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魔境行商編第4話 雷鳴の魔女

 長身な男より背が高く、鍛え上げられた肉体に割れた腹筋、いかめしい顔、大きな槌。

 どこを見ても魔女とは思えないけれど、魔力の源は目の前から感じるし、魔女の気配もしっかりある。魔女で間違いないと思う。


「む、冒険者か? お主ら、谷の魔女がどこへ行ったか知らぬか?」


 魔女と思しき人物から低くて力強い声が発せられる。

 どうしていきなり谷の魔女について尋ねてきたのだろう。萎縮して誰も答えようとしないので、私が答えることにする。


「最近見てないけれど、魔の谷にいるんじゃないの?」

「む、そうか。……気のせいか? 不自然な風の流れを感じたのだが」


 不自然な風と聞いて、ヴェラットが風を起こしたのを思い出す。それのことを言っているのだろうか。


「風魔法なら仲間が使ったけれど」

「一般人が起こす魔法に興味はない。しかし、風に含まれる僅かな魔力、やはり谷の魔女によるものではないか?」

「……」


 恐らく谷の魔女の血を飲まされたのが原因だと思うけれど、得体の知れない魔女に明かしてもいいのだろうか。

 ちらりとヴェラットを振り返ると、口の前で人差し指を立てた。言わない方が良さそうだ。


「知らない」

「む、そうか」


 魔女相手に誤魔化せるか自信がなかったけれど、特に疑う様子も見せずに信じてくれたから、内心安堵の息を吐く。


「ところで、お主は我が師の娘か?」

「え?」


 思わぬ質問に何度も瞬きして大きな魔女を見上げるけれど、親が誰かも知らない私に答えられるはずがないだろう。


「私の親が誰か知らないし、そもそもあなたの名前も知らない」

「む、名乗り忘れていたか。――我は『雷鳴の魔女』ガートルード。(いかずち)と鉄槌を落とす魔女なり」

「雷鳴……」


 巨体――雷鳴の魔女が現れるときに発生した雷は、恐らく彼女が起こしたものだろう。雷魔法を操れる魔女なんて珍しい。

 それより、女の名前なのか怪しい言葉が聞こえた気がする。


「ガート?」

「ガートルードである」

「……魔女は互いに名を明かさないんじゃないの?」


 魔女の葬儀屋からそう教わったのに、これではどちらが正しいのかわからない。


「む。しかし、我が師は普通に魔女を名前で呼んでいた。隠す必要はあるまい」

「あなたの師匠がどんな人か知らないけれど」

「……我が師を知らぬと申すか?」


 表情や言葉の温度に違いは感じられないけれど、あまり良い空気ではないような気がした。


「私達は出会ったばかりだから、知らなくて当然だと思うけれど。有名な人なの?」

「うむ。我が師は災厄を打ち払いし放浪の魔女なり」

「放浪の魔女……」


 ――放浪の魔女、災厄、化けたもの。


 海の魔女の言葉が頭をよぎった。その言葉が本当なら、雷鳴の魔女は英雄に扮した災厄の魔女を師と仰いでいることになる。

 弟子ならば、災厄の魔女が実は生きていることも知っているだろうか。


「しかし三百年以上前、我が師は谷の魔女によって殺された。故に、谷の魔女は討伐すべき怨敵なのだ」

「……」

「谷の魔女を見つけたら我に知らせるのだ。三度目は決して逃さぬ、二度と空を飛べないように……」


 何かを呟きながら私達に背を向ける。師匠の仇である谷の魔女を討つことしか考えていないのだろうか。放浪の魔女が災厄の魔女なら、本当は殺されていないのに。


「少々お待ちを、雷鳴の魔女様! せっかく中腹まで降りてきてくださったんですから、ここで買い物もしていきませんか?」


 雷鳴の魔女を商人シモンが呼び止める。魔法の力で移動しようとしていたのか、雷鳴の魔女の身体から小さな雷のようなものが発生していたけれど、シモンの声で霧散した。


「む……いたのか、商人よ」

「雷鳴の魔女様にはこちらをお勧めします。水を入れればすぐに食べられる携帯食に、強靭な顎をお持ちのあなたにぴったりな黒いパンでございます。どちらも調理する手前がありませんよぉ」

「三十食分買おう」

「まいどあり〜!」


 スープに入れる野菜も肉類もない、下手すると下級冒険者より質の悪い食事だ。

 シモンが勧めて雷鳴の魔女が買ったのだから、恐らく問題はない。仮にあったとしても、私達は悪くないだろう。

 そう納得して、山を降りることにする。


「冒険者よ、この地には人喰い熊がいるようだ」

「え?」

「我が住み始めた数百年前からこの近くを通った冒険者や旅人の一部が遭遇している。我は見たことがないが、神出鬼没に違いない。(みな)も注意するように」

「えっと……」


 雷鳴の魔女が真顔でそう言うから、「あなたが人喰い熊と思われている」と言える雰囲気ではなかった。


「忠告感謝します、雷鳴の魔女様。それでは行きますよぉ、狼の集いの皆さん」

「は、はーい!」


 シモンが雷鳴の魔女に礼を告げて山を降り始めるから、護衛である私達はついていく他ない。


「気をつけて行って参れ、我が師の娘よ」

「え?」


 去り際、雷鳴の魔女の声が聞こえた気がして振り返ったけれど、既にそこには誰もいなかった。

 山頂付近が分厚い雲に覆われて、雷が鳴る。まるで山の主の帰還を告げるように。

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