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閑話7 朝の見回り

 日が昇る少し前。鳥のさえずりがわたし、森の魔女ことエリザベートの目覚ましだ。

 起き上がってベッドの上で伸びをする。靴を履いてカーテンを開ければ、豊かな自然が目に飛び込んできた。


 ここはリーシュ王国の東に広がる「魔の森」。

 わたしはこの森の主だ。


 朝食前に森の見回りをするのがわたしの日課だ。

 この森の主になってからは森のどこで何が起きたのか、自分の身体の一部のように把握できる。

 けれど、些細な変化は見逃しがちだから自分の目で見て確かめることを大事にしているのだ。


「まずは館周辺だね」


 館の近くに魔物が住み着いたら弟子達の生活が脅かされるし、今は客人もいる。


 ――よいか、エリザベート。我々領主一族は土地を守る以上に大切なことがある。それは、民を護ることだ。


「彼らの身の安全を護ることがその土地を管理する者の責務……だよね、お父様」


 今は亡き父、英雄レオンハルトの言葉を口にした。

 お父様の教えは国を追放されても、わたしの中で生き続けている。


「あれ……?」


 わたしの寝床がある小屋から館に向かうと、館の玄関扉が勢いよく開かれた。

 弟子達が起きるにはまだ早いけれど、誰だろうか。


「なんか空気がうまい気がするな! 腹が減ってきたぜ!」


 出てきたのはスザンヌでも弟子でもなかった。

 赤毛の少年……いや、青年かな? ソフィやエマが所属する「狼の集い」のメンバーの一人だ。

 確か名前は……


「おはよう、レオ。君も朝早いんだね」

「おぅ! 森の魔女……だっけ? オレはこれからちょっと走ってくるけど、あんたは何するんだ?」

「わたしは森の見回りだよ。館を離れると迷子になりやすいから、館が見える範囲内で走ってね。あと、朝食前には帰っておいで」

「わかったぜ! じゃ、オレは行ってくるから森の魔女も頑張れよ!」

「いってらっしゃい」


 走り去っていくレオを見送り、ふと視線を感じて顔を上げると三階の窓からソフィが顔を覗かせているのが見えた。

 何か声をかけようかと思ったけれど、その前に窓を閉められてしまう。


「……まだ距離を置かれてるのかな」


 諦めて見回りを再開する。ぐるりと館の外周を歩いたけれど、魔物の気配はないし柵も壊されていない。


「館周辺は問題なし、と。……次は四方だね」


 森全体を歩いていては日が変わってしまうので、東西南北四つの地点に転移して、その都度地面に魔力を流す。

 そうすれば魔力の乱れとか凶暴化した魔物とか、異変を察知できるのだ。


 大地に魔力を流して目を閉じているときは、自分も森の一部になったような心地がする。

 そのとき、異変ではないけれど怪しい動きをする者を発見できた。すぐさまその近くに転移して背後から声をかける。


「やぁ、こんなところで何をしてるのかな――ヴェラット?」

「っ!?」


 ソフィ達の仲間の一人で、谷の魔女に操られている人。

 今は亡き姉波間の魔女ことアレクサンドラの手紙によると、彼は没落した男爵家の一族で王国騎士団に所属していたらしい。


「それとも、ヘルフリート・レヴィンと呼んだ方がいいかな?」

「なっ!? 何故それを……あぁ、波間の魔女か」


 最初は驚いた顔を見せたけれど、わたしの血筋を思い出し納得したようだ。


「……その名は捨てた、ヴェラットと呼んでくれ」

「わかったよ、ヴェラット。……それで、こんな森の端で何をしているのかな? もうすぐ朝食の時間だよ」


 彼はきっとわたしが起きるよりずっと前に館を抜け出したのだろう。そうでなければ、森の中心から入り口付近まで行くことができない。


「……ここならば本当に谷の魔女に聞かれないのであろうな?」


 ヴェラットの声は小さく、耳を澄ませないと聞き取れないものだった。


「うん、ここなら他の誰かに聞かれることも見られることもないよ」

「……」


 彼はしばらく逡巡する様子を見せたけれど、わたしに胸の内を明かしてくれた。


「森に入る前に谷の魔女から『森に入るな』と命令された。ソフィが強引に動かしたことで命令に違反することなく中に入れたが、奴は俺を取り戻そうと躍起になるだろう」

「……そうだね」

「最悪の場合、ここが戦地になる。……俺はあいつらを巻き込みたくない。俺がここを出て争いを回避できるのならば、そうするべきだ」


 わたしから目を逸らすことなく自分のすべきことを述べるヴェラットは、民を護る騎士の顔をしていた。

 けれど、自分の望みを押し殺してまで貫く必要はあるのだろうか。


 わたしはすっと息を吸う。


「ヴェラット」


 わたしの声に彼は背筋を伸ばした。


「君がこの地を離れる必要はないよ」

「だが、そうしなければ森が……」

「わたしは森の魔女、一番守りに長けた魔法使いだ。谷の魔女が竜巻をぶつけても一点を貫く風の矢を飛ばしても全てを切り裂く風の刃を振るっても、この森に根付く全ての生き物を護ると誓うよ」


 だから心配する必要はないよ、と笑ってみせれば、ヴェラットが息を呑んだ。そしてその場に跪く。


「感謝します、森の魔女殿」

「君の呪いを解く方法も早く見つけないとね。血を調べたいから採取してもいいかな?」

「……っ!? よ、よろしくお願いいたします」

「まぁ、準備が必要だからその前にご飯だけれど」


 さすがにこの距離を歩いて移動したら朝食の時間に間に合わないだろう。わたしは跪くヴェラットに手を差し伸べて一緒に館の前へ転移した。


 ヴェラットにかけられた操りの呪いを解くことも重要だけれど、まだ方法が確立されていない。

 その前に、ソフィの失った記憶をどうにかする方が先だろう。


 ソフィの失った約五年の記憶もソフィの母親も、そしてソフィの本当の名前も。

 わたしは全てを見せることができるから。

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