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閑話5 レヴィン男爵家三男

 俺が谷の魔女に出遭う前、貴族でヘルフリートと呼ばれていた頃。

 決して裕福な暮らしではなく苦労することも多かったが、今思えばあの頃が一番幸福だったかもしれない。


 俺ことヘルフリート・レヴィンはレヴィン男爵家の三男として生まれた。年の離れた兄が二人に三歳年上の姉が一人、弟妹はいないから末っ子だ。

 家族全員金髪なのに俺だけ黒髪で生まれたことに疑問を抱いたことがあるが、父上はレヴィン一族には時々起こることだとおっしゃった。


「初代レヴィン男爵も黒髪で、魔女の血を引いていらっしゃった。混沌としたこの国を正しく導いたお方のも国王陛下ご自身も魔女の一族であらせられる。だから私は其方(そなた)が黒髪で生まれたことを誇りに思っているぞ」


 レヴィン男爵家は国王陛下の出身地であるフリートベルク辺境伯家の派閥に所属していて、その辺境伯領には波間の魔女様がいらっしゃる。

 だから父上は魔女を尊敬しているし、俺が黒髪に対して劣等感を抱くことはなかった。


 レヴィン男爵家は騎士を多く輩出する一族だ。二人の兄上は王都の学校で勉学に励みながら王国騎士団の騎士見習いとして働き、卒業後は領地に戻ってきた。

 長兄のヒルデベルトは領地を護る父上の手伝い、次兄のフィリップはレヴィン騎士団に入団してゆくゆくは騎士団長として兄上を支える予定だ。


 有事の際は父上が騎士団を率いることがあるし、姉上も自衛のために剣術を学んだ。

 そんな家で育った俺が剣に興味を持つのは当然のことだ。

 小さな頃から木の棒を振り回し、五歳で剣の正しい持ち方や振り方などを覚えていき、十歳になる頃には大人に勝利することもあった。


 ちょうどその頃には王都の学校に入学することと王国騎士団の騎士見習いになることが決まっていた。

 順風満帆と思っていたのに、ある晩それがまやかしであることを知ることになる。


 夜遅くに目が覚めて一階に降りると、広間の扉の隙間から明かりが漏れていたのだ。そっと中を覗くと暖炉の火が燃えていて、両親が険しい表情で話し合っていた。


「領地の経営も危ういのに、ヘルフリートを学校に通わせてあげられるの?」

「確かに厳しいが……大人の都合で一人だけ学校に通えないのは可哀想だ。ヘルフリートの将来にも大きく関わるし、ちゃんと卒業させてやりたい」


 俺はなるべく足音を立てないように扉から離れて、放心状態で部屋に戻った。

 ベッドに寝転がっても先ほどの会話が気になってなかなか寝つけない。


 家が裕福でないことは知っていた。陰で貧乏貴族と呼ばれていることも。

 それでも税金を引き上げたりせず、領地運営ができているものだと思っていた。

 だが、実際は俺を学校に通わせるために無理をしている?


「俺は無力だ……」


 ヒルデベルト兄上のように父上を支えることはできない。

 フィリップ兄上のように魔物を倒して民を護ることはできない。

 金銭の稼ぎ方もわからなかった。


 己の無力さを呪い、学校に通えなくてもいいと両親の説得を試みるも受け入れてもらえず。

 王都での寮生活が始まった。


 貴族が学校に通う主な目的は社交の勉強だ。

 歴史や算術など貴族として生きる上で必要な知識を学ぶこともできるが、家で学ぶ環境がない人向け。レヴィン男爵家は貧乏とはいえ土地持ち貴族なので、館に家庭教師がいて勉強はしてある。


 跡取りなら学ぶことが豊富だが、兄が二人いる俺が爵位を継ぐことはない。だから空いた時間は騎士団に顔を出して稽古をつけてもらった。仕事を手伝えば給金を貰えたが、見習いに稼げる額は微々たるものだ。


 長期休暇などで帰郷したときは家族全員元気そうだったし、領地運営も問題ないように見えた。

 だが、不幸とは前触れもなく訪れるもので、五年生のある日領地から火急の報せが届き、父上が病で倒れたことを知る。


「父上っ!」


 急遽学校を休んで領地に馬を走らせたが、父上は既にこの世にいなかった。

 レヴィン男爵は長子であるヒルデベルト兄上が継ぐことに。


 もしかしたら、この辺りから谷の魔女に目をつけられていたのかもしれない。俺が王都に戻ってから不可解な現象が頻発するようになったらしいから。

 らしいというのは、俺がその現象を見ることも聞くこともなかったし、兄上からの手紙でも一切触れてなかったのだ。


 当時の俺が耳にしたのはレヴィン男爵領が不作だったことのみ。

 手紙を送ったが「こちらで対処するから心配はいらない。ヘルフリートは自分のことに集中してくれ」と姉上の嫁ぎ先が決まったことや嫁ぎ先から食料などを分けてもらえることなどは書かれていたが、不作の原因等は不明だった。


 俺にも領地に帰りたくても帰れない事情があった。学校卒業後は正式に王国騎士団に入団することが決まったのだ。

 レヴィンで騎士になっても給金は領民が払った税金から支払われる。領地運営にも欠かせないものだから、俺が故郷で働いても金銭は稼げない。だから多少無理をしてでも他所で働く必要がある。


 王国騎士団の務めは国王直轄地である王都とその周辺の村に住む民を夜の魔物から護ることだ。

 夜は魔物の動きが活発になり、冒険者では対処できないものも増える。だから騎士団は欠かせない存在だ。


 周りに自分より強い人がたくさんいて、明らかに自分は足手まといと自覚する日々。それでも故郷や他領で頑張る兄姉のことを思えば自分も頑張れた。


 それなのに。


「ヘルフリート、其方には騎士団を出てもらいたい」

「……はい?」


 ある日隊長に呼び出されて、いきなり騎士団追放を宣言された。


「其方の実家であるレヴィン男爵家が経営破綻で爵位を剥奪された。土地も陛下が管理することになったから、其方はもう貴族ではない。騎士は貴族がなるもの……ヘルフリート、其方を騎士団から追放する」


 王国騎士団の紋章が刻印された鎧を剥ぎ取られ、見習い時代から使っている剣と故郷から連れてきた馬だけが手元に残り、俺は王都から追い出された。

 真相を確かめるためにレヴィンへ馬を走らせたが、その途中で竜巻に襲われて谷の魔女に操られ、紆余曲折を経て狼の集いと共に旅をしている。


「狼の集いと一緒にいる時間が楽しいから、レヴィン騎士団には入らない」


 自分の居場所は「狼の集い」、そう兄上達に胸を張って言えるようになるまで、俺が故郷に帰ることはない。

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