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魔境行商編第6話 魔の森にて

「あれ、ソフィとラットは?」


 エマがふと後ろを振り返ると、仲間が二人欠けていることに気づいた。来た道を戻ってみるも、巨木が行く手を遮る。


「この道で間違いないと思ったんだけどな……」

「あたし達、どこから来たっけ?」

「これほど大きな木なら認識しているはずだ。でも僕は初めて目にする……と思う」


 カイは木の幹に手を当てて考え込む。

 闇商人シモンがやれやれと呆れた顔をした。


「だから言ったでしょう、この森は魔女に支配されていると。草木が移動するのも道が変わるのも当たり前のことと思ってください」

「じゃあ、どうやってソフィ達と再会すればいいんですか?」

「それは諦めた方が早いですねぇ」

「なっ!?」

「仲間を見捨てろって言うんかよ!」


 シモンの胸ぐらを掴もうとしたレオを「どうどう」とエマとカイの二人がかりで押さえる。


「そういうわけじゃないですよ。ただ徒労に終わるだけと思いまして」

「……とろうってなんだ?」

「頑張っても仲間と合流することはできないと言ってるんですよ」

「やってみないとわかんねーだろ!」

「えぇ、そうですね。でも、森に入った時点で森の魔女様はこちらの存在を認知しています。二人を分断させたのも彼女の意思なら、再会することは叶わないでしょうねぇ」


 シモンの説明を理解したのか、レオの拳がゆっくりと下ろされる。エマとカイは彼の拘束を解いた。


「幸いなことに、あの二人は魔力感知ができるのでしょう?」

「そうですね」

「ならば、ワタクシ達は森の魔女様が住む館を目指しましょう。お二人の目的地も同じですから」

「どこにあるのかわかるの!?」

「えぇ、それは勿論。ワタクシは何度もこの地に足を運んでいますから。大船に乗ったつもりでついてきてくださいねぇ」


 頼もしい発言にエマ達の顔に希望が戻る。


「森が開けてきましたよ。館の周りには木々が少ないので……」


 先導するシモンの声が途中で途切れ、歩みも止まる。エマ達も彼に追いつき、同じように足を止めた。


「……あれれ、おかしいですねぇ」


 彼らの視界に映る木々はほとんどない。森の外に出てしまったからだ。

 はぐれたソフィやヴェラットの姿もない。


「久し振りに会わせてよぉ、まじょさーん!」


 エマの嘆きは奥深い森に吸い込まれていった。




❋❋❋




「お前達との旅はここまでだ」


 谷の魔女に命令されて、魔の森に入れないでいるヴェラット。

 けれど、彼は谷の魔女にかけられた操りの呪いを解くためにここまで来たのだ。ここで退いたら一生自由を勝ち取ることはできないかもしれない。


「その命令はヴェラットの意思で入ろうとするのがいけないの? それとも、無理矢理中に入れれば問題ない?」

「……何をする気だ? お前が手を引っ張っても俺は抵抗するぞ。中に入るのを拒まなければ命令違反になるからな」


 ヴェラットに抵抗されれば非力な私では歯が立たないことくらいわかりきっている。

 だから、引っ張るようなことはしない。代わりに杖を構えた。


「土よ動け」


 杖の頭部をヴェラットの足元に向けて魔力を放てば、彼の足元の地面が動き出した。


「このまま動かずにいる……は命令違反か」

「落とし穴、からの拘束」


 動く足場から逃げ出そうとしたヴェラットの真下をへこませ、土魔法で両手両足を拘束する。

 ヴェラットが身体強化で抜け出そうとしても拘束は壊れない。そのまま地面を動かして、ついに森の中へ入れることに成功した。


「くそっ、ここまでされたら逃げることができないな」


 悔しそうな口振りだけれど、彼は笑っていた。そこに殺気や憎悪は見当たらず、作戦が成功したことを実感する。

 拘束を解いて地上に戻しても、ヴェラットが森の外に出ようとしない。魔の森に入ったことで谷の魔女も干渉できなくなったのだろうか。


「……ところで、他の者はどこへ行ったのだ?」

「魔力感知しても森の魔女の魔力が強すぎて他を見つけることができない」


 森全体に森の魔女の魔力が満ちているのを感じる。木や名もなき草花に至るまで似たような魔力の質をしているのはどういうことだろうか。森の魔女の支配が隅々まで行き届いている証かもしれない。


「森の魔女の位置は?」

「森の中心。先ほどから移動していない。……ところで、何で私に聞くの? ヴェラットも魔力感知できるでしょ」


 森の魔女の魔力に染まった魔物が近くにいても私は気づけなかったけれど、ヴェラットがいち早く見つけて戦いを回避することができた。

 私より魔力感知が優れているはずなのに、私に尋ねる理由がわからない。


「俺は魔物を探すのは得意だが、他は苦手だからな」

「……そう」


 森の魔女が私達を意図的に分断させたのなら、はぐれた仲間と再会するのは困難だ。だから、森の魔女が住む館を目指した方が早い……というのがヴェラットの意見。


「……?」

「どうかした?」


 思わず立ち止まった私をヴェラットが訝しげな顔で見下ろす。

 森の魔女と思われる魔力の反応が消えた。魔女の気配を探ることもできない。


「魔力が……」

「君達なんだね、わたしの森に入ったのは」


 不意に背後から声をかけられて、反射的に杖を構えて振り返る。ヴェラットも剣を鞘から抜いた。

 周りの自然に溶け込むように立っているのは、波間の魔女が殺されたあの日、助けてくれた魔女だ。


 真っ直ぐ伸びた黒い髪、濃い緑の瞳、子どものようでどこか大人びている儚げな微笑み、黒い無地のワンピース。


「森の魔女」

「久し振り、ソフィ。……それと、初めましてかな? わたしはこの森の主だよ」

「……」


 私はすぐに杖を下ろしたけれど、ヴェラットはまだ警戒した様子で剣を握っている。


「事前連絡もなしに突然魔女がわたしの縄張りに入ったから驚いたよ。拒みはしないけれど、次来るときは手紙を送ってほしいな」

「……拒まないのなら、私の仲間や商人をあなたの家まで案内して」

「わかった、木々の配置を変えるよ」


 森の魔女がブーツを履いた足で地面を踏み鳴らす。私の目には何かが変わったように見えないけれど、エマ達の道は開けたのだろうか。

 彼女はヴェラットをじっと見つめて悲しげな表情にを浮かべる。


「黒衣の騎士君は魔女の呪いをかけられたんだね。かけた魔女は恐らく谷の魔女だ」

「っ! そんなことまでわかるのか。……ここならば奴が邪魔できないと聞いたが、本当か?」


 警戒した様子を解かないままヴェラットが尋ねると、森の魔女は笑みを消して答えた。


「うん、この森はわたしが張った結界で守られている。たとえ谷の魔女が攻めてきても、君達を守り通すと誓うよ」


 森の魔女を信用する気になったのか、やっとヴェラットが剣を鞘に戻した。体勢を低くして腰の剣を地面に置いたかと思うと、その場に(ひざまず)く。


「森の魔女殿にお願いがあって参りました。私にかけられた操りの呪いを解くことはできないでしょうか」

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