東街道編第2話 新たな旅へ
日の出前の薄暗い時間帯に、私達はいつもより早くに朝ご飯を食べていた。宿屋の食堂はまだ準備中なので、エマの手作りサンドイッチが今日の朝食だ。
「次行くとこ……えっと、何だっけ?」
「アルムスターベリー」
「そうそれ! 何とかベリーは護衛依頼の争奪戦が起こるってカイが言ってたね」
王都と東の国境門があるグレンブルクを結ぶ東街道、その一番最初に通る領地が公爵領アルムスターベリーだ。
フリートベルクの次に栄えていて、古い街並みが多く残る地でもある。レヴィンが男爵領の地でなくなった今、王都から一番近い領都だとヴェラットが言っていた。当然、人の往来も多い。
人の往来が多ければ、護衛依頼も増える。距離の近さと比較的安全な道のりだから、依頼を受ける冒険者も多い。日の出と共に冒険者ギルドは開くから、早朝は依頼の争奪戦が発生するのだ。
そんな勢いに乗り遅れまいと意気込むのが私達。サンドイッチを食べ終わったら、隣の部屋から出てきた男性陣と合流して、冒険者ギルドへ急いで向かった。
「まだ他の冒険者はいないみたい」
「開くのはまだかよ?」
「日の出までまだ時間があるからね……ふわぁ」
カイが欠伸を噛み殺す。どうやら彼は早朝が苦手らしい。酒場で情報収集して帰りが遅くなることが原因だと思うけれど。
雑談しながら扉の前で待っていると後ろに並ぶ人が増えてきて、どこからか「カラーン、カラーン……」と鐘の音が聞こえた。
ギルド職員の手で扉が開けられると、私達は後ろの人達に押されるような形で中に入る。
「えっと護衛依頼は……いっぱいあるんだね。レヴィンもあるよ! 懐かしいなぁ」
「何とかベリーあったぜ!」
「読める文字が増えたのはいいことだけど、それはベリー違いだよ、レオ」
三人のやり取りを聞いていると、海を目指す旅が始まる前を思い出す。あのときは私がレヴィンへの護衛依頼を見つけたのだっけ。
「あった」
ようやく見つけて手を伸ばそうとしたけれど、横から伸びた手に取られてしまった。
冒険者相手に順番とかお行儀のいいことを言うつもりはない。けれど、私の視界に入る範囲に他の依頼はなさそうだ。
ヴェラットが私の遥か頭上にある依頼札を手に取る。
「これでよいか?」
私には確実に読めない位置だ。依頼札を手渡されたカイは書かれた内容に目を通して、顔を上げた。
「はい、問題ありません」
「……前から気になっていたのだが、俺にだけ敬語で話すのをやめてくれないか?」
「え?」
「俺達は対等な仲間であろう? 敬語やさん付けでは指示も出しにくいはずだ」
ヴェラットがそんな要求をしてくるとは思ってなかったのか、カイが驚いた顔で固まる。
「ですが、ヴェラットさんはお貴族様でしたし……」
「今は平民の冒険者だ」
「上級冒険者ですから……」
「お前らも上級になったではないか」
「……癖みたいなもので、急に変えるのは無理です」
ここだと邪魔になるので行きましょう、とカイが逃げるように受付へ向かう。既に依頼は見つけたし、冒険者がたくさん集まっているから長居は禁物だ。
ヴェラットもそれを理解しているのか、何か言いたそうな顔をしているけれど、何も言わずにカイを追いかけた。
「アルムスターベリーへの護衛依頼ですね。……狼の集いさんは遠征から帰ってきたばかりなのに、もう次の旅に出るのですか?」
私の成人を祝ってくれた受付の人が残念そうな顔で言った。
「色々な経験を積んでおきたいので」
「海がとっても綺麗で楽しかったから、次は森……じゃなくて、城塞都市に行ってみたいの!」
エマが森と言いかけて慌てて訂正する。
城塞都市として有名なグレンブルクに行くのは普通のことだけれど、その先にある森――魔の森は危険な魔女が住み着いているから立ち入り禁止だ。
そこへ行くなんて言ってはいけないし、魔女に会うのが目的など口が裂けても言えない。
「まぁ、冒険者は自由に旅をして自分に合った土地に定住できるのが一番ですよね。王都の冒険者ギルドに勤めるわたしとしては、ここを帰る場所にしてほしいですが。気をつけて行ってきてください」
「行ってくるね、受付のお姉さん!」
名前も知らない受付の人と別れ、旅の準備を済ませた私達は東門へ向かう。
「集合場所は東街なんだよね?」
「そうだよ、エマ。ここ南街と違って職人が多く集まる街らしいよ」
王都は貴族が住む中央と東西南北四つの区画に分かれている。冒険者ギルドや私達が泊まる宿があるのは南街だ。
ヴェラットの話によると、貴族は中央だけを王都と呼ぶらしい。
「あたし、東街に行くの初めて。なんだか緊張するなぁ」
「明確な区切りはないけどね。依頼主を待たせてはいけないから早く行こうか」
東街に行くといっても柵とか門があるわけではないし、兵士とかもいない。中央以外は自由に移動できるけれど、だいたい南街で欲しいものは揃うから、他のところに行ったことはなかった。
「なんかいろんな音や匂いがするぜ!」
「冒険者向けの装備を作っている人もこの街に住んでいるのかなぁ」
あちらこちらで金属を叩く音や何かを削る音がする。南街とは違った熱気や汗臭さを感じた。
話しながら歩いているうちに東門に辿り着いたようで、豪華な馬車と馬が二頭停まっているのが見えた。近くに身なりのいい商人らしき人がいるけれど、あの人が依頼主だろうか。




