魔の森編第1話 魔女の墓
「おはようございます、お師匠様! 今日はいつもより遅かったですね」
「朝の見回り、お疲れ様です。朝食の準備はできてますよ」
「あれ、隣の方は昨日来た冒険者ですよね。どうして一緒なんですか?」
朝食の席に森の魔女はちゃんといた。なぜかヴェラットと一緒に帰ってきたから、少し騒ぎになったけれど。
「まさか、逢瀬を!?」
「そんな……確かに美しい顔だけど、昨日来たばかりの人に負けるなんて!」
「そんな関係じゃないよ、わたし達は。森で迷子になってたから迎えに行っただけ」
ね、と笑顔を向ける森の魔女にヴェラットはむすっとした顔で頷く。
彼が迷子になったとは思えないけれど、いつの間に館から出たのだろう。彼の魔力は感知できないから気づかなかった。
「ワタクシ、そろそろ次の顧客のところに行ってきますねぇ。それで森の魔女様、買取の件ですが……」
「畑に余ってる野菜や果物があるよ。後で弟子に案内してもらってね」
「毎度ありがとうございまぁす!」
商人のシモンとはそろそろお別れのようだ。私達の仕事は魔の森までの護衛だから、当然と言えば当然だけれど。
「ソフィ、君に見せたいものがあるんだけど、食後にお茶会室に来てくれる? ……君の失った記憶に関わる大事なものだ」
森の魔女が真剣な眼差しでこちらを見るから、頷く以外の返事はなかった。
それに、私が危険を冒してまでここに来たのは、私の過去を知るためだ。なら、躊躇う必要はない。
「あたし達もソフィのこと、もっと知りたいよ」
「残念だけれど、これは魔女にしか明かせない秘密だ。気になるなら後でソフィに聞いたらどうかな?」
「……はぁい」
私の過去を知りたがるエマが残念そうに引き下がった。
今日も贅沢な食事、森の魔女いわく「普段通りの朝食」を食べて、私は森の魔女と共にお茶会室の扉の前へ。
中に入るのかと思ったけれど、森の魔女が開けた扉は隣の部屋のものだった。
つんと埃っぽい匂いが鼻を刺す。薄暗くてわかりづらいけれど、本がたくさんあるのだろうか。とても古い感じがする。
「あまり本や本棚に触らない方がいいよ。危険な魔導書とか妙な仕掛けとかがあるから」
森の魔女の言葉に伸ばしかけた手を引っ込める。
依頼をこなすのに必要な言葉しか覚えていない私には、タイトルすら読めないのがほとんどだ。そんな本棚の迷路を森の魔女は迷いのない足取りで進んでいく。
「あった、この本だ」
森の魔女が一つの本棚の前で立ち止まる。
一冊の本に手をかけたけれど、抜く様子はない。逆に、奥へ押し込んだのだ。
すると本棚がずずず、と横移動して地下へと続く階段が現れた。
「ついてきて、ソフィ。君はこの先にあるものを知る権利がある」
森の魔女に手を引かれ、私は階段を降りていく。
何が待ち受けているのかわからず、不安と期待を胸に抱きながら。
こつ、と足が石の床に当たる音が響いた。
白い石が敷き詰められた床に一つだけある石碑。
「石碑に書かれた文字を読めるかな?」
私は石碑に彫られた文字を指でなぞる。
「エリザベート・フォン・フリートベルク
ここに眠る」
読み上げてから「えっ」と思わず森の魔女を見た。
これはただの石碑じゃない、墓だ。フリートベルクは波間の魔女が住んでいた港街。そして、波間の魔女の妹は……
「これはあなたのお墓?」
「多分、そうなるのかな」
「でも、あなたは生きている」
森の魔女は幽霊でも幻でもない。ちゃんと実体がある。
それなのに墓があるとはどういうことだろうか。
「わたしも細かいことはわからないんだけれど、この石碑は名前を刻まれた魔女が誕生すると同時に現れて、その魔女の命が尽きる地に存在し続ける。そして、魔女の生涯が閉じたときに初めて墓としての役割を持つんだ」
魔女の誕生と共に終わりの地を告げる“魔女の墓”。私のも世界のどこかにあるのだろうか。
「今は誰も眠ってないけれど、ちゃんと存在意義があって。そのうちの一つが『魔女の記憶を記録として保存すること』なんだ」
「記憶を記録……」
「これさえあれば、たとえ本人が覚えていなくても自分やその周りで何が起こったか知ることができる。……これがどういう意味か、わかるよね?」
私はこくりと頷く。私の墓さえ見つけたら、失った記憶を取り戻すことができるのだ。何としてでも見つけなければならない。
けれど、自分の命が尽きる場所なんてわかるはずもない。森の魔女と違って永住の地を見つけることができていないのだから。
「でも、どこにあるかなんてわかるわけないよね。わたしが見つけられたのは、うっかり床下に大穴を開けてしまったからだし」
「……」
私を助けるためにツタをたくさん生やして高台の館を崩壊させた前科があるし、どこか抜けているところがあるかもしれない。
「魔女の墓があるところは開けた場所が多いし、名前が刻まれた魔女の許可なしに入ることができないから、見つけるのが遅くなっても誰かに記憶を覗かれることはないよ」
「……たとえ大変なことでも、私は真実を知りたい。過去を引きずってばかりでは前に進めないから」
「……」
笑いもせずじっとこちらを見つめる緑の瞳は全てを見透かすようで、私は目を逸らすことなく自分の意思を伝えた。
しばらく見つめ合っていると、森の魔女の顔に笑みが戻った。
「覚悟があるなら見せてあげるよ、わたしが君と出会ってから離れ離れになるまでの約五年間の記憶を。……そして、君の本当の名前も」




