー野郎のような能力じゃないんだよ。君に返したら、僕君に殺されちゃうかもしれない。長生きしたいとは思ってないけどさ、今死んでもいいとは思ってないからさ、とりあえず話をしている時は僕がこれを預からせてもらうよ。じゃ、ないと君はまともに話を聞いてくれないし、僕だってこんな凄い殺意を向けられて話すなんてできないよ。僕は臆病で、怖がりで、結構男らしくないから」

「うー、でもー、でもですー!」

「ごめんね。でも、とりあえずは僕の話を聞いてほしい」

話し合って理解しあうのって、素晴らしいことだからね。僕が言うと嘘っぽく思うのだが、まあ本音ではないので嘘に近い。

でもここでは彼女には理解してもらうのが必要不可欠だった。

だって、理解してもらわないと僕は八重樫先生を殺した犯人になっちゃうし、彼女と再びやりあう(多分一方的にやられる)はめになる。

それは避けたいな。生きてるものとしては。

「それで何の話をしていたんだっけ?ちょっと脱線したから忘れちゃったよ」

「えっと……だからですね、その殺意視認の能力だけじゃ、私のそれを奪ってる説明になってないですよー、って話ですー」

「うーん、説明って言われてもねぇ……僕は殺意が見えたんだよね、小さい頃から。そうやって生活していくうちに自然とそれが出来るようになりました。終わり」

「経緯なんてどうでもいいんですー。しかも勝手に終わらせてるですー」

「しかも全然説明になってないしね」

「うー、真面目にやってくださいよー。からかってるですか?私、からかわれてるですか?」

「少しね」

「うー、うー、うー!」

あまりからかいすぎると彼女が泣き始めるかもしれないので(今少しその兆候がある)これくらいにしておこう。

「詳しいことはわからない。でも僕には殺意を見るほかに二つの異常な力がある。いや、正確に言うと、殺意が見えるが故に、かもしれない。ともかくそういう力があるのは事実だよ」

「その一つが、私のそれを奪っている能力なのですか?」

「うん。簡単に『奪取』って言ってる。いや他人にはこの力は詳しく話していないから、言っているっていうのは嘘だな。でも、まあそんな能力だから。呼び名なんて何でもいいだろ?ともかく、僕は他人の殺意が怖くて、しかも争いの無い平和な世界だったらどんなに素晴らしいだろう、とか思ってたらできた能力だよ」

嘘だ。

前述したとおり、それは嘘である。でも他人とお話をするのなら、それはできるだけ綺麗な話のほうがいいだろ?ある程度の脚色は許されると思う。

「うー、でも争わなければ人間は先に進まないと思うですよー。例えばスポーツだって争う相手がいるからこそ、頑張ってライバルに勝とうとか思って、人間は凄い記録を出すです。そうやって、人間は先に進んできたですー」

「先に進むためだったら争ってもいいと?それは都合のいい解釈だよ。勝者がいれば敗者もいる。光があれば陰がある。進むことがあれば必ずその裏では崩壊が在ったはずだよ。と、そんな人間の進化について論争している場合じゃないって。大体争いの無い平和な世界を望んでっていうのは嘘なんだから」

「嘘なのですか!?」

「嘘なのです。ともかくね、それが一つ目の能力『奪取』。今僕が使用している能力。殺意を取っちゃってるから当然僕を攻撃しようという意志はなくなる……だけどあまり使わない能力だよ。あっても、そうだね……喧嘩を仲裁するときに使うぐらいかな?」

「もう一つの能力はなんなのですか?」

「『複製』。人の殺意をコピーする能力。これは『奪取』以上に使用頻度は低い。久しぶりにやってみようか?」

僕は彼女の殺意を、一旦物理的に彼女に返した。

正確には持ってもらったのだが、彼女はそれを返されたと勘違いして驚いているようだ。

「ちなみに返したわけじゃないからね。僕は臆病だからね」

「あ、うー!やっぱりこの感覚は気持ち悪いですー!」

「恨みたくても、恨めない。攻撃したくても、攻撃できない。うーん、自分で言うのもなんだけど、便利な能力だなぁ」

「返して!返してくださいよー!」

「物理的には返したよ」

「うー!」

「いいじゃないか。もうちょっと僕の話に付き合ってよ」

「うー、わかったですよ」

渋々ながら了承してくれたようだ。

「しかし具現化している殺意なんて『複製』するのは初めてだけど……できるのかな?」

「できないですか?」

「いや、多分できると思う」

確固たる自信があるわけじゃないけれど、感覚で何となくできるだろうなとは思っていた。

僕は彼女の殺意を思い出した。

あの感覚を、あの形を……

そして僕の感情をまっさらにした。殺意とは感情に近い部分がある。他人の殺意を『複製』するのに自分の感情は余計なものなのだ。

そうしていると、それは段々と切っ先の方から形を作っていった。

ふむ、やはり具現化されたものだからか、通常の殺意よりも『複製』が遅い。

でも、できた。

ちゃんと具現化した殺意を『複製』できた。

しかし、凄い殺意だな。何か力がみなぎるように感じるし、もしかしてあの異常な身体能力もこの殺意の賜物だろうか?

