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魔境行商編第5話 草原と高原

「いつもありがとね、闇商人!」

「ん、助かってる」

「毎度ありがとうございまぁす、草原の魔女様、高原の魔女様」


 雷鳴の魔女が住むノトス大山脈を降りた私達は高低差のある草原に来ていた。

 低いところに住むのが草原の魔女で、高いところに住むのが高原の魔女。互いに魔女の気配を感じる距離に住んでいて最初は喧嘩することもあったらしい。

 けれど今は魔女の中で一番仲がいい組み合わせ、というのは二人の言葉だ。


 短い髪の草原の魔女が私の顔を覗き込んできた。


「君が噂の小さい魔女だね? チビ魔女とよく言われるウチより小さいね」

「……」

「ベル、初対面でそれは失礼。後、距離を詰め過ぎ」

「悪い悪い。ウチは草原の魔女、こう見えて二百年以上生きてるんだ。わからないことがあったら何でも聞いてね。よろしく、小さい魔女」

「……よろしく、高原の魔女」


 自分に相応しい二つ名が見つかるまで、私は小さいだの新入りだのあまり嬉しくない二つ名で呼ばれることになるのだろうか。


「先輩二人に質問。二つ名を貰う方法は?」

「おっ、いきなり難しい質問だね。二つ名を得る方法か……」

「絶対的強者になること。人々から恐れられたり敬われたり、畏怖される存在に二つ名が贈られることが多い」

「おっ、いいこと言うね、アンナ。孤島の賢者から二つ名を与えられた魔女同士での争いは禁じられているんだよ。抑止力みたいなものだね」


 谷の魔女に雷鳴の魔女、森の魔女、それから魔女の葬儀屋はそういった理由で二つ名がついた、と草原の魔女が語る。


「じゃあ二人も?」


 私がそう尋ねると、何故か二人揃って吹き出した。


「まさか、そんなわけないよ。むしろ二つ名持ちの魔女の中では最下位を争うくらい弱いね」

「ひたすら逃げて逃げて生き延びた。百年生きてようやく一人前と認められる魔女の世界で、逃げ続けて百五十年余り。二つ名がついたのはその頃」

「つまり、運よく生き延びただけなのさ」

「……そう」


 二つ名を得るのに百五十年もかかるなんて、何の参考にもならない。絶対的強者になるのも無理だ。


「んー、なんかがっかりさせちゃった? 弱っちい魔女でごめんね?」

「ベルは見当違い。恐らく二つ名を欲しがってる」

「二つ名? でもウチは自分の二つ名すら決められなかったし……小さい魔女が得意な魔法は?」

「魔力感知」


 私は即答したけれど、「適性属性を聞いてるんだけど」と言われた。


「適性……火?」

「杖の魔石は土なのに?」

「持ってない手で魔力を出すと……ほら」


 杖を左手で持って、右の人差し指にろうそくほどの火を灯す。


「確かに火属性に適性がありそう。でも火だとあの魔女の印象が強いんだよね」

「魔女の葬儀屋のこと?」

「おっ、会ったことある? あの人凄いよね、ウチより年下なのに何でも燃やすことができて」

「火の申し子。炎の魔女と呼ぶに相応しい」

「火が駄目なら土だけど……」

「森の魔女に砂漠の魔女。土も強者ばかり」

「リージは植物魔法の印象が強いけど、普通に土魔法も凄いもんね」


 私の二つ名を話し合っているのか、ただ魔女の話をしているだけなのか。わからないけれど、二人の会話が終わる気配がない。


「こうなったお二人は誰にも止められませんねぇ」


 商人シモンが荷物をまとめ始める。


「さぁ、ここでの用は済んだことですし、出発しましょうか」

「え、まだ何か話してるけどいいの?」

「えぇ。あのお二方は何代か前のご先祖様が仲のよい姉妹だったらしく、今ではほとんど血の繋がりもないのに仲良しなんですよ。……まぁ、その逆も存在しますが」


 血が薄れても変わらない絆はあるらしい。それを知った私達は話し込む二人の魔女を放置して、次の目的地へ向かうことになった。


「最後は森の魔女が住む『魔の森』ですよぉ」

「まじょさん!」


 私の育ての親で、エマに魔法を教えた人。繋がりの深い魔女と再会できると知ってエマが弾んだ声を上げる。


「そういえば、森の魔女様とお知り合いなんですか? 国外追放されてから百年くらいが経ちますが」

「えっと、それは……」


 何と答えるべきか悩んでいる様子のエマを守るようにカイが間に入った。


「フリートベルクに行った話をしましたよね? そこで波間の魔女には双子の妹である森の魔女がいることを知ったのです。それで興味を持ちまして……」

「そういえば、最近亡くなられたと聞きましたねぇ。お悔やみ申し上げます」


 なんとか誤魔化せたようで、それ以上追及されることなく旅は順調に進んだ。

 国を発ってから一か月近く経っただろうか。私達はついに森の魔女が住む魔の森……その入り口に到着した。


「これから魔の森に入りますが、皆さん気をつけてくださいねぇ。森の魔女の力で中は迷いの森となっております。草木が動くのは当たり前、魔女をも眠らず強力な香りを放つ魔物もいると聞きます。くれぐれも、はぐれないようにしてくださいよぉ」


 そう注意喚起をしてから、商人シモンが一歩足を踏み入れる。レオ、エマ、カイと順番に森の小道を進んでいく。

 私も続こうとしたけれど、後ろから呻き声が聞こえてきて足を止めた。


 ヴェラットが胸や頭を押さえて苦しんでいる。僅かに開く藍色の双眸には憎悪や殺意がありありと浮かんでいて、思わず一歩後退る。


「くそっ、何故こんなときに……ぐわぁぁぁ!」

「ヴェラット!?」

「近づくな!」


 私が伸ばした手はかなり強い力で弾かれた。あまりの強さに体勢を崩して尻餅をついてしまうけれど、ヴェラットは気づいた様子もなく頭を抱えている。

 額に汗が浮かぶその姿は港街フリートベルクで見かけた光景に似ていた。


「……もしかして、谷の魔女に何か命令された?」

「谷の魔女、だと?」


 怒りの眼差しが私に向けられる。

 彼が殺そうと思えばいつでも私を殺すことができるだろう。けれど、彼が剣を抜くことはなく、苦しげな表情も薄れていった。


「……あぁ。魔の森に入るな、と言われた。どうやらお前達と旅ができるのはここまでのようだ」


 ヴェラットは全てを諦めた目でそう言った。

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