レオ視点 一日の始まり
日が昇る少し前、空が白くなり始めた頃。オレことレオは隣で寝ているカイを起こさないよう静かに靴を履き、部屋の扉を開けた。
「おはよう、レオ。今日も早いな!」
「おっさんおはよう! 今日も仕込みかよ?」
一階に降りると宿屋の主人が朝飯の仕込みをしていた。
焼きたてのパンの匂いが部屋中に広がっていて腹が減るけど、飯を食うのは仲間が起きてからだ。日の出の鐘が鳴るまでみんなが下に降りてくることはないから、早起きのオレは街を走るようにしている。
「後少しで完成するから楽しみにしておけ」
「おぅ、じゃあ行ってくる!」
オレは扉を開けて外の空気を腹一杯吸い込んだ。潮の香りが体全体に広がって、またしてもお腹が空腹を訴えた。
この街――名前は忘れた、長いのと何とかベルクが多いのが悪い――に来たばかりの頃は魚臭くて嫌な匂いとしか思わなかったのに。数週間経った今では旨そうな匂いに思えてくるから不思議だ。
「よぉ、レオ! 今日も走り込みか?」
「おぅ、そうだぜ!」
「俺達は漁だ。今日は天気も風も良くて、大漁になりそうだぞ」
「それは楽しみだな!」
「他の奴らに遅れをとるわけにはいかないから、行ってくるよ」
街中を走ってるとしょっちゅう声をかけられるけど、他の街ではほとんどなかったことだ。
夜勤が終わって帰る人や日の出に間に合うように行動する人は、他のところでもちらほらいた。
でも、ここでは日の出前に動くのが当たり前なのかと聞きたくなるくらいたくさんの人が外に出ている。特に港は一番人が集まって、出港許可が出る日の出を今か今かと待ちわびているのだ。
「おはよう、今日も元気だな!」
「ラウル達じゃねーか! 今日は海に行くんか?」
「あぁ、海にも魔物がいるからな」
「定期的に狩るのも冒険者の仕事だ」
「金を稼げて食料調達もできる。一石二鳥だな」
冒険者ギルドのある屋台通りまで降りると、この街を拠点にする上級冒険者パーティー「荒波の誓い」がいた。
全員めっちゃ強くて、連携もばっちり。オレが知ってるヤツの中で一番強いのはもちろんラットだけど、荒波の誓いの四人が力を合わせればラットに勝てるかもしれない。それくらい強いのだ。
ラウル達とも別れて、オレは一人貴族の館――魔女が住んでるって言ってたっけ?――がある高台へ向かう。坂の途中に見晴らし台があって、そこから港を一望できるのだ。
船が一斉に動き出すのを見るのが好きで、オレは毎日のようにそこへ通っている。一度だけ館に近寄ったこともあるけど、誰かに見られてる感じがしたからやめた。
海の上に整列した大小様々な船。オールを持っている人、帆を張る人……オレを含めた多くの人がそのときを待っている。
カラーン……カラーン……。
どこからともなく鐘が鳴る。それを合図に人々はオールを漕ぎ、船が動き始めた。一日の始まりだ。
「っと、いけねぇ!」
東の高い山から朝日が顔を見せる。それは仲間が起き出す時間を表していて、オレは急いで宿屋に戻った。
「おはよう、レオ。今日も走ってきたの?」
「おぅ! 腹が減ったぜ。今日の朝飯は何だよ?」
「固くなくて美味しいパンに野菜がたっぷり入ったスープ、それから焼き魚だよ」
「皆揃ったから朝食にしようか」
「おぅ!」
仲間と食卓を囲んで一緒に飯を食う。これだけで今日も一日頑張ろうって思えてくるんだ。それを言ったらソフィに「レオは単純」と言われるけど。
「今日は何するんだ? 魔物討伐? 冒険?」
オレがそう聞くと、ソフィがスプーンをスープ皿に置いた。
「波間の魔女から招待状が届いた。私は高台の館に行くから、四人で自由に決めて」
ほとんど喋らないし、口を開いたかと思ったらオレをバカにしてくるソフィが自ら予定を言うとは思わなかった。いっつもエマかカイが言うのに。
エマが笑顔で手を上げた。
「はい! あたしもソフィについていきたい!」
「それは無理だろう。招待状に名前が書かれていない者が行くのは失礼だ」
「……ソフィ、あたしの名前はないの?」
「ん。私の名前だけ」
ソフィが手紙を見せたが、何と書かれてるかさっぱりだ。確実なのはオレの名前がないことと魔物討伐の誘いでないこと。それ以外は仲間の名前があっても読めない。
「……本当にこの誘いに応じるつもりか?」
ラットが難しい顔で手紙とソフィを睨んでいる。こいつは元貴族らしくって、何が書かれているかわかるようだ。
「何か問題でも?」
「紹介したい者がいるから馬車で移動すること、移動先で見聞きしたものは決して人に漏らさないこと、相手の機嫌を損ねないように注意すること……お前はいつから波間の魔女と親密な関係になった? それとも、遠回しな処刑通達か?」
「しょ、処刑!?」
ラットの言葉に驚いた声を上げたのはエマだ。
ソフィは相変わらず何を考えているのかわかんない冷めた目をしている。
「波間の魔女なら、こんな手紙を出さなくてもいつでも処刑できるでしょ。自分の死期が近いことを悟って、私に何か伝えようとしているんじゃないの?」
「……それはそれで問題だが」
「そんなに気になるなら、私が夜になっても戻らなかったら館に来れば? 普通に帰ってこれると思うけれど」
そう言ってソフィは黙々とご飯を食べ、お迎えの馬車に一人乗り込んだ。
でも、日の入りの鐘が鳴ってもソフィが戻って来ることはなかった。
ソフィがドラゴンと対面した日の朝の様子でした。




