仲間の故郷編第10話 帰る場所
「……森の魔女が棲む魔の森ならば、行く方法を知っているぞ」
「本当?」
魔女や隣国から国を守るため、国境の壁を築き国境門を設けたらしい。その門が開くことはないとマークヴェストで知ったけれど、開く門もあるのだろうか。
「あまりお勧めはしないが、罪を犯すことなく国外に出られる方法がある。どの国にも属していない地域はドラッヘ山脈周辺と同等かそれ以上の魔物が出没するし、魔女や犯罪者といつ出くわすかわからない。危険な賭けだが、どうしても森の魔女に会いたいのならば手を貸そう」
ヴェラットの話を聞けば、それが無理難題であることはすぐにわかった。
「本当に自分が帰る場所なのかもわからないのに、皆を危険に晒すことはしない。森の魔女に会うのは諦める」
これで話は終わりかと思ったけれど、「森の魔女って“まじょさん”のことだよね?」と茂みから顔を出したエマが言った。
「ソフィはフリートベルクで会ったんだよね? いいなぁ、あたしも“まじょさん”に会いたい!」
「話を聞いてたかい、エマ? 国外は危険がいっぱいだよ。上級冒険者になっても突然強くなれるわけではないんだ。危険はなるべく避けるべき……」
「強いヤツがいっぱい出るんだろ? ワクワクするぜ!」
止めようとするカイの声はレオにかき消される。
「道中が危険なら、あたしに案があるよ! これを使ってみようよ!」
エマが懐から取り出した魔石を見て、その正体に気づいたのは私とヴェラットだ。
「野営のときに見せてくれた魔石?」
「……まさか、転移魔法の術式が刻まれているのか?」
「せいかーい! 波間の魔女さんに見せたら、術式を書き直してもらったの」
「いや、そもそもどこで手に入れた? 転移魔法すら珍しいのに、そのような魔術具など聞いたことがない」
「ひいっ!」
ヴェラットに睨まれて、エマは“まじょさん”こと森の魔女との関係性やこれを使ってこっそり森に行っていたことを明かした。
「あそこが魔の森だなんて知らなかったの。まじょさんも森の魔女とは名乗らなかったし。……それで、この魔石で行けそう?」
「……いや、森の中に直接転移するのは無理だな。入り口には行けるだろうが」
「魔境を抜けられるなら十分だよ!」
「……魔の森の方が魔境と呼ぶに相応しいのではないか?」
ヴェラットの呟きは「久し振りにまじょさんに会える!」と喜んでいるエマの耳には届かなかったようだ。いつしか魔の森に行くのが確定事項であるかのようになっている。
「私は寄らなくてもいいと思うけれど」
「どうして? ソフィを育てた人がいるんだよ?」
「皆に迷惑をかけるし……」
エマが近づいてきて、手で私の両頬を挟んだ。
「ソフィ、あたし達は仲間だよ。遠慮せず頼って。むしろもっと迷惑をかけてもいいの」
「せっかく手がかりが見つかったのだから、自分の過去を追い求めてもいいと思うよ」
「お前だけ何も知らないのはふこーへいだからな!」
エマ、カイ、レオは進んで私に手を貸すつもりのようだ。ヴェラットも頷く。
「俺も魔の森に行きたいと思っていた。その魔石で実現可能ならば、行く以外の選択肢はあるまい」
「……わかった、森の魔女に会いに行く」
私がそう決断すると、エマが笑顔で魔石を掲げた。
「じゃあ、みんなで手を繋いで魔石に魔力を……」
「待て、ここで可能だと思っているのか?」
転移魔法の術式が刻まれた魔石に魔力を流せば魔の森に行けると思ったけれど、そう簡単な話ではないとヴェラットは言う。
「王国を守護するために張られた結界は、転移魔法で出入りしようとする者を妨害する。本来は魔女対策なのに全く防げていないのは困りものだが、転移初心者の俺達を防ぐ力はあるだろう」
森の魔女は自由に出入りしていたけれど、きっと転移魔法が得意なのだろう。普通の人には無理らしい。
「でも、子どもの頃はこれで行けたよ?」
「その頃はまだ身分証もなかっただろう? 国に魔力登録された者の転移を妨害するものだ。冒険者登録した時点で国外に転移するのは不可能であろう」
「そ、そんな……まさか冒険者が足枷になるなんて」
広い世界を旅するために冒険者になったのに、とエマが落ち込む。
「では、どうやって魔の森に行くのですか?」
「まず、徒歩で東の国境門があるグレンブルクに行く。冒険者ギルドに行けば国境門周辺に出没する魔物や犯罪者の討伐依頼があるから、それを受けて国境門を通過する」
「……人が討伐対象になることがあるんだ」
そう言うエマの顔は暗かった。旅の途中や依頼などで人と戦うことはあるけれど、捕縛するのが目的で殺しはしない。だから、大罪を犯した人でも殺したくないのがエマの本音だろう。
「嫌ならば受けなければよい。国外に行く用事を作ることが肝要だからな」
「……うん」
「国境門を抜ければ結界の外側だ。人目につかないところで転移魔法を起動させる。そうすれば魔の森に行けるであろう」
「そしたらまじょさんに会える!」
「……一筋縄には行くまいが」
エマは早く森の魔女に会いたくてうずうずしている。そのままグレンブルクに行きたがるだろうけれど、まずは王都に戻って旅の準備をしないと。
「エマ、まずは王都に帰るのが先だよ」
「はーい!」
カイの言葉に元気よく返事をして、出発の準備を始めるエマ。
「帰る前に孤児院に寄っていい?」
私がそう尋ねると、作業の手を止めてこちらを振り返った。
「別にいいけど、珍しいね。あたしもついていっていい?」
「むしろ来てほしい」
「? わかった、ちょっと行ってくるね」
私の言葉にエマは首を傾げながらもついて行くことを決めたようだ。カイ達と別れて二人で孤児院の前に行く。
「鐘を鳴らさなくていいの?」
「孤児院に用があるわけではない」
「んん?」
「エマ、私をどこで見つけたの?」
約九年前のあの日、私は燃える孤児院の目の前で発見されたらしい。
らしいというのは、その日の記憶は断片的でエマ達に出会ったのは間違いないけれど、なぜ自分がそこにいたのか全く覚えていないのだ。
最初に見つけたのはエマだけれど、私はどの辺りに立っていたのだろうか。
「えーと、確かこの辺りかな?」
「どっち向き?」
「孤児院を見てたよ」
エマが指差した地点に立って改めて孤児院を見る。
『わたしはだれ?』
不意に誰かの声が聞こえた気がした。
振り返っても誰もいない。けれど、私の足は何かに導かれるように動き出した。
「どこ行くの、ソフィ?」
エマの声は脳まで届かず耳から出ていった。
焦るような気持ち。駆け出したくなる衝動。
私はこの気持ちを過去にも抱いたことがある。
「ソフィ、待ってよ!」
こらえきれずに走り出した。
知らない村? 知らない建物?
いや、過去にも走ったことがある。
そんな確信を抱きながらひたすら走り続け、不意に足が止まった。
石造りのとても古い館が目の前にある。錆びた門には猫と三日月の紋章が描かれていた。
「『ここはどこ?』」
何故か声が重なって聞こえた。
一つは私の声。
そしてもう一つは幼い声。孤児院の前で聞こえたのと同じ声だと思う。
不意に、私の体の奥深くに沈んでいた箱が浮上し、開かれたのを感じた。
『ここはどこ?』
幼い子どもの声、それは私が小さい頃のものだ。




