カイ視点 エマのいない一日
「……イ、カイ! 聞いてんのか、カイ!」
レオの声にはっとして、僕ことカイは顔を上げる。魔物が目の前まで迫ってきていたので、慌てて盾を構えた。でも、咄嗟のことで踏ん張りがきかず、倒れてしまう。
「おりゃっ!」
かけ声と共に魔物を蹴り飛ばしたのはレオだ。間髪入れずに拳を連続で振るい、魔物を討伐した。
「どうしたんだよ、カイ。こんなヤツに負けることねーだろ」
「ごめん、ちょっと考え事をしていて」
今は魔物の討伐依頼を遂行中だ。一緒に戦うのはレオとヴェラットさん、それからフリートベルク出身の上級冒険者達である。
エマとソフィはいない。二人はこの街に住む波間の魔女に会いに行っているからだ。
子どもの頃は常にエマについて行っていたけど、もう僕は十五でこの国では成人だ。
いい加減エマに依存するのをやめなければ。彼女が近くにいなくても大丈夫なことを証明するために別行動にした。
でも……
「またエマんこと考えてるんか?」
図星だった。今頃エマは何をしているのか、迷子になっていないか、波間の魔女との交流は上手くいっているのか。気になって気になって、魔物討伐に集中できない。
「……レオ、残りの討伐依頼はお前に任せてもよいか?」
少し躊躇いを見せながらヴェラットさんが言った言葉に、僕もレオも首を傾げる。
「アイツらと組めば余裕だけどよ、なんでなんだ?」
「今のカイでは足手まといだ。帰還させるにも護衛がいた方がよかろう?」
「確かにそうだな! カイ、ラット、後はオレがやってやるぜ!」
レオを置いて、ヴェラットさんに守られながら街に戻る。その提案に僕は血の気が引く感じがした。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕は戦えます。帰る必要はありません」
「好きな人にうつつを抜かして魔物すら視界に入っていない者を放置できるか」
エマへの想いはヴェラットさんに明かした覚えはないけど、もう見抜かれているのだろうか。
それに、と彼がつけ加える。
「波間の魔女がどういった人物か、気になっているのであろう?」
「……!」
その通りだ。魔女は一般的に悪の印象が強い。波間の魔女は街の人達から愛されているけど、僕達にとって有害かどうかわからなかった。
だから、エマとソフィの二人きりで行かせたことが気になって、戦いに集中できない。
「この時間ならば酒場も空いているはずだ。酒を飲み交わしながら俺の知る波間の魔女を語ってやろう」
「……よろしくお願いします」
情報収集のために時々酒場に行く僕は知っていた、ヴェラットさんがかなりの酒好きであることを。
何でも、騎士というものは酒豪が多いらしい。騎士の家庭に生まれたヴェラットさんも例に漏れず、子どもの頃から酒を飲んでいると聞いたことがある。
法律による規制はないけど、未成年が酒を飲むのは珍しいことだ。
それに対して僕は、二、三杯程度ならいけるけど、飲み比べとかは無理だ。情報を得るための手段と割り切っている。
苦手意識があるけど、ヴェラットさんから情報を聞き出せることはほとんどない。僕は酒場に行くことを了承し、二人きりで街に戻った。
「今日は俺の奢りだ。好きなものを頼め」
冒険者ギルドに併設された酒場は、昼過ぎだからか僕達以外に客はいなかった。お昼時だと昼食を食べる人がちらほらいるし、もう少し日が傾くと帰ってきた人や旅人で混雑する。他の冒険者に聞かれたくない話をするには今が絶好の機会だ。
「ヴェラットさんは過去にもフリートベルクを訪れたことがありますよね。そのときに波間の魔女に会ったのですか?」
「あぁ、あのときは魔女ではなく元辺境伯に面会したのだが。魔女でありながらフリートベルクの守護者で、街だけでなく魔法使いにとっても英雄的存在だ」
僕が生まれる前後、この国はリーシュ王国ではなくメディウム王国と呼ばれていたらしい。
当時の国王は魔女をひどく嫌っていて、魔女のみならず黒髪や魔法使いまで処刑される「魔女狩り」が頻繁に行われた。各地で争いが勃発し、内戦に近い状態だったという。
殺されそうになった人々は魔女に対して寛容な領地であるフリートベルクに逃げ込み、政界を引退した魔女に助けを求めた。
魔女は罪なき人々を守るため、当時の国王と魔女狩りに加担した貴族を捕らえた。
そして自分の祖先の中から王族の血を引く者を新たな国王に据えて、国の名前をリーシュ王国と改めたのだ。
「その後魔女は『波間の魔女』と呼ばれるようになった。守られた側からは愛されているが、まだこの国には魔女を嫌う人達も残っている。国王を挿げ替えるのはやりすぎという意見もあるし、一概に善き魔女とは言えないかもしれぬ」
善悪はともかく、誰かを守るために立ち上がれる人は素直に凄いと思う。とても勇気のいることだから。
「貴族としてのあの方は、派閥の末端にいる貧乏男爵にも丁寧に接し、資金援助もしてくださった。あの方には返しきれぬ恩がある」
ソフィとヴェラットさんが話していたときにも思ったけど、彼が魔女を嫌っていないのは少し不思議な感じがした。
「……何か気になることがあるのか?」
「いえ、僕には魔女が善か悪かわからなくて」
エマは周りに隠しているけど魔女に憧れを抱いているのは明白だし、ソフィは魔女そのものだ。レオは魔女に興味関心がなくて、ルドルフ兄さんは憎んでいる。
でも、僕は魔女をどう思っているのだろう。
「善き魔女もいれぱ、悪しき魔女もいる。人間と同じではないか」
「……それもそうですが」
魔女と聞くと胸に抱くこの気持ちを言葉に表すなら、「嫉妬」だろうか。
僕にとって好きな人はエマしかいないのに、彼女は魔女に騎士様と好きなものが多すぎる。時々口を滑らす“まじょさん”が誰か知らないし、憧れの騎士様は目の前にいるヴェラットさんだ。
彼女にとっての一番は誰なんだろう。僕であることを望むのは傲慢だろうか。
「はぁ……」
「そのしみったれた溜め息をやめろ。恋愛相談は受け付けぬぞ」
とりあえず酒を飲め、と勧められたエールを飲む。
エマが笑っているだけで僕も明るい気持ちになれるのに、彼女がいない一日は世界から色が消えたように感じた。
エマのことしか頭にないカイ視点でした。




