魔魔境行商編第8話 森の館 後編
「みんな揃ったね? じゃあご飯にしようか」
私とエマが大広間に着くと、他の皆は既に集まっていた。
円卓が複数ある。森の魔女とスザンヌが座るテーブルにヴェラット達が集まっている。私の席は森の魔女と向かい合うところだ。
「ソフィとエマの帰還、それから狼の集いを歓迎して……乾杯!」
「乾杯!」
果汁ジュースがたっぷり入ったコップを掲げて少し飲む。普段飲むものより香りが爽やかで美味しい。ランメルツやヴァイスで味わったものを思い出す。
「わぁ、どれも美味しそう!」
「肉もいっぱいあるぜ!」
色んな野菜が入ったサラダに具だくさんのスープ、山盛りに積まれたふわふわのパン、焼いて塩こしょうで味つけした鶏肉。
見た目だけではどんな料理かわからないものも含めて、様々な料理が食卓に置かれている。
「好きなだけ食べていいよ。君達を歓迎する会だからね」
「ありがとう、まじょさん!」
「……先ほどワタクシの名前が聞こえなかったような気がしましたが、ワタクシも歓迎されていると捉えていいですかねぇ」
恐る恐るといった様子で尋ねるシモンの前に、森の魔女は料理を盛りつけた皿を置いた。
「怪しい動きさえしなければ君も大事な客人だよ」
「それなら良かったです」
森の魔女の音頭で少し気になったことがある。
「エマはともかく私の帰還とは?」
「……そっか、ソフィは記憶喪失なんだっけ。スザンヌを含めてここにいる何人かが幼い君と接したことがあるけれど、覚えてないんだね?」
改めてスザンヌの顔を見て、他の食卓を囲う人達に目を移す。やはりどの顔も記憶にない。
「知らない」
「君はこの森にある小屋で育ったんだよ。子育て経験のある人が交代で、わたしも魔法を教えたんだ。サシャ……波間の魔女から聞いたことがあるかもしれないけれど、君が持ってるその杖は昔わたしが使っていたものだ」
森の魔女やその弟子の手で育てられ、杖を授かり、魔法を教えてもらった。
それが事実ならここは私の故郷になるけれど、やはり何かを思い出すことはない。
「この話は長くなるから、明日でいいかな?」
「……ん、わかった」
初めて食べる贅沢品に舌鼓を打ち、レオが何でも手で掴んで食べようとするから品の悪さが浮き彫りになり、食後は大広間や三階の客室でゆったりとした時間を過ごした。
「こっち来てよ、ソフィ。お星様がいっぱいだよ!」
エマに誘われて窓から空を見上げると、満天の星が広がっていた。大きな光から僅かな光、赤や青といった光まで。こんなにも星があるのかと驚く。
星が尾を引きながら流れた。
「流れ星! これを見ると願いが叶うんだって。……ソフィの記憶が元に戻りますように」
「……何で私のこと?」
自分の願い事を言えばいいのに。
疑問に思う私にエマが笑顔を向ける。
「あたしの願いでもあるよ! ソフィだけ知らないことばかりじゃ悲しいもの。ほら、ソフィも祈って」
「星に叶えてほしい願い事はない」
「……うそつき」
私は本心を言ったつもりだけれど、エマがじとっとした目で口を尖らせた。
「そうやってすぐ遠慮するよね。ソフィが言わないから、あたしが代わりにお願いしてるの。……でも、本当はあるよね? 自分の気持ちにふたをしないで教えてよ」
「……」
胸に手を当て目を閉じて、私の願いとは何かを考える。何もないと思っていたけれど、心の奥底に仕舞い込まれた望みに気づく。
「……自分を産んだ母親のことを知りたい」
「うん」
「リーダー……ルドルフを失わないために力がほしい」
「うん」
「魔女や強力な魔物から大切な仲間を守れるようになりたい」
「うん」
「あとは……」
「って、思ったよりいっぱいあるじゃない」
「本当だ」
何もないと思っていたのにすらすら言えたことに驚いて、エマと目が合うとどちらともなく吹き出した。
「ソフィとこうして笑うのも久し振りな気がするなぁ。笑ってるソフィの顔、もっと見たいよ」
「……善処する」
「あまり前向きに聞こえないけど、まぁいっか」
ふわぁ、とエマが大きな欠伸をする。
「そろそろ寝よっかな。おやすみ、ソフィ」
「おやすみ」
ベッドは身体が沈むほど柔らかくて真っ白だ。貴族や金持ちの商人はこういうところで寝ているのかと考えているうちにまぶたが重くなっていき、気がつくと眠りに落ちていた。
鳥のさえずりに目を覚ます。起き上がるのについた手が沈んだから体勢を崩しかけたけれど、森の館で夜を明かしたのも思い出した。
隣のエマはまだ眠っているようだ。外も薄暗いから、まだ夜明け前だろうか。
「おぅ! 森の魔女……だっけ? オレはこれからちょっと走ってくるけど、あんたは何するんだ?」
窓から外を見下ろすと、森の魔女とレオの姿が見えた。
森の魔女がレオに向かって何か言ったけれど、三階にいる私には聞こえない。
「わかったぜ! じゃ、オレは行ってくるから森の魔女も頑張れよ!」
レオの声は大きいからはっきりと聞こえるけれど。彼は森の魔女に手を振って、走り去った。
レオを見送った森の魔女が不意に顔を上げる。私と目が合って、思わず窓を閉めた。
「わっ!? なに、朝なの? ここどこ?」
窓を勢いよく閉めたせいか、エマを起こしてしまった。見覚えのない部屋に困惑した様子だったけれど、しばらくしてどこに泊まったのかを思い出したようだ。
「おはよう、ソフィ。窓がどうかしたの?」
「おはよ。外に森の魔女とレオがいた」
「えっ、まじょさん!?」
エマが慌てた様子で窓に駆け寄ったけれど、外に人影は見当たらなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
魔境行商編、完結しました。
閑話を挟んで次は魔の森編です。