まあ、そういうことはどうでもいいか。

「できた」

「わ、私のがもう一本ある!!」

「だから、これは僕が『複製』したやつ。これだけは正真正銘君のじゃないよ」

「そ、その能力で八重樫先生を殺したんですね!殺意視認と『奪取』じゃどう考えても無理ですけど、それならなんとかいけそうですー!」

「だから、僕は殺してないって」

「しょ、証拠がないですー」

「僕は八重樫先生がいつ死んだのか、具体的な時間を知らないからあれだけど……多分アリバイがあると思うよ。家族と小鳥……仲のいいクラスメイトが教えてくれるよ」

「異常な能力を持っているのにアリバイなんて意味がないですー」

「意味がないですか?」

「意味がないんですー」

「僕は本当に犯人じゃないんだけど……証拠って言われてもなぁ。しかもアリバイはダメとか言い出すし」

「ほら、言い返せないですー。犯人なんですー」

「じゃあ、君の証拠は?」

「え?」

「君が犯人じゃないっていう証拠は?僕に証拠、証拠と言うんだったら、君には当然あるんだよね」

「ありますよ」

自信満々にない胸を突き出して、彼女は言った。

「私が自分を犯人じゃないって知っているですー」

「それは100%証拠にはならない」

「私は自分がやっていないと知っているから、自分を疑わないですー」

「僕だって100%自分がやっていないと知っているよ」

「嘘ですよー」

「君だって僕に嘘をついているかもしれないだろ?」

いや、彼女が犯人じゃないことぐらい僕にだってわかる。

犯人が犯人探しをするなんて傑作もいいところだ。

でもこんな酷い探偵は容認できないので、僕は意地悪を言ったんだ。

「君は自分を犯人じゃないっていったけど、それを証明する証拠は?今ここで僕に提示することが出来るのかい?いや、出来ないね。絶対に出来ない。君、見たところ今何も持ってないし、例え持ってたとしてもそれが真実だって誰が証明できるんだい?君か?しかし君は嘘をついているかもしれない?それじゃあ、第三者だろうか?でも第三者も嘘をついているかもしれない。僕が君を信用しない限り、君は僕にとってやはり容疑者のままなんだよ」

「うー、そ、そんなこと言ったら、容疑者だらけですー!私は自分が犯人じゃないことを知ってるですー!知っているんですー!」

「だろうね。僕も君が犯人じゃないって思ってるよ」

「え?」

突然の肯定。彼女は意味がわからないようだ。

散々証拠とか証明とか言っておいて、簡単に彼女を信じたようにみせた。

「どうだい?疑われるのって、結構最悪な気分だろ?」

「え、あ」

「君はずっと僕をそうやって疑っていたんだよ。君にどういう証拠があったかは知らないけど、疑われるっていうのはそういう気分なんだ。覚えておいても損はないけど」

「ご、ごめんなさいです!」

よっぽど自分が疑われたのが嫌だったのか、彼女は床に頭がつくんじゃないかってぐらい頭を下げた。

「わ、私……あなたの気持ちなんて全然考えてませんでした、です!」

「別に、気にしては無いよ。それよりも、知りたいな。どうして君は僕の事を犯人だと思ったんだい?そもそも、僕は八重樫先生が殺されたってこと自体今知ったっていうのに」

「消去法ですー」

何だ?消去法って。

いや、僕だってそこまでバカじゃないから、言葉の意味ぐらいわかるよ。あれだ、こいつとこいつはアリバイがある。でもそいつはない。故にそいつが犯人って、決めていくやつだ。

でも彼女と僕は初対面だ。いきなり容疑者にいれられる意味がわからないし、それによって犯人にされる意味もわからない。

「えっと、ですね。まず言っとかなくちゃいけないのは……その前に、真君は本当に犯人ではないですか?」

「犯人じゃないね。今証拠を出せないけど、僕は君が犯人じゃないって信用している。だから、君も僕が犯人じゃないって信用するっていうのでどうだろう?」

「うー、わかったですよ。話してみて思ったですよー。ひょっとしたら真君は犯人じゃないんじゃないかって。本当に何も知らないんじゃないかって。でも他に候補がいなかったですから……すいませんです」

「いいって。それで、どうして僕が犯人って思ったの?いや、そもそも八重樫先生は殺されたっていうのは本当なのか?」

「本当ですよー。私がこの情報をどこで仕入れたかはトップシークレットで企業秘密ですけど、事実です」

「やっぱり、普通では流れていない情報なのか?でもどうして殺されてたって言えるんだ?もしかしたら、自殺とか……状況はしらないけど事故死、病死とかじゃく、どうして殺されてるって言えるんだ?」

「胴体の部分が無いからです」

「……」

何だって?今、彼女、さらりと凄いことを言わなかったか?

