東街道編第10話 出国
国を発つ日。私達は国境門……ではなく、グレンブルクの南門に集まっていた。
「あそこを守っていらっしゃるのは騎士団の方々でしょう? 魔女と商売する者が堂々と通れませんよ」
ここを集合場所に決めた依頼主、シモンがそう言う。後ろ暗いことをしている自覚はあるようだ。
「でも、国境の壁は途切れることなく続いてますよね。どこから出国するのですか?」
「実はあるんですよ、国境の壁がないところが」
カイの質問ににっこりと笑って人差し指を立てた。
「二つ名持ちの魔女が二人も通過したんですよ。ある意味出世街道かもしれませんねぇ」
「えっと、二人って多いの?」
シモンがエマの疑問に大きく頷く。
「えぇ、それは勿論。そもそも二つ名持ちが十人いるかどうかの世界ですからねぇ。そのうちの二人が通っているのですから、とんでもない確率ですよ」
「二つ名を持ってる魔女って意外と少ないんだね」
もう既に谷の魔女と白の魔女、波間の魔女、森の魔女、災厄の魔女、海の魔女の六人と会っている。
いや、白の魔女は正式な二つ名ではないと言っていたし、災厄の魔女は世間一般には死亡したことになっているから数に入らないか。波間の魔女も亡くなったし。
「その二人の魔女とは誰のことなの?」
皆があれこれ聞いているから私も流れで聞くと、何故か意外そうな目を向けられた。
「……何?」
「いやぁ、ソフィさんから声をかけてくれるのは初めてのことだったんで、てっきり喋らない方だと思ってましたよ」
「……」
確かにほとんど会話に参加しないけれど。そんな目を向けられると話さない方がいいのかと思ってしまう。
「それで誰と誰が通ったかですが……」
「だれだれー?」
「これから商売しに行くのでそれまで内緒にしておきます」
「えー!?」
「おやおや、ドラッヘ山脈が見えてきましたねぇ」
エマの期待のこもった視線を無視して、シモンは右側に見えてきた山々に目を向ける。港街フリートベルクを目指した冒険の日々が懐かしい。
「この山を超えるとエルフの秘境があると噂されていますねぇ。まぁ、真偽のほどは定かではないですが」
彼としては浪漫を感じられる話をしたつもりなのだろうけれど、私達は顔を見合わせた。
「エルフの秘境なら行ったことあるよ、あたし達」
「なんと、それは本当ですか?」
「木の上に家が建ってたぜ!」
「一番大きな木の上にエルフの族長? がいたの」
「自然と生きるエルフらしい隠れ里でした」
「あぁ、羨ましい。何故ドラッヘ山脈に立ち入ることを禁じられているのでしょうか。ワタクシ謹製の魔除けの香水があれば危険な魔物と遭遇することもありませんのに」
エマ達の話を聞いて、シモンは無念さをこめた視線をドラッヘ山脈に向けた。
「そんなことより、村が見えてきたぞ」
ヴェラットの言葉で私達は正面を向く。エマとカイが住んでいたベルーナ村より小さな村がそこにはあった。
「旅人かい? 珍しいねぇ。あいにくうちには宿屋がないけど、村長の家に泊まっていくかい?」
「いえ、すぐに出発しますのでお気遣いなく」
村人とカイが軽い挨拶をしつつ、市場で食料品などを調達する。
特筆すべきところがない辺境の村だと思ったけれど。
「それにしても、その赤い髪を見てると村に伝わる昔話を思い出すよ」
「え、オレ?」
急に話を振られたレオが驚いた顔で自分を指差す。
「今から百年以上前の話だよ。この村には何でも燃やす赤毛の魔女がいたんだとさ」
「魔女なのに黒髪じゃないの!?」
「さぁ、本当に魔女だったかは誰も知らないよ。村人が騎士団に通報して、その人は国外に追放された。その後の足取りは誰も知らないんだとさ」
あたしが知ってるのはそれだけだよ、と話を打ち切られてしまった。
火を操る赤い髪の魔女の話。それに興味を持つ人が一人いることは容易に想像ができる。
予想通り、振り返ったエマの目は輝いていた。
「ねぇ、村長に話を聞いてみようよ! 詳しい話を聞けるかもしれないよ!」
「いやいや、そんな時間はありませんよ。長旅になりますから早く出発しましょう」
「でも、ここにはもう行くことないんだよね? だったら聞けるときに聞かないと!」
シモンに言われても一歩も引かないエマに、依頼主が困った顔で私達に視線で助けを求めた。
「エマ、我儘を言ってシモンさんを困らせたら駄目だよ」
「でも、気になって夜も眠れないかもしれないよ?」
「……なら、俺が代わりにその魔女の話をしよう」
ヴェラットの思わぬ助け舟にエマが目を丸くした。
「え! ラット、知ってるの!?」
「あぁ、『魔女の葬儀屋』のことであろう?」
「魔女の……葬儀屋?」
「その話ならワタクシも話せますよ。大切な顧客の一人ですからねぇ」
「歩きながら話せば満足できるか?」
「うん! ありがとう、二人とも!」
一時は出発が遅れそうになったけれど、ヴェラットとシモンの誘導で予定通り出発できそうだ。
村を出た私達はドラッヘ山脈に背を向けて歩き続け、不意に何かが身体を通り抜けたような感じがして足を止める。振り返っても何もないけれど、魔力濃度が明らかに高くなっているのを私は感じ取った。
違和感を覚えたのは私だけかと思ったけれど、ヴェラットも足を止めて周囲を警戒している。そんな私達を見て、シモンが怪しげな笑みを浮かべた。
「気づいた人もいるかもしれませんが、たった今リーシュ王国を出ましたよぉ」
――ここは魔境です。
私達は国外追放された魔女が住む魔境に初めて足を踏み入れたのだ。
東街道編完結しました!
閑話を挟んで次は魔境行商編です。




