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第3話 旅立ち

「ついにこの日が来たね」


 薄い黄色の髪を馬の尾のように結んだ少女エマは、茂みから顔を覗かせて近くに大人がいないことを確認する。


「本当にこの人も一緒に行くの?」


 紺色の髪の少年カイは紫の瞳に不満げな色を宿して、隣にいる人を見上げた。


「それは俺の台詞だ。なぜこんな痩せ細った奴と行動を共にしなければならない?」


 銀髪の少年ルドルフはパンパンに膨らんだ背負い袋を担ぎながら、カイを睨み返す。


「僕はエマに一生ついていくと決めたから。そこに横入りしたのは君だよ。それに、これでも毎日鍛えたんだ。足手まといにはならないよ」

「ハッ、信用ならんな」


 九歳にして大人の一歩手前くらいの高さをもつルドルフからすれば、六歳にしては小柄なカイが弱々しく見えるだろう。

 しかし、そんな彼でも大きな相手に立ち向かう勇気があることをエマは知っている。


「二人ともケンカしないでよ。今日は出発の日なんだから」

「まぁ、どこかへおでかけするの、エマ?」

「へっ?」


 不意に上から降ってきた声。茂みをかき分けて姿を現したのは、エマもよく知る顔だった。


「せ、先生……」

「今はお庭で遊ぶ時間よ。他の子達もあなたを探しているから戻りましょう。……それとも、逃げ出すつもりかしら?」


 孤児院長テレージアが笑顔を見せるが、目は笑っていなかった。

 それでも一度決めたことを絶対に貫き通すエマは、怯むことなく見つめ返す。


「言ったでしょ、あたしは冒険者になって広い世界をこの目で見るって。青い海も高い山も深い森も、ドラゴンもエルフもドワーフも獣人も。あたしは全てを知りたい。そのためには村の外に行く必要があるの」

「冒険は危険がいっぱいよ。魔物は怖いし、盗賊と戦うこともある。大切な人が傷つくかもしれない。死と隣り合わせの仕事をやらなくても、エマなら宿屋や食堂で働くことができるわ。ルドルフも村の兵士を薦めたでしょう?」


 孤児院は十歳になる前の子の職業を斡旋する役目がある。ルドルフは剣の腕前を買われて兵士を、エマは人当たりの良さと料理が好きなことから宿屋や食堂のお手伝いを提案されていた。

 それが一番無難で安全な道なのはエマもわかっている。それでも、外に出るという夢を捨てることはできなかった。


「お仕事を頑張ったら大きな街に呼ばれることも……」

「それだけじゃつまらないの!」

「エマ……」

「海はどれだけ大きいの? どんな味がするの? 空と大地がくっつくところはあるの? 虹はどこから生えてるの? 先生、ううん、母さんは答えられるの?」


 物心つく前に捨てられ、孤児院に引き取られたエマにとって、孤児院長であるテレージアは母親同然の存在だ。エマの問いかけにテレージアは考え込み、首を横に振った。


「……いいえ、わからないわ」

「あたしは知らないこと全部、見たり聞いたり嗅いだり触ったり食べたりしたいの。それができるのは冒険者以外にないでしょ?」

「……そう、それがエマの出した答えなのね」


 テレージアはエマと一緒にいるルドルフとカイに目を向ける。


「ルドルフとカイも自分の意思で冒険者になりたいと思っているのかしら?」

「俺は外に出て金を稼げるなら何でもいい。だが、村を守る兵士は性に合わん。この村を守る気なんてないからな」

「僕はエマが行きたいところならどこへでもついていくよ。エマを守りたいんだ」


 二人が出した答えを聞き、テレージアは笑みを浮かべた。先ほどと違って目も笑っている、全てを包み込む聖母のような微笑みだ。


「覚悟が決まっているなら止めるのは諦めましょう。その代わり、これを持っていきなさい」


 テレージアが三人に木の板を手渡す。様々なことが刻まれているが、エマには自分達の名前が書かれていることしかわからなかった。


「これはなぁに?」

「あなた達の身元を示すものよ。大きな街に入るときには必要になるでしょうから大切にしなさい」

「ありがとう、母さん!」


 エマはテレージアに抱きついた。しばらく花の香りに包まれた後、テレージアから離れる。ルドルフのものより小さな背負い袋を背負い、約八年生活した孤児院を振り返った。


「それじゃあ、いってくるね!」

「いってらっしゃい、エマ、カイ、ルドルフ。あなた達の武勇伝を聞ける日を楽しみにしているわ」


 塀を飛び越え、エマ達は孤児院の外へ出た。


「どこへ行くんだ?」

「もちろん、王都がある北だよ!」

「……エマ、そっちは南だよ」

「あ、あれ?」


 ルドルフに問われて勢いよく進行方向を指差したつもりのエマだったが、カイに指摘されて腕を下ろす。外の世界に好奇心を抱く彼女の最大の欠点は、方向音痴なところだ。


 舗装はされていないが踏み固められた土の道を三人は進む。冒険者ギルドのある王都を目指して。


 しかし、基本的に村から出ることのない彼らにとって長旅は初めての経験だ。

 毎日のように孤児院を抜け出しては村を練り歩いているエマと、孤児院に来るまで山の中を一人で生き抜いたらしいルドルフには体力がある。


 だが、カイはエマに引っ張られて外に出ることはあっても普段は部屋で大人しくしているから、最初に足の疲労を感じ始めた。

 でも、ルドルフには負けたくないと二人の後を必死についていく。


 けれど、そんな虚勢も隣村を発見したときには消え失せた。


「はぁ……エマ、村が見えてきたよ。休憩にしようよ」

「え、あたしはまだ大丈夫だけど……って、カイ大丈夫!? ベンチあそこにあるから座って! 井戸の水もらってくるから!」

「待て」


 ルドルフが駆け出そうとするエマを制して、鼻をひくつかせた。


「煙の匂いがする」

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