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第1話 孤児院の脱走常習者

エマ視点の三人称です。

「どこに行ったの、エマ!?」

「まだ遠くには行ってないはずだ、探せ!」


 大人達がテーブルの下などを覗き込みつつ街中を駆け回るのを、エマは孤児院に生えている木の枝に座って眺めていた。


「みんな、どこを探してるんだろ? あたしはまだ孤児院(ここ)にいるのにね!」


 エマが笑うと、優しい風が吹いて馬の尾のように結ばれた薄い黄色の髪が揺れた。

 大人達が孤児院から離れたのを見計らい、エマは枝から孤児院を囲む塀に跳び移る。

 そこから下に降りれば塀の外側。知らないことがたくさん詰まった世界が広がっている。


 エマ、八歳。生まれて間もない頃に孤児院に預けられるも、外の世界に憧れを(いだ)き、毎日のように孤児院を抜け出しているお転婆な少女だ。


「こんにちは!」

「こんにちは、エマちゃん。今日も新鮮な野菜があるぞ」

「わぁ、おいしそう! 一つもらっていい?」

「これは大切な商品だからダメだ。でも、こっちは売り物にならないからいいぞ」

「ありがとう!」


 顔馴染みの市場の人達に声かけたりかけられたりしながらエマは村を練り歩く。市場を抜ける頃には両腕で抱えきれないほどの荷物になっていた。


「お野菜に木の実に固くて真っ黒なパン! 今日もいっぱいだなぁ」

「あ、エマ」


 幼さの残る声で彼女を呼んだのは、紺色の髪をした男の子だ。おどおどとしていて、大きな物音がすると両耳を塞いでエマの後ろに隠れてしまう。


「カイも脱走成功だね! これ、今日もらったご飯だよ。いつかこの村を出て冒険者になるときに持っていくの」

「うーん、この葉野菜は日持ちしないんじゃないかなぁ。こっちの木の実も熟しきってるみたい」

「じゃあこの木の実は一緒に食べよっか」


 六歳としては小柄で小心者のカイだが、孤児院の年長者であるエマにとっては姉として守りたいと庇護欲をそそられる存在だった。


「こっちこっち!」

「待ってよ、エマ」


 二人で熟した木の実を食べた後、エマはカイの手を握り目的の場所へ走った。引っ張られたカイが転びそうになるのに気づくことなく、村の広場へ。そこでは吟遊詩人が本当かどうかわからない冒険譚を歌っていた。

 エマは村に時々来る吟遊詩人や旅商人の話を聞くのが大好きだ。外の世界は知らないことがいっぱいで、いつか仲間と一緒に旅をするのだと夢見る。まだ仲間は隣にいるカイしかいないが。


「みーつけた!」

「きゃあっ!」


 歌に聞き入っていたら、背後から声をかけられてエマが飛び跳ねる。恐る恐る振り返ると、孤児院長のテレージアがいた。


「外の世界を知ることも大事だけれど、今はお勉強の時間よ」

「えー、文字の読み書きなんてつまんない」

「文字が読めないと日常生活で困ることがあるわ。あなたの就職先を増やすためでもあるの」

「あたしは冒険者になるもん!」

「それは危険だから認めないと言ったでしょう。さぁ、お家に帰りましょうね。エマ、カイ」

「……はぁい」


 孤児院長に連れられて、エマとカイは孤児院に戻った。


 ここは王都から少し離れたところにあるベルーナ村。村の中央に建つ孤児院が冒険の始まりの地だ。エマがルドルフに出会う少し前――九年前の話。

 好奇心旺盛なエマは、孤児院を抜け出しては大人に見つかり連れ戻される日々を過ごしている。


「みんな、ちょっといいかな? 今日は大切なお話があるよ」

「なになにー?」


 孤児を育てる大人の一人が子ども達の注意をひく。後ろに隠していたのを前に押し出し、興味津々な彼らに自己紹介するよう促した。


「……」


 孤児院に入れられる子どもとしては背が高い。銀色の髪は短く切り揃えられ、赤い瞳は昏く淀んでいた。

 体は服で隠れているが、見える範囲でも無数の切り傷があることがわかる。どこか魔物のような雰囲気を纏った少年だ。


「あれ、恥ずかしがり屋さんなのかな? じゃあ、わたしが代わりに紹介するね。この子はルドルフ、九歳だよ。みんな、仲良くしてあげてね」


 彼が後に狼の集いのリーダーとなるルドルフだった。


「あたしより年上の子が来るなんて久し振りだなぁ」


 十歳になれば孤児院を出て働くことになっているので、この年で来るのは珍しい。不作とかがない限り、孤児院に入れられる子どもは五歳以下が多いから、エマは年上の新入りと仲良くなりたいと思った。


「はじめまして! あたしはエマ、よろしくね!」


 まずは笑顔を浮かべて近づいたが、警戒して後退りされる。一気に距離を縮めようとしたら、低く唸られてすかさず退散した。


「エマ、あの人ちょっと怖いよ」

「大丈夫だよ、カイ。初めての場所に戸惑ってるだけだから」


 建物の中ではほとんど動かず喋ることもないルドルフだったが、孤児院の庭で遊ぶ時間になると四つ足の獣のように身を屈めて一直線に走り、開いた門から外に出ようとした。


「うわっ!」

「ガウッ!」

「ちょっ、ルドルフくん! 今はお庭で遊ぶ時間だから、ね? 落ち着こうか」

「グルアアァア!」

「痛っ!」


 大人三人がかりでルドルフを止めようとするも、激しく暴れて一人に噛みついた。拘束が緩んだ隙をついて、彼は孤児院の外へと走り去ってしまう。


「エマ、やっぱり怖い」

「……うん、あたしも怖いかも」


 その様子を見ていたエマは、カイの呟きに同意した。

 初日から脱走劇を繰り広げたルドルフだったが、夕方には村の兵士に捕まり孤児院に連れ戻されたようだ。


 ルドルフが新たに加わった子ども達の寝室。皆が寝静まった頃、エマは一人布団を抜け出した。

 扉を静かに開け、顔だけ出して誰もいないことを確認する。懐から魔石を取り出し両手で握りしめると、身体の中にある何かが少しずつ吸われていくのを感じた。


 魔石がかっと光る。魔力が十分に集まったことを確認したエマは、何度も繰り返した言葉を唱えた。


「転移」


 それだけ言い残して、彼女は孤児院から姿を消した。

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