仲間の故郷編第11話 記憶の断片
❋❋❋
――ここはどこ?
わたしは一人、埃を被った部屋の中にいた。
埃を被った鏡にぼんやりとわたしの姿が映る。黒色の髪を二つに分けて三つ編みにし、焦げ茶色の瞳は丸みを帯びた五歳前後の少女。両腕で自分の身長より高い木の杖を抱えていた。
――わたしはどこから来たの?
木々に囲まれた風景が浮かんでは消える。
窓に駆け寄って手で埃を払っても、木は数本しか見えない。わたしは慌てて部屋を飛び出し、玄関の扉を開け放った。
知らない建物、知らない人々、知らない景色。
わたしの知るものはどこにもない。
――みんなはどこに行ったの?
わたしは必死に走った。
どれだけ走っても知らない光景ばかり。とうとう足がもつれて転んでしまう。大事に抱えていた杖が遠くに投げ出された。
――どうして……。
起き上がったわたしの中で魔力が暴れ出す。体内で暴走するソレを抑える術を、当時のわたしは知らなかった。
わたしの全身から魔力が迸る。それは大気中で火に変わり、近くにあった建物に襲いかかった。
一瞬で燃え上がる建物。わたしは目の前で燃える光景を呆然と眺めるなか、頭から何かが零れ落ちていくのを感じた。
――わたしはだれ?
次第に視界がぼやけていき、わたしはその場で崩れ落ちた。
❋❋❋
「今のは……」
間違いなく私だった。髪型も髪色も目の色も変わらない。何より、あの杖は見間違えようがなかった。
けれど、あれが真実だとすると……
「あ、やっと追いついた!」
「暇だから散歩してたんだけどさ、なんで古ぼけた家をじっと見てるんだよ?」
背後から声をかけるエマとレオ。私はレオの方を振り返った。
「レオ、ごめん」
「は? いきなりなんだよ?」
私の突然の謝罪に困惑するレオ。
けれど、これはしっかりと言わなければならない。
「孤児院を燃やしたの、私」
「えっ!?」
私の謝罪にレオよりエマが驚いた。
レオは何度も瞬きをしている。
「私の魔法でレオの居場所を壊した。多くの人を殺めた。私のせいで……」
「どうしたんだよ。火事のことも孤児院のこともあんま覚えてねーから気にしてないぜ。オレの居場所は『狼の集い』だからな!」
「それでも私は許されざる罪を犯した。当時まだ五歳だからと許すことはできない。レオ、被害者を代表してあなたが……」
「ちょ、ちょっと待ってよソフィ!」
エマが私の言葉を遮る。
「ソフィが孤児院を燃やしたってどういうこと? 五歳の魔力でできることじゃないでしょ!」
彼女の言葉は正しい。たとえエマが火魔法を使えたとしても、建物を全焼させるのは今でもできないだろう。
けれど、それは普通の人間の話だ。
「私は魔女。不可能ではない」
「そんな……」
エマの目に涙が浮かぶ。まぶたで受け止めきれずに零れ落ちた。
「ううっ……」
「エマ、どうして泣いているんだい!? ソフィかレオが何か……」
「どうしよう! ソフィが人を殺しちゃったかも!」
「へっ?」
帰りが遅い私達を迎えに来たのかカイとヴェラットがやって来た。
エマが泣きながらカイに抱きつく。突然の出来事にカイが目を白黒させている。
「……何があったのか、詳しく聞かせてもらおうか」
ヴェラットの声は芯から震え上がらせる冷気を放っていた。
彼は剣の柄に手を添えている。返答次第では斬られるかもしれない。
背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、私は思い出した記憶の一部を語った。
「クノール村孤児院の火事……騎士時代に読んだ資料にあったな」
全てを聞き終えたヴェラットが思い出したように言って、射貫くような視線で私を見た。
「火災の原因は不明で、局所的な雨により鎮火された。救出されたのは赤毛の少年のみ……そう書いてあったが、燃やしたのはお前で間違いないか?」
私も彼から目を逸らさずに言う。
「合ってる」
しばし視線が交錯する。黙ってじっと見ている時間が永遠に続くように感じた。
実際は短い時間だったかもしれない。けれど、私には鐘一つ分にも一日中にも思えた。
そんな長い沈黙を破ったのはヴェラットだ。
「……あのとき、孤児院に住む者のほとんどが外出していて被害を免れたと聞いたことがある。風邪を引いた子と看病する大人が数人いた程度ではないか?」
「そうなの?」
レオが風邪を引いたところを見たことがないけれど、体が弱い時期もあったのだろうか。
「数がどうであれ罪なき者を殺したのは事実だ。……しかし」
射殺さんばかりの視線が和らいだ。
「五歳児の魔力暴走によるものだ。罪に問われることはない」
「……そう」
肩の力が抜けたのはヴェラットから殺気を感じなくなったからなのか、罪に問われないと言われたことへの安堵なのか。
それでも、魔力暴走による火事で犠牲者が出たのは事実だ。二度と同じことが起きないよう、魔力の制御には気をつけよう。
「ところで、何故村の外れにいるのだ?」
「気がついたら。あの建物を見ていたら記憶の一部が戻ったのだけれど、あれは何?」
あの記憶は仲間達に出会う直前のものだ。いきなり建物の中から始まったけれど、自分がどうやってそこに行ったかは覚えていない。
「かなり古い建物だな。少なくともリーシュ王国時代に建てられたものではない。貴族の館のように見えるが、リーシュの前に栄えたメディウム王国時代にもこの地を治める貴族家はなかったはずだ」
ヴェラットが紋章に描かれた三日月と猫を指でなぞり、薄く目を閉じた。
「……まさか、ウェネーフィカ家か?」
目を開けてその名前を口にしたけれど、聞いたことがない。
「うぇね?」
「ウェネーフィカ、古い言葉で『魔女』という意味だ」
「魔女!?」
「古い伯爵家で当主が魔女だったらしい。少なくとも二百年以上前に滅びた一族だ。もっと前……六百年前に滅びたと考察する歴史家もいるが」
「うーん、どっちも古いことは確かなんだね」
二百年と六百年。四百年も差があるけれど、どうしてそこまで違うのだろうか。
首を傾げる私にヴェラットが意味ありげな視線を向ける。
「災厄の魔女と英雄が戦ったのは約六百年前、その後英雄は放浪の魔女と呼ばれるようになる。だが、二百年ほど前に谷の魔女に殺害された……それがこの大陸の歴史だ」
俺の言いたいことがわかるか、と問われて少し考える。
「ウェネーフィカ家が滅びたとされる時期が同じ。放浪の魔女がウェネーフィカ家の当主だった?」
そこまで言って、私は首を振る。
その歴史は誤りだ。
「違う。当主は白の魔女」
「……白? 谷の魔女と戦っているときに乱入してきた魔女か?」
「ん。放浪の魔女は災厄の魔女が見せた幻と聞いた。だから……」
「放浪の正体が災厄? 何を言っているのだ?」
ヴェラットも聞いたことがないようだ。又聞きの話だから信じない方がいいかもしれない。
「当主が誰であったかなど関係のない話だ。少なくとも俺らが生まれる前に滅びた貴族家なのだから。お前の記憶の一部が戻った理由はわからぬが、何故その家にいたのか思い出せないならこの話は終わりだ」
もう一度古い館を見るも、何も思い出せない。私は諦めて仲間と共に王都へ帰ることにした。
準備を整えたら東の国境門があるグレンブルク、そして育ての親が住む魔の森へ向かう旅の始まりだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
仲間の故郷編、完結しました。
閑話を挟んで次は東街道編です。




