魔境行商編第7話 森の館 前編
「ごめん、君の期待に応えることはできない」
谷の魔女にかけられた操りの呪いを解けるかどうか、尋ねたヴェラットから目を離さずに森の魔女は謝罪した。
「ここで話すものじゃないから、君達をわたしの館に招待するよ。もちろん、君の仲間やシモンもね。……それでいいかな?」
「……了解した」
ヴェラットが鞘を持って立ち上がる。
森の魔女が一歩踏み出せば、木々が二手に分かれて並木道を作った。この人は足から魔力を流しているのだろうか。
森を支配する魔女が先導しているし、木々が勝手に避けていくから私達は迷うことなく森の中心に辿り着いた。
開けた場所に建つ大きな館。元男爵領レヴィンで見かけたものより少し大きい。まるで貴族の館のような建物がこんな森の奥深くにあるとは思わなかった。
「あっ、ソフィにラットまで!」
「どこ行ってたんだよ、探したぜ!」
「二人とも無事で良かったよ」
声がした方を向くと、闇商人シモンを先頭にエマ、カイ、レオの仲間三人が並木道を歩いているのが見えた。エマとレオがこちらに駆け寄ってくる。
「おや? あちらにいらっしゃる御仁は……」
「え、もしかして“まじょさん”!?」
「やあ、久し振りだねエマ」
「ううっ、会いたかったよぉ。一度森の外に出たときは、まじょさんに嫌われたのかと思ったの」
どうやらエマ達は迷子になって森の外に出てしまったようだ。
「ごめんね、ちょっと近づかせたくない人がいたから君まで巻き込んでしまったよ。エマを拒絶したわけじゃないからね?」
「それなら良かったぁ」
「ちょっと待ってください。まさかとは思いますが、その近づかせたくない人ってワタクシだったりします?」
「うん、そうだよ」
即答した森の魔女に、シモンは「そんな……」とわらざとらしく額を押さえた。
「ワタクシは善性な商人ですよぉ。お邪魔虫扱いしないでください」
「魔女と取引する時点で悪人だと思うけれど」
「森では手に入らない商品を格安で販売しているじゃないですか!」
「その倍の量の野菜や果物を持っていくからね。この森を食料庫と勘違いしてるよね?」
どこかのはげ山と違ってこの森は魔力も自然も豊富だから、植物はよく育つだろう。館にたくさんの人がいるみたいだけれど、全てを食べ切るのは難しいかもしれない。
「食料を待っている魔女はたくさんいるのですよ」
「譲ればいいだけだよ」
「対価を受け取ってください、対価を! あなたは本当にお人好しな魔女ですねぇ」
「はは、よく言われるよ」
シモンと森の魔女が話していると、館の扉が開いてエルフと思われる女の人が出てきた。
「主様、いつまで談笑しているのですか? お客様を待たせてしまっていますよ」
「おっと、いけない。ソフィとエマ、それから……」
「初めまして、上級冒険者パーティー『狼の集い』のリーダー、カイです」
「オレはレオだぜ!」
「……ヴェラットだ」
「わたしは森の魔女。こっちはエルフのスザンヌだよ。中を案内しようか」
館と庭を囲う木製の柵、門扉を開けて私達は館の敷地内に入る。再び何かが通り抜ける感じがして、この館が二重の結界で護られていることに気づいた。
スザンヌが玄関扉を開けると、一番近くの部屋の扉から覗く人影が一瞬見えた。あっと思ったときには顔を引っ込めて扉を閉めてしまったけれど。
顔を覗かせた人だけではない。先ほどまで開いていた扉の向こうには十人くらいいるし、上の階にも何人かいるようだ。
「思ったより人が多い。全員あなたの弟子なの?」
「大半がそうだね。森に捨てられた子とかスザンヌのようにわたしに仕えている人もいるけれど。全部で二十五人くらいかな?」
「ここに来るまでに何人かの魔女に会ったけれど、ほとんど一人暮らしで、弟子がいても一人か二人だった」
どうしてこれほどの人数が集まったのだろう。国外に追放された魔女と交流するのは禁じられているのに。
私の疑問にはスザンヌが答えてくれた。
「それは主様が困っている人を放っておけない性格だからですね。人柄に惹かれたとか安全な地を求めたとかここに留まる理由は人それぞれでしょうが、主様はたとえ相手の目的が暗殺だとしても拒んだりしません。館に辿り着かないよう森に魔法をかけるのはいつものことですが」
森の魔女の懐の広さ、人徳の厚さのおかげということだろうか。暗殺を企む人は森への立ち入りを禁じた方がいいと思うけれど。
先ほど誰かが顔を覗かせていた大広間の扉を素通りし、廊下の一番奥にある扉の前で森の魔女とスザンヌは立ち止まった。
「ここがお茶会する部屋だよ。でも、その前に身体を休めた方が良さそうだね。あの階段を上ったら空き部屋があるから、二階は男性、三階は女性が使っていいよ」
長旅でほぼ毎日野宿をしていたから、しっかりとした建物の中で眠れるのは何日振りだろう。
「その前にお風呂にしましょう。その汚れた格好で館を歩くのは、主様が許してもわたくしが許しません」
「お風呂!?」
「……そこまで言うなら案内はスザンヌに任せるよ。新しい服も用意しておくから、疲れも汚れも綺麗さっぱり洗い落としてね」
近くに川があれば濡らした布で身体を拭くことはあるけれど、湯船につかるとなると港街フリートベルクの前に訪れた混浴風呂以来だろうか。
エマもそのことを思い出したのか、頬を赤らめた。
「えっと、それって混浴じゃないよね?」
「……エマは殿方と一緒に入りたいのですか?」
「違うよ、スザンヌさん! むしろ逆! 誰かと一緒に入るならソフィとがいい!」
いきなりエマに抱き着かれて、一緒に風呂に行くまで放さないと強く抱きしめられた。
「フフッ、冗談ですよ。お風呂はいくつか用意してありますので、お好きなところをどうぞ。誰かが入っているのを覗き見るのは厳禁ですよ」
風呂場は泡が出てくる湯船に感動したエマが即決して、男四人は広めの浴室を選択した。
「このあわあわ、どうなってるんだろうね?」
「さぁ、魔術具が使われていると思うけれど」
そこかしこに魔力を感じてもどんな仕組みをしているか知る由もない。泡と聞いて連想するのは水魔法だろうか。
清潔な布で身体を拭いて、真新しい服を着たら歓迎会だ。どんなご馳走が待っているのだろうか。
「お腹空いたね、ソフィ」
「ん」
私とエマは歓迎会が開かれる大広間に向かった。




