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第2話 “まじょさん”と発覚

「今日も来たんだね、エマ。夜更かしは体によくないよ」


 深い森の中に転移したエマは、月の光が届かないにもかかわらず迷いのない足取りで獣道を歩き、おとぎ話に出てきそうな小さな建物の玄関扉を叩いた。

 扉が開き、長い黒髪の女性が笑顔で中に招き入れる。


「こんばんは、“まじょさん”!」


 エマはこの女性の名前を知らない。一度村の外に出たとき、野犬に追われる自分を助けてくれた人だ。

 魔女としか名乗らなかったから、エマは魔女にさん付けで呼ぶことにしている。


「あたし、友達が転んで怪我したのを回復魔法で治してあげたよ」

「回復魔法は子どもの魔力量じゃほとんど傷が癒えないのになぁ。……まぁ、それは今更か。きっとエマの両親は優秀な魔法使いだったんだね」

「“まじょさん”は親に会ったことがあるの?」


 エマの質問に“まじょさん”は頷く。


「父親は生まれてから故郷を去るまで一緒に暮らしてたよ。母親は遠いところに行ったと言われた。姉には亡くなったという意味だと言われたけど、もしかしたらどこかにいるかもしれないね」

「お母さんも魔女なの?」

「うん。ここみたいな深い森の中でエルフや獣人などと力を合わせて暮らしていたらしいよ」


 その言葉にエマは目を輝かせた。


「エルフに獣人……! 村ではめったに見かけないから、いつかエルフ達が住んでるところに行ってみたいなぁ」

「そのためには自衛の心得を身につけないとね。準備はいいかな?」

「うんっ!」


 孤児院の皆が寝静まった時間帯に“まじょさん”の元で魔法や杖を用いた護身術などを学ぶ。それがエマの日常だ。


「ふわぁ……」

「これ以上やっても身につかないだろうから、終了にしようか。いつもの場所に送ればいい?」

「うん」


 この森に行くときに使用したのは転移魔法の術式が刻まれた魔石だが、あれは魔力が多く集まる地に転移するもので、位置を指定することは難しい。

 森は中心部が一番魔力が多い地だから転移魔石で行けるが、魔力が少ない孤児院に直接転移することはできないのだ。


「じゃあ、君を孤児院に送り返すよ。おやすみ、エマ」

「“まじょさん”もおやすみ」


 しかし、“まじょさん”なら転移魔石を用いずとも転移魔法を行使し、相手を指定の場所に飛ばすことができる。

 古代魔法の一つである転移魔法を扱えるのは“まじょさん”の他に孤島の賢者のみだ。


 エマは孤児院に帰ってきたことを実感する前に、暗闇に二つの赤い光が浮かんでいることに気づいた。


「ひっ!」


 光の玉が一気に距離を詰め、何かがエマの腕を掴んだ。相手が近づいたことでようやく顔が見えて、赤い光に見えたものは目であることに気づく。


「えっと、ルドルフ?」


 エマの目の前にいたのは今日孤児院に来たばかりのルドルフだった。


「おい、お前」


 低く唸るような声に心臓が跳ねたが、エマは気にすることなく笑みを浮かべた。


「エマって呼んでほしいな」

「お前、さっき消えただろう? 何をした? あの光り輝く石の力か?」

「ちょっと、質問が多いよ。あたしの要望を無視しな……」

「俺に外に出る方法を教えろ。お前なら知ってるはずだ」


 自分の言葉を聞くことなく好き放題言うルドルフに、エマは頬を膨らませて苛立ちを露わにする。


「何であなたに教えないといけないの? この魔石は宝物なの。外に出る方法くらい自分で考えてよ」


 そう言って手を振り払おうとするも、エマの腕を掴んだ手は離れない。


「魔石だ。それがあれば外に行ける……俺に寄越せ!」

「ちょっ、あたしの宝物って言ったでしょ! ぜったいにあげないんだから!」


 エマは必死に抵抗するも、同世代にしては背が高く力もあるルドルフには敵いそうにない。彼が魔石に手を伸ばそうとする。それを誰かが掴んだ。


「エマに触らないで」


 二人の間に割って入ってきたのはカイだ。いつもは臆病な彼だが、エマを守るため自分より大きなルドルフに立ち向かう。


「邪魔だ、どけ」

「君こそどこかに行ってくれないかな。エマが嫌がってるの、わからない?」

「外に出る方法を教えないアイツが悪い」

「アイツとかお前とか乱暴な言葉でエマを呼ばないでほしいよ」


 普段はおどおどとしていて遠慮がちな性格なのに、今は冷気を纏っているかのようだ。

 自分より強い相手に怯むことなく挑むカイを見て、エマは初めて「カッコいい」と思った。


「さっきからエマエマうるさいな。お前はコイツの何だと言うんだ?」

「ただの友達だよ。エマはみんなのおひさまだからね」

「……何言ってるんだ?」

「君のような獣には理解できなくても仕方ないよ」

「コイツ……!」


 その言葉にルドルフは青筋を立ててカイの胸ぐらを掴んだ。


「カイから手を放してよ! 外に出る方法なら教えるから!」


 苦しそうなカイを黙って見てられず、エマがルドルフの注意を引く。ルドルフがカイから手を放した。


「カイ、大丈夫!?」

「ぼ、僕は大丈夫。それより、教えてもいいの?」

「外に出る方法はいくらでもあるからね。冒険に旅立つときに使う道を知られなければ大丈夫だよ!」

「……エマ、しゃべりすぎ」

「あ」


 カイの指摘に口を押さえるも、一度出た言葉は戻らない。


「冒険……? お前ら、冒険者になる気か?」

「もちろん! こんな狭い村でじっとなんかしてられないからね」

「俺も連れていけ。剣の心得ならある」

「え?」


 エマはルドルフが何と言ったかわからず、何度も瞬きをした。仲間に入れろという意味だと気づき、目を丸くする。


「ええっ!」

「うるさい、黙れ。大人が気づくだろ」

「だって……一緒に冒険? 今日出会ったばかりなのに?」

「僕は反対だよ、エマ。この人嫌い」

「俺もお前みたいなひょろひょろは嫌いだ」


 カイとルドルフはそりが合わないようだ。先ほどまで睨み合っていたのだから当然だ。

 しかし、エマは。


「ちょうど前で戦ってくれる人がいなくて困ってたの! カイ一人だけだと心許ないから、三人で一緒に冒険者パーティーを組もうよ!」

「え?」

「三人だと?」


 過去のことは気にしない気質だった。ルドルフも冒険者志望と知って、転移魔石を盗られそうになったこともどうでもよくなったのだ。


「パーティー名は何がいいかなぁ。三人だけだと寂しいから、もっと仲間を集めよう。女の子が一人くらい来てくれるといいね」


 想像が膨らむエマの目には、不満げな二人の顔は映っていなかった。

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