東街道編第8話 候爵領グレンブルク
ヴァイス子爵領を発ってから約三日。私達は東の国境門があるグレンブルク候爵領の領都に到着した。
「わぁ! 赤いレンガの建物がいっぱい! レンガ造りのお家ってあまり見たことないけど、どうしてだろ?」
「レンガを作るのに大量の薪が必要になるからではないか? 森を開拓してレンガを生産したのだろう」
どの街に行っても目を輝かせているエマと、誰も求めていないのに解説を始めるヴェラット。二人の反応は見慣れたものだ。
「石壁で街を囲んで、武器も街の至る所にあるね。これが城塞都市か……」
「強そうなヤツがいっぱいだな!」
冷静に街を見回すカイと、強い人と戦いたくてうずうずしているレオ。王都からどれだけ離れた地にいても、私達の本質が変わることはないかもしれない。
「まずは冒険者ギルドに行きますか」
「はーい!」
護衛対象である商人ジェロラモの案内で石畳の道を歩き冒険者ギルドへ。建物の中にいたのはガラの悪そうな人達だった。
「なんだ、ガキの集団か?」
「女連れかよ。冒険者の世界、舐めてんのか?」
「まぁ、あんな奴ら、すぐに故郷に帰るだろ」
「ちげぇねえ」
明らかに歓迎されてないことがわかる視線と言葉。女だから子どもだから魔法使いだからと馬鹿にされることは数え切れないほどあるけれど、これほど刺さるような視線は初めてだ。
彼らの雰囲気に気圧されて入り口の前で立ち止まってしまったけれど、商人ジェロラモとヴェラットは気にした様子もなく中に入った。
「性別や年齢で決めつけるのは、愚か者の証だな」
「悪口を言った方々の顔は覚えました。今後一切、彼らに依頼するのはやめましょう」
「商人は横の繋がりが広いが、大丈夫なのか? 他の商人も依頼するのを控えることになりそうだ」
「彼らが冒険者の評判を貶めたのですから、当然の罰です」
堂々とした振る舞いと会話に、私達を馬鹿にする発言をした人達の顔が青ざめる。
「お、おい。冒険者同士の諍いにどうして商人が関わるんだよ?」
「他者を誹謗中傷する人に、仕事を任せたいとは思わないでしょう。命を預ける仕事なら尚更です」
「くっ……」
苦い顔をする冒険者に、ジェロラモはにっこりと口角を上げた。
「ですが、私も狼の集いの皆さんも余所者です。これ以上彼らを非難しないと誓うなら、商人仲間に噂を広げるのはやめますよ」
「わ、わかったよ。……悪かったな、いきなり険悪な態度で接して」
「いえ、気にしてないですよ。下に見られるのはよくあることですから」
カイも笑顔を見せる。ジェロラモと同じく目が笑っていない。
「僕のことはどう思ってもらっても構わないですが、仲間に対する評価は見直しを検討願います。全員が上級中位以上の実力者ですから」
「じょ、上級中位!?」
「冒険者プレートならこちらに」
見せられた冒険者プレートに男は驚愕した顔になる。
「す、すまねぇ! 上級冒険者とは知らずに……!」
「ようこそ、賞金稼ぎが集まるグレンブルクへ!」
「魔女、凶悪犯罪者、奴隷商人……国境門を抜ければ無法地帯が広がってるぜ」
「あんたらは何の目的でここに来たんだ?」
私達が上級冒険者パーティーとわかると、彼らは手の平返しをして歓迎する。
目的を問われたエマが口を開く。
「あたし達は魔の森に……もがっ!?」
「王国各地を旅している途中なんてすよ。もうほとんど訪れたので、国外に行ってみるのもありかもしれないですね」
「……魔の森って聞こえたが」
「気のせいじゃないですか?」
カイがすぐさまエマの口を押さえて、ギリギリ嘘ではない発言をする。王国の北半分は行ったことがないけれど、魔女を嫌う人が多いらしいから行くことはないだろう。だから問題ないのだ。
けれど、魔の森に行くのがあまり推奨されていない印象を受けた。
「魔の森に行くのはダメなの? も、もちろん行くつもりはないけど!」
エマも首を傾げる。
「あぁ。あそこに行くと魔女に魅了されるのか、帰ってこなくなる人が多いのさ。不思議なことに弟子入りする奴が後を絶たないんだ」
「武器を奪われて森から追い出されたって証言も数多くあるしな」
「命を取られる心配は少ないが、近づかない方がいい」
冒険者達の忠告に、なぜかエマは懐かしそうな顔になる。
「そういえば、森の館には“まじょさん”の弟子がいっぱいいたなぁ」
「は?」
「みんな楽しそうだったし、あたしには自分の意思で森に留まっているように見えたよ?」
ぽかんとする周囲の人達を見て、ようやく失言に気づいたようだ。
「じょ、冗談だよ! 魔の森に行ったことがあるはずないじゃない。この街に来るのも初めてなんだし」
「それにしては自分の目で見たかのような言い方だったが……」
「想像力豊かなんだよ、あたし! 森の魔女が住む家はどんなところなのかなぁって、よく妄想してて」
「……それくらい魔女が好きってことか?」
「そう、そうなの!」
エマの嘘に納得したかどうかはわからないけれど、それ以上追及されることなく話を終えた。
「……エマ、隠す気あるの?」
「むぅ、あたしなりに頑張ってるのに! 隠し事、苦手なんだよ」
「知ってる」
カイが受付で色々な手続きをしている間に、私はエマと話す。
時間がかかりそうなので掲示板を見に行くと、犯罪者の似顔絵と討伐報酬が書かれた木札が複数あった。その中には森の魔女や谷の魔女の顔もある。
どちらも討伐に成功すれば、一生遊んで暮らせる賞金が手に入るようだ。間違いなく勝てないけれど。
木札を取って受注するわけではないし、失敗しても違約金を払う必要がない。国外に行く建前には使えるかもしれない。
「何か気になる依頼でもあったか?」
見ている間に手続きを終えたのか、ヴェラットが声をかけてきた。
「特に何も。お尋ね者が他より多いと思っただけ」
「国境門を出れば極悪人しかいない魔境が広がっているからな」
「どうやって国外に行くの?」
「……話は宿屋に集まってからだ」
他の人には聞かれたくない話のようだ。
ジェロラモと別れた私達は、いつものように二部屋借りて男三人の部屋に集合する。
「魔の森に行く方法だが……この依頼を受けたいと思っている」
ヴェラットが見せたのは、商人の護衛依頼だった。
頭に闇がつく怪しげな人だけれど。