「八重樫先生の死体は一部分しか見つかってないんです。正確に言うとですねー、頭・右腕・左足・右足です。左足は本当に足しかなくて、右足は膝からあったっていうわけのわからない殺され方です。異常です。こんなの普通の人にできるわけが無いんです。つまり異常者しかできないんですー。それでいろいろと調査した結果、あなたしか犯行はできないという結論にいたりまして、屋上に呼び出したんですよー」

「確かに、異常だね。でも普通の人だってその殺し方は出来なくはないだろ?どういう状況か、いまいちまだ理解はできないけれど、道具と時間があれば、その胴体だって隠すことができるんじゃないか?」

バラバラ殺人で死体の一部が見つからないと言うのは、最近では珍しくもない話だ。

「時間があれば、ですー。八重樫先生の死体が発見されたのはとある路地裏なんですけど、最後に生きている八重樫先生の姿を確認したのと、第一発見者が八重樫先生の死体を発見した時間差は10分程度しかないんですー」

「10分」

その時間で人間を解体して、その一部を隠すことは可能か?やってみたことが無いので(もちろんこれからもやろうとは思わないので)断言は出来ないが、おそらくは不可能だ。

不可能な犯罪。普通は不可能な殺人。

だから普通じゃない異常な者が犯人だと、そう睨んだわけか。

うむ、そこまでは理解可能。

「わかった。八重樫先生が普通の人には殺せないってことは良しとしよう。確かに異常者だ。どういうふうに殺したかは想像できないけど、異常な能力がある奴が殺したんだろう。そこまではいい。そこまではいいとして……どうして僕なんだ?」

「だから、唯一犯行が可能だった異常者」

さも当然のように彼女は言う。

いや、そういうことじゃなくて、だな……

「そうじゃなくて。どうして、僕に異常な力があるってわかったんだ?」

僕はこの異常な力のことを、家族を抜かせば小鳥にしか喋っていない。小鳥が他人にそれを漏らすことはありえない。だと言うのに、彼女は僕が異常者だと知っていた。しかも断言していた。『住人』とか『共振』とかわけのわからないことを言ってきた。どうして彼女は僕に異常な力があることを知っていたんだ?

「私は『共振』ができるんですー」

「は?『共振』」

「簡単に言うとそういう能力です。異常な能力を持つ人が分かる、そういう能力です。えっと、概念的には、水面をイメージしてください。そこに石を投げ込むと波紋がおこりますよね?そこに何もなければ波紋は広がるだけですね?普通の人はそうなります。でもそこにモノが在ったりしたり、はたまた石をまた投げ込んだりすると波紋は乱れるわけですよ。つまりですね、そういう存在は異常者なんですよー」

「???」

?マーク三つ。

……よくわからないが、彼女は異常者を見つけることができる能力があるようだ。その事実だけで充分だろ?

「それで、僕がそれに引っかかったと?」

「そうです。あなたは異常も異常。こんなに大きな波紋は観測したこと無かったですから、それと他に犯人はいないと思ったですから、間違いなくあなたが犯人だと思ったですよー」

「……そんなに僕は異常なのか?いや、少なくとも君よりは正常だと思うけど」

「異常です」

「断言するね」

「断言します」

「まあ、異常具合は置いておいて、何度目かになるけど、僕は犯人じゃないよ。そんな異常な殺し方ができる力じゃないし、それに僕は八重樫先生のことが嫌いでも、殺すほど嫌いではなかったからね」

「うー、でも、でも……真君が犯人じゃなきゃ誰が犯人ですかー?私、もうわからなくなっちゃったですー!」

「いや、僕が犯人を知っているわけないし」

「うー、折角事件解決だと思いましたのにぃ!これも全部真君のせいですー!」

「そんなわけない。そんなわけない」

「罰として、私の犯人探しに付き合うですー。見つかるまで、付き合うですー!」

「冗談だよね?」

ふるふる。

彼女は首を横に振った。

「冗談ですよね?」

ふるふる。

二度訊いても返ってきた答えは一緒だった。

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