閑話6 シモンとの出会い
「しかし、本当に久し振りですねぇ、ヴェラットさん。初めてあなたとお会いしたときはまだ騎士見習いでしたっけ。騎士団を追放されたと聞きましたが、ご無事でなによりです。……あなたの前職、彼らはご存じですか?」
商人のシモンがちらりと狼の集いの四人を見ながら、声を潜めて言う。
「あぁ、俺の本名もかつて騎士だったことも明かしてある」
「へぇ、よほど彼らのことを信頼なさっているんですね。……魔女に操られた者は他者を信用しなくなることが多いので安心しました」
「なっ!? お前、どこでそれを……」
谷の魔女に操られていることはソフィにしか明かしていない。あいつが他者に漏らすとは思えないが、何故シモンが知っているのだろう。
「おお、怖い怖い。殺気がダダ漏れですよ」
「……あまり怖がっているようには聞こえぬが」
「狼の集いの方々から伺ったわけじゃありません。王都でも目撃された巨大な竜巻、同日に行方不明となった王都の騎士、そして谷の魔女の周りに黒騎士が増えたという魔女の噂。それらを繋ぎ合わせればあなたの身に何が起きたか、容易に想像できますよ」
シモンは容易だと言うが、彼だからこそ導き出せた答えだ。
あの竜巻を谷の魔女が起こしたものと判断できるのも、国外追放された魔女から情報を得られるのも、彼が魔女相手に商売しているおかげである。
「ま、他の皆さんは魔女と関わろうともしないので、ワタクシしか正解に辿り着けないでしょうが」
「当然だ、騎士団に捕まりたい商人などよほどの変人しかおらぬであろう」
「変人って、もしかしてワタクシのことを言ってません?」
「何度も捕まったのは事実だ」
何度も何度も同じ罪で騎士団に捕まり、釈放されても魔女相手に商売するのをやめなかった男だ。変人以外の何者でもない。
「心外です。ワタクシだって捕まりたくてやったわけじゃないんですよぉ。ただ商品を待っているお客様がたまたま魔女だっただけです」
そう、こいつは似たような発言で何度も処刑を免れてきたのだ。
最初に出会ったのは俺がまだ王都の学校に通っていた頃、騎士見習い時代の話だ。
そして、彼は鉄格子の向こう側にいた。
❋❋❋
「魔女と交流ですか? 確かに国外にいる方に食料を売ったのは事実です。ですが、魔女かどうかをどう見破れとおっしゃるのですか? 相手が魔女だった証拠を見せてくださいよ」
シモンという男は国外に追放された魔女に物を販売した罪で投獄されたらしい。
平民の問題は同じ平民である兵士が片付けるのが基本だ。だが、魔女と関わった者は争いの火種になる恐れがあるため、騎士団が対処するのだ。
「其方が雇った冒険者から苦情が入った。魔女の住処に連れて行かれて何度も死ぬかと思ったとな」
「……彼らは守秘義務というものをご存じないんですかねぇ」
「魔女の住処に行ったことは認めるのだな?」
「証言はそれだけでしょう? 冒険者の言葉なんて信用できませんよ」
確かに一人の冒険者の言葉だけでは証拠にならない。シモンは限りなく黒に近いが、証拠不十分で罰することができないだろう。
だが、当時俺が所属していた部隊の隊長はある程度証拠が出揃わないと犯人を捕縛しないお方だ。部下からたくさんの木札を受け取り、一つ一つ読み上げた。
「他にも『魔女に会うために高い山を登らされた』とか『魔女の怪しげな実験に利用されそうになった』とか『魔女の集まりで商売した』とか、様々な声が上がったぞ」
「……」
「グレンブルク騎士団に確認すると其方の出国した回数を確認できた。冒険者と共に行商の旅に出たの、一度や二度ではないようだな? 国外に出て誰に物を売ったのか、嘘偽りなく答えよ」
冒険者パーティー一つの証言では力が弱いが、それが複数集まれば信頼できる証拠となる。東の国境門を護るグレンブルク騎士団の情報に敵うほどではないが。
隊長の追及にしばらく静かに俯いていたシモンだが、言い逃れはできないと観念したのか口を開いた。
「本当に相手が魔女かどうかなんて知らないんです、信じてください」
と思いきや、まだ諦めてなかったのか言い訳を始めた。
「国外追放された彼らは国内にある店を利用できないし、彼らに物を売る商人もいません。誰もやっていないから、儲かるのではないかと……それに、ワタクシは食料品や日用品など生活に欠かせないものを販売しただけです。誓って、武器や国の情報を売るようなことはしてません」
儲かる話に目がないのは商人の性だろうか。だが、誰もやっていないのにはちゃんと理由があるのだ。
「それが其方の言い分ということでよいか?」
「は、はい」
「ヘルフリート、彼が罪に問われるかどうか答えよ」
「はっ!」
突然隊長に名指しされて、反射的に騎士の返事をした。それから今まで勉強したことを思い出す。
「国外追放された魔女に関する法律に、魔女に自らの意思で会うことを固く禁ずるとあります。販売したものが何であれ、彼が会った者が本当に魔女であれば罪に問われるでしょう」
「具体的にどんな罰が下るのだ?」
「処刑または国外追放、基本的に魔女と同じ罰し方になります」
「よし、正解だ」
一字一句間違えることなく正解を貰えて肩の力を抜く俺と違って、檻の中のシモンは青ざめた。
「しょ、処刑……?」
「――さて、後は其方が商売相手に選んだ者が本当に魔女かどうかだな。どんな呼ばれ方をしているのか、知らなくてもよい。今まで交流したことのある魔女全員の特徴を述べよ」
「は、はいぃ」
隊長がシモンと目線を合わせて凄めば、相手は泣きそうな顔で商売相手の情報を話し始める。俺の仕事は彼の言葉を簡潔にまとめて書き留めることだ。
結局のところ、シモンが商売した相手は魔女と疑われて国外追放されたものの、実際は魔女でなかった者がほとんどで、本物の魔女との交流回数はゼロだった。
魔女でない者も犯罪者であることに変わりはないが、重い罰は下らない。
「くれぐれも、くれぐれも国外で商売をするでない。本物の魔女と交流した先に待ち受けているのは、大量の富ではなく其方の死だ。それを決して忘れるな」
「ひいっ! も、勿論でございます!」
隊長に特大の釘を刺されて悲鳴を上げていたが、シモンは釈放された。
しかし、その後も国外で商売を繰り返し、国境門を通るのを禁じられても抜け道を通って商売を続けた。危ない橋を渡る彼はいつしか他の商人から距離を置かれるようになり、「闇商人」という異名がつく。
法律に違反しない際どいところを攻めるシモンだったが、ここ最近は本物の魔女、それも二つ名持ちの魔女と関わりを持つようになったと聞く。
証拠は今のところ見つかってないが……
「俺が騎士だったらお前を捕まえていたな」
「案外今でも隙あらば捕縛を狙っているじゃありませんか?」
「……国外追放に会う用事があるのは俺も同じだ。目的を達成するまで利用させてもらおう」
ソフィやエマは森の魔女に会うと軽々しく口にしているが、それがどれほど重い罪か知らないのだろうか。
一番悪いのは、それが罪と知っていながら止めようとしない俺だが。
今の俺は騎士でもヘルフリートでもない、冒険者のヴェラットだ。素知らぬ振りをして目的を達成しよう。
全ては谷の魔女にかけられた操りの呪いを解くために。




