東街道編第7話 聖女祭
夜空に丸い月が浮かぶなか、祭りは始まった。
街の大通りには出店が並び、多くの人が集まる。
人の密集で一瞬くらりとしたけれど、それほど頭痛はない。
情報過多にも慣れてきたのだろうか。それとも、頭に入れる情報を取捨選択できるようになったのか。
「ねぇねぇ、あそこに吟遊詩人がいるよ!」
エマが指差したところを見ると、楽器の奏でる音に乗せて歌が聞こえてきた。
「何百年も昔の話、世界は暗い闇に覆われていた。世界から光と希望は失われ、植物は育たず人々は貧しい暮らしを送っている。絶望と諦観が満ちるなか、災厄に挑みし乙女がいた」
災厄の魔女を災厄の七女が破る物語。歴史に興味がなくても、この大陸に住む人なら一度は耳にしたことがあるだろう。
けれど、私は災厄の魔女が生きていることを知ってしまった。
「乙女が聖なる光を放てば、大陸を覆う闇は打ち払われ、世界は明るさと希望を取り戻した。植物は大きく育ち、新たな生命が生まれる。苦難の時代は終わりを迎えたのだ」
吟遊詩人の語りは抽象的で事実と異なることもあるけれど、闇を払う魔女が実在することを私は知った。その魔女と英雄が同一人物かは知らないけれど。
「しかし、そこから始まるのは英雄の凱旋ではなく逃亡記」
知らない歌詞に耳を疑う。
英雄は各地を旅していたのではなく、逃げていたのだろうか。
それが本当なら、誰から?
「生まれて間もない赤子を抱え、聖女は北へ西へ。ある日を境にその姿が完全に見えなくなってしまう」
赤子を抱えていたなんて、聞いたことがない。これも脚色の一つだろうか。それなら、何のために。
「我らは感謝する、恵みをもたらした聖女に。我らは祈る、聖女の復活を。封印の解けし日が一日でも早く来ることを願い、我らは歌い踊る。聖女の色を身にまとって」
最後の一音が余韻を残しながら消えると、周りの人達が拍手を送った。素晴らしい演奏と歌を披露した吟遊詩人にお金を渡して、広場から離れていく。
「最初はよくある話かなって思ってたけど、知らない歌詞があって面白かったよ! 純白の聖女が早く復活するといいね」
「ありがとう、お嬢さん」
気がつけばエマも小銭を渡しながら、吟遊詩人に感想を言っていた。彼女が吟遊詩人好きなのを思い出す。
村に彼らが来たときは、こっそり孤児院を抜け出して聴きに行っていたらしい。広い世界を知るきっかけになったのだとか。
「君達は、この祭りに参加するのは初めてかな?」
「うん、護衛依頼でたまたまこの街に立ち寄ったの」
明らかに依頼主はこの時期を狙っていたけれど、数多ある護衛依頼からジェロラモさんを選んだのは私達だ。そういう意味では偶然かもしれない。
「ならば、白いものなら何でもいいから身につけた方がいいよ。聖女の色で、街の名前の由来でもあるんだ」
「白いものかぁ……冒険してるとすぐに黄ばんじゃうし、汚れ一つない真っ白なものなんて高くて買えないよ」
「あそこのお店なら安いアクセサリーも売ってるよ」
吟遊詩人が指し示した先では一つの出店にそれなりの列ができていた。最後尾に並んで順番が来るのを待っていると。
「いらっしゃ……あれ、狼の集いの皆さんじゃないですか」
「え、ジェロラモさん!?」
祭りの間は護衛しなくていいと別行動していたジェロラモが店番を務めていた。
「普段は旅の途中で見つけた綺麗なものを集めて販売する雑貨店を営んでますが、聖女祭の夜だけはここでお祭りに合うものを売っているのですよ。今年も無事に聖女祭に参加できた感謝を込めて、皆さんには特別に安く提供しましょう」
「わぁ、ありがとう! じゃあ、あたしはこの三日月と猫のペンダントを買おうかな」
「お買い上げありがとうございます」
手に取った品を見て、エマが首を傾げる。
「んん? この組み合わせ、前にもどこかで見たことがあるような……」
「ウェネーフィカ伯爵家の紋章だ。クノール村で古い館を見かけたであろう?」
「ああ! ソフィが記憶の断片を思い出したあの!」
ヴェラットの言葉で私も思い出した。
何故あの建物が記憶の一部を取り戻すきっかけになったのか、記憶の中の自分がどうして室内にいたのかわからないけれど。
「ジェロラモさん、このペンダントと純白の聖女ってどういう繋がりがあるの? 昔のお貴族様と関係あったり?」
「えっと、私はその伯爵家を耳にしたことがありませんが……純白の聖女の身につけていた飾りが三日月と猫だったと伝承には残っています。もしかしたら、伯爵家の血筋だったかもしれませんね」
「それはおかしい」
「えっ?」
ジェロラモが意外そうな顔で私を見る。私が口を開くのはそんなにも珍しいことだろうか。
「純白の聖女が本当に災厄を破った英雄なら、災厄の魔女の七女であるはず。災厄の夫は公的には存在しないし、大陸全土を支配していた災厄に爵位はない」
「伯爵家の血筋ではなく、白の魔女がウェネーフィカ伯爵本人または伯爵夫人だった可能性が高い。魔女に爵位を授けたとは思えぬが、何百年も祭りが続くほど好かれているのであれば新しい家を興してもおかしくないな」
私の意見をヴェラットが後押しする。元貴族の彼に知識量で勝てる人はここにはいないだろう。
「まぁ、昔のことを考えても仕方ないですし、僕達も商品を選んで退散しましょう。……時間をかけすぎ、と不満の声も出ていますから」
カイがちらりと後ろを振り返ると、「まだか?」と苛立っている様子の人達が見えた。
ジェロラモの店には長蛇の列ができている。その先頭にいるのは私達だ。
私もエマと同じペンダントを購入するのを決めた。私とウェネーフィカ伯爵家にどんな繋がりがあるのかわからないけれど、何かを思い出すきっかけになるかもしれない。
買い物の後は白い民族衣装に身を包んだ人達が歌って踊る様を見たり聞いたりして楽しんだ。今どこにいるかわからないけれど、純白の聖女の耳にも届いているだろうか。
祭りは月が沈む明け方まで続いた。




