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エマ視点 あの日の憧れ

本日から四日間、ソフィ以外の日常や過去の出来事を他者視点で投稿します。一日目はエマ視点の回想回です。

 これはあたしがまだ孤児院にいた頃のお話で、ルドルフに出会う前の日常だ。カイとは出会ってるから、七歳くらいのときかな?

 “まじょさん”の元で魔法を勉強したあたしに怖いものはないと思ってたから、大人達に内緒で村の外に出たのだ。




「はぁ、はぁ……待ってよ、エマ」

「遅いよカイ! はやくはやく!」


 あたし達が住むベルーナ村のすぐ近くにある丘。てっぺんから見える景色がキレイと冒険者から聞いたあたしは、カイを誘って坂を登っているところだった。


 カイと一緒に遊ぶうちに気がついたけど、カイは体力がない。孤児院に来たばかりの頃は少し歩いただけで倒れそうになってた。

 あたしがあちこち連れ回すうちに体力がついてきたと思うけど、丘登りに誘うのはまだ早かったかもしれない。


 でも、やると決めたらすぐに行動するのがあたしだ。村を守る兵士の目を盗むのも大変だったんだし、今更戻るという選択肢はない。


「あっ! あれってあたし達が住んでる村じゃない?」

「ぜぇ……ぼくには何も見えないけど」


 カイが後ろでぼそっと呟いたけど、あたしはちらっと見えた景色をもっとよく見たくて、小走りで丘を駆け上がった。森を抜けて視界が開ける。


 下に広がってるのは小さくなったベルーナ村だ。こうして高いところから見ると、孤児院が村の中心にあることがわかる。


「わぁ、村がちっちゃく見えるよ!」

「エマ、うしろ!」

「え?」


 カイの切羽詰まった声がして振り返ると、あたしよりも大きなイノシシが鼻先をこちらに向けていた。


「きゃあっ! だ、だれか助けて!」


 イノシシの荒い鼻息で髪が舞い上がる。獣臭さにあたしは思わず手で鼻を押さえた。イノシシから目を離さずに後ろへ下がったけど、崖の縁まで追い込まれてしまう。

 これ以上下がったら大ケガをして、命を落とすことだってある。でも、イノシシに襲われるよりましかもしれない。あたしは前足で砂を蹴るイノシシと崖下を見比べてどっちが生き残る可能性が高いか考えた。


「エマからはなれて!」


 思考を遮ったのはカイだ。木の枝でイノシシをつついて注意を引こうとする。イノシシはあたしからカイに狙いを変えた。


「ひっ、こっち来ないで!」


 狙われた後の行動は考えてなかったのか、カイが背を向けて走り出そうとする。ふと“まじょさん”の言葉が頭をよぎった。


 ――野生動物や魔物は走って逃げるもの、特に背中を向けたものを追いかける習性があるんだ。だから、もしも遭遇したら背中を向けず静かに後退るんだよ。


「カイ、背中を向けて走っちゃダメ!」


 あたしがそう叫んだけど、イノシシがカイめがけて駆け出したところだった。魔法で守らなきゃと杖を握りしめるも、頭が真っ白になって何をすればいいのかわからない。


「えっと、えーと……」


 カイが後ろを振り返る。イノシシとの距離はほとんどない。痛い瞬間を見たくなくて、あたしは思わず目を閉じた。


 不意にあたしの横を突風がかすめていく。驚いて目を開けると、イノシシの胴と頭が離れ離れになっていた。


「た、助かったの?」


 イノシシの奥に人影が見えた。剣についた血を振り払い、こちらを振り返る。あたしより少し年上くらいの男の子だ。清潔な髪は黒色で、眉はキレイな形をしている。一目見てカッコいいと思った。


「怪我はないか?」


 黒髪の少年が手を伸ばした先にいたのは、いつの間にか地面に座り込んでいたカイだった。「だ、大丈夫、です」とカイは久し振りに丁寧な口調で答えて、少年の手を借りずに立ち上がった。

