エマ視点 魔女にはできないこと
「この子の傷を癒して!」
あたしが杖に魔力を込めると、杖の魔石が青く輝いて小さな光が飛んでいき、他の動物にやられて死にかけの馬の傷をあっという間に治す。
馬が何事もなかったように起き上がって、草原を駆けて行った。
「よし、次は……っと」
もやに包まれ苦しんでいる羊に目を向ける。
濃い魔力のせいで魔物になりかけているのだ。
水魔法では流れる血を止めて傷を癒すことはできるけど、魔物化を止めることはできない。
でも、あたしが操れるのは水だけじゃない。
懐から白い魔石を取り出して、魔力を込めつつ羊にかざす。
「悪い魔力を追い払って!」
思わず目をつむってしまうほど眩しい光が魔石から出て、光が収まって目を開けたときにはもやはどこにもなかった。
「すごいね、エマ! 水と光、両方の回復魔法を使いこなせてたよ」
「完璧」
「お見事です。わたくしに教えることはもうありませんね」
「やったぁ! 光魔法にも合格が出た!」
白の魔女の光魔法を見た日から修行を重ねること約一年半、ついに光魔法による回復魔法も使えるようになったのだ。
「これは魔女にすら成し得ない素晴らしいことですよ」
「えっ、魔女にもできないことがあるの!?」
転移魔法を使ったり全てを燃やしたりとすごい魔法を使えるのが魔女なのに、あたしにできることができないなんて。
「むしろ、魔女だからできないと言いますか……」
「魔女の始祖、災厄の魔女は光と真反対の闇属性に適性があってね」
「光と闇、対極にある魔法はどちらか片方しか操れない」
「闇の力が強すぎて、ほとんどの魔女が光を操れないんだよ」
そういえば、“まじょさん”こと森の魔女も光を操れないと聞いたことがある。土も水も風も植物も操れるのに。
魔女が光を操れないのは闇の力が強いから。というのはわかったけど、一人だけ光を操ることができる魔女がいることをあたしは知っている。
「あれ、でも白の魔女さんは? 光を操れるんだよね?」
「わたくしの父親が光属性に適性があるため、幸か不幸か光の性質を持って生まれたようです」
「……光魔法を扱えるのはいいことなんじゃないの?」
光魔法は神秘的で綺麗で風より速い。いいことしかないのに、どうして不幸なんて言葉が出てくるんだろう。
「唯一の光の魔女として生まれ落ちたからには、成し遂げなければならない宿命がありますから」
「宿命?」
「はい、命を賭してでも果たすべきことです」
覚悟の眼差しを見せる白の魔女の瞳の色が、なぜか茶色ではなく赤色に一瞬見えた。
瞬きして改めて見ると茶色にしか見えないから、気のせいだろうか。
「では、森の魔女のお手伝いがありますのでお先に失礼します。エマさん、根を詰め過ぎない程度に頑張ってくださいね」
「うん! またね、白の魔女さん!」
あたしが手を振って見送っていると、白の魔女が背中を向けた次の瞬間には姿が見えなくなった。
白の魔女が魔の森に戻るときはいつも移動の瞬間を見ることができない。
「転移魔法かな?」
「いや、一瞬魔力が増えた気がするね。身体強化じゃないの?」
「光は何よりも速く、大きな音を立てずに移動できる。可能性はゼロではない」
あたしは“まじょさん”と同じ転移魔法を使ったのかと思ったけど、魔女二人の意見は違うようだ。
「うーん……目の前で身体強化を見たことがあるけど、ブワって風が吹いて髪が揺れたよ?」
「それは風による身体強化」
「身体強化は術者の適性属性によって性能が異なるのさ。ま、ウチらは身体強化の専門じゃないから詳しくないけど」
「確か雷鳴の魔女さん? が得意なんだっけ」
ノトス大山脈で見た大きな魔女を思い出す。今はレオの稽古をつけているはずだ。
なんか引っかかるんだよな、とベルがじっとあたしを見る。
「あたしの顔になんかついてる?」
「二つ名にさん付けで呼んでるの、エマくらいじゃね?」
「へっ?」
「様付けなら時々聞くけど、さん付けはないよね」
「そ、そうなの?」
ベル以外の意見も聞きたくて、あたしはアンナさんを見る。
「確かに。珍しい」
「ええっ!」
「森の魔女を“まじょさん”って呼ぶのも変だよな」
「魔女はリージ一人じゃない」
「それは“まじょさん”が魔女としか名乗らなかったから……」
――お姉さんのお名前はなぁに?
――……魔女だよ。
おぼろげだけど、こんな会話をした記憶がある。名前を聞いて魔女と返ってきたんだし、年上にさん付けはおかしな話じゃないだろう。
そんな過去を説明すると、ベルとアンナさんは納得してくれた。
「それはリージが悪いね」
「エマは無罪」
「だよね! ベルとアンナさんもそう思うよね!」
あたしがそう言うと、なぜかベルの顔が固まり、アンナさんは吹き出した。
「ぷっ。二百歳以上離れてるのに呼び捨て……」
「ちょっと、どうしてウチだけ呼び捨てなのさ」
「え……見た目の若さ? あと、親しみやすさ」
「ベル、良かったね。若く見られるのはいいこと……ぷぷっ」
「いや、馬鹿にしてるよね?」
アンナさんが明らかにからかっている顔をしている。
ベルの見た目年齢はあたしとあんまり変わんないように見えるけど、実際はどれくらい離れてるんだろう。
「ベルが何歳か聞いてもいい?」
「年齢? んなもん、覚えてないに決まってるよ。百年も数えりゃ誰だって飽きるでしょ」
「確かに、途中でわかんなくなりそう!」
ベルの言葉に納得したけど、唐突にアンナさんが数字を三つ言った。
「二六四」
「え?」
「草原の魔女イザベルの年齢」
「は? どうしてアンナが知ってんの? 自分の年齢も覚えてる系?」
「それは知らない」
「何でだよ!」
仲が良いのか悪いのかわからない二人のやりとりに思わず笑って、ふとアンナさんが言った数字を思い出す。
えーと、二と六と四だから……
「二百六十四歳!?」
うそ、めっちゃ長生き! “まじょさん”の倍は生きてそうだ。
「ごめんなさい、今度からはベルさんって呼ぶね!」
「いや、呼び捨てでも構わないけど……」
「ベルさんは大先輩、友達になるなんて無理な話だったんだ」
「年齢とか種族とか関係なく、エマのことは友達だと思ってるのに!?」
魔女の年齢は見た目で判断できない。
あたしは一つ学んだ。
修行期間が終わるまで後半年、あたしは光も水も操る最強の回復魔法使いになってみせるよ。