 カイがあたしのところに駆け寄ってくる。人見知りはまだ直ってないみたいだ。


「ところで、ベルーナ村孤児院がエマとカイの捜索願いを出していたが、君達で間違いないか?」

「ぎくっ! な、なんのことかなー」

「薄い黄色の髪を馬の尾のように結んだ少女エマと、紺色の髪を切り揃えた少年カイ。少女の方は杖を持っているらしい」


 あたしは慌てて杖を背中に隠したけど、思ったより長くて頭部を隠しきれなかった。


「そもそも子どもだけで外を出歩くのは君達以外にいまい。外は危険がいっぱいだからな」

「むぅ、ちょっと年が上だからって大人ぶっちゃって。あなたもまだまだ子どもでしょ! 外出歩いていいの!?」


 あたしは自分のことは棚に上げて少年を問い詰めた。このまま連行されれば大人達に怒られるのは目に見えている。こっそり戻る手立てはないだろうか。


「いや、君がエマなら七歳と聞いた。俺と同い年だ」

「……へっ?」

「それから、騎士団で鍛錬しているとはいえ俺も子どもだ。近くに大人がいるに決まっているであろう」


 少年の言葉を裏づけるように、「ヘルフリート、見つかったか?」とガシャガシャ音を立てて大きい人達が集まってきた。

 全身を覆う金属製の鎧を見て、心臓が跳ねた気がした。


 騎士さまだ。吟遊詩人の歌に必ずと言っていいほど登場する騎士さまが、目の前にいる。


 あたしは思わず口元を押さえる。顔がにやけるのを抑えることができないし、口から心臓が飛び出してしまいそうだ。


「はい、見つかりました、フィリップ兄上。エマとカイで間違いありません」

「よくやったな、ヘルフリート。……君達、怪我はしていないか?」


 全身鎧の騎士団の中では背が低い人が、兜を取って膝をついてあたし達と視線を合わせた。金髪だけど、どことなく黒髪の少年に似てる気がする。

 じっと金髪の人を見ていると、不意に体を持ち上げられた。「え?」と驚く間もなく横抱きにされる。


「エマをはなして! わわっ!」


 あたしを取り返そうとカイが手を伸ばすも、手が届くことはなく彼も別の騎士さまに抱きかかえられる。


「んー、空と騎士さまばっかで景色を楽しめないなぁ」


 あたしは心の中で思ったつもりだったけど、口に出していたようだ。「だったら体勢を変えるか?」と騎士さまがあたしを肩に乗せた。高さがぐんと上がって、いつもとは違う世界が広がっている。何よりも興奮したのは木の上で鳴いている鳥を間近で見れたことだ。


「すごい、高い、楽しい!」

「狭い孤児院や村を抜け出して外で遊びたい気持ちはわかるが、まずは自分の身は自分で守れるようにならないと。死んでしまったら世界を知ることもできなくなるだろう?」

「うん、わかった!」


 騎士さまの話を聞いて、あたしは決心する。


「あたしも騎士になって強くなりたい! そして、世界中を旅するの!」

「ぶっ」


 真面目に宣言したのに、笑われてしまった。

 あたしは頬を膨らませて抗議する。


「冗談で言ったんじゃないからね? あたしは騎士になるの!」

「私の所属するレヴィン騎士団なら身分を問わず雇っているが、ほとんどの騎士団は貴族にしかなれないよ。孤児の君がどうやって騎士になるつもりだ?」

「うっ、難しいのはわかってるよ。それでもあたしは騎士になるって決めたの!」

「それに、騎士は自由に旅できないよ」

「え、そうなの!?」


 どの話にも騎士さまが登場するから、吟遊詩人と同じように世界中を旅してるものだと思っていた。


「騎士の仕事は国王陛下や領主に仕えて街に住む民を護ることだからね。異動や護衛対象に同行するときに他の街に行くことはあるが、自由に行動することはできない」

「そ、そんなぁ」


 騎士の実情を知ったあたしは、騎士になることを早々に諦めることにした。

 代わりに。


「じゃあ、冒険者になる!」

「お?」

「冒険者になって旅をするの! いつか海を見るのがあたしの夢!」

「冒険者になるならレヴィンに来るのはどうだ? 冒険者ギルドがあってすぐに冒険に出かけられるぞ」

「ほんと!? じゃあ、レヴィン? ってとこで冒険者エマ誕生だね!」


 騎士に憧れて、でも騎士にはなれないとわかったから、あたしは冒険者を目指すことにした。

 一年後には騎士さまと話したことをすっかり忘れて、王都で冒険者登録したけど。


 あの日出会った黒髪の少年がまさかラットだったなんて。名前も雰囲気も違うから気づかなかった。

 そんな彼と今はパーティーを組んでいるなんて、不思議な運命だ。


 海を見たいというあたしの夢は一つ叶ったけど、まだドラゴンを見てないし、“まじょさん”と再会もしたい。

 あたしの、ううん、あたし達の冒険はまだまだ続く。

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